俺は竈の女神様   作:真暇 日間

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竈の女神、甘やかす

 

 子供と言うのはいくつになっても可愛らしい物だとよく言われるが、それはあくまでも元々可愛らしい子供だったらの話だ。三つ子の魂百までと言う言葉の示す通り、三歳程度の赤子の頃にはもう我儘全開でこちらの言う事なんてまるで聞こうとしない憎らしい子供であった場合、その子供は恐らくいくつになっても憎らしい我儘全開の者となることだろう。

 では、三歳の頃に俺に甘えることが大好きだった子供ならばそれはどうなるだろうか。その答えは、俺に抱き着いたまま眠ってしまったハデスの姿を見ればわかると思う。

 

 初めはまあ、仕事の愚痴のようなものだった。ハデスはギリシャ神話の神の中でも非常に珍しい性格で、非常にきっちりとしている。私生活もそうだし、仕事でもそうだ。仕事のことを私生活に持ってこようとはしないし、しかし仕事で必要以上に手を抜くことはしない。勿論抜くべきところは抜くが、抜かないでいいところは抜こうとしない。死者の名前や何年現世に生き、死んでから回収されるまでにどれだけの時間漂ったのか。そう言った非常に細かいがあった方が良いことはほぼ全て網羅しており、世界に存在する生き物の死後を支配すると言うことで舐められたらその仕事が上手くいかないと姿に見合わぬ覇気を出す。そんな風に仕事を続けていては、疲れてしまうのも当然と言ったところか。

 ハデスは大して強くもない酒を飲み、いつもは食べないつまみをちびちびとつまみ、ぽつぽつと今の仕事の大変さを語る。酔いが回ってかその言葉は支離滅裂な物が多いが、それでも言いたいことは伝わってくる。

 仕事の量についてははっきり言ってもう慣れたそうだ。なにしろ微生物を含めれば一秒間に数兆では足りないほどの命が失われているのを、死者の魂を扱う権能で魂の大きさや罪の量による色で自動で振り分けることができるのである程度分別し、時々混じる違う大きさの魂を部下が取り除いてもう一度流し、その魂の大きさに合った存在に転生させていく。

 もしもハデスが面倒臭がりならここで適当に数字も見ないで書類を認可するだろうが、ハデスは真面目だ。真面目すぎると言ってもいいほどに真面目だ。だからこそ、魂から罪を取り除き、罪を取り除いた魂の大きさや罪の取り除きそこないが無いかを部下任せとは言え最低二回は確認させるし、混じっていた場合には正しい位置に回す。そうした結果としてどんな種に転生することになるかを確認し、転生させるには惜しい存在を見付けたら拾い上げて適性や思想を確認し、それらを組み合わせて必要な所に回す。中間管理職とは言わないが、まるで工場の監督官のような職場だ。続けていればさぞかし疲れが溜まることだろう。

 だから、ハデスが俺に抱き着いたまま眠ってしまっても俺はその頭を優しく撫でてやるだけにしているし、撫でてほしそうに視線を向けてきたら撫でてやっている。そうすることでとても癒された顔をするハデスは次の日には元気を取り戻して、しかしとても名残惜しそうに冥界での仕事漬けの日々に戻っていく。

 場所を支配すると言うことはそういうことだ。支配したらその場所がある程度以上健全に回されて行かねばならず、健全に回していくためには仕事をすることが必要だ。俺はそう言った必要以上の面倒事が嫌でどこか広かったりある一定以上の役割を持つ場所を治めると言うことはしていない。畑や箱庭は趣味の範囲だ。

 一番の趣味は料理だが、それも最低月に一度家族でカレーを食べたりする以外はあまり研究らしい研究もしていない。つまり、どこまで行ってもそう言うのは趣味の範囲内でしかないと言うことだ。

 

 趣味は趣味。他人に理解してもらえなくとも、趣味以外の何物でもない。

 だから、ハデスを甘やかした後にいつも以上に甘えようとして来るヘファイストスを甘やかすのも、母親としての仕事であると同時に趣味の一環でもあるわけだ。

 


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