IS 女尊男卑の世界に転生しちゃった俺は兵器開発で逆転を狙いたい 作:砂糖の塊
結局その日は連絡が無かった。朝早く目覚め、ノートパソコンのメールリストをチェックしてみる。つい先程森本さんからメールが届いたばかりになっていた。さっそく開封して内容を確かめる。
『おはようございます。連絡が遅れてしまい、申し訳ありません。つい先程デュノア社から連絡があり、社長とアポを取ることができました。という訳で3日後の4月11日19時からデュノア本社に行ってきます。こちら側からはデュノアさんの身柄の早期引渡しを最優先ということでよろしいですか?
P.S.デュノア社側の対応がどうも遅く感じます。意図的に交渉を遅らせているかもしれません』
「なるほど……」
俺は壁を背もたれにしてベッドに座り込んだまま、ふむ、と考え込む。連絡を取っても即シャルロットを引き渡してこないということは、彼女を離せない何らかの事情があると考えていい。
考えられるのは、シャルロットの専用機開発に何らかのトラブルが起こっている。
あるいはシャルロット自体を手放せないような状況に陥っていることくらいか。
森本さんも言うようにどうもデュノア社はこちらが行動に出ないギリギリのラインを狙って交渉を遅らせているように感じる。それは時間的余裕を得ることで解決できる問題だからなのか、それとも何らかのタイミングを伺っているのかは分からない。だが、余り気分が良くないことは確かだ。
『お疲れ様です。デュノア社との面会の件、了解しました。森本さんの言う通り、シャルロットと彼女の母親の身柄引渡しを最優先でお願いします。ごねるようでしたらこちらの持っている情報の開示もチラつかせてください。よろしくお願いします』
カタカタと返信のメールを打ち込み、送信ボタンを押す。シャルロットの身柄を引き渡せないのが、デュノア社としてのトラブルなのか社長の個人的な理由なのか分からないが、いつまでも紺野重工が下手に出てると思ったら大間違いだ。
いつまでも契約を守らないのであれば、俺達だって牙を向くことになるだろう。その為にシャルロットと契約してからもずっとフランス支部を現地に残してあるんだ。デュノアのような大企業なら叩けばホコリのように裏話が出てくると言うが、こちら側には既に2年分の『叩いたホコリ』 が溜まっている。
ただ……。
少し対応が後手に回っている感は否めない。何しろ『シャルロットの母親が死なず、シャルロットが愛人の子でなく、一般公募の中からデュノア社と契約した』という出来事は原作とは大きく逸脱した未来であるからだ。原作に沿っていたのはシャルロットと契約を結びに行った2年前まで。だから状況が変わった現在では、あの頃のように予測のみで動くわけにはいかないのだ。
難しい……。
「ちっ……」
パソコンの画面のスクリーンセーバーには俺の苦々しい顔が写っていた。情報は誰よりも得ることが出来ているはずなのに、大した成果を上げられない自分の無力さにイライラする。
気分転換に、久しぶりに筋トレでもするか。最近は紺野重工の研究室に入り浸っていたせいで、体がなまってしまっている。
隣のベッドに目をやると、一夏は布団を被ってすやすやと眠っていた。この様子だと起きそうにないな。まぁ、多分夜中まで参考書写してたんだろうし、寝かせといてやろう。
一夏を誘うのを諦めた俺は、トレーニングウェアに着替え、こっそりと部屋を抜け出した。
IS学園の特徴の1つに、その広大な敷地面積が挙げられる。校舎に各学年の寮、IS同士の試合が出来るアリーナが複数に研究施設まであるのだからその広さが分かるだろう。
という訳で、敷地内をランニングしただけでも結構な運動になってしまった。荒い息を付きながら寮へと戻る。俺、こんな体力落ちてたんだ……というレベルだ。
ISコアを反応させられるわけでない俺はPIC───(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)が使えない。これはISの基本機能として設定されている慣性制御による浮遊・加減速を補助する装置である。これが使えないと、戦うことはおろか、飛んだり走ったりということも難しくなってしまう。
つまり、俺はそんな基本的な補助装置無しでISを支えなければならないのである。モーターが支えてくれる重量以外の分が俺の身体にのしかかってくることになる。早急に身体を鍛えなおさなければならない。
というか、シャルロットが来てくれれば俺がISに乗る必要も無くなるんだけど……。
***
「おい、トレーニングするなら俺も起こしてくれたら良かっただろ?」
部屋に戻り、シャワーを浴びたところで一夏がもぞもぞと起き出してきた。さっぱりした俺を見て、すねたような表情を浮かべる。
「熟睡してたから遠慮したんだよ。参考書覚えるのは順調か?」
「まぁ、寝ずに1週間やれば何とか……」
いや、さっそく寝てただろ。大丈夫なのか?
「とりあえず早く着替えろよ、飯行こうぜ」
「あ、あぁ、ちょっと待ってくれ」
一夏の準備が終わるのを待って、食堂を向かう。寮の食堂と行ってもショッピングせんたーにあるようなフードコートくらいの広さがある。寮の各部屋にはキッチンがついているものの、大体の生徒がここで朝食をとるため、食堂は朝から結構な混雑だった。
食堂のおばちゃんから食事の載ったお盆を受け取り、空いている席を探す。すると見覚えのあるツインテールの後ろ姿が見えた。のほほんさんだ。仲良くなったらしい女子生徒2人と談笑しながら朝食をとっていた。
ここはぜひとも昨日の誤解を解いておきたい。丁度隣空いてるし。俺は一夏を連れてのほほんさんのもとへと移動する。
「おはよう、のほほんさん。隣いいかな?」
「こ、こんちゃん?それにおりむーも……おはよう〜」
「おはよう、えっと」
声を掛けられた一夏が若干戸惑った様子を見せる。そうか、のほほんさんとは初対面か。
「のほほんさんでいいよ〜、みんなそう呼んでるし」
「そ、そうか。よろしく……のほほんさん」
「よろしくね〜」
「お、織斑君と紺野君おはようっ」
「おはよう」
のほほんさんと一緒にいた女子生徒との挨拶も終え、俺達は朝食をとり始める。今朝は和食だ。というか朝はずっと和食にするつもりだ。テーブル席に楽しげな雰囲気が流れる中、俺はこっそり隣に座るのほほんさんに声を掛けた。
「あ、のほほんさん……昨日のことなんだけど……ごめん」
「昨日〜?なんのこと?」
キョトンとした表情ののほほんさん。
「えっと……オルコットさんと言い争いになっちゃったとき……俺、変なとこ見せちゃって」
「あぁっ……あれかぁ、えへへ、私こそびっくりしちゃってごめんね〜」
「ついカッとなっちゃって、驚かしてごめん」
「いいよ〜。それにあの後よく考えたら……こんちゃんがそんな酷い人じゃないって思ったしね〜」
そう言ってにへらと笑うのほほんさん。丁度朝食も食べ終えたらしく、友達と一緒にお盆を持って立ち上がる。
「それじゃあ、また後でね〜」
ぶかぶかの袖を振りながら、のほほんさんは去っていった。
え、ええ子や……。後に残された俺はのほほんさんの柔らかい性格に1人感動する。
「のほほんさんっていい人そうだよな」
「……あれ?お前いつから居たの?」
「ずっと一緒に飯食ってただろ!?」
「そうだっけ?」
そういえばそうだった。のほほんさんがいい人過ぎて、
「早く食おうぜ、授業遅れる」
「お、おう……」
不服そうな顔の一夏をよそに俺はご飯をかきこむのだった。
***
「諸君、おはよう。朝のホームルームを始める」
教壇では織斑先生が話をしている。昨日、途中からしか来なかったのは会議があったかららしく、やはりこのクラスの担任は織斑千冬先生で、副担任が山田先生らしい。ちょっと残念な気がしないでもない。
さて、今朝のホームルームだが、主な話題は『クラス代表』について。これは来週あるクラス代表戦に出場する生徒を決めるもので、クラス代表はその他にも、委員会に出たりクラスのまとめ役となったりと、まぁ平たく言えば学級委員のような仕事もするらしい。
「自薦他薦は問わない。誰かやりたい奴はいないか?」
うへぇ……面倒くせぇ。本来なら絶対に任されないよう、目の焦点を黒板から3mほど奥に合わせる高等テクニックを使うところだが、この場に置いてその必要はない。なぜなら誰が推薦されて、誰がそれに異論を唱えるか、俺は知っているからである。
「はい!織斑君を推薦します!」
「私もそれがいいと思います」
「えっ?俺!?」
1人の女子生徒の発言に続き、パラパラと上がる賛成票に驚く一夏。まぁ驚くのも無理はない。彼女らは織斑が『男』で『織斑千冬の弟』という理由だけで推薦しているのだから。驚くほど浅く、けれどまだお互いのことをそこまで知らないこの時期においては納得しやすい理由である。
「他にはいないか?いないなら無投票当選だぞ 」
「ま、待ってください!俺はそんなの……」
バン!
机を叩いて誰かが立ち上がる音が後ろから聞こえた。教室中の視線が音の発信源に向けられる。振り向かなくても分かる。男にクラス代表を任せるなんて、プライドが許さないような女子生徒。
「納得が行きませんわ!そのような選出は認められません!男がクラス代表なんていい恥さらしですわ!」
凛とした声が教室に響く。そう。彼女、セシリア・オルコットである。
「この私、セシリア・オルコットにそのような屈辱を1年間味わえと!?そもそも……このような文化としても後進的な国に暮らさなければならないだけでも耐え難い苦痛で……」
この生徒の殆どが日本人、教職員も日本人というクラスでそれを言っちゃう辺り、度胸はあると思う。
「おい、イギリスだって他人のこと言えないだろう?まずい料理世界一で何連覇中だ?」
ムッとした表情の一夏が言い返す。いいぞ、もっとやれ。このまま行けば決闘になって、双方とものISの戦闘データが取れるはずだ。
「あ、貴方……わたくしの祖国を侮辱しますの……?」
わなわなと怒りに震えるオルコット。俺は口を挟まず、ヒートアップしていく2人の会話を見守ることにした。敢えてガソリンを加えないのは、巻き込まれるのを防ぐためである。
「〜〜〜っっ!!決闘ですわっ!!」
「あぁ、いいぜ。四の五の言うより分かり易い」
やがて我慢の限界が訪れたのか、一夏の方をビシッと指差し、宣言するオルコット。よしよし。今日の授業が終わったところで解析用のカメラを届けてもらうようにしよう。
内心で今後の予定を考えていると、ふとオルコットの指先が俺の方を向いている気がした。……いや、後ろの一夏を指さしてるだけだろ。俺はひょいと身体をずらす。
だが、彼女の細い指先は俺の方に向けられたままだった。……どういうこと?
「紺野秀人!丁度いい機会ですわ!貴方にも決闘を申し込みます!」
「……へ?」
俺だけでなくクラス全体がポカンとした雰囲気に包まれる。今の言い争いに全く俺関係ないよね?なんで俺まで巻き込まれるんだ?
「昨日の屈辱を晴らすいい機会ですわ!男なら正々堂々勝負なさいっ!」
「はっ!俺達がそう簡単に負けるかよっ!」
オルコットに負けじと言い返す一夏。そして「なっ、
……どうしてこうなった。オルコットと一夏、2人分の視線を受けながら、俺は激しい頭痛を覚えるのだった。