「美味い!」
「美味い!」
「「この世界に来て初めて美味い!!」」
「それはよかったわ。お代わりもあるけれど、いかが?」
「無論、頂こう!」
「我もだな」
次々に作り上げられるカレーと、そのカレーを飲み物のように消費していく二人の英霊。どちらも鮮やかな金の髪を持つが共通点と言えばそれくらいで、性別も瞳の色も異なっていた。
そんな二人はおかわりとして出されたカレーもあっという間に食らい尽くす。まるで冬眠から醒めた熊が獲物に食らいつくように。あるいは沸騰する鍋の水が角砂糖を一瞬にして跡形もなく溶かしきるように、カレーはどんどんと飲まれるように消えていく。
だが、それでも二人がカレーを掬う速度は変わらない。いや、むしろ少しずつ早くなっているようにも見える。召喚されてから僅か三日。その程度しか過ぎていないにも関わらず既に枯渇寸前だったカレーのエネルギーを受け、ゆっくりとしか回っていなかったエンジンがどんどんと回転数を上げていくように、二人はカレーを貪っていた。
かたやカレーに国と命を救われてカレーの信者となったが故に、覚悟も信念も情熱も愛もなにも無いカレーを食べることに苦痛を受けるブリテンの王。
かたや美味なるカレーを食べることがライフワークとなってしまっている英雄王。
この二人の間に入れる存在は、この二人と同じかそれ以上にカレーを愛する存在だけだと言える。
「これは美味い!ブリテンの王都にて店を出せる味ですな!」
「ランスロット卿か。貴方もこの聖杯戦争に参加していたのですか」
「異界のカレー等早々口にできる機会はありませんから。無駄にはできません。……そして、どうやらそちらの方は彼の名高き英雄王ですか。お目にかかれて恐悦にございます」
「良い、全く見知らぬ顔と言うわけでもないのだ。楽にするがいい」
「……待て、ランスロット卿。どういうことだ? 私は知らぬぞ?」
突然現れた男に対し、何故かどちらも見知っているように対話を始める。しかし、話を聞いていればわかる。騎士王の円卓に居る、湖の騎士ランスロット。王の妻を寝取って円卓を割ったと言う知識が頭の中にあるのだけれど、どうやら私(カレー)の世界においては大分違う道を進んでいったらしい。
けれど、余計にわからない。どうして湖の騎士が彼の英雄王と顔見知りなのだろうか。時代も何も違いすぎるような気がするのだけれど。
「おや、我が王はご存じ無い? 私がカレーの聖地ウルクへとツアーガイドとして向かった時に、ヘスティアカレー古代ウルク本店にて出会ったのです。あの時は一口食べたカレーについて数時間もの間語りそうになり、カレーを冷ましてしまわぬようになんとか信仰の発露を押さえていたところで声をかけられたのが始まりでした」モグモグ
「中々凄まじい気配を醸し出していたのでな。名前だけは覚えておいたのだ。……まさか、こちらの世界においては主の妻を寝取った挙げ句に国を割るような男だったとは思ってもみなかったが」モグモグ
「ええ、それは私も驚きました。まさか彼がそのようなことをする可能性があったとは……やはりカレーは偉大だ」モグモグ
「私自身も驚きました。まさか私がそのような罪を犯す可能性があったとは思いもしませんでしたからね。不思議なこともあったものです」モグモグ
私としてはスプーンでカレーを口に運び、咀嚼して飲み込むと言う動作をかなりの速度で繰り返しているにも関わらずどうしてライスの一粒、ルーの一滴も溢さないままこちらまで聞き取れるようなはっきりとした会話ができるのかと言う方が不思議なのだけれど。
ともかく、どうやら私の知識にある情報と彼らは大きく異なっているらしい。とりあえず区別をつけるために、ここでカレーを食べ続けている騎士王は騎士王ではなく騎士王(カレー)、ここでカレーを食べ続けている英雄王は英雄王ではなく英雄王(カレー)、ここでカレーを食べ続けている湖の騎士は湖の騎士ではなく湖の騎士(カレー)と表すことにしよう。つまり、別人だと言うことだ。
「ありがとう、ご婦人。我々ブリテンの騎士にとって、
「ただし『カレーの騎士』と名乗る事は許されません。カレーの名を冠として戴くことができるのは、唯一あのお方のみ。詐称する存在が現れたのならば───」モグモグ
『我ら円卓の騎士総出で全てをかけて潰して見せよう』モグモグ
いきなりカレーを食べながら私を睨む幻影がいくつも現れた。カレーを食べながらでなければ殺気だけで即死だったかもしれないと思わせるほどの濃厚すぎる殺気。恐ろしい……。
「はいそこ、店員には手を触れないでくださいね。この世界における貴方の逸話的に、孕みそうなので」
「ごはぅっ!?」モグモグ
「ランスロットが死んだ!」モグモグ
「このひとでなし!」モグモグ
「魔女ですもの」
どちらかと言うと血は吐いているのにカレーを吐き出していない湖の騎士(カレー)とか、倒れておきながらスプーンにカレーを盛っての皿と口の往復運動をやめない湖の騎士(カレー)とか、湖の騎士(カレー)がそんな状態なのに当然のようにカレーを食べ続けている騎士王(カレー)とか、ひとでなしとか言いながらカレーを食べるのを止めない上に愉悦顔している英雄王(カレー)の方が人でなしだと思うのだけれど……この人達の場合、『人でなければなんだ! カレーか!』とか言い出して喜びそうだから困る。
ちなみに私が言った『ひとでなし』と言うのは文字通りの意味だ。口の中にカレーがたっぷり入っているのに器用に血だけを吐き出す男や、飲み込む時に気道は間違いなく一時的に閉鎖されているはずなのに当然のように途切れることもなく会話を続けている男女は人間ではないと思われる。英霊だから人間ではないだとかそんなちゃちな理由ではなく、人間の身体の構造的におかしいことを当然のようにできていると言う時点でどう考えても人ではない。そういう意味での『ひとでなし』だ。
「私もできるわよ?」モグモグ
「なんで!?」
「ヘスティア様の直弟子だもの。できない方がおかしいわ」モグモグ
「できる方がおかしいわよ!?」
「貴女もできるわよ」モグモグ
「できないわよ!」モグモグ
できた。私どうやらひとでなしらしい。……あ、私は今液体金属の群体生物に憑依して降りてきているんだった。それなら普通にひとでなしか。
「やーいひとでなしー」モグモグ
「人でなくともカレーがあればそれでよい」モグモグ
「この我が許すぞ」モグモグ
「そうそう、今回は私が作ったけれど、早くこのくらいには追い付いてね?」モグモグ
このカレー狂い共……!
騎士王、ご満悦。
湖の騎士、ご満悦。
英雄王、愉悦愉悦。
報復の魔女、応援中。
裏切りの魔女、発狂しそう。
「私の求めるものとは……何なのだ」
綺礼の言葉に、洩矢神はカレーを食みながら答える。カレーを食べるのを止めないのは、止めたら数秒で綺礼の意識は失われ、数十秒で干からびて死ぬと言うことを理解しているからだ。
「ふむ……その答えは儂から見れば正答であっても、お主にとっては否定したくなるものやも知れん。それでも聞きたいか?」
「無論だ。私はそれを知るために生きてきた」
綺礼の言葉に、視線に、洩矢神はしっかりとした意思が宿っているのを確認した。そして洩矢神は語り始める。
「お主が求めるものを言葉にするならば───それは『愉悦』となるだろう。
人は様々な形で愉悦を得ようとする。何かを作り上げること。作り上げたものに対して何者かが様々な反応を見せること。誰かが積み上げたものを取り返しのつかないほどに台無しにしてしまうこと……様々な形での」
「馬鹿な……それは、許されざることだ」
「否。愉悦を得ようとすること自体はけして問題のある行為ではない。愉悦を得る際に起きる出来事の一部に問題があるだけでの。
他者の破滅を愛し、涙を啜り、悲哀を食らい、絶望を枕にし、慟哭を寝物語に過ごした者も、それを得る相手を選びさえすれば社会の中で堂々と胸を張って生きていくこともできる。お主もそうだぞ? 言峰綺礼」
洩矢神、語る。
言峰綺礼、愉悦覚醒までのカウントダウン開始。
「えぇい、まだ他のマスターは姿を見せぬのか!」
「は。サーヴァントの方も影も形もなく……」
ケイネス・エルメロイ・アーチボルト、待ち惚け。
ディルムッド・オディナ、探索中。
ソラなんとか・なんとかザレ・なんとか、出番なし。
イスカンダル・ズルカルナイン、出番なし。
ウェイバー・ベルベット、出番なし。
「ん? なんか呼ばれてるような気がするな? ルーラーとして。参加してみるか?」
??、参戦フラグが立つ。
※スキル:単独行動が単独存在に書き換えられます。
スキル:単独存在
単独行動スキルの上位互換であり、単独顕現の下位互換。自力で顕現することはできないが、一度顕現してしまうとマスター不在のままでも存在し続けることができるようになる。宝具の真名解放などによって魔力を消費しても魔力を自力で生み出すことが可能。