俺は竈の女神様   作:真暇 日間

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裏切りの魔女、狂乱する

 

 憎い。

 あの男が憎い。

 私を捨てたあの男が憎い。

 憎くて憎くて仕方ない。

 今すぐに殺してしまいたい。

 なぜ、あの時あの男を殺そうとしなかったのかわからない。

 憎い。ひたすらに憎い。

 私を裏切りの魔女と貶めた者が。

 そう言われる原因を作ったあの男が。

 私があの男に恋をする原因を作った神が。

 

 憎い。

 

 何をしていてもあの男の顔がちらつく。起きている時も眠る時も。何をしていても憎い男の顔がちらつく。

 声が聞こえる。魔術を編み上げる時も寝台に横になる時も、何をしていてもあの男の声に苛まれる。

 今では眠ることもできなくなった。眠りにつこうと瞼を閉じる度、あの男の顔が浮かび上がってくる。すると眠気は吹き飛び、かわりに憎悪と嫌悪感が溢れ出してくるのだ。

 眠れないままに呪詛を吐く。ゆっくりと滲み出すように、あの男に直接かけては神の祝福によって弾かれてしまう。腹立たしい。

 だから、あの男の周囲に不幸を招く。基点をあの男に。その周囲に不幸を集めれば、あの男の周りに居る者だけが不幸を受けるようになる。一度や二度ならともかく三度四度と続けば、あの男は死神のように扱われることだろう。不幸を呼ぶ男として、いつまでもいつまでも扱われ続けるだろう。

 

 そのために力が必要だ。ヘラに守られたあの男に呪いをかけるならば、その加護を貫くことができるだけの力が必要だ。何としてでも手に入れる。例え世界を敵にしても。例え全てが敵に回っても。例え私が私でなくなっても(・・・・・・・・・・)

 私は絶対に、あの男を殺してみせる。

 

『いい復讐心だ。気に入った』

 

 ナニカが聞こえた。あの男の物では無いナニカが語りかけてきた。それは、ヘカテー様と同じような、神格の存在を感じさせる声。私を恋に狂わせた神と同じ、神格の存在を感じさせる声。

 狂気の中で私は振り向く。私に魔術を与えてくださったヘカテー様。私を恋に狂わせたアフロディーテ。憎いあの男(イアソン)を守るヘラ。ただ、神格であると言うだけで襲い掛かり、罵倒するにはヘカテー様から得た恩は大きすぎるものだったし、気に入ったと言われた。そうだとすれば、それは私の目的に利用できるかもしれない、

 

『利用か。良いぞ、利用されてやる』

 

 ……何者? 私に利用される事を是とするなんて、変わり者ね?

 

『そうとも。俺は変わり者さ。なにしろ理性的な復讐の全肯定を行う神なんざ俺以外に聞いたこともない。狂気を肯定し復讐のためだけに生き、そして死ぬ。俺はそれを肯定しよう。なにしろ俺は変わり者だからな』

 

 ……そう。肯定するの。

 

『するとも。例え敵が誰であろうと、俺はその復讐を肯定しよう。かつて主神相手に復讐を遂げた俺が言うんだから御利益あるぞ?』

 

 なに? ゼウスを自称するわけ?

 

『いやいや、俺はあれより年上さ。まあ、俺が復讐を司っているなんてのは殆どの奴は知らんだろうし、仕方ないがね』

 

 へぇ? それじゃあ名前はなんて言うのかしら。私でも知ってると良いのだけれど。

 

『ヘスティア』

 

 ……。

 

 ……?

 

 …………え?

 

『ヘスティア』

 

 ………………??

 

『ヘスティア』

 

 ……………………え?

 

『……カラシニコフと名乗っておく。なんでお前ら神に関わった奴は俺に関わると意識が消し飛ぶんだよ。お陰で逸話が増えないんだが』

 

 ……………………はっ!?

 いけない、意識が飛んでいたようね……けれど、カラシニコフ……聞いたことのない名前ね……?

 

『そうだろうな。聞いたことある名前出すとお前ら止まるからな。お前らヘスティア神についていったいなに聞いてるんだ?』

 

 ……あなたには関係の無い事よ。絶対に礼を欠かしてはいけない存在筆頭として、ヘカテー様から何度も何度も聞かされてて、時には主神を蔑ろにしてでも怒られない存在だと言われてるだけよ。怒らせると関わった神が薫製肉にされるとも聞いているわ。

 

『そうかわかった。今度あいつらとは話をつけとく必要があるらしいな』

 

 ……もしかしたらやってしまったかしら?

 ヘカテー様、申し訳ありません。

 

 




狂気? 回。

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