俺は竈の女神様   作:真暇 日間

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竈の女神、英雄を知る

 

 ギリシャ神話における最強の英雄と言えば、まず間違いなくヘラクレスだと言われている。十二の試練を切り抜け、神々と共に巨人を撃退し、英雄の集うアルゴー船に乗り、数々の伝説を残し、ついには半神ではなく文字通りの神にすら上り詰めた。それほどの英雄は、少なくともギリシャ神話の中には他に存在しない。

 勿論、一部でヘラクレスを上回る存在は確かに居る。英知で言うならば半人半馬の賢者ケイローン。速度で言うならば最速にして最優の英霊とも言われるアキレウス。より早く名を挙げたことで言えばペルセウスがそれに該当するだろう。

 ……まあ、そのうちの誰もが純粋な実力勝負においてヘラクレスに勝てないことはわかりきっている。なによりも、相手に対して有効な手段を取ることに対しての躊躇いというものが一切存在しない点で、ヘラクレスは戦士というよりも勝利者として名を上げられるのだから。

 それに、不老不死のケイローンを殺したのはヘラクレスの撃った弓矢と、その鏃に塗りつけられていたヒュドラの毒だと言われている。俺がその場に居れば毒だけ焼き払って浄化することで命を救うことができたかもしれないが、残念ながら俺はそこにはいなかった。救うことなどできるはずもない。

 

 さて、そんな非常に有名なヘラクレスだが、そいつはこの世界でも十二の試練に挑んでいる。ガイアが敵対しないようになっているためヘラクレスは狙って作られたわけではなく単純にゼウスの浮気性が出ただけらしいが、それに関してのヘラの嫉妬心はしっかりとゼウスに向かっている。本来のギリシャ神話ではヘラに呪われた結果、ヘラクレスはよく正気を失って暴れまわるようになってしまうようになったのだが、この世界においては違う。

 まあ、原因がヘラにあるということについては間違いない。嫉妬からくる呪詛というのも間違っていない。違うのは、そうして呪った結果が故意であるか事故であるかの違いだ。

 故意で呪ったからこそ、俺の知るギリシャ神話でのヘラクレスはあれだけの被害を受けていた。しかしこの世界においては故意ではなく、ゼウスに対しての嫉妬心からくるものをゼウスがその神威をもって弾き飛ばした残滓の一部がゼウスの血という繋がりからヘラクレスにかかったものだ。ヘラクレスに対しての直接の呪いでなく、それも自身の愛する相手に対しての物であるために大した効果が得られるものではない。

 ただ、浮気性がなくなり、自分だけを見るようになる。ヘラの呪いの本来の効果はそういうものであったはずなのだ。

 しかし、その呪いは砕かれ、散らされ、残滓がヘラクレスにかかった結果、奇妙な効果が現れた。

 本来ならばヘラが婚姻を結んだ相手だからこそ成り立つ呪いが、ヘラではない相手を愛し、結ばれたヘラクレス……いや、ヘラクレスと言うよりはアルカイオスと呼んだ方がいいだろう彼に降りかかった結果、浮気をする、あるいはヘラ以外の女性と結ばれると一時的に発狂すると言うものに変わってしまっているのだ。

 おそらく、そのことを知っているのは俺くらいだろう。なにしろかけた本神であるヘラですらアルカイオスに呪いをかけた自覚がなく、実際に呪いの方がゼウスの血縁をたどってアルカイオスにかかったと言うものだから把握できていないのも仕方ない。

 だが、この呪いは人間としては致命的なものだ。なにしろ、ヘラ相手にしか血を残す行為を行うことができなくなり、しかしヘラがアルカイオスを相手に体を許すわけがなく、しかも解いてもらおうにも本神がかけた覚えのない呪詛だ。解くのは苦労することだろう。

 

 まあ、どうせならアルカイオスにはそのまま英雄になってもらおう。恐らくそうして様々な英雄としての行動を行なっていけばいつしか狂気が神によるものであると察することができるものと出会うだろうし、そうなったら呪いを解ける存在を探すようにもなるだろう。俺に辿り着いたら、解いてやろう。求められもしないのにこっちから人に関わっていくのはあまり良い事とは言えないからな。

 


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