俺は竈の女神様   作:真暇 日間

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竈の女神、喧嘩は強い

 

 喧嘩の際にはお互いの中でやってはいけない暗黙の了解と言うものがある。それは物理的な方法で行われる目潰しであったり、金的などの急所攻撃であったり、刃物の使用の制限であったりと様々だ。何でもありと言う規則(ルール)があったとしても、そこには最低限の常識と言うものが存在している。

 それはお互いに取り返しのつかないようなことのないように、殺し合いに発展することのないようにと取り決められたことであり、人間にとって、あるいは生命にとっての最大限の禁忌とも言える同族殺しを避けることを目的としたものでもある。

 そんなことを考えつつ始めた俺とガイアの喧嘩の第一手は、踏み込んできたガイアの膝に対するストンプ+踏み砕いた膝を足場にして行う顎への飛び膝蹴りだった。膝が砕け、その直後に顎が下から跳ね上げられたことで舌の先端を噛み切ったらしく僅かに口から血煙を散らし、無理矢理に勢い良く噛み合わせられた上下の歯が砕ける。脳が揺らされ、一瞬にして半ば気を失ったガイアだったが、その身体は倒れることなく途中で止まった。

 当然だ。俺がガイアの腕を引いて倒れないようにしているのだから。

 とは言っても、気絶してしまった相手に追撃をかけるつもりは少ししかない。少なくとも積極的にそれをするなら何らかの理由が必要だ。かつてのポセイドンのような感じだったら躊躇いなく追撃できるが、ガイアの場合は子供の事を考えて一番幸せに暮らせる方法を取ろうとしただけだからなぁ……難しい。

 ちなみにここまでやっても神の身体ならば割と簡単に元に戻る。人間ならば再生能力が一切ない手足の腱を元々あった場所に入れるだけですぐ治るのだから、砕けた歯も適当に集めて口の中に入れてやればあっという間に元通り。実に手軽だ。

 

 ちなみにだが、このように怪我などを治す時には神の力(アルカナム)を使う。神としての力の塊であり、権能を使う時にも消費するが、信仰を受けることで回復することができる。俺の信者は……実のところ、まだ人類が存在しないため人間以外の動物や植物からの信仰が主なものとなっている。それも、個々の神ではなく神という種族。生ける者には追い付くことのできない偉大な存在に対しての信仰であるがゆえにその範囲は非常に大雑把であり、同時に俺のような神ではない存在……ケルト神話で言う所の精霊や、あるいは自然そのものの作り上げた山や大河、風などに対する畏敬も含まれているため、全てが俺たち神の下に来るわけではないが……まあ、普通に暮らして行くぶんには十分だ。

 何しろ俺の権能は多岐に渡る。何者かが俺の権能にかかるものに畏敬を抱けばその畏敬は信仰として俺に流れ込む。特に俺はそう言った感情を受けやすい物については結構な量を抑えている。太陽もそうだし、自然の中で成長した大樹や作物もそうだ。巨大な岩も、一部の山も、この大地さえも、俺の権能にはかかっている。雷も持っているが、これは持っている者が多い権能のため細分化されている。

 天候を支配する天空神であるゼウスの雷は天候としての雷であり、正確に表そうとするならば雷ではなく雷霆。天を覆いつくすように激しく動き回る無数の雷を指す。

 鍛冶神であり火の神、しかしそうなる以前、つまり雷と火山の神であったヘファイストスの持つ雷の権能は、光を伴うことのない雷。いわゆる雷鳴だ。古代ギリシャの存在にとって雷とは天の火であり、火を噴く山こそが火山であった。火山の噴火を見てみれば、轟音と共に火を噴くその姿を見ることができただろう。煙で噴き上がった火は隠れてしまい、何も見ることはできない。だからこそ、ヘファイストスの持つ雷の権能は姿を見せない雷鳴なのだ。

 では、俺の雷の権能はと言えば……電気のエネルギーそのものである。電子の神の一面にも通ずるが、扱うには最も簡単な形態であり、同時にゼウスのように天を覆う雷霆にもなるし、ヘファイストスのように雷鳴のみを轟かせることもできる。とても便利なものだ。

 そう言う訳で、俺が他の神に比べて多くの力を扱うことができるのはこうして広く浅く様々な所から信仰を集めることで神の力の補給量を上げているからだったりする。その点で言えばガイアのばーさんも相当なもんだが、天の星々まで網羅している俺とはほぼ同量か俺の方がやや少ない程度。戦闘に関しての扱い方なら俺の方がよほど上。こうした喧嘩で負ける事なんざ態々考えるような事でもない。

 

 特に、わざわざ俺に喧嘩を売って殴らせて、自分がどうなろうと子供の面倒だけはしっかり見てもらおうと考えている馬鹿な母親を相手にして、負けるなんてことははっきり言ってあるわけがない。やれやれ、ケジメとは言え面倒な茶番に付き合わされたもんだ。

 


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