【Original】藤野夫妻で小説の練習(リハビリ)   作:つきしろ

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第8話

 

 一学期に一度、学園では学生たちの実力を測るため、より実戦に近い模擬戦闘を行う。二人で一組のペアを作り、トーナメント戦を勝ち上がる。優勝者にはそれなりの単位と副賞として売店で使える引換券が渡される。

 

 らしい。

 

 彼は、龍騎はこういった催し物にとことん興味がなかった。人が集まるのも嫌だし、無為に体力を使うのも嫌だった。

 

 机の上で尾羽根と冠羽の長い紅い鳥がパタパタと羽ばたく。空を眺めていると時間が経っていたらしい。教室内に人は残っておらず、空は赤くなっている。

 

『お疲れですか、ご主人様』

 

 小さな鳥から送られる声に首を振った。別にそういうわけじゃない。ただ、そろそろ断りを入れるのにも疲れてきただけだ。

 

 魔法実践においても良い成績を残す彼は男女問わず模擬戦闘へと誘われる。

 

 だが、やはり面倒だった。参加したら良いのに、という鳥の声には無視を決め込んだ。いくら自分の『召喚獣』であっても、言うことを聞いてやるつもりはない。

 

 学園の単位は授業を聞いていれば問題ない。なのに何故怪我を負うことも有るほどの努力をしてまで模擬試合に出なければならないのか。

 

「あー!見つけたあ!!」

 

 バン、と扉が壊れんばかりの勢いで開かれる。

 

 そこに居たのは青い髪の女。

 

 龍騎を見つめ、ヅカヅカと大股に近寄ってくる。教室にいるのは龍騎のみ。用があるのは龍騎なのだろう。何の用だ。そう聞く前に彼女は片手で強く彼の机へ叩いた。

 

 座った姿勢の彼は必然的に立っている彼女に見下される。

 

「ねえ、お願いがあるんだけど。あ、やっぱりその子アナタの子なんだ。この前はありがと」

 

 ころころと話題の変わるやつだ。

 

 頼みがあると言った直後に龍騎の机に乗っていた鳥を見つけると笑いかける。

 

「で、さ。アナタ毎期模擬戦に出ないって聞いたけど何で?」

 

 急に変わった話題に龍騎は視線を上げて青い髪の女を見やる。冗談を言っているような顔には見えない。むしろ、真剣にすら見える。

 

 この女も自分を模擬戦闘のコンビにならないかと誘いに来たのだろうか。他と、変わらないのか。

 

「……話す必要があるのか」

 

 思わず不機嫌な声が出る。

 

「あるわ、私が知りたい」

 

 表情を一切変えず、ただただ自信を持ってそう言う彼女。

 

 思わず、笑った。

 

 あざ笑うような小さな笑いだったが確かに笑った。嘲笑われても彼女は表情を変えず、再度どうして、と龍騎へ詰め寄る。嘲笑われることに慣れているのだろうと推測できる。

 

 だが、嘲笑ったのは何も彼女のことではない。

 

 龍騎は顔を上げる。酷く真剣な表情が似合わないと思えてしまうのは何故だろうか。まだ彼女のことは名前しか知らないというのに。ああでも。間違っていない気がする。

 

「面倒だからだ。それ以外に理由なんて無い」

 

「そう、じゃあ一緒に出ましょう。楽しませてあげるから」

 

 今度は、笑っていられない。

 

 代わりに彼女が酷く嬉しそうに笑った。何が楽しいのか龍騎には分からない。

 

「面倒なのが嫌なんだよね、だったらそれ以上に楽しませてあげるから一緒に出て」

 

 理屈がおかしい。常識が通じないと言えば正しいのだろうか。違う、自分勝手だ。そんなおかしな理論に付き合う必要は龍騎にない。首を振る。

 

「断る。何なんだお前、急に来て急にそんなこと言いやがって出るなら他のやつを誘うか一人で」

 

「足りないのよ。一人じゃ魔力を動かせないし、他のやつの力量じゃ私の分はカバー出来ない」

 

 ああ。思わず納得してしまった。模擬戦に参加するには一定以上の魔力操作の力が要る。二人で、一定以上の力だ。中途半端に弱い力は怪我の元なのだからと学校側が定めた規約の一つだ。

 

 だとしたらお前は参加すべきではないだろう。怪我を売る。

 

 そう言葉を返したが、遥はもう一度同じ言葉を言う。模擬戦に一緒に参加しよう。楽しませることが出来るから。

 

 酷く、必死なようにも見える。

 

 近くに居る召喚獣に目をやると彼女はこちらの考えを読んだのかチチチ、と鳴いた。長年一緒にいるから彼女のわざとらしい行動が何を意味しているのかはよく分かっている。

 

 任せた、と言われているのだ。

 

「……俺に相手の攻撃がかすりでもしたらすぐにリタイアする」

 

 本来は二人共が倒れるか動けないほどに魔力の消費をした時、そして本人たちが負けを認めリタイアした時に試合が終了する。

 

 たとえ大怪我をしたとしても続く模擬試合、攻撃がかすった程度でリタイアする人間は参加しない。だが、参加する意志を見せた途端彼女は顔を緩めた。

 

 先程までよりもずっとずっと幼く、屈託のない顔。

 

 直視しているのが何故か気恥ずかしく、龍騎は視線を召喚獣へと落とした。紅い鳥は羽繕いに忙しく龍騎に視線すら寄越さない。

 

「じゃあ自己紹介、私は青野遥(あおのはるか)。魔法はほとんど使えないけど、近接で同年の人たちに負けることはないわ」

 

「俺は……藤野龍騎。戦い方に得手不得手はない。お前が近接特化だというなら俺は後方に回ろう。それで良いんだろ?」

 

 彼女、遥は大きく頷く。それ以上に何を話すことなくじゃあ大会が近くなったらまた来るから、申込みとか面倒なことは任せた、大きな声でそれだけ言って教室から出ていった。

 

 どちらがめんどくさがりなのか。

 

 召喚獣の鳥が呟いた言葉にいらつき、指で鳥の頬に当たる部分を強く突くと硬い嘴で突かれる。じぶんの発言には責任を持ちなさい、とまるで母親のような言葉にまたイラつく。

 

 お前は俺の母親か。龍騎の言葉に鳥はまさか、と笑う。貴方のような子供を持ったら私は親としての自信をなくします、とまで言う始末。本当に、召喚獣らしくない。

 

 溜息を一つ。

 

 模擬戦闘の参加申請申し込み締切日は明日、今から書いて出してギリギリ受理されるか。そもそも、申請用紙をもらいに担任のもとまで行かなければならないのが億劫だ。

 

 あの担任は、お節介だ。

 

 現に、紅の鳥と共に教務室を訪れ模擬戦闘の申請用紙がほしいと言えば担任は一瞬驚いた後、嬉しそうに気持ち悪い笑みを浮かべている。龍騎にとって気持ち悪い笑みを浮かべている。

 

「で、申請書はいただけますか?」

 

「ああ、うん、もちろんもちろん! 嬉しいなあ、で、お相手は? やっぱり女の子なのかな?」

 

 事情を話すのが面倒で、その場でコンビを組む二人の名前を書いて担任の目の前の机に投げた。ひらりと揺れて担任の前に落ちた紙を見て担任はまた驚く。

 

 では対応をお願いします、龍騎が背を向けると慌てて呼び止める。

 

「ちょちょっと、これほんと? だえ、だって青野さんって魔法を使えないっていう」

 

「参加資格の魔力検知に関してなら俺がなんとか出来ます。幸いにも不必要なほどに魔力だけはありますから」

 

「いや、そうじゃなくて、いや――そういうことなのかな?」

 

 栗色の髪をガリガリと引っ掻いて龍騎の担任はなんとか冷静になろうとする。

 

「ううん、とりあえず申請は受理させてもらうよ。ただ、なんて言おうかな、大丈夫なんだね? 僕ら教師も監視はするけど全ての怪我を避けることは出来ないよ?」

 

 それは、どちらの心配をしているのか。

 

「――、大丈夫ですよ? 怪我をするのも、面倒ですから」

 

 もう、何も言わせない。この受け答えすら、面倒だから。

 

 担任も、背を向けた龍騎を止めることはなかった。ただ、担任の言葉を聞いて周りの教師たちにまで知れたことが面倒で、寄せられたキモチワルイ視線に苛立つ。

 

 教務室を出て口元を片手で抑える。

 

 大丈夫かという紅い鳥の言葉に大丈夫、と返す。

 

「対人戦は、久しぶりだ」

 

『……ええ、そうですね。また、鍛錬をしておかなければ。護るものも護れなくなってしまいますね』

 

「わかってる」

 

 鍛錬をしなければ、勝てるものにも勝てない。するのとしないのでは違う。勝つのと負ける、負けないのと負けるのでは意味が違う。

 

 せめて負けないように。

 

(2017/03/26 23:26:33)


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