俺は竈の女神様   作:真暇 日間

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 午前九時ごろに一話投稿していますが、別にそちらは読まなくても全く問題ありません。


竈の女神、未来のために

 

 作ることに時間がかかるものと言うのが存在する。それは主にひたすら待つという工程が関わる料理だったり、あるいはそれを作ることができる時期が決まっていて否が応にもその時期まで待たなければいけない物だったりする。

 鍛冶仕事も、事前に材料を集め、竈に火を入れ、適温まで調節し、熱し、何度も打ち付け、急冷し、再び熱してゆっくりと冷まし、形を整え、物によっては刃を付けるために何種類もの砥石を使って刃を付け、柄を作って嵌め込み、鞘を作り……それこそ無数の行程を経て一つの物ができる。それには数日ほど付きっきりでいる必要があることもあるし、アダマスはその性質上非常に削りにくいと言うこともあって数日どころではない時間が必要なこともある。

 だが、それよりも遥かに時間がかかって当然と言うものがある。そう、酒だ。

 酒は普通に作っても数日どころではできないし、美味く作るなら年単位の時間がかかるのも当たり前だ。自然界における細菌の動きなどは早々扱いきれるものでもないし、腐敗の権能を持つものが居たとしても酒を作るためのプロセスがしっかりと頭の中になければ美味い酒など作れるはずもない。

 

 ……さて、ここにクッソ甘いヘラの樹からできた果実がある。そして俺は竈の女神で、熱を操るのは得意分野だ。

 それと、太陽には二つの面がある。普段の姿、輝ける炎と熱の塊。正しさや正義、清廉潔白等を象徴する赤き太陽と、ある時突然現れる日中にあって夜をもたらす暗黒の塊。第一物質、悪意、絶望、腐敗などを象徴する黒き太陽。

 後者に関しては俺は単に皆既日食だろうと思っているが、それを知らない者にとっては凄まじい衝撃だったろう。天に輝くことが当然である太陽が、突然削られていくように光を失い、辺りも夜が来たように暗くなる。太陽のあった場所には金色の円環と黒く染まった太陽が浮かび、まるで闇と光が激しくせめぎ合うように明滅する。

 古代の人間は、殆どの場合旅をするようなことはなかった。一度その地に根を張れば、よほどのことが起きない限りはその地から動くことは無い。だからこそ噂話や風の噂を運んでくる商人や吟遊詩人と言う職業が存在することができたのだし、そういった方法で話を広める王や領主もいたわけだ。

 

 だが、今はそんな伝承はどうでもいい。重要なことじゃない。重要なのは、黒い太陽は腐敗を司ると言うことと、俺には酒作りの知識が多少あると言うことだ。

 さて、酒を作ろう。ここには余計な菌はいないし、果汁の糖をアルコールに変えていけばいい。必要な菌もいないが、そこは俺が酵素の代わりに分解再構築してやればいい。口噛みの酒と似た作り方だな。権能で分解するか唾液の酵素で分解するかの違いはあるが。

 菌で作るとアルコールの濃度がある程度以上に高くなると菌が死ぬからそれ以上濃度が高くなることは無くなるが、俺がやるとどこまでも濃度が上がる。酒作りは確かバッカスが有名だが、ギリシャ神話においてのバッカスはディオニュソス。ヘスティアの代わりにオリュンポス十二神の座に座る事になる存在だったはずだ。

 ……まあ、未来の話だ。今は酒の神は存在しないのだし、俺が作ったところで文句を言うやつは……ああ、ヘラが言うかもしれないが、ギリシャ神話の神は基本的に酒好きだから大丈夫だろう。寝かせるために時間がほしいし、そもそもこの酒はクロノス(クソオヤジ)の腹から脱出できたときの祝い酒のつもりだから存在そのものを教えるつもりが無いんだが。

 その時にしらけるようなことが無いようにこの酒はしっかりと美味く作ろう。ああ未来のディオニュソス、あるいは既存のバッカスよ。とりあえず、今はこの言葉を贈ろう。

 

 おめーの席ねーから! 使わせてもらってるから! 美味い酒を造るのは早い者勝ちじゃないが、酒の神としての名声は早い者勝ちなんだよぉ!

 

 と言う訳で仕込みは完了。後はこの酒をばれないように寝かせておいて、ここからの脱出時に持って行けばいい。しまうための場所を用意しておこうかね。流石に神として空間までは網羅していないが、ちょいとばかり血を遡れば世界に存在するありとあらゆるものを内包した神がいるんだ。ほぼあらゆることを人間以上にできて当然なのだ。この辺りは流石に感謝だな。便利なもんだ。

 じゃ、作ろうか。

 


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