IS 女尊男卑の世界に転生しちゃった俺は兵器開発で逆転を狙いたい 作:砂糖の塊
「シャルロット、ちょっといいかしら?」
声を掛けられた私は、読んでいた小説から顔を上げた。声のする方に目をやると、ニコニコと笑顔のお母さんが立っていた。
「何?お母さん」
「勉強ばかりしてても疲れるでしょ?少し休憩しない?」
そう言って私が手に持った小説を指さすお母さん。今読んでいるのは日本語版『ハリーポッター』だ。フランス語版も持っているので訳の確認はしやすいし、何より物語であるからそこまで勉強してる、という感じはしないんだけど……私は素直に本を閉じて立ち上がった。
ここはデュノア社の所有するビルの中にある1室。お母さんと2人で暮らすには十分すぎるほど広いこの部屋に、私達は2年ほど前から暮らしていた。
お母さんのあとをついてキッチンのある部屋に行くと、コポコポと電気ポットのお湯が丁度沸騰していた。テーブルの上にはティーカップが2つと、美味しそうなクッキーがお皿に並んでいる。
「用意してくれてたんだね。ありがとう」
お母さんにお礼を言いながら席についた私はクッキーを1つ齧った。サクッとした食感と共に口の中に甘いクッキーの味が広がる。
「随分と日本語の勉強頑張ってるみたいね」
ティーカップに紅茶を注ぎながら話し掛けてくるお母さん。
「うん。日本語の本読んだりするのも中々楽しいし、それに──」
「ヒデトくんに言われてるから?」
「う、うん」
言おうとしていたことを先読みされて、私は少し頬が熱くなるのが分かった。
「ふふっ、シャルはそればっかりね」
「な、何が?」
「つい最近までずっと『ヒデトが〜』って私に話し掛けてきてたじゃない」
「そ、それは……私を雇ってくれてる相手だし……ヒデトは大事な友達だから……」
「あらあら」
口元を押さえて楽しそうにを笑うお母さん。病院で初期の胃がんが見つかったお母さんは、半年ほど入院していた。
健康状態が悪かったせいで肺炎も併発していたらしい。もう少し早く私が気づいてあげられたら、と思うと胸が痛む。けれどお母さんは、無事に癌を克服してこうして今一緒に暮らすことができている。
もしヒデトが居なかったら今の生活はないに違いない。お母さんを入院させてあげられることも、2人で何の心配もなく暮らすことも出来なかっただろう。だから、ヒデトには凄く感謝してる。というか、早く会って恩返しがしたい。
「私も1度あってお礼が言いたいんだけど」
「うーん……最近忙しいみたいだから……」
「あら、そうなの?」
私は頷く。
ここしばらくヒデトとメールのやり取りをしていない。2ヶ月程前に私が送って以来、返信が無いのだ。それまではどんなに遅くても1週間ほどでメールが返ってきてたのに。
もう1度私から送ってみようかな。だけど、ヒデトにしつこいと思われたくないし……。うーん……難しいなぁ。
「早く会えるといいわね」
「う、うん……」
私の内心を知ってか知らずか、優しく微笑むお母さんに私はこくりと頷いた。
***
デュノア社から直接呼び出しを受けたのは、10月ももう終わろうとしている頃だった。
ヒデトに会えるまでの残りの日数をこっそりつけ始めていた私に、デュノア社長───私の父にあたる人の秘書を名乗る人から電話が掛かってきた。
『社長が相談したいことがあるので、明日本社まで来て欲しい』とのことだった。
翌日、迎えにくれたらしい黒塗りの車に乗って、私は本社へと向かった。デュノア社長と私が親子だということは、極々少数の人にしか知られていない。社長に愛人と隠し子がいた事が知れれば、会社に大きなダメージとなるからだそうだ。
その為か、車の窓には一面スモークが掛けられていた。なんだか映画に出てくるマフィアにでもなったような気分だ。
車はやがて本社の地下にある駐車場らしき場所に到着した。
「車を降りて、ここで待っていなさい」
運転手の人にそう言われ、私は車を降りる。車はすぐに走り去っていってしまった。えっと……ここからどうすればいいんだろうか。
そう思いキョロキョロしていると、後ろでチンと音がした。振り返ってみると、数機並んだエレベーターのうちの1つが開いていて、中から1人の女性が手招きしていた。
「シャルロットさんですね」
私と手に持っていた書類とを交互に見た女性が声を掛けてくる。
「は、はい」
「昨日電話させていただきました社長の秘書の者です。社長室にお連れしますので着いてきてください」
「……はい」
エレベーターに私が乗るのを確認した秘書さんが何やら壁際のタッチパネルを操作する。すぐに身体にGが掛かり、エレベーターが動いているのが分かった。ドアの上に表示された液晶の数字はどんどん増え、30を超えた。
「着きました。降りてください」
35という数字が表示されたところでエレベーターが止まり、ドアが開いた。フロアにはガランとした長い廊下が続いていて、両サイドに部屋が並んでいるらしかった。私達以外の人の姿は見当たらない。
ふかふかと沈むマットが敷かれた廊下を秘書さんに着いて進む。やがて大きな両開きの扉の前で彼女は立ち止まった。扉横の壁に付けられたプレートには『社長室』と金色の文字で書かれていた。
「社長、シャルロットさんをお連れしました」
ノックと共に秘書さんが部屋の中に声を掛けると、微かな機械音と共に扉が開いた。
「お入りください」
秘書さんに促され、部屋の中に入る。後ろ手で扉が閉まるのが分かった。
広い部屋の奥は一面ガラス張りになっていて、青い空が見えた。その手前には木製のデスクが置かれていて、黒く光る革製の回転椅子が向こうを向いていた。
「社長」
後ろに立っていた秘書さんに声を掛けられ、ようやく椅子がくるりと私の方へ向く。背もたれの大きなその椅子には私と同じ紫色の瞳の男性が座っていた。
この男性が、デュノア社の社長であり、私の実の父親であるクレール・デュノア氏だ。
「よく来たな……シャルロット」
「お久しぶりです……社長」
低めの声で私の名前を呼ぶデュノア氏に私は頭を下げる。私の中で、彼が父親だという事実はあっても家族だという認識はない。何しろ彼とは私がデュノア社の保護下に入ってから数回しか会っていないのだ。しかもそのどれもがISに関係する用事であり、私とデュノア氏は未だに家族としてどころか、仕事に関する以外の会話をしたことが無かった。
「……専用機の調子はどうだね?」
「……はい。基本スペックが高いおかげかとても使い易い機体です」
デュノア氏の質問はいつもと同じく、ISに関することであった。私は内心少しほっとしながら、彼の問いかけに答える。
IS適性Aと診断され、ISに関する知識もある程度蓄積されていた私は、デュノア社ともテストパイロットとして契約を結んでいた。
自分にISの適性があったことにも驚いたが、なにより驚愕したのがそのIS適性がAであったことだった。まさにヒデトが言ったとおりだったのだ。彼から超能力を使えると打ち明けられてもさほどびっくりしない気がする。
そういう訳で、IS適性Aを持ったテストパイロットとしてデュノア社の訓練を受けていた私は、半年ほど前に専用機を受け取っていた。
デュノア社が開発している第二世代型IS『ラファール・リヴァイヴ』、それを改造したものが私の専用機『ラファール・リヴァイヴ カスタム』である。原型が量産機である為、汎用性が重視されたこの機体。現在行われている二次改装が終われば、『ラファール・リヴァイヴ カスタムⅡ』として生まれ変わることになり、機体スペックだけで言えば、第三世代型ISにも匹敵するようになるらしい。
これで私はやっとヒデトの役に立てるのだ。オレンジ色にカラーリングされた『ラファール・リヴァイヴ カスタム』を見上げる度、私は言いようのない高揚感に包まれていた。
「そうか、君さえいればデュノアの未来は明るいな」
「……ありがとうございます」
私の力はデュノア社の為ではなく、ヒデトと紺野重工業の為に使うつもりだが、私は頷いておく。
日本のIS学園に通うには、フランスの代表候補生になるか、それに匹敵する実力を見せる必要がある。だから今の私にはデュノア社と『ラファール リヴァイヴ』の力が必要なのだ。
「ところで今日君を呼んだ件なんだが」
「はい、何でしょうか?」
「少し困ったことになってね」
デュノア氏はそう言ってわざとらしく眉を潜めた。
続いて放たれた言葉に私は自分の耳を疑った。
「実は日本の紺野重工業がシャルロットのテストパイロット契約を解除したいと言ってきたんだ」
しん、と社長室が静寂に包まれる。私が何も反応することが出来なかったからだ。
「……そ、それはどういうこと、ですか?」
しばらくして、ようやく私は震える声で聞き返した。
「どうやら他のテストパイロットが見つかったとかで、君との契約を解除したいそうだ。担当者は『より優秀なテストパイロットしか要らない』と言っていたよ。全く……勝手な連中だ」
「そんな……」
デュノア氏はそう言って、1枚の紙を私に見せてきた。契約を解除する旨が書かれたその紙の最後には、紺野重工業の名前の書かれた赤い判子が押してあった。
私は頭を金づちで殴られたような気がした。とても信じられない。そうだ、ヒデトに連絡して確認を……。
「私としては反対したんだが一方的に契約解除を通告してきてね……シャルロットとの個人間連絡は全て絶つと言ってきた。……最近メールや電話が通じなくなったりしていないか?」
社長の言葉に、私は心当たりがあった。
彼の言う通りヒデトや紺野重工業からここ2ヶ月ほど連絡がない。忙しいからと思っていたけど、契約を解除しようとしてたからだったの……?
にわかに信じられない話。だけど今の私の置かれた状況と、デュノア社長の話は辻褄が合っていて……それは私の中で、自分が紺野重工業に───ヒデトに捨てられてしまったんだという可能性を、『事実』にまで押し上げていた。
「そんな……頑張ったのに……」
思わず床にへたりこんでしまった。後ろに控えていた秘書さんが背中を摩ってくれる。
「外国の企業なんて所詮そんなものだ……自分達の利益しか考えずに、結べるのは利害関係しかない。あぁ、シャルロット……可哀想に」
デュノア氏にそう言われ、私は必死に否定しようとした。ヒデトはそんな人じゃない!と。だけど、彼が日本に帰ってからの姿を私は知らない。もし、彼が他の優秀な女の子と出会っていたら……そう思うとポロポロととめどなく涙が溢れてきた。
ヒデトにまた会うため、彼に恩返しするために今日まで頑張ってきたのに……。
今日までの努力は何だったの?
虚しさと悲しみで胸の中でいっぱいになる。
「シャルロット……安心してほしい。デュノア社は……私は君の味方だ」
いつの間にかすぐそばに来ていたデュノア氏が私の頭を撫でる。普段なら嫌悪感さえ覚えるデュノア氏の声は、とても優しく穏やかだった。
「デュノア社の専属テストパイロットとして君を迎え入れたい。シャルロットの実力ならすぐにでもフランスの代表候補生になれるだろう」
「代表候補生……」
「あぁ、そしてIS学園に行くんだ。フランス代表としての実力を見せて、シャルロットを裏切った紺野重工業を後悔させてやれ」
デュノア氏の提案は、今の私の欲求を性格に捉えていた。日本に行けばヒデトに会えるかもしれない。IS学園で活躍すれば、ヒデトにまた振り向いてもらえるかもしれない。
「「……少し考えさせてください……」
呟くようにそう言うと、デュノア氏は驚くほど素直に私を家へと返してくれた。お母さんに心配されながらも、何とか自分のベッドに倒れ込んだ私は、傍らに置いてあるノートパソコンを取り出した。ヒデトがくれた私とヒデトの唯一の繋がり。
『ヒデト。久しぶりだね。デュノア社の社長……お父さんから聞いたんだけど、私のテストパイロット契約を解除したって本当?とにかく1度ちゃんとお話がしたいです。返信待ってます。
貴方の友人 シャルロット』
「お願い……届いて」
祈るような気持ちで送信ボタンを押す。
だが、1週間待っても2週間待ってもヒデトからの返信は無かった。
11月の半ば、私は再びデュノア本社の社長室を訪れていた。
「今まで本当に済まなかった……父親として君の目標を応援させてもらえるか?シャルロット」
目にうっすらと涙を貯めながら話すデュノア氏のその表情はとても優しそうで────────小さい頃に思い描いたお父さんの姿とそっくりだった。
私はしばらく躊躇い、そして
「────────はい、お父さん」
彼の手を握り返した。
あともう1話投稿して、IS学園編に入ります。大変お待たせしました。