俺は竈の女神様   作:真暇 日間

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裏切りの魔女、泣く

 

 私は、強くなった。カラシニコフの拷m……修行によって、あの時とは比べ物にならないほどの力を手に入れた。今なら、目の前にイアソンが居たらとりあえず呪えるだろう。試してみたが、ヘスティア神が加護を与えた武具を呪えたのだから、ヘラが守っている男の一人くらい簡単であるはずだ。

 

 しかし、同時にその拷もn……修行によって失った物もある。それは私の時間と、そして……女らしさ、とでも言う物が。あるいは魔術師らしさ、とでもいうのだろうか。ともかく、何かとてつもなく大きなものを無くしてしまった気がする。

 私は魔術師だ。だが、最近私は魔術の研究よりもサバイバル技術に長けてきているような気がするし、外見にはまだ出ていないが腹筋が綺麗に割れてきているのがわかる。完全無欠の魔術師が、どうして割れた腹筋なんて物を持っているのか。正直理解できないし、理解したくもない。

 原因はわかり切っている。その原因に感謝してもいるし、やめるつもりもない。けれど、これだけは言わせてほしい。

 

 ―――私は、魔術師。グラップラーでもなければファイターでもない。ましてや武器を取って敵と真正面から戦うような脳味噌の中身まで筋肉でできて居るような奴とは違う。

 だと言うのに、見えないとは言っても腹筋は割れ、腕についていた脂肪はほとんど落ち切って代わりにしっかりとしたしなやかな筋肉がついていて、両脚もまるでガゼル(カモシカ)のような柔軟な筋肉の塊。魔術無し、神の加護などの強化無しだと言うのに大気の壁を拳で打ち抜くことができるような身体能力。はっきり言って、魔術師のそれとは思えない。以前会ったことのある魔術師も、今の私のように筋肉に覆われてはいなかった。

 ……ヘカテー様は、筋肉こそ見えなかったが、間違いなく引き締まった姿をしていた。もしかしたら、魔術とは筋肉なのでは……などと言う妄言が飛び出てきそうだったが、どう考えてもそれはおかしいのでなかったことにしておく。アルカイオスが私より魔術の腕が上だったら、私は泣く。いい年した大人が、ワンワンと周囲を憚らず大泣きする自信がある。それくらいショックだ。

 

 まあそれでも、得られたものはある。魔術の実力に関してはカラシニコフの元に来たばかりの時に比べて非常に上がっていると思われるし、生き汚さについても非常に上がっただろうと思う。戦闘においては転移を高速で繰り返し、その転移に相手の身体の一部を巻き込むことで回避と攻撃を両立させることもできるだろうと言われるようになった。

 なお、カラシニコフのペット達には全く効果が無い。どのくらい効果が無いかと言えば、湖に塩を入れて海と同じくらいしょっぱくしようとするくらい効果が無い。殆どの場合、各々が持つ魔力に対する耐性で弾かれてしまうし、唯一効果があると思われるTUBAMEは転移させようとしても逃げられる。あれは本当に速すぎる。

 そして最も新しく入った小さな龍は、基本的に暗殺してくるため対応できない。見えない、感じない、理解できない、対応できない。いったい何をどうすればこんなものが産まれてくるのか、本当に不思議に思えてくる。

 

「おーいメディアー。飯だぞー」

「あ、はーい」

 

 まあ、こういった悩みは仕方のない物だ。何かを得ようとするならば代償としてそれと釣り合いを取ることができる何かを失う。力を得るために時間を使う。短い時間でより多くの力を手に入れるためには命を天秤の上に乗せる。恐怖を乗り越え、痛みを押し殺して、それで力を得る。そうすれば私のように力を得ることができる。

 …………もしも、私の次にカラシニコフに……ヘスティア神に弟子入りして鍛えてもらおうとする存在がいるのならば、私は全力で止めるだろう。特に、意志薄弱な存在では修行の内容を聞いただけで心臓を止めて死んでしまう可能性すらある。流石にそれは可哀想だから……ね?

 


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