IS 女尊男卑の世界に転生しちゃった俺は兵器開発で逆転を狙いたい 作:砂糖の塊
カコン、と
手入れの行き届いた日本庭園。錦鯉の泳ぐ池が朝の日差しを反射してキラキラと光っていた。
そんな朝の爽やかな景色を目の前に俺はふぁぁ……と大きな欠伸をしながら背伸びをした。
「……眠ぃ……」
ポリポリと頭を掻きながら中庭に面した板張りの廊下を通って、リビングへと向かう。お手伝いさんが朝早くから磨いてくれたらしく、ピカピカと光を反射する廊下は、朝イチの目には優しくないほどだった。
「坊ちゃん、おはようございます」
「あぁ……おはよう、ご苦労さま……」
庭の植木を剪定していた中年のおっさんに挨拶を返す。名前は知らない。家に出入りする人が多すぎてイマイチ覚えきれないのだ。
向こうも俺と顔を合わせるのは初めてだったらしく、お互い曖昧に会釈をしながら俺はリビングの障子を開けた。
「あら、おはよう
「おはようございます、秀人様」
「おはようございます」
障子を開け、ドッジボールが出来そうなくらい広いリビングへと入る。ちなみに純和風な外観とは違って家の中の大体の部屋が板張りになっている。生活のしやすさを考えてのことだそうだ。
俺が部屋に入ると、途端に室内にいた俺の母親と、お手伝いさん達が一斉に挨拶をしてきた。
「おはよう……」
もはや当たり前になってしまった朝の挨拶を済ませ、席につく。途端にカチャカチャと目の前に食器が並べられ、後ろからファサ、と白いエプロンが掛けられた。
「自分でやるからいいよ……」
テキパキと数人のお手伝いさんが動き回り、俺の前に豪華な朝ご飯が並べられていくのを見て、俺はいつもの如く申し訳なくなる。
「いえ、私共の仕事ですので」
長年家で働いてくれているらしい背の高いお手伝いさんが眼鏡をくい、と上げながら応える。そう言われても、慣れないものは慣れない。俺としては、醤油差しとかオーブントースターとか欲しいものが全て手の届く範囲にあって、自分でやる方が落ち着くのである。
「秀人様、お食事の御用意が出来ました」
「あ、ありがとう……」
チラッと母さんの方に目をやると、母さんは既に食事を終えたようで、紅茶をゆっくりと飲んでいた。
「えっと……一緒に食べない?」
「お気持ちは嬉しいのですが……私共の食事は別に用意させて頂いておりますので……」
壁際に並ぶお手伝いさん達にも声をかけてみるも、申し訳なさそうに断られてしまった。しょうがない、今朝も1人で食べるか。
「いただきます」
手を合わせ、朝食を食べ始める。今朝は和食だった。照りのある焼き魚をご飯と一緒にかきこみ、味噌汁を啜る。うん、今日も旨いっす。
「秀人様、今日は何時頃にお帰りなさいますか?」
お手伝いさんが作ってくれた朝食を味わっていると、眼鏡のお手伝いさん(確か、田中さん)が声をかけてきた。
「そうだなぁ……そういえば友達が家に来ないかって誘ってくれてたな……」
「ご学友のお宅までお送り致しますか?」
「いや!?いいよ!学校からすぐだし!」
「それでは何かお土産を用意させますね」
「あぁ……お菓子とか?」
「はい、ただいま帝都中央ホテルのパティシエに洋菓子の注文を……」
「……やっぱり帰りに自分で買って持っていくから」
「秀人、駄目よ。失礼のないようにちゃんとしなくちゃ」
黙って俺と田中さんの話を聞いていた母さんが口を挟んできた。
「秀人はまだ小学生なんだから、1人で買い物なんて出来ないでしょ」
いや、普通に出来るんですけど……。俺は言いかけた言葉をぐっと飲み込んだ。そうだ、俺はまだ
俺は俗に言う転生者だ。地獄落ち間違いなしと言うくらい自堕落な前世を送っていたにも関わらず、神様の気まぐれか何らかの書類ミスかで世間一般から見て、いわゆる上流と言われる家庭の長男として転生し、甘やかされる毎日を過ごしている。ただ、流石に前世と同じ過ちは繰り返すまいと勉強も運動も一定の努力はしているつもりだ。
英語と中国語はもう話せるし、高校数学くらいならもう予習が終わっている。それに運動会のかけっこでは断トツの一番になれるくらいにはね。
「秀人がもし誘拐でもされたら……お母さんは生きていけないわ……」
俺が誘拐されるところを想像したのか、陶磁器の様な白い肌を青くし、大きな瞳を伏せる母さん。息子の俺から見ても中々に美人だと思う。そして、俺もそんな母さんのおかげか結構イケてる顔立ちらしい。自分ではよく分からないが、前世に比べて小学校でのモテ方が全く違う。母さんには感謝するばかりだ。
「今誘拐と言ったかぁ!?」
障子がバン!と勢いよく開き、熊の様な大男がリビングに入ってきた。田中さんを除くお手伝いさん達の肩がビクッと震える。かくいう俺も障子に背を向けていたせいで、チビるかと思うくらい驚いた。
「ち、違うよ、もしも誘拐されたらっていう話……」
「なんだ!良かったぞぉ!もし秀人が誘拐でもされたら……」
「されたら……?」
「地の果てでも追いかけて、犯人を血祭りに上げてやる」
犯人の皆、逃げて。
物騒なことを言いながら、大男は物凄い力で座っていた俺を抱き上げた。暑苦しい、汗臭い、男臭い。どうせなら母さんかお手伝いさんに抱っこしてもらいたい。それならフローラルな香りに包まれて朝から癒されるのに……。
「父さん、俺朝ご飯食べてるから……」
「おぉ!?そうか、悪いなぁ!!」
大男改め、父さんは馬鹿みたいにでかい声でそう言うと、ダンクシュートを決めるような腕の動きで俺を椅子に戻した。
「もう、あなた!秀人が怪我したらどうするの!?」
「すまん、でも絶対落とさんから大丈夫だ!!」
「ふぉおおっ!!!」と叫びながら力こぶを作る父さん。朝から暑苦しいのでやめてほしい。まだ春先なのになんでタンクトップ1枚なんだろうか。色々言いたいことはあったが、1番思うのはやっぱり……母さんに似て良かった、ということであった。
こんな筋肉ゴリラと呼びたくなるような父さんだが、実は凄い人らしい。俺の苗字でもある『紺野』は第二次世界大戦前からある日本でも有数の企業らしく、父さんはそんな会社の3代目社長を任されている。『紺野重工業』と言えば大型トラックやタンカー、果ては自衛隊が採用している戦車のパーツまで製造している大企業だ。前世には『紺野』なんて名前の会社は無かった為、始めのうちはピンと来なかったが、最近ようやくその凄さが判ってきた。
そんな凄い会社社長の長男である俺もゆくゆくは……つくづく恵まれた環境に転生できたものだと思う。だから、俺も今のうちから精一杯努力しなくては……。
2度目の人生で9回目の春。俺は美人な母さんと、屈強で男臭い父さんと、沢山のお手伝いさんに囲まれて何不自由ない生活を送っていた。
そう、あの日までは……。