竈の女神、移る
古代バビロニアには偉大な王が居たと言う。その名はギルガメッシュ。人類史に残る最古の伝記であるギルガメッシュ叙事詩に描かれた王であった。
神に作られ、人間を統率するために産まれた王。母に愛され、父に愛されて産まれてきた、王になるために産まれた王。傲慢であり、尊大であり、誰よりも人間と言う存在を愛した王。軽く調べた限りではそんな感じの情報のある相手だったが……どうやら色々と誇張があるらしい。まあ、物語や伝記と言うものはそう言うものだろう。
だが、今は神代。神が実在することが当然とされ、しかも俺自身が神であることからして間違いなく実在しているような世界。そう考えれば、神の実在を示すギルガメッシュ叙事詩の内容もまた事実である可能性が出てくる。
そう言う訳で、お隣、バビロニア・アッカド・シュメール神話群……所謂メソポタミア神話と呼ばれる神々のところに顔を出してみることにした。神話として成立した年代はあっちが先。つまり、ある意味では先輩ともいえる存在だ。
だが、同時に舐められるわけにもいかない。舐められると言う事は、神話その物の格が下がると言うこと。俺の行動の結果としてギリシャ神話全体の格が下がると言うのは良くない。非常によろしくない。しかし態々喧嘩を売りに行くのも馬鹿らしいし、怪我をするのはもっと馬鹿らしい。
「と言う事で、初仕事だ。しっかり動けよ?」
神造人間完成型試作一号機に命の火を入れ、起動する。意識を割いてラジコンのように動かしてみれば、ある程度俺の思った通りに動くことが確認できた。
だが、こうして起動した以上はいつまでも神造人間完成型試作一号機、などと言う記号と変わらないような名前で呼ぶのはよろしくない。こいつに名前を付けようか。
そうだな……よし、それでは俺はこいつのことを『ベル』と呼ぶことにしよう。どこの言葉かは忘れたが、『神』とか『
それに、発音の問題もある。発音次第では鈴と言う意味になったり、鐘と言う意味になったりする。だからこの名前を使っていたとしてもまあ問題は無いはずだ。問題があってもその問題がよほど大きなものでもなければ無視するがな。
起動したベルの身体を動かしてみれば、なんとも不思議な気分になった。神としての権能はそのほぼ全てが使えず、俺が産まれた時から持っていた竈の炎と社会守護、そして孤児の庇護の権能以外はどうやら持ち込みはできないらしく、基本的に権能はそれで何とかしなければならないようだ。
だが、権能外の魔術や方術、道術や陰陽術などの自力で覚えた技術に関しては全く問題なく扱うことができそうだ。人間として得た人間の技術がまさかこんなところで役に立つとはな。
久しく忘れていた。これが人間の身体の感覚……神の身体と違って不自由極まりない。神のそれと違って限界値が明らかに低い。不便で不自由で面倒な身体だが……悪くない。暇潰しには使えそうだ。
まず、ベルの身体に服を着せる。そしてベルの身体でも使える武器を作り上げ、ベルの身体に持たせて待機する。そしてベルの身体に入って、ようやく出発だ。神ならぬ身でどこまでできるかわからんが、どこまでもやって見せるとしようか。この身体でできる事と言えば、護身術を少々に道具と仕掛けを少々。
武器は、自在に刃の形や数を持ち主の意思の通りに変えるヘスティアウェポン。名称についてはまあ、所詮は俺と言う事だ。名前はかなりあれだが便利なことには変わりない。欠点は、意思の通りに形を変えると言ってもその変化には僅かにではあるが時間がかかると言う事だ。その隙を突かれたら面倒なことになるのは必然だし、恐らく戦闘で相手と打ち合っている最中に変えることはできないだろう。相手次第だが。
また、総重量も変わらない。中身を空洞にすれば大剣として振るうこともできるが、バランスが良くないためそうやって使うことは恐らく無いだろう。仕方ないな。そう言うものだ。
では、行こうか。