魔猪、トゥルッフ・トゥルウィスに追い掛け回され。
魔兎、月兎に癒され。
魔蛇、ヤマタノヒュドラのそれぞれの頭から吹き付けるブレスを搔い潜り。
魔兎、月兎に癒され。
魔鳥、TUBAMEの圧縮風刃の檻をすり抜け。
魔兎、月兎に癒され。
魔猿、トメタマノオミの雨のように降り注ぐ大岩を弾き返し。
魔兎、月兎に癒され。
魔犬、ガルムの炎を纏った突進と牙をなんとか躱し。
魔兎、月兎に癒され。
魔牛、グガランナの雷と嵐を受け流し。
魔兎、月兎に癒され。
魔鼠、ハーメルンの無数とも言えそうな軍をなんとか殲滅し。
魔兎、月兎に癒され。
魔羊、バフォメットの出す難題を解き。
魔兎、月兎に癒され。
魔馬、スレイプニルを従えようとして何十回と蹴り飛ばされ。
魔兎、月兎に癒され。
魔獣、キメラの爪牙と猛毒から辛くも逃げ。
魔兎、月兎に癒され。
魔龍、へすてぃあどらごん(正式名称)から逃げられず何度も吹き飛ばされ。
その全てを耐えきった私は今、こうして月兎のモフモフに囲まれて地に伏している。だいじょうぶー? と言うような声が聞こえるような気がするが、流石は神の眷属とでも言えばいいのだろうか。見た目はどこからどう見てもただの兎でしか無いにも関わらず、ここまで普通に話をすることができるとは。
しかも、この兎たちは薬を作ることに非常に長けている。月兎に癒されたというのは精神的な話ではなく、肉体的な傷も含めての話なのだ。
また、兎だと言うのに非常に強い。テーレッテー、と言う軽快な音楽と共にぴんと立てた耳から閃光が走り、その閃光に当たった者が笑顔のまま内側から破裂するところを見たことで、私は絶対にこの兎たちの機嫌を損ねる事だけはやめようと心に誓うほどだ。
と言うか、へすてぃあどらごんとはいったい何なんだろうか。かのヘスティア様と何かしらの繫がりがあるのだろうか。とすれば、あれだけおかしい力を持っていたのにも納得できるし、ついでに私の事を殺そうとはしなかったことにも納得できる。
あれは、間違いなく私の事を逃がさないようにするだけで殺そうとはしていなかった。口から無色透明の猛毒の光を吐き出してきたり、色々と危ない物もあったが対処法自体は教えてもらっていたし、最後には魔力任せに転移を使うことで何とか逃げ切ることができた。あれは反則だと思う。
空間を歪める障壁を張ったのに、歪んでないかのように当たり前に貫通してきたり、物理的な障壁をすり抜けてきたり……まるでかのヘスティア神の持つ無色透明の猛毒の光槍のような……ああ、だからへすてぃあどらごんなのか。納得した。
『食事ができたぞ。これから兎に運ばせるが、おかわりが欲しかったら兎たちにな』
「わかったわ……」
まるで人の手のように器用な兎の耳に、カレーがお皿に乗ってやって来る。―――ああ、今日もこの魅了に耐えなければいけないのか。
神すらも魅了する神秘の食糧。食し続ける限り、その者に不老と不死の力を与えるとすら言われるそれは、味もまた素晴らしい。
それを作ることができると言うだけでオリュンポスの神々を実質的に支配していると言われるヘスティア神の神饌。一月それを食さないだけで、神々の中には発狂して自分の身体が腐り落ちていく幻覚を見る者すらいると言う驚異の食物。
それを、私はここ最近毎日のように食べている。一口食べるだけで疲労は消し飛び、気力も魔力も充実し、傷も怪我も全て治ってしまうこの食物は、しかし同時にそこに存在しているだけで魅了の力に近い物を振りまいている。
見た目は決して良くはない。しかし、その見た目をどうでもいい物とすら思わせる香り。そして味。私の目の前に置かれたそれに、私は一瞬の躊躇もなくかぶりついてしまう。
淑女らしくなく、まるで獣のよう。終わってから私は毎度のごとく自己嫌悪するが、それでも毎度変わらずかじりついてしまう。それほどに魅力的であり、人間である以上この魅力には決して逆らえないのではないかと思わせる。
……そして私は、今日もまたカレーをかじりつくように貪るのだ。