俺は竈の女神様   作:真暇 日間

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裏切りの魔女、出会う

 

 目の前にいるのは、多分私、なのだろう。なんだかとても疲れているように見えるけれど、今ここで疲れるような事なんてあっただろうか。

 それに、なんだか私よりも少しだけ大人に見える。ヘスティア神は『現在過去未来の英雄年鑑』からこの私の情報を引っ張り出してきたと言っていたから、きっとこの私は未来の私なのだと思う。

 

「こんにちは。恐らく未来の私」

「……ええ、そうね。恐らく過去の私」

「私は未来でヘラに復讐できた?」

「…………それは、多分私には答えられないわ。だって私と貴女は別の存在だと思うから」

 

 同じなのに、別の存在。そう言うと言う事は、この私は私の並行世界の存在と言う事なのだろうか。並行世界から一つの存在のコピーを持ってこれるとは、流石は神格と言う事だろう。

 けれど、私のやろうとしていることを伝えたらきっとこの私も協力してくれるはず。だって、私は私なのだから。

 

「ねえ、私。私はイアソンに復讐したわ。生まれ変わっても止まない小指の痛みに悶え苦しんでいる筈よ」

「待って。待ちなさい。意味が分からないのだけれど」

 

 ? どうして意味が分からないんだろうか。私の未来の姿なのだから、少なくとも今の私にできることくらいなら簡単にできると思ったのだけれど。

 

「……憎らしいけれど、あの男にはヘラの加護があったはずよ。それがある限り、呪いなんてかけられないはずだけれど?」

「ネガキャンやってヘラの加護を弱めてからかけたら結構簡単に抜けたわ。流石は貞淑さと結婚を司る神ね。その事に関してのネガキャンは凄く効果的だったわよ」

 

 具体的には、婚約者がいるにもかかわらず出て行った先で妻を作った挙句に国王になろうとしているとか、妻として迎え入れる代わりに金羊毛皮を取ってくるという話だったのにそれを手に入れた途端に約束を破ってその人を捨てたとか、妻を作って国王になったにもかかわらず別の国の女王に手を出したとか、それこそ根も葉もない物から根も葉も花まであるような物まで色々と。

 ちなみに伝えた先は主にヘカテー様とヘスティア様。そこから神の集まりの中で何度か繰り返してヘラの中でのイアソンの印象を下げ、そうなれば加護も弱くなる。当然だ。加護とは守りたいという神の意志。その神が見放せば、加護は薄くなるものだ。実に当たり前のことで、当然誰もが考えることだ。

 ……どうして私は頭を抱えてるのかしらね? まさか思いつかなかったなんてことはないでしょうし……?

 

「……ええ、まあ、納得はできないけれど理解したわ。それで、いったいどんな呪いをかけたのかしら?」

「ひたすら小指が痛む呪いよ。小指が無くなっても幻肢痛がいつまでも残るわ」

「……うわ地味」

「地味だから効果が無いという訳では無いわよ? それに、今度はもっと凄い呪いをかけるつもりなんだから!」

「どんな物? ●●●が腐り落ちる呪いかしら? それとも全身が炎に包まれるような痛みを与える呪い?」

「眉毛が片方だけ何をやっても生えなくなる呪いと、髪の毛が一部三センチ三ミリ以上伸びなくなる呪いと、陰毛が全部抜け落ちる呪いと、いついかなる時でも酷い耳鳴りがする呪いと、凄まじく目が乾く呪いと、寝ようとした時に限って鼻詰まりが凄いことになる呪いと、人前に立って大事な話をしようとすると舌を噛む呪いと―――」

「なんであなたの呪いはどれもこれも地味なのにえげつないのよ!?」

「地味だけれどえげつない約束破りをされたから、地味だけどえげつない報復で返しているだけよ?」

 

 まあ、眉毛が片方だけ残っていたらあまりに変すぎて人前に立っても英雄として扱われることなんてなくなるだろうし、虎の模様に三センチ三ミリなんて言う中途半端な髪形は普通に笑いものだ。陰毛に関しては言うに及ばず。そして耳鳴りは人の話が聞こえなくなって注意されてもわからなくなるし、目が乾き続けるのは目を閉じていても痛くて痛くて仕方がない。それに寝ようとした時に起きる鼻詰まりは最悪窒息死することになるから上手くしないと死んでしまう。人前で大事な話をしようとして噛むと言う事は、英雄達を集めた時や臣民を集めての演説を大失敗すると言う事。これで上手く国を回すことなんてできないはずだ。

 私を裏切ったのは、そちらだ。だから、私がイアソンを呪ったところで文句を言われる筋合いはない。

 


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