俺は竈の女神様   作:真暇 日間

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竈の女神、英雄を眺む

 

 アルカイオスの試練の中で最も難易度が高いものは何かと問われれば、俺は恐らくアルテミスのところから逃げたケリュネイアの鹿か、レルネーのヒュドラのどちらかだと思っている。

 ヒュドラに関しては不死身っぷりが凄いとかそれ以前に今は俺の住む家の庭の一角を陣取って水田作りに精を出してくれているし、鹿も同じように俺の住む家のすぐ近くの森で猪相手に縄張り争いして勝ったり負けたり世代交代したりしている。

 また、黄金の林檎の種から育てられた木が一本あり、その周囲には種を蒔いて増やした若木が並んでいる。若木はまだ実が成るほど大きく育っていないが、それでも黄金の林檎の大樹と同じ葉の形をしているし、しっかりと実を付けることだろう。

 

 要するに、アルカイオスがギリシャ神話で行なった偉業を全てやろうとするならば、俺と本気で敵対する可能性が出てくるからだ。アルテミスは鹿を捕まえられないなりに付き合うことができているし、黄金の林檎の採取は俺に許可を取ればカレーの隠し味やジャム作りに支障の出ない範囲でなら持って行ってくれて構わないからそもそも難易度自体がかなり下がりそうな気がするがね。

 難易度が下がれば試練扱いされないかもしれないが、それこそ知ったことじゃない。試練として出したからにはそれが試練としてカウントされるだろうさ。

 だが、そもそもヘラクレスが出された試練の数は十で、そのうち二つが数えられなかった為に二つ増えたと言う話を聞いたことがある。どれとどれがその数えられなかった試練なのかはよく覚えていないが、そういう話自体はあったはずだ。

 

 まあ、そう言った物も含めて神にとっては娯楽のようなものなのだろう。人間が、感情を大きく動かすさまを娯楽として楽しむのは神としては割とよくあることだ。それが不幸の方に傾くのは、恐らく幸福と言うのは誰しも似通っているものだが、不幸と言う物は感じる者次第で大きく違いがあるからだと思われる。

 アルカイオスのそれは……まあ、かつて人間であった俺からすれば凄まじく不幸な話だと思うし、俺が気付かなければ今でもまだ呪われたままだったと言うのはもう本当に涙なしには語れない。俺は涙なしで語るがな。

 

 そう、あの後いくら何でもとばっちりでこれは酷いだろうと言う事でヘラからの呪いは解いておいたのだ。正確にはヘラに解かせたのだが、アルカイオスはそのことを知らずにまだ試練に挑み続けている。

 知らないことは救いだと言うが、今回ばかりは知っていた方が良いんじゃないかねぇ? と思いもしたが、アルカイオスは俺の神殿に来ることが無いし話をする機会もない。わざわざこっちが出向いて教えてやるような気にはならないし、まあ、いつかアルカイオスが俺を祀る神殿に来て俺に祈りを捧げるのなら、そのことを教えてやってもいいと思う。

 年がら年中暇しているわけでもないが、常に忙しいわけでもない。特に最近は少々どころではなく無茶をさせたベルの身体を休ませ、更に一気に上がりすぎた能力を身体に馴染ませる大切な時期だ。確実にあと十年程度は暇なのだ。

 本当は半分程度でも問題は出ないだろうが、問題が出てから対応するのではなく、出そうな問題の芽をできるだけ潰しつつすでに出てしまった問題を何とかするのがいい。今はまさにそうしているわけだ。

 

 なんにしろアルカイオスには頑張ってもらいたい。何しろある意味ではギリシャ神話の顔のようなものだからな。ケルト神話で言えばクー・フーリン。ラーマヤーナで言えばラーマ。日本神話……は、長生きをしている存在は大概敵の方だから置いておくとしても、中国の神話で言えば殷の紂王を討った武王のような扱いにはなるんじゃなかろうか。そんな奴があまりに泥にまみれていては、正直困る。これから世界は合流すると言うのに、最強がこれではなぁ……。

 そう言う事で、頑張ってくれよ?

 


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