【Original】藤野夫妻で小説の練習(リハビリ) 作:つきしろ
模擬戦当日、出場者は一様に講堂へ集められる。参加資格があるかどうかを示すために。龍騎は人の多い講堂内で辺りを見回した。
予想通りと言うべきか。遥と名乗った女の姿はない。魔力は殆どないというのであれば関係ないと考えているのが目に見えるようだ。
ペアの人は。教師の言葉を無視して彼は一歩を踏み出す。野次馬も多くいる中で、彼は片手を差し出した。眼の前には魔力量を推し量るための水晶。この水晶には魔力に応じて色を変える特性がある。正式には水晶ではなく、魔水晶。
だがそれは、彼にとっては『どうでもいい』知識。
体内に巡る血を集めるような感覚を手のひらへ。
『手助けは――』
声をかけてきた紅の鳥は途中でため息をつく。必要なさそうですね。
水晶は丸いその形の中に青い色を滲ませた。ああなんだ、この程度で良いのか。
龍騎は参加資格を与えよう、という教師の声を確かに聞き届けた後背中を向けた。
声をかけて止めたのは担任だった。
おせっかいな、担任。
嫌々と振り返れば別の組が水晶の色を変えられず泣く泣く諦めているところ。
「ね、ねえ。青野さんは?」
「……知りません。必要ないと思って居ないんじゃないんですか?」
思い浮かぶのは静かな場所で戦いの訓練をする女の姿。
ああ、あの場所にいるかも知れない。なんて。彼は自分でもらしくないことを考えて少しだけ笑った。自分でも気付くことがないほど小さな笑いだったが、それを見た担任は安堵したようにため息をつく。
そして良かった、と言葉を返して龍騎を解放する。笑ったことに気付いていない彼はいつもはしつこい担任が早々に退いたことを不思議に思いながらも今度こそ外へ足を向けた。
「あんな奴が」
背後で漏らされた汚い言葉を『いつもの』モノだと決め込んで。
青野は学園備え付けの図書室に居た。手に持った本は魔法全集。初歩的な魔法から高度なものまで、一般的に使用される魔物は全て記載されている。人が使用できるもの、という本に書かれた前提を見て眉を寄せる。
模擬戦闘に参加する学生の殆どは彼のように使い魔を従えている。
彼らの行動、魔法がわからない以上後手に回る。今まで模擬戦闘は『視て』きた。ある程度は頭に入っているが、実際に戦うとまったく違うものだということは『よく』知っている。せっかく参加者を捕まえたんだ、これでは駄目だ。
目的を果たせなくなる。
しかし。彼女は本に顔を隠して小さく吹き出した。
よく捕まえられたものだ。普段は一人で居るから押せばイケるかもしれない、そう思って勢いよく声をかけた。うまくいく保証はなかった。だが、魔力量も多いと有名な彼ならきっと参加資格も得てくれるのだと思った。
実際、彼は参加資格を得ていた。彼女がそれを知ったのは翌日、参加者全員に渡される注意事項を記載した資料を担任から受け取ったから。
どちらに信頼も、友好も無かった。でも、だからこそ。お互いに何も考えず戦いに集中できる。彼は後衛に徹すると言った。気を回す必要はない。自分が全ての攻め手を潰せば良いだけだから。
当日のことを考えながら手に持った本を元の場所へと戻す。
未だ見ぬ『敵』と、知ることのない『味方』
そして模擬戦闘を見に来るであろう『大勢』の人。
心躍るのも仕方ない。彼女は長い時間この日を待っていた、ずっと。