IS 女尊男卑の世界に転生しちゃった俺は兵器開発で逆転を狙いたい 作:砂糖の塊
寮の窓からは、綺麗な月が見える。
隣のベッドで寝息を立てる一夏は疲れきっているのか、全く目を覚ます気配はない。
セシリア、篠ノ之さんに加え、凰さんも練習相手に加わったせいでトレーニングの内容が熾烈さを増しているのだ。クラス代表戦まで1週間ちょっと。特訓もいいが一夏自身のコンディションも同室の友人としては心配なところである。
枕元に表示されるデジタル時計に目をやった。時刻は夜中の1時過ぎ。おそらく寮の中で起きているのは俺だけだろう。
何故こんな時間に、俺はパソコンの画面を睨んでいるのか。
それは紺野重工傘下のとある会社からの連絡を待っているからである。
予定ではそろそろ連絡が入るはずなのだが……。
特にすることもないので、スクリーンセーバーをぼんやりと眺めているとチカチカと受信を示すライトが点滅した。メールが届いたらしい。
カーソルを動かし、メールボックスを開くとそこには確かに『久保エレクトニクス』という送り主からのメールが届いていた。
『午前1時20分、予定通り作業を完了。例の機器の設置を完了しましたので、撤収します』
どうやら上手くいったらしい。計画が順調に進んでいる安心感からか、自然と口角が上がる。
暗い室内に浮かぶ、パソコン画面の灯りに照らされた俺のにやけ顔……ちょっとしたホラーだな。
そう思った俺は慌てて口元をゴシゴシと擦りながら、お礼のメールを打つのだった。
***
さて、日にちが進んで4月の最終週。今週末にクラス代表戦が控えるのを前に、一夏はさらに厳しいトレーニングに明け暮れているようだ。
「駄目だ……もう俺は駄目かもしれない」
「もう少しの我慢だろ、頑張れ」
今日の分の特訓を終え、シャワーを浴び終えた一夏が力尽きたようにベッドに倒れ込む。
「聞いてくれよ、今日の相手はセシリアだったんだけどさ……あいつ、ただひたすら自分の攻撃を避けろって……そんなの、いつか当たるに決まってるだろ!?」
「大変だな、それで上達してる感じはあるのか?」
「多少はな……そりゃあれだけやって上手くならないのはおかしいだろ?」
そう言って笑う一夏。心の中で、俺はきっとどれだけやってもISは上達しないんだろうな、と思いながら俺も笑い返した。
「そろそろ食堂行くか?」
「そうだな……腹も減ったし、行くか」
そう言って一夏が立ち上がったその時。
バツンという音と共に部屋の灯りが消えた。それだけでなく、壁のデジタル時計も、ディスプレイも電源が落ち、画面が真っ暗になる。
「……またか」
外からの夕日だけが室内を照らす中、一夏が呆れたように呟く。耳をすますと、他の部屋からも悲鳴が聞こえてきていた。
どうやらまた停電したらしい。
この停電は、ここ3日ほどの間に3、4回繰り返されていた。寮長でもある織斑先生からは電気設備の不具合だと説明されている。
幸い、完全に日が落ちてからは停電していないので、生徒達の不満も爆発するまでには至っていないが、不便なことには変わりない。パソコンで課題を仕上げていたのに、停電でデータが全て消えてしまったクラスメイトもいた。可哀想だったので、俺のを見せてあげたが。
「……あ、ついた」
やがて再び灯った電灯を見て、一夏がホッとしたように言った。
「困ったもんだよな、これだけ綺麗な寮なのに」
「そうだな。そのうち点検が入るだろ」
そんなことを言いながら、食堂へ向かう。
「全く、日本のインフラ設備はどうなってますの!?」
セシリアが夕食を口に運びながら、苛立ちを露わにしている。ちなみに、パソコンで課題をしていて、データ喪失の悲運に見舞われたのは彼女である。
「確かにこう何度も停電すると不便だ。おちおちシャワーも浴びていられない……」
篠ノ之さんも、憂鬱そうに呟く。剣道部に所属し、毎日人1倍の汗をかいているであろう彼女にとっては死活問題らしい。
「何でもこの間電気設備の点検があったばかりらしいですわね。全くどこを点検されたのかしら」
「停電って言うより、あれだよな。家のブレーカーが落ちる感じっぽい」
一夏がふと思い出したように口を開く。確かに、あの全ての電源が突然落ちる感じは、一夏の言っているのに近かった。
「もしかしたら俺達が電気使い過ぎなのかもな。なぁ、セシリア」
「なっ、どうして私ですの!?」
突然振られたセシリアが驚いて目を見開く。
「その縦ロールを維持するためにドライヤー使いまくってそうだから」
「そこまで使っておりませんわ!!それにドライヤー如きで停電するのなら、それは設備に不備があるのです!!」
むきになって叫ぶセシリア。
「まぁ、落ち着けってセシリア。俺ももしかしたら電気使い過ぎてるのかもしれないし、ちょっとずつ節約しようぜ」
「い、一夏さんがそうおっしゃるなら」
一夏に言われた途端、しおらしくなるセシリア。
「よし、停電が収まるまで縦ロール封印な」
「紺野さんに言われると余計に嫌ですわ!絶対に譲りませんから!」
一夏にとる態度とは対照的に、俺の言うことは断固拒否するセシリア。なんだこの差は……これが『日頃の行い』って奴なのか……?
「お前達は馬鹿か……」
どう見ても設備面に問題があるだろ……とでも言いたげな呆れ顔で、篠ノ之さんが静かにお茶を啜った。
***
「ふ、ふっ、せ、セシリア……お前いい奴だな……」
次の日の朝、いつものように食堂へと着いた俺は思わず噴き出してしまった。原因はセシリアだ。彼女の縦ロールの掛かり方が明らかに緩い。どうやら俺の言うことを間に受けて本当に電気を使わないように気をつけたらしい。
「ふ、ふんっ、お好きなように仰ればいいですわ!現に私の努力で停電は……」
少しキューティクルに欠けた髪を手で払いつつ、セシリアが胸を張る。
だが、無常にも、彼女が言い終わる前にバツンと食堂の灯りが落ちた。
「えぇ、また!?」
「いい加減にしてよもう!!」
薄暗くなった朝の食堂のあちこちから非難の声が上がる。
「ど、ドンマイ……」
顔を真っ赤にして、プルプルと震えるセシリア。何だか申し訳なくなってしまった俺は、彼女に慰めの言葉を送る。
「う、うるさいですわっ!!貴方の忠告なんて2度と聞きませんからっ!!一夏さんが来られる前に、髪を直してきます!!」
切れたようにそう言って彼女は食堂から出ていった。セシリアが出ていった数秒後、何事も無かったかのように復旧する電気。
「悪い秀人、遅くなった。また停電してたな」
「ふ、ふふっ、そうだな」
「どうした?楽しそうだな」
「いや……セシリアがさ……」
その後、完璧な縦ロールをかけて戻ってきたセシリアに思わず2人で噴き出してしまい、半泣きになった彼女から罵倒されまくったのはまた別の話。
「まだ怒ってるのか?ごめんな……セシリア」
「い、一夏さんにはもう怒っておりませんわ……ただ」
セシリアの低い声に、彼女の前を歩いていた俺は慌てて前方に向き直った。
「紺野さん……よろしければ今日の放課後、模擬戦致しませんか?」
「あ、大丈夫です……」
「あら、日本人の『大丈夫』の意味は分かりませんわ。それは了承という意味でよろしいかしら」
「いや、戦いたくないんですけど」
「大丈夫ですわ、その余計なことしか仰らないお口なんてすぐ吹き飛ばして差し上げますから」
にこやかに笑うセシリア。だがその表情と言っている内容のギャップがさらに恐怖心を煽る。
「ね?すぐに終わらせますから」
そう言って隣に並び、俺の顔を覗きこんでくるセシリア。ブラックホールのような淀んだ彼女の瞳と共に、くるくると巻かれた縦ロールが目に入ってしまい、思わず笑い声が口から漏れる。
「……ブルー・ティアー─────」
「ごめんなさい、それはホント洒落にならないです」
怒りが頂点に達したのか、笑顔のままISを展開しようとしたセシリアに光の速さで頭を下げる。生身のままISとぶつかったら死んじゃうよ?俺。
「……もしまた笑われてしまったら、手が滑ってISが展開されてしまうかもしれませんわね」
冷たく微笑むセシリアに俺はガクガクと首を縦に振るしかなかった。
「……今日もお綺麗ですね、オルコットさん」
「そういうのも結構ですわ!」
「お前ら……仲いいんだな」
少し後ろからほのぼのと呟く一夏に、セシリアが慌てて反応する。
「ご、誤解ですわ一夏さん!こんな上品さの欠片も無くて、レディーファーストも知らないお猿さんと仲が良いなんて!」
「ちょっとそれは言い過ぎじゃないですかねぇ!金髪碧眼秀才縦ロール美人さん!」
「やめてください!私だけ褒められたら、私の性格が悪いようではないですか!?」
「はっ、ようやく気づいたか。一夏、こいつ性格めっちゃ悪いぜ。隙あらば悪口言ってくるぜ」
「それは貴方にだけですわ!!一夏さんに余計なこと吹き込まないでくださいな!!」
そんな俺達の言い争いを見た一夏は再び、
「仲いいなぁ……」
と楽しそうに呟くのだった。セシリアはわなわなと震え、俺からフンっと顔を背ける。ちゃんと見ろ。仲良くねぇよ、馬鹿野郎。
「昨日、クラス代表戦の組み合わせが発表された。初戦は2組との対戦だ。さて、いよいよ今週末に迫ったわけだが……どうだ?織斑、自信は」
朝のホームルーム。教壇の上に立つ織斑先生に名前を呼ばれ、一夏は慌てて立ち上がる。
「えっと、まだ全然弱いですけど……精一杯頑張ります」
「いいか、やるからには死ぬ気でやれ。知り合いだろうが、気を抜くんじゃないぞ」
「は、はい!」
姉であり、IS世界王者でもある織斑先生から激励を受け、勢いよく返事をする一夏。クラスからは拍手が起こり、一夏は恥ずかしそうに頭をかきながら、席についた。
「それと、先日から起こっている停電についてだが、原因は現在調査中だ。数日前にアリーナの点検を行った業者に再度電気設備の点検の依頼をしている。不便だろうがもう少し待て」
織斑先生はそう言って教壇から下り、教室から出ていった。どうやらホームルームは終わりらしい。
担任の出ていった教室は次第にざわざわと騒がしくなり、一夏の席の周りに自然と女子達が集まってきた。
「ホント、不便だよね。早く直らないかな」
「ドライヤーの使い過ぎでブレーカーが落ちたかもしれないんだって」
「へぇ……紺野さん、ちょっとよろしいかしら」
「待て、俺は何も言ってないぞ」
スッと目から光が失われたセシリアに、俺は慌てて無実を訴える。冤罪でISに襲われるわけにはいかない。
「織斑くん、クラス代表戦頑張ってね」
「応援行くからねー」
期待の篭ったいくつもの目が一夏に向かって向けられる。
そんな目を見て、改めて自分に掛かる期待を実感したのか一夏は
「あぁ……頑張る」
小さく頷いた。
次回クラス代表戦です。