俺は竈の女神様   作:真暇 日間

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弟妹視点第一弾、デメテル視点です。


豊穣の女神、姉を想う

 

 産まれてすぐのことはよく覚えていない。ただ、それまでいた暖かな場所から突然追い出されたかと思ったら、様々な物がたくさんあるところに居て、それからすぐにまた何もないところに置いて行かれた。

 ただ、自分がどういった存在なのかはわかっていた。ただわかるだけで、自分では何もできないと言うことはわからなかった。何もできないままに泣き、何もできないままそこに居た。移動することもできず、ただただ泣き続けていた。

 

 そこに手を差し伸べてくれたのが、姉であるヘスティアであった。

 

 あの姉がいつからこんなところに居たのかはわからない。ただ、自分と同じようにあの暖かな場所から突然追い出され、たくさんの物があるところからまた何もないこの場所に放り出されたのだろうと言うことは分かった。

 ただ泣くことしかできなかった自分をあやし、優しく抱きしめてくれた。神としての性能のいい頭は、たとえ自分の意思では何もできないような幼い状態であったとしても受けたものを忘れるようなことは無く、きっとこの存在こそが自分の母親なのだろうとその時は思っていた。

 だから、話すことができるようになって真っ先にそう呼んでみた時に、何とも名状しがたい表情を浮かべられたのは驚いた。彼女は自分の母親ではなかったのか。自分を守ってくれて、育ててくれたのに、母ではないのか。

 彼女は、自身を姉だと言った。私、豊穣と大地の神デメテルの姉であり、私の父である大地と農耕の神クロノス、母である地母神レアーの間に私より先に産まれ、私より先にクロノスに呑まれたものだと。

 

 そんな説明を受けたが、あの姉は何も変わらなかった。いつもと変わらずに理解できないことをしていて、いつもと変わらずに私では到底できない、それどころかやろうとも思わないようなことを平然と実行していた。

 竈の女神であるはずなのにこの狭い大地に太陽を作り上げ、竈の女神でしかないはずなのに金属から強力な魔法の武器を作り上げ、竈の女神以外の何者でもないはずなのにこれまでに存在していた戦いの神より戦いが上手そうでもあった。

 私は、そんな姉に育てられた。私の知る『産まれた当時の神の世界の常識』は、姉の行動の前に脆くも崩れ去っていた。力の有無を真正面からひっくり返すようなその在り方、完成した神としてはありえないような能力自体の上昇。普通、神と言えば完成した存在であり、よほどのことが無ければその力が上下することは無い。その神を信仰する存在がこの世界から完全に消えてしまったり、異なる神と同一視されるようになったりすれば力は上下することになるはずだけれど、この場所……我が父クロノスの腹の中ではそういったことが起きるはずがない。そして、姉の身体は既に成長を終えているようで成長していくところは見たことが無い。私が成長する度、少しずつ身長差が無くなっていくのは面白いような残念なような奇妙な気持ちにさせる。

 そうしているうちに、私の妹がここにやってきた。ヘラと言う名の妹は、私にとって可愛い妹であった。私はできるだけ姉が私にそうしてくれたように、妹に対して接するようにしていた。

 家族間に発生する、性欲を伴わない愛情。それをたっぷりと与えられた私とヘラは、あっという間に姉の身長を追い越すほどに成長した。それでも姉は姉らしく、私やヘラのことを妹として、守るべき相手として扱ってくれたし、ときどき私が甘えてみたりすると必ずその手を止めて私を甘やかしてくれた。

 それは暫くの時が過ぎて、新しい弟ができても変わらなかった。その頃には姉はどうやったのか畑を作り、種を植え、多くの植物を育てて食事ができるようにしていた。昔、私が姉に甘える口実として口にした『お腹空いた』と言う言葉を覚えていたらしく、初めての食事の時に『遅くなってすまなかった』と謝られてしまった。本当に謝らなくてはいけないのは、そんな物が無いと知っているにも拘らず甘えるためだけにそんなことを口にした私だと言うのに。

 

 私は、姉に守られている。私は、妹を守り、そして同時に守られている。私は、今はまだ幼い弟を守っている。

 こんな小さな世界の中で家族として過ごしている時間は、恐らくもうそこまで長くは無いだろう。きっと、今まで過ごしてきた時間よりは短くなるに違いない。それは姉の行動を見ていてもわかる。

 けれど、だからこそ、私はここで姉と共に過ごす時間を大切にしたい。きっと、この狭い世界の外に出た後では今と立場は変わってしまうだろうから。

 

 だから、少し前。姉が倒れているのを見て血の気が引いた。幸い、そこまで長く眠り続けていた訳ではなかったけれど、私は今まで一度もあの姉が伏せているところなど見たことが無かった。精々が一緒に寝てほしいと甘えてみた時くらいだろう。今ではヘラやハデスの眼もあるし、恥ずかしくてお願いすることなんてできないけれど、姉はその時でも私より早く眠ることは無かったし、私より遅く起きることもなかった。

 そんな姉が、倒れていた。私は焦り、半狂乱になり、眠っていた姉の身体を無理やり起こしてガクガクと振ってしまったほどだ。そのすぐ後にただ眠っているだけだとわかって、腰が抜けてしまった。姉が作ってくれたベッドに姉を寝かせ、私たちはゆっくりとその場を後にする。

 

 ……今まで、私は姉に甘えてばかりだった。だから、これからは少しずつこれまでの分を返していこう。私は一人、そう思いながらその手を握りしめた。

 

 

 

「……酔ってると口が軽くなるってのは知ってたが、ここまで軽くなるもんなんだな」

「んみゅ? ……ふへへ……」

「あーよしよしなんでもねえよ」

 


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