アルカイオスの旅の理由は、自身の妻との間に子を儲けることができるようになることだった。少なくとも一番初めはそうであったし、そのために十の難題を超えていくだけの決意もあった。
実際には色々と我慢がきかなくなって妻を抱こうとしたら激痛が走って役立たずになりそうなほどに痛みを与えられ、我慢せざるを得なくなったからだと言う理由も多々あるのだろうが、ともかくその状態をなんとかしたいと言うものだったはずだ。
だが、その原因であったヘラの呪詛の欠片はヘラ自身の手で一部取り除かれ、今では妻が相手ならば問題なく行為に及ぶことができるのだが、アルカイオスはそのことを知らないためかなり必死になって難題を踏破し続けた。
その際、女人に興奮しそうになる度に痛みが走り、いつしか多くの女人に対しては全く興奮を覚えないまま行動することができるようにまでなった。ギリシャ神話の中では非常に珍しい……と言うか、他にいない女を抱かない英雄がここに一人出来上がったわけだ。
そうしているうちにアルカイオスの身体は女人に興奮することを辞め、ほぼ枯れた状態になった。性欲を押さえつけられたその身体は、性欲に回されるはずだった欲を食欲や戦闘欲に回すことで均衡を保ったが、それでもやはり生ある存在の三大欲求を抑えきれるわけもなく、時に戦闘中に暴走するようになっていた。
その暴走が俺の結界の前で起き、結界を破ろうと超高速連撃を叩き込んで、その結果時間の檻に囚われて一時間ほど固まっていたようだ。
作り変えたばかりでまだまだ五行相乗によるエネルギー増幅が中途半端だったようで、そこまで頑丈でもなかったからできたのだろう。100年ほど未来を見据えておいたのだが、まさかたった数年程度であれだけの連撃を受けるとは。追い詰められれば人間もまたそれなりの力を発揮するらしいな。
さて、そこで結界から俺に引っ張り出されたアルカイオスは、俺に対して頭を下げている。一応俺も神格であり、ついでに俺の周りに色々と危ない存在(主にヒュドラ)が居るため、力尽くという方法をとることは諦めたらしい。正しい判断だな。ヒュドラの毒はギリシャ神話におけるヘラクレスの死因だ。敵対してたら俺はそれを使っていただろう。
ネメアの獅子の毛皮? そんなものが俺の前で役に立つとでも? 青銅程度の強度で止められる程俺の拳や武器は柔くねえぞ? そもそもいないしな。ネメアの獅子。
で、最終的に実験台になってもらう事で俺がこの試練の達成に協力してやることになったのだが、少しやりすぎた気がする。
俺は竈の女神。しかし、同時にギリシャ神話には存在していなかった武神でもある。戦神、軍神はギリシャ神話には居るが、個人の武そのものを司る神格は居なかったので俺がありがたく貰って行ったわけだが……その知識の一部、具体的にはアルカイオスの体格でも使えるような極一部の技を睡眠学習装置で流し込んでやったんだが、アルカイオスは数時間眠り続けた後、身体が動かなくなっていた。
調べてみたら、新しく知識を植え付けた際にその知識と既存の知識の間に繋がりが存在しないため、植え付けた知識の中で身体を動かそうとしても全く動かず、知識を有効活用できていないようだった。
そこで、間にケイローンの存在を挟む。その知識はケイローンに教えられたものだと上書きしてもう一度教えたら、今度は綺麗に今までの知識と混じり合って違和感なく身体を動かすことができるようになったらしい。
本人は気付いていないようだが、寝たまま数日を過ごした直後の身体でそれだけの事が出来たということは、少し鍛えて元の身体に戻れば多少威力や効率が上がることを意味する。これで多少動きが良くなったはずだ。
後は理合を教えてやりたいところだが、まあ、本人がいらないと言っているし構わないだろう。今まで力でなんとかしてこれてしまったからだろうが、残念だったが、昔々に作った持ち運びできる小さな竈をもたせて帰らせた。
……そう言えば、呪いの事は教えてないな。聞かれなかったし、いいか。