【Original】藤野夫妻で小説の練習(リハビリ)   作:つきしろ

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高校生藤野
第7話


 

 何で好きになってくれないの。そう言って俺を叩こうとした手を難なく掴むと顔を真っ赤にした女――残念ながら名前は記憶にない人――が離しなさいよ、とヒステリックに叫んだ。耳が痛くなって思わず手の力を緩めると女は走り去った。まただ。

 

 藤野龍騎はため息をついた。こんなことは彼にとっては定期的に訪れる日常だった。

 

 容姿が良く、成績も上位レベル、加えて魔法実践も難なくクリアする。彼に憧れて付き合ってくださいという女の子は多い。さして興味のない彼は時間が潰せれば、と毎回それを承諾する。

 

 そして、今のように女の子から断りを入れられる。

 

 女の子の手を掴んでいた片手を見て、それから空を見た。

 

 話したいことがあるという女の子に呼び出されて夜の駅に居た。魔列車が空を照らして走り出す。人通りもある場所、周りの人は勝手な推測を話しながら龍騎の隣を歩きすぎていく。

 

 どれもこれも『どうでもいい』と思えた。興味がない。

 

 龍騎は欠伸をひとつだけこぼして、駅に背を向けた。一人で住んでいる家は駅から歩いて数分だ。帰宅したら寝てしまおうか。無駄なことに寝る時間を奪われた。

 

 明日は半日魔法無しのスポーツ授業で埋められていたはずだ。あれほど体力を使う授業は他にない。だから早く寝たかったんだが。

 

 ぐ、と両手を天井に向かって伸ばして龍騎はベッドへ横になる。掛布をかぶれば心地よい暖かさが彼を包んだ。

 

 できれば自分の他に誰も出てこないような、そんな素敵な夢を見せてくれ。

 

 

 手のひらよりも大きなボールを床に弾ませながら走り、高い位置に備えられたゴールポストへボールを投げ込む。魔法に寄る妨害や身体強化は禁止。単純な身体能力と、作戦のみで勝て。

 

 身体能力の底上げと魔法に頼り切らない考え方を学ばせるための授業。五日に一度、学園はこういった授業を持たせる。

 

 龍騎にとってはさしたる問題ではない。

 

 普段の鍛錬を怠っているわけではないのだから基礎体力は在るはずなのだ。本来なら。

 

 動きの鈍いクラスメイトを抜いてシュートを決める。

 

 隣で同じ授業を受けている女子組から黄色い歓声が上がる。だが、いつもと雰囲気の違う。

 

 何だろうか。自分に当てられた歓声ではないような。

 

 汗を拭くついでに女子側へと目をやった。

 

 蒼い、何かが見えた。

 

 それは防御のために立ちふさがる女子たちを壁とすら認識していないのか、緩やかな曲線を描くように動くその蒼はボールを誰に渡すこともなくシュートまで一人で決めた。

 

 汗すらかいていない彼女は次、と言って酷く無邪気に笑った。

 

 誰かが呆ける彼の名を呼んだ。おい龍騎、と大きな声で呼んだ。

 

 龍騎は振り返って授業へと戻り、蒼の彼女は大きな声で名を呼ばれた彼を見ていた。

 

「りゅうき、龍騎って言うんだ……ふうん、話したいなあ」

 

 ボールが行ったよ落ちこぼれ、酷い言葉とともに投げ込まれた攻撃的なボールを片手で受け止める。反則覚悟で自分にぶつかってくる同級生たちを避けてゴールへ向かう。

 

 簡単過ぎる。相手が自分に敵意を持っていれば持っているほど。

 

 そう思った所で足下がパキン、と音を立てる。ただこういう。

 

 『魔法』を使った妨害が鬱陶しい。

 

 少し濡れた氷で足下を凍らされた。蒼の彼女はボールを味方チームへ投げ渡した。自身の体は勢いのままに滑り、壁に向かう。ご丁寧にも氷の床は壁まで続いている。

 

 教師が何かを言っているが上手く聞こえてこない。

 

 強い衝撃に備えた彼女の体は酷く柔らかな羽毛に包まれた。

 

 燃えるような紅い翼。違う、その翼は本当に燃えている。

 

 熱くはない炎を身にまとった大きな鳥の胸元に飛び込んでいた。鳥は大きな二枚の翼で彼女を気遣うように包み込み、空いた小さな二枚の翼を畳み込んだ。

 

 助けるために飛んできた。だが、誰の。

 

 周りの声を聞いていると、彼のだ、と小さな声が聞こえてくる。

 

 動きを止めた周りの女子は男子側の試合を見ている。見れば自分を気遣った鳥と同じ赤い髪の男が点を取るところだった。君、あの男の?

 

 背中にいる暖かな巨鳥に問いかけると鳥はチチ、と口を鳴らして彼女へ顔を寄せた。擦り寄るようなその行動が答えのように思えて、彼女は男子側のしあいを見やった。

 

 自分よりはきっと動けない。けれど強く、周りに目を向けることが得意な彼ならば。

 

 

 試合が終了し、同級生たちが声をかけてくる中で一瞬青い瞳と目が合った。

 

「なあ、向こうの青髪のやつって」

 

 声をかけてくる比較的仲の良い男に聞いてみると答えはすぐに返ってくる。あの生意気な『落ちこぼれちゃん』な、と。

 

 この学校で久しぶりにそんな言葉を聞いた。

 

 比較的全員が同じように成長出来るよう計らう授業をしているのだからそういう、置いていかれるような学生は少ない、はずだ。秀でるものは居たとしても。

 

「そう、落ちこぼれ。魔法がほぼ全く使えなくてこういう授業だけ得意な奴だよ。魔法実践の成績は全てほぼゼロ。顔は良いんだけどな、性格も男勝りって話」

 

 へえ、とテキトウに言葉を返した。

 

 感覚で小さな頃から使ってきた魔法。何故それが使えないのか。

 

 ほんの少しだけ、興味があった。

 

(2017/02/05 22:00:47)


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