術式の逆走。概念的な裏返り。白の太陽と黒の太陽を見て思いついたこれは、非常に便利に使わせてもらっている。
竈、あるいは炉。それは熱を生むものであると言う理解をしていた。実際にそうであったし、温度を低くする炉など聞いたこともない。炎は発熱するものであって吸熱するものではない。そういった認識があった。
だが、俺はあることを忘れていたのだ。前世で生きていた時には時々その存在は聞いていたし、思い出した今ならそれのことも思い出すことができる。
思い出したそれとは、タロットカードだ。主に占いに使われていて、嘘かほんとか知らないが未来を知ることもできると言うカード。俺がそのカードを見て思い出したのは、正位置と逆位置の存在だ。
正位置とは、カードの絵柄が見る側から見て正しい向きで描かれているもの。カードの図柄に暗示される意味をそのまま受け取ってよい位置。
逆位置とは、正位置とは逆に見る側から見て逆の向きで絵柄が書かれているもの。カードの図柄から暗示される内容の多くが逆転される位置だ。
ここで重要なのは、いくら逆転していても元のカードは同じだと言うこと。つまり、元々持っている概念自体は同じだが、向きを変えるだけで真逆の性質を持たせることができると言うことである。
つまり……俺が持っている概念や権能も、やろうとすれば逆転させることで全く別の効果を得る事ができるんじゃないかと言う予想だった。
竈の権能は、その内側に熱の概念を持つ。正確には、竈は内に火を持っているからこそ竈と言えるのであり、そこから人がいなくなり、竈の火が絶えてしまえばヘスティアの守護も届かなくなってしまう。熾火や伏火として、どんな形であっても火が残っていれば守護することもできるが、空の竈ではなにもできない。
そこで竈の概念を逆にしてみよう。何度か挑戦して少々失敗して、狙ったところを逆転させることに成功したが、なんと言うかえらい失敗をした気がする。具体的にはわからないが、なんと言うかレッテルというかラベルと言うか、そんな感じのものを裏返してしまった気がする。
まあ、直ちに影響があることではないだろうし、問題らしい問題は恐らく無いだろう。
結果。俺は果実水を凍らせてシャーベットを作ったり、水を凍らせたものを削ってかき氷にしたりすることができるようになった。炉の権能の一部をひっくり返したまま使用した結果、温度を下げたり凍結したりと言うことができるようになったようだ。
菌はいないため野菜などをどれだけ放置していても腐るようなことは無いが、これで豆乳を使った冷製ポタージュスープを作ることができるようになった。牛乳で作るのが一般的なんだが、ここには牛がいない。だったら豆乳を生クリーム状に仕立てて裏ごしした豆と一緒に火にかけ、ポタージュ状にしたものを氷温炉(ついさっき作ったアレ)に入れてしばらく待てば、夏の日にちょうどいい冷たくておいしいスープの出来上がりだ。
ここには四季が無いが、全体的にじめじめしているので蒸し暑いこともある。そんな時に飲む冷たいスープはさぞ美味かろう。ハデスは少食だから、たくさん食べなくてもある程度栄養の取れるものを食わせてやらないと。
昔、デメテルに空腹を訴えられても我慢させることしかできなかった時には凄まじい無力感を感じたものだ。だが、今では好きなものをいくらでも食べさせてやれる、と言うほどではないにしろ少なくとも飢えを無理に我慢する必要は無くなった。いくら神であり、不死であるとはいっても美味い物を食べるのは幸せなことだし、娯楽として以外にも少しではあるが意味はある。身体の回復や精神の回復などにほんの少し、少しだけ、いいのだ。
そして俺は、デメテルやヘラ、ハデス達と一緒に食事をする。デメテルは土いじりを手伝ってくれるようになったし、ヘラは花嫁修業と言うことで料理や皿洗いなどを手伝ってくれるようにもなった。ハデスは流石にまだ体も小さいので仕事らしい仕事は任せていないが、とりあえず自分にできることは率先して手伝ってくれるようにもなった。
……よくできた奴らだろ? 信じられるか? こいつら、俺の弟妹なんだぜ……?
そんなわけで俺はここしばらく、充実した時を過ごしている。
※サブタイはヘスティアさんの失敗でひっくり返りました。