俺は竈の女神様   作:真暇 日間

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竈の女神、喧嘩を売る

 

 漢字とは、非常に多くの使い方をされる文字である。そもそも音読みと訓読みと言う二つの読み方が存在するどころかその音読みと訓読みがいくつもあり、しかもその読み方の違いが文脈から判断しなければならない物があると言うどうにも難しい物である。

 しかし、それはつまり自由度が高いと言う事であり、自由度が高いと言うことは色々な場所で使い道があると言う事でもある。

 また、本来ならばそうは読めないような組み合わせの漢字で様々な物を表現したりすることもある。そう言うのはよく当て字と言われているが、そう言うものが無ければ日本好きの外国人に『私の名前を漢字で書いてみてくれないか?』とお願いされた時に何とか無理矢理に当てはめてやることもできない。

 まあ、だからと言って『仏恥義理』だとかそういうのはどうかと思うんだがな。

 

「つまるところ自分が産んだ子供をタルタロスから出しておいて何もしないで放置に加え他神(たにん)に面倒を押し付けるとか本当にどうかと思うってことなんだがその辺りどうよ」

「はてさて、何の話やら? 押し付けた覚えなんて全くないねぇ」

「ほうほうそうかそうか。あえて俺の家の方向を指してそっちに楽園があると教えておいてそう言うのか」

「見捨てればいいじゃないか」

「孤児の庇護者が孤児を見捨ててどうするよ」

 

 目の前にいるのは原初神ガイア。俺からすれば妙齢の。この時代的に考えれば子供を産むのに最適な年代の女の姿をしているその神は、どうにもギリシャ神話の神らしい性格をしているようだ。

 基本的に自分本位。そして同時に母親として子供の幸せを願っているが、それで自分が何かをするのは最後の最後。俺の知るギリシャ神話で言えば、この神が動いたのは神話の開始時に少しと神々の時代の終盤に少し。カオスに突如現れたこの神は、自身の力で多くの神々を産み、自らの子でもあるウラノスと婚姻を結んでさらに多くの神を産んだ。これが神話の開始時のガイアの動き。

 そして神々の時代の終盤に、ギガンテス達を唆したりタルタロスとの間にテュポーンをもうけて当時神の世界を支配していたオリュンポス十二神に喧嘩を売る。これがガイアの起こした大きな二つの出来事だ。

 

 はっきり言って非常に迷惑だ。自分の子供を救いたいならまずは自分の力で何とかして見せろと言いたい。ガイアには難しいかもしれないがな。

 何しろガイアは世界そのものを司る存在ではあるが、実のところその『世界』には大きく抜けたものがある。

 まず、空間。これはガイアより早くから存在するカオスの権能で、ガイアは空間に干渉することはできない。

 また、ガイアの産まれた当時にはガイア以外の生命はカオスしか存在せず、その時点でガイアの権能から生物に関わるものや生物の行動によって行われることが抜ける。ガイアの権能は文字通りに世界を司るものであるが、しかしその世界とは完全なる自然物。人や動物の関わった物には一切触れることができないのだ。

 つまり、動物が産まれてから発生した食事や健康、生存。動物が群れ始めるようになって構築され始めた社会や統率、争い、継承、植物の繁栄、密集、そして人間が産まれてから一度に概念が生まれ始めた鍛冶や木工、裁縫などの技能や文化に関わるもの、数学や碩学、魔術や工学などの全てがガイアの権能から零れ落ちているのだ。

 その多くを俺は拾い上げてきた。今俺が上げた権能の殆どは俺が確保しているし、鍛冶はヘファイストスに継がせているが俺ができなくなるわけではない。現在には存在しない電子工学なども俺が持っているし、いまだ知恵のある存在が神及びその血族以外に存在しないため使われることは無いが商売や法律なども権能として持ってはいる。ある意味では俺は文化の女神とも言えるな。名乗る時にはまず間違いなく竈の女神としか名乗らないだろうが。

 

「……まあ、言いたいことは言ったし、さっさと始めるか。準備はできているんだろう(・・・・・・・・・・・・)?」

「勿論。私は予見者でもあるんだよ? わからない訳がないじゃぁないか」

 

 俺とガイアはお互いに向き合い、同時に拳を振り上げる。そして―――勝負は始まった。

 


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