俺は竈の女神様   作:真暇 日間

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竈の女神、魔女を知る

 

 コルキス。それは金の毛を持つ羊の皮の力により大いなる恵みを得た土地。本来のギリシャ神話ではその毛皮を守るために朝も昼も夜も全く眠らないドラゴンが居たのだが、如何せんテュポーンが居ないこのギリシャ神話ではそのドラゴンも存在しない訳で。

 ではどうなるか。それは実に簡単な話なのだが、毛皮を人の手で守るしかなくなるわけだ。誰もが簡単に手に入れられるような所に置いてあるその毛皮が奪われないようにするのは苦労するだろうが、それでもやらなければ最悪土地の恵みが失われかねない。ならばどれだけ問題があろうと間違いなくやるだろう。それが人間と言う物だ。

 そして、一度でも前例を作ってしまえばその行為に対するハードルが大きく下がりやすいのが多くの人間の性でもある。生贄や重税も、初めは悩みに悩み、自己嫌悪し、夢にすら見ることがあったとしても、それが続けば悩むこともなくただ事務的に生贄を捧げることを是としてしまう。だからこそそう言ったことに義憤を抱ける人間が英雄として立つことができるのだが、なんとも悲しいことに古来よりそうして成り上がった英雄は暗殺や毒殺などによって命を落とすと相場が決まっている。そして命を落とした英雄の子孫は何も知らないままに用意された椅子に座り、それまでの支配者と同じことを続けていくのだ。

 コルキスは金羊毛を持つ者こそが王として相応しいとされる。そして、その権力を手放さないようにするために魔術を使い、その地を守り続けていた。毎年、支配する土地の中から数人の生贄を用意して、魔術の触媒にして。

 そうして作り上げられた結界は、非常に頑丈な物だった。何しろ生贄になる者達は自分が生贄になることでコルキスの豊かな地が続いていくと思っていたし、家族のために、あるいは仲間のためにと喜んで身を捧げる物も少なからず存在していた。

 契約を結び、死した後の魂の権利の全てを魔術師に譲り渡すことで、本来ならば人間には出来るような物ではない魔術ですらも使用する事ができるようになる。魂とは触媒であり、燃料であり、制御装置でもあった。

 魂に残された意思が、それ以前に使われた結界の魂の意思と共鳴し、結界をより強固にしていく。数人分の魂で作られた結界は、年を追うごとにより強固に組み変わり、結界の内部は金羊毛と金羊毛の打ち付けられた木しか存在しない、ある種の異界として成り立つほどになっていた。

 

 人間がそうした術を使うことができた理由には、コルキスにて最も篤く信仰される神、ヘカテーの存在があった。

 ギリシャ神話にて魔術を司る神として存在しているヘカテー。その腕は一部ヘスティアすらも上回る……と言うか、そもそも竈の女神のくせに魔術を修めているヘスティアの方がおかしいのだが、ともかく西洋的な魔術の腕ではヘスティアよりも遥かに上を行く。(ただしルーン魔術だと負ける。東洋魔術でも同様)

 そんなヘカテーの加護を受け、特に才能のある存在をヘカテーの弟子として鍛え上げることで、コルキスは人知を外れるほどの魔術の使用を可能としていたのだ。

 

 だが、つい先日になって歯車が狂ってしまった。それこそがヘラによる後押しを得たイアソンの存在であり、コルキスの王女メディアがイアソンに惚れてしまったからでもある。

 神の呪詛とは非常に強い物だ。エロスの使う矢は、刺さりさえすればそれがおよそどんな存在であろうとも恋に落とし、あるいは嫌悪を抱かせる。俺の場合は刺さる前に横っ腹を摘まんで止めたからこそなんともないが、刺さっていたら何らかの影響があったことだろう。

 そして、つい最近、エロスのもう一つの矢である鉛の矢を使った短剣を作り上げた。この短剣で刺せば、刺された者はその瞬間に見ていた相手に対する嫌悪感が止まらなくなる。百万年の恋すらも一気に醒め、そうして恋と言う激情に満たされていた心は憎悪に染まる。加減すれば中和程度で止まるが、そこで止めてもそれまでの行為に対する感情で大概嫌悪に傾くんだがな。

 まったく、心を扱うというのは大変だ。

 

 


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