IS 女尊男卑の世界に転生しちゃった俺は兵器開発で逆転を狙いたい   作:砂糖の塊

13 / 35
13話

 

顔を横から思い切り殴られ、ベッドから吹っ飛ばされた俺はゴロゴロと丸太のように床を転がる。

 

「ぐ……っ……」

 

左頬が焼けるように痛い。額から血が伝うのが分かった。口の中も切れたらしく鉄の味がじんわりと広がる。

 

何とか両手を使って身体を起こすと、気絶していたはずの男が恐ろしい形相で俺の方へと近づいてきていた。完全に油断した。俺のせいだ……。

 

『この……クソガキ……貴様のせいでぇっ!!』

 

男の振り上げた脚が俺の腹部を貫く。肺に残っていた酸素が全て出ていくのが分かった。身体を丸めてなんとかダメージを受け流そうとするが、男はその後も何度も何度も力任せに俺を踏みつけてくる。

 

『ロイさんっ!お願い!やめてっ!』

『このっ!死ねっ!クソガキっ!』

 

シャルロットが泣きながら男に縋り付き、懇願するが、怒りで我を失っているのか男には聞こえていないようだ。

 

シャルロット!いいからお前は逃げろ!

俺は必死に心の中で叫ぶが、顔を真っ青にして男の脚を抑えようとする彼女には届かない。

 

『ロイさん……なんでもしますから……』

『はぁっ……はぁっ……この売女の娘が……』

 

肩で大きく息をする男が、ふと我に返ったようにシャルロットの方を向き直る。『ひっ……』と短い悲鳴を上げた彼女はチラッと俺の方に心配そうな視線を向けたあと、抵抗する様子もなくぎゅっと目をつぶった。どうやら俺の為に自分を犠牲に差し出すつもりらしい。

ふざけるな……!

 

『お……い……この……変態野郎……』

 

シャルロットの肩を掴む男の背中に向かって挑発的な台詞を放つ。咳と共に血の混じった体液が出てきた。

 

『あぁ……?まだ死んでなかったのか?』

『ヒデト!もうじっとしてて!お願い!』

『そいつは……俺の……だ。はぁ……はぁ……汚い手を……離せこの野郎……っ!』

 

満足に話すことも出来ない。視界は既に霞み、身体中がボロボロだった。それでもここで諦めれば、目の前の少女が傷つけられてしまう。そう思うと勝手に口が動き、四肢に力がこもる。自分で思っていたより、俺は熱血系だったらしい。

 

『そんなに死にたいなら殺してやる……!』

『やめてよぉっ!ヒデト逃げてぇっ!』

『……お前が……逃げろ……バカ……!』

 

シャルロットの制止を振り払った男は俺を蹴飛ばして仰向けに転がすと、上に跨ってきた。丁度マウントポジションを取られた体勢になった。弱った身体で精一杯の抵抗を試みるが、はじめから大きく開いた体格さは覆すことは出来ない。やがて男の硬い拳が俺の頬を打ち抜く。

 

1発1発と殴られる度に意識が遠のいていくのが分かった。シャルロットの泣き叫ぶ声も少しずつ遠くなっていく。あぁ……整った顔が台無しだ。折角イケメンに産んでくれたのに……母さんごめん。父さんも……。俺はまた死ぬみたいだ……。ぼんやりと最期が近づいてくるのが分かった。

 

 

 

その時だった。

 

 

パシュッ、パシュッと気の抜けたような音が2回室内に響いた。

 

『ぐあぁっ!!?』

 

その音の直後、俺の上を陣取っていた男が叫び声を上げた。そして肩を抑えて俺の方に倒れ込んでくる。男の肩からは赤い鮮血が噴き出しているのが見えた。

 

『……おっと』

 

俺の目前まで迫っていた男の動きが止まる。見覚えのある赤いシャツが男の首筋に回され、数秒後に男がぐるんと白目を向いた。そしてゴミを扱うのように横にほおり投げられる。

「……すみません。遅くなりました」

『……森本……さん』

 

男が退いたことで視界によく知る人物が映る。いつも通りの目尻が垂れた優しそうな表情に、緊張感のないアロハシャツ。見間違えるはずもなく────そこには森本さんが立っていた。

 

「大分派手にやられましたね。今警察と救急車が来ますので。痛いなら返事されなくて大丈夫です」

 

森本さんは普段と変わらない様子でそう言って、俺の肩を掴んだ。一瞬の痛みのあと、肩が若干動くようになる。どうやら外れていた関節を入れてくれていたらしい。

 

「1人で突入なんて随分と思い切ったことをしますね。たまたま用事で村の方に向かっていなければ……死んでましたよ秀人さん?」

「……」

 

笑った表情のままの森本さん。だがその目は氷のように冷たかった。俺は何も言い返せなかった。ついさっきまで 『死』がすぐ近くにあったのは紛れもない事実だからだ。

 

『……デュノアさんも良く頑張ったね。もう大丈夫だから』

『あ……あの、ヒデトは……?』

『見ての通りボコボコにされてるけど、命に別状はないと思うよ』

 

酷い言い様だがその通りなので、俺は黙って目をつぶった。どうしてかすごく眠たい。森本さんが来て俺も安心したからだろうか?

 

『良かった……う、うぅ……っ!ヒデトぉ!!』

 

我慢していたものか決壊したような勢いの泣き声が耳元で聞こえる。彼女の柔らかくて小さな手のが頬に当たるのが分かった。発熱する肌が冷たいシャルロットの手に当たって気持ちいい。頭が持ち上げられ、後頭部に柔らかさを感じる。これは……膝枕されてるのか?

 

『ごめんね……ごめんね……ヒデト……!』

 

ぽたぽたとシャルロットの頬を伝った涙が、俺の頬に落ちてくる。……今はとにかく眠いんだけど……。彼女の柔らかな手にさすられながら、俺は緩やかに意識を手放した。

 

 

***

 

次に目を開けると、知らない天井が広がっていた。日本の自宅でもシャルロットの家のダイニングでもない。……ここはどこだ?

 

キョロキョロと周りを見渡そうとすると、全身に激痛が走る。痛てぇっ!?なんでっ!?慌てて痛む場所を抑えようと右腕を上げると、チューブが付いていた。

……あぁ、病院か。俺はようやく今の状況に至るまでの経緯を思い出した。……助かったんだな、俺。入院着らしい薄い緑色の服をめくってみると身体中に青アザがあり、至るところに湿布が貼り付けられていた。

 

うわぁ……痛そう。俺の身体だけど。

 

どのくらい寝てたんだろ……時計を探してもぞもぞとベッドの上で蠢いていると病室のドアが開けられた。

 

「起きられたようですね、ヒデトさん」

「あぁ……森本さん」

 

そこには何やら書類の束を持った森本さんが立っていた。今日は黒い落ち着いたスーツを着ていて、優秀そうな雰囲気が漂っていた。

 

「あの……」

質問しようと口を開いた俺を森本さんが手で制した。

 

「今は11月13日現地時間11時25分です。秀人さんは丸々1週間意識を失っていたことになります。ここはパリにある総合病院です。デュノアさんのお母さんもここで入院されています。秀人さんの怪我の具合ですが、全身の打撲。それに右脚と左腕の骨折ですね。幸い内臓の損傷は無し。他に質問はありますか?」

「えっと……シャルロットは?」

 

ペラペラと話す森本さんに気圧されながら俺は一番気になっていたことを尋ねた。

 

「警護を付けて自宅で待機させています。初めのうちは病院にいたのですが余計に憔悴するようだったので返しました」

「そうですか……」

 

やっぱり襲われたことがトラウマになっているんだろう。俺は自分の無力さに骨折していない右手をギュッと握りしめる。

 

「デュノアさん、泣いてました」

「やっぱり……そうですか」

「秀人さんの姿を見てですよ?」

「……?」

 

首をかしげる俺に、森本さんはどこからか手鏡を取り出し、俺の方に向ける。

 

そこには、逆マンガのお手本のように顔を腫れさせた俺の顔が映っていた。内出血のせいであちこちにアザができ、切り傷の上には絆創膏がことごとく貼られていた。

 

「これは……ヒドイですね」

 

自分でも笑ってしまうほど酷い顔だ。

 

「『自分のせいだ』ってずっと泣いて、夜も寝ないようなので帰らせました。自宅にいる今もしきりに秀人さんの様子を護衛に尋ねているそうですよ」

「……!」

「泣かせちゃいましたね、秀人さん」

 

森本さんはそう言うと、ヘラっと笑った。だが、その目はこの間と同じように全く笑っていない。

 

「日本の社長とご婦人にも連絡させていただきました。2人とも凄くご心配されておられて、それにお叱りを受けてしまいました。秀人さん?」

「……はい」

「どうして1人で行かれたのですか?相手が成人男性と分かった上での行動ですよね?」

「……一刻も早くシャルロットを助けたくて」

「その結果殺されかけて、デュノアさんに大きなトラウマを残したのは分かっていますか?」

「……はい」

 

森本さんの声に俺は頷き、項垂れた。森本さんが到着するのがほんの少し遅ければ俺は死んでいたし、もしかしたらシャルロットも殺されていたかもしれない。

気付かないうちに1番危ない橋を渡っていたことに気付き、俺は森本さんの顔が見れなくなってしまう。

 

「我々は組織です。日本では紺野重工業、ここでは情報部フランス支部に我々は所属しています。誰か1人のミスで全体が大きな危機に陥りますよね?」

「……ごめんなさい」

「秀人さん、貴方は社長のたった1人の息子さんで、紺野のこれからの経営の核となる方です。それを理解されているなら、フランスのテストパイロットの少女1人よりも御自身を優先されるべきでした」

「っ!それは────」

森本さんの余りにシャルロットを軽視した言い方に、俺は思わず口を挟む。すると森本さんはヒラヒラと手を振って、俺を制した。再び見た彼の目はいつも通り垂れ下がった優しげなものになっている。

 

「ここまでは秀人さんの護衛としての私の意見です。ここからは世間一般的な見方と私の私情からお話させていただきます」

「……?」

 

突然森本さんの口調が変わったことに俺は戸惑う。

 

「『少女を救う為に、勇敢にも立ち向かった日本の少年!』」

「……?」

「6日前のフランスの大手新聞1面の見出しです。お持ちしました」

そう言って俺にフランス語で書かれた新聞を見せてくる森本さん。確かに1面にはシャルロットが誘拐された記事と共に俺のことがやや大袈裟に書かれてあった。

 

「紺野財閥の御曹司ということで写真の掲載はやめてもらいましたが、日本でもニュースになっていますよ。女尊男卑の中で久しぶりに男性が活躍したニュースだと」

「はぁ……?」

 

俺は事実とかけ離れた新聞の記事に閉口してしまう。シャルロットが口を閉ざしているせい(おかげ)か、ほぼ想像で書かれたのであろう事件の概要がそこに書いてあった。

 

『仲の良い少女の為に危険を顧みず犯人に立ち向かった勇敢な少年』?実際は契約相手に盗聴器をしかけて、たまたまピンチに気付き、ボコボコにされた日本の中学生というのが真実だ。実際は俺なんて何も出来なかったんだ。いたずらにシャルロットや森本さん、日本の両親を心配させただけの無鉄砲なバカ。それが俺だ。

 

「社長もデュノアさんを助けたことを非常に褒めておられました。『さすが俺の息子だ』と。お母様はずっと秀人さんのことを心配されていて、フランスにまで来ようとされていました」

「ははは……」

「実際の秀人さんの姿をご覧になったら卒倒されるでしょうから、何とかお断りしましたが」

「……ありがとうございます」

 

頭を下げる俺に、森本さんは優しげな笑みを浮かべると、ポンポンと肩を叩いてきた。

 

「先程は散々叱らせていただきましたが、秀人さん。素晴らしい勇敢な行動だったと思います。秀人さんのお陰でデュノアさんが外傷なく戻ってこれたことは確かなんです。頑張りましたね」

「……え?」

「貴方より年上の、1人の男として誇りに思います」

 

思ってもみなかった森本さんからの称賛の台詞に俺は目頭が熱くなるのを感じる。そうか……俺は契約相手で友達の、1人の女の子を助けられたんだ。

 

「……ありがとう……ございます」

 

泣いているのを気取られないように、俯いたまま俺は返事をした。森本さんも俺の意図に気づいたのか、泣いていることには触れないでくれた。

 

「とりあえずあと1週間はデュノアさんはお見舞いに来れませんね」

「な、なんで?」

無性に彼女の顔を見たくなっていた俺は思わず素で聞き返してしまう。

 

「早く元通りのお顔に戻ってください」

「……はい」

 

手鏡を手にニコニコと答える森本さんに俺は頷くしかなかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。