ロキ。北欧神話におけるトリックスター。自分の気分次第で残酷なことも平然とやるし、約束を破るも守るも気分次第。戦乱を引き起こしたかと思えば調停し、破壊の限りを尽くすかと思えば様々な物を作り上げる。愛に生きる者を馬鹿にし、他者の守りたいと願った物を壊すこともあれば、自身が愛によって様々な難行を乗り越えることもある。
男でもあり女でもあり、人型であり動物型であり、神であり巨人でもある厄介な存在。そして最後にはヘイムダルと相打って死ぬことが予言されている神格。それがロキだ。
そう、それが俺の知っているロキと言う神格であり、決して―――
「っかー! チビっこいくせに乳はでっかいのー! いや、羨ましいとかそんなことは無いで? ほんまやで? ただー、なんでそんなおっきゅうなったんか教えてくれたりすると嬉しいかなー、とは、な? いや、うちのためとちゃうで? あーその、そう、知り合い、知り合いに胸がちっこいことを気にしとる奴がおってなー? うちやないで? ほんまやで?」
―――決して、このような似非関西弁のわっかりやすい言い訳を重ねるような女ではないはず、なんだが……俺はこの女に対して一体何を言ってやればいいんだ? 俺は正直胸が大きくなった理由とかわからんぞ?
産まれてすぐに
「……つまり、あれか? 大豆をたくさん食えばそんなおっぱいになるんやな?」
「あー……一応言っておくが、農耕の神であり主神でもあった俺の父親の体内で神気と潤沢な栄養を得て育った大豆だからそこらの大豆で同じ効果が出るかどうかは保証しないし、と言うか多分無理だと思うが、まあ、恐らくそうなんだと思うぞ?」
「……その豆、残っとらん? 言い値で買うわ」
「先に言っとくが、同じような物を食べて育った奴でも胸があまり大きくない奴もいるから遺伝かもしれんぞ? ……あ、いや、すまん撤回する。よくよく考えてみたら弟と妹の子だから遺伝したところで胸でかくならないのはおかしいからまずあの頃喰った物が関係してると思うぞ。場所かもしれんが」
なにしろ父は農耕の神、母はギリシャ神話における地母神の正統な後継者。そして祖母はギリシャ神話のほぼ全ての神格と血縁を持つ大地の神だ。見た感じ胸が大きくならない遺伝子とか無かった。地母神は基本的にどいつもこいつも胸でかいからな。
……戦争を司ってると胸が小さくなりやすいとか聞いたことがあるな。あと炎とか司ってると体脂肪が燃えやすいから胸にも胸以外にも肉が付きにくいとかそういう都市伝説な話だが。
「弟と妹が結婚て……大丈夫なん?」
「残念なことに大丈夫なんだよなこれが。ちなみに浮気した場合なんでか俺の家が駆け込み寺みたいになっててな。その場合様々な罰則が出てきたりするという不思議な状態になってる。……飲むか?」
「もらうわ。……で、その罰則ってのは具体的にはどんなんや?」
「ナニ切り落として保存して百年とか、十割コンから一撃必殺の二十割とか、次回以降食べる物の味が全部無味無臭になるとかそんな感じだ」
「えげつなぁ……あんた怖いな」
「よく言うよ。面白そうだからって言う理由で俺に媚薬の香を嗅がせてる奴がさ」
和気藹々としていた空気が凍る。まあ、そうしているのはあっちだけだから俺は別に気にしていないんだが、なんでこれに気付かないと思ったのかね。俺、一応薬とかも守備範囲内だぞ? 竈の女神だが。
「……よくわかるな。酔ってないんか?」
「水で酔うほど弱くないんでな」
この時代の酒は基本的に水と変わらん。大酒飲みが酒の入った大樽をいくつも開けるとかそう言う逸話が割とよくあるが、確かにこの程度の酒精ならそんなこともできるだろうなと納得できる程度の物しかない。これなら俺が人間だった頃でも胃が満杯になるまで飲んだとしても酔うことは無かっただろうと思える。
……空気が悪いな。空気と言うか雰囲気だが、こんな中で酒を楽しむ気は無い。変えるとしようか。