先祖と言う言葉は、主に何代も前の血族に対して使われる。言葉の定義としては、対象と自分の間に血縁関係が存在し、そして対象が何らかの原因で死んでいること。つまり、先祖と言う言葉は死者に対してしか使われないと言うことになる。
そう考えれば、俺の目の前にいるこの女神……俺の神としての知識が教えてくれるが、俺の血縁上の祖母にあたる神、原初神の一柱、地母神ガイアは先祖や祖先と言う表現はされない存在であると言えるだろう。
「……初めまして、でいいのかね。少なくともこうして直接顔を合わせて言葉を交わすのは初めてだと思うんだが」
「……そうね。初めまして、異様なるジンガイ」
……その呼ばれ方は久しぶりだな。まあ、前世の呼ばれ方とは少し違う気もするが、それは別に構いはしない。
しかし、忘れていた。地母神ガイア。それは世界を司る神。カオスに現れたその時に、タルタロスとエロスの司らなかった権能の全てをその身に収めた、権能の種類と幅においてギリシャ神話の中では誰よりも幅広い物を司っている偉大なる神。
だからこそ、ガイアは未来を読んで予言を行い、運命を操って破滅を齎すことができる存在。ギリシャ神話の最強の怪物であるテュポーンにオリュンポスの神に対して絶対的な勝利の運命を与え、ギガントマキアにおいてもギガンテスと呼ばれる巨人たちに神からの攻撃では死ぬことが無いと言う運命を与えると言う非常識なことを実現して見せた。
実力においては全盛期のゼウスと比べてしまうと一段も二段も落ちるが、その権能や子供の能力を加味すれば決して荒っぽく扱うことができるような存在ではない。そもそも実力を測る際に出てくる比較対照にゼウスが上がると言うだけで十分すぎる実力を持っていると言えるだろう。
そしてその権能は、カオスから原初神として産まれ落ちた際に他の二柱の司らなかったもの全てを保有している。
空隙・空間を司る、原初神を産み出した無形の神。カオス。
冥界よりさらに深い奈落そのものであり、同時に生命でもある原初の神、タルタロス。
性愛と恋心を司る有翼の男性であり、最も崇高で最も偉大で、どの神よりも卓越した力を持っていたエロス。
それらにガイアを加えた原初神の中で、最も多くの権能を保有しているのがガイアなのだ。なにしろ、世界の全てから空隙と奈落と性愛と恋心を除いた全てを司るのが彼女なのだから。
「……で、何用だね? 世界を司る地母神が、竈の神なんて言う木端神にさ」
「婆が孫の顔を見に来るのがおかしいことかね?」
「事前連絡が欲しかった。心の準備もそうだが歓迎の準備もできてないぞ」
ちなみに今日は俺しかいないので適当に野菜を切って盛っただけの料理とも言えないものだ。野菜が良いのでなかなか食えるものになってはいるが、客に出せるようなものじゃない。手を抜けるところでは抜くのが俺だしな。
「構わないよ。別に絶対に食べる必要があるって訳でもないんだ。無いなら無いでいいのさ」
「……いいってんならいいけどよ……まあ、晩飯くらいは食ってきな。時間はあるだろ?」
無いと言われても知ったことじゃないけどな。勝手に作るさ。
俺のそんな思いが伝わったのかどうなのか、ガイアのばーさんは適当な席に座って暇を潰す態勢に入った。まあ、この家には暇潰しの道具は山のようにある。俺自身が暇を嫌うタイプなんでな。弟妹達との時間を取るためにリバーシを作ったり、自身の暇潰しのために作ることを目的としたものを作ってみたり、ついでに拾ってきた水晶を製錬して皹などを消してレンズにして双眼鏡もどきを作ってみたりもした。便利だ。
まあ、どうやらガイアばーさんは俺のことを見極めに来たようだから、いつもの飾らない俺を見せることにしよう。これで敵対することになったとしても知らんがな。
……だが、敵対するとなるとやりにくいことは確かだ。何しろ相手は地母神ガイア。実際の戦闘になったとしても厄介極まりないだろうし、それ以上に俺の在り方からして親からの愛情を一度も受けずに身体だけが育ち、母として愛情を与えることに慣れてしまった存在は……俺から見れば十分に『孤児』のそれだからな。争いとなるとやりにくいと言うのはそういう所から来るのだ。
それさえなければまあある程度なんとかなる。世界全てを権能の範疇に収めると言っても、その世界そのものを燃料とする縮退炉を作ってやれば削り切ることはできる。まあ、その場合俺も死ぬと思うがな。そんなことにならないように注意していきたいもんだ。