俺が人間として過ごしていた頃の日本では、蒸留酒と呼ばれる類いの酒がその辺のスーパーでも手に入った。一日に24時間開いているコンビニでも同じように手に入ったし、チェックの甘いところでは18歳くらいでも買えてしまったりする。
で、俺は死んだ時には二十歳を越えていたし、酒くらい普通に飲んでいた。
俺は日本神話世界に来て村を一つ支配し、捧げ物を受け取る立場になってからと言うもの様々なものを作ってきた。醤油、塩、味噌、麹、酵母、そして酒。毎日の生活に必要な物だったり、生活を彩るものだったりと様々だが、俺はただ捧げられるだけではなく、返すものは返してきた。基本的には村に危険な動物や妖魔が入り込まないようにしたし、作った様々なものをそれなりの値で市場にも流した。
だが、思い出すべきはこの時代の酒の強さだ。はっきり言って、水とそう変わらない。昔の人間は一升飲んでも酔わない奴が居たと言う話も、酒自体がここまで弱いんだったら十分にあり得る話だと思わせられるほどに。
だからこそ、と言うわけではないが、俺の売る酒はそれなりに人気がある。ほんの一舐めで大盃に並々と注がれた酒を飲み干すのと変わらない程に酔えるのだから、睡眠導入剤として、あるいは女殺し、男殺しの秘薬としても用いられた。
そんな酒が手に入るのは現在ここしかないと言う事で、酒好きの神が結構な頻度で来ていたりする。そして一気飲みしてぶっ倒れては塔の傍の村にある宿で一泊していくのだ。
ただ、どうにも神と言うのは支払いと言う感覚が薄い。特に人間相手に何をされても捧げ物として受け取ってしまうため、その辺りを周知させるために結構な苦労をすることになった。特に女好きの神は宿で働いている者を寝所に引き込もうとすることも多いからな。まったく、いったいどんな神経をしているのやら。
だが、そうしない奴もたまにはいる。我儘ではあるが、女を抱くよりも自身の力を磨く方が好きだと言う武神の類にそう言う事が多い。ただ、武神にはそういう奴が多いが、戦神には火照った身体の熱を治めるために女を抱きたいと言う奴が多いのでとりあえずぶん殴って意識を消し飛ばしてから海中に放り込むこともたまにある。
で、そのあまり多くない脳筋の中に、俺でも知っている有名な神である建御雷がいる。素戔嗚の方は不能の呪いをかけて放置した結果発狂して呪詛を振りまくようになったが、知ったことじゃない。自業自得と言う言葉の意味をよく理解してもらいたいもんだな。
「その辺りお前は優秀だよ。一回で改めるんだから」
「はっはっは……いや、初回は済まんかったな」
「三回目までは厳重注意で済ますが、四回目以降は無いからな」
「ここの酒が美味すぎるせいだ。ついつい飲み過ぎてしまう」
それが本当に悪いんだったら酒の味を落とすかあるいは売りに出す量を制限することもやぶさかではない。と言うか、色々と考えてみればそっちの方が効率的であるような気がする。
「まあ、俺は別に構わんが……精々後ろから刺されて死なないように気を付けろよ?」
「は? 俺がそんなことで死ぬとでも?」
「試してみていいか? 俺ならたぶん殺れる」
「勘弁してくれ」
建御雷はそう笑いながら酒を呷る。まったく、日本の神は酒好きで困る。そんなんだから酒で騙されたり、人間達に酒で騙すような戦法が広まったりするんだよ。俺にとっては利用できるものを利用しない方が愚かなのであって、それに引っかかったからと言って文句を言うのはお門違いだとも思うがな。
まあ、個人的には酒や食い物に毒を入れる事だけはしたくないとも思うが……そのことを相手の方が理解してくれるかどうかは知らん。まあ、信用しないだろうな。神相手に効果のある毒だとしても作るには面倒な手順に貴重な材料が必要だったりするし、簡単に作れるようなものじゃない。一番楽なのは、死ぬほど不味い料理を食わせて悶絶させることだそうだが……間違ってないのかもしれないな。