子供を育てるのは難しい。何も知らない人間の子供を一から育て上げるのならばともかく、一度見聞きしたことを忘れない神の子供を育てるとなるとそこにはいろいろと厄介なことがある。例えば、自分の初めて見た存在と俺との違いを感じ取ってしまえば人間の子供と変わらず泣きわめくし、成長は人間よりも大分早いとは言え数年単位でかかるものだ。ギリシャ神話においてヘラが大人になるのにかかったのが、
それと同じだけの時間が、ヘラの子供を育てるのにかかるだろう。ヘラが産んだのが人間から離れた姿をした怪物系統の存在だったならば話は別だが、こいつは完全に……と言っていいかどうかはわからないが人間と同じ形をしている。
……まあ、とりあえず赤子用のミルクでも作るか。デメテル達の時には作ってやれなかったが、成長にはそこまで関わることは無いのだろうが……できることはやっておかなければ。義理であり、預かっているだけであり、実際には産みの親の姉と言う立場になるのだが、それでも今は俺がこいつの母親と言うことになっている。しっかりと育ててやるつもりだ。
だから、今は安心して眠るんだな。ヘファイストス。
久し振りにおんぶ紐を使ってヘファイストスを背負いながら料理を作る。俺用と、ヘファイストス用の二つ。ヘファイストスが産まれてくる頃に合わせてちゃんと子供用の食器も用意したし、形態が犬や蛇だったとしても問題ないようにいくつか種類は作っておいた。久し振りに竈で金属を打ってみたが、感覚としてはあまり変わらない。まるで自転車のように、一度染みつけた動作はそうそう忘れてしまうようなものではないらしい。
アダマスは金属アレルギーのそれには引っかからないらしいので、安心して使うことができる。酸やアルカリにつけても解けないし、イオンを放出することもない。形態が変わらない金属なのだからある意味当然と言えば当然のことだが、やはりこれを武器だけに使うのはもったいないことこの上ない。俺のように自前で作って何にでも使ってしまえばいいのだ。
今朝の食事はかなり薄めのスープ。ただし、野菜も肉も出汁を溶け出させられるだけ溶け出させた淡麗系の濃厚スープ。塩気は無いが出汁はたっぷりなので、この頃の贅沢品とされる塩塗れの料理に慣れさせる前にこの食事に慣れさせてしまおう。
肉や野菜の栄養も溶け出しているので成長にはもってこい。自分で作っておいてあれだが、自分でもかなりいいものを作ったと自負している。
そうして用意したスープをヘファイストス用の皿に注いで、おんぶ紐を伸ばして前に持ってきたヘファイストスに少しずつ飲ませていった。
……紅の髪に、紅の瞳。萎えた脚。そして、顔の右半分が二度以上の火傷を負ってから膿んだような凄まじい状態の娘。それが、ヘファイストス。個人的には正直外見とかはそこまで気にしないんだが、右半分と左半分の差を考えるともったいないとも思ってしまう。
脚に関してはギリシャ神話でヘファイストスが作っていた自分で移動できる三脚なりなんなりを作ればいいし、薬についてはこれから時間がある。作れなければ作れないでまあ仕方がない。どんな状態であろうが、ヘファイストスは今は俺の娘だ。義理だがな。
ヘファイストスに食事を与え終えると、顎を俺の肩に乗せて背中をトントンと叩く。げっぷをさせてやらないと、スープと一緒に呑み込んだ空気が腸の方にまで行ってしまうとそれだけで消化が上手くいかなくなるのが赤子と言うものらしいからな。気を付けなけりゃならん。
けぷ、と言う軽い音を聞いてからもう一度顔を見てみると、無邪気に笑って俺に触りたいと言うように手を伸ばす。俺はそれを受け入れ、そして……愛情を伝えるように右の瞼にキスをする。
……子守歌を歌うのは久しぶりだが……まあ、構うまい。そもそもそこまで上手さを求めるような歌ではないからな、子守歌と言うのは。
では、おやすみ、だ。ヘファイストス。よい夢を。