英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

73 / 75
第73話 後始末

 

 奇襲攻撃に近い任務は、まさに電光石火の如き動きによって極秘裏に終結していた。当事者でもあった国はまるで何も無かったかの様に静観を決め込んでいるが、実際には恐れの方が大きかった。

 完璧だと豪語したはずの厳戒態勢の警備を掻い潜り、本来であれば命さえもが奪う事を可能だと言わせる程の行為は当人の目覚めと共に発覚していた。枕元にあったのは懐剣に突き刺された一枚の紙。その内容に当人もまたそれが何なのかを理解させられていた。

 これが何も知らない人間であれば怒声や悲鳴の一つも出たのかもしれない。だが、その男は辛うじてその声を止める事に成功していた。

 経緯はともかく、今回の件が明るみ出れば間違い無く世界から袋叩きに合うだけでなく、その地位もまた完全に失墜する程。それ程までに今回の件に関しては極一部の人間だけに内容は留められていた。

 

 

「ですが、今回失った戦力は大きすぎます。批難の一つもしないのは我が国の名声が落ちるのでは?」

 

「貴殿の気持ちは分かる。だが、それを我が国がするのは少々拙い。既に相手は今回の状況を完全に知っている。下手に批難をすれば、今回の一件は間違い無く世界にも広がるだろう。そうなれば我が国は世界の孤児になり兼ねん」

 

「それ程までに警戒する必要があるのですか?」

 

「……間違い無く近い内に接触がある。外務の人間に対策を講じる様に指示するんだ」

 

 明らかに話題が逸らされた事で、それ以上の事は話すだけ無駄だと悟ったからなのか、側近はそれ以上の事は口にはしなかった。仮に口にした所で自分よりも上の人間である以上、自分にも何らかの問題が発生するかもしれない。そんな取り留めの無い事を考えていた。

 だが、ある意味では仕方ないのかもしれない。それがもし自分の身に起こったと仮定した場合、果たして今の様に正気を保つ事が出来たのだろうか。それ程までに衝撃的な事実だった。 

 だからなのか、先日までの勢いは完全に失われていた。今は幸か不幸か全人代の時期ではない為に、今の状況が周囲に与える影響は限定的だった。

 

 たった一晩。それも寝室での出来事が尋常では無い。

 これまでにも命を狙われた事は何度かあった。だが、その全てが未遂で終わっている。

 権力は使う事に意味がある。これまでに計画を掴んだ瞬間に最善の手段を取ったからなのか、本当の意味での襲撃は皆無だった。

 そんな前例を容易く変えたのは今回の件。命の天秤が偶然にも生きる方に傾いただけのそれは、奇跡でしかなかった。生きているのではなく生かされている。その言葉の方が寧ろしっくりとしていた。

 余りの変わりように言いたい事は何となく理解出来る。だとすれば、今回の件に関してはある程度の工作が必要だった。

 幾ら国の頂点とは言え、大国同盟に話を付けるには相応の対価が必要になる。今回の件に関しては完全にあちらの失策の為に、追及される事は無いかもしれない。だが、突然の変節に対してはある程度の説明は必要だった。

 そうなれば、どんな状況であっても当事国と対話が出来るのであれば渡りに船となる。それを大義名分に説明をするしかなかった。

 

「では、何らかのアクションが来た場合、直ちに時間を取る様にします」

 

「そうしてくれ」

 

 気が付けば先日までの自信に満ちた顔はあっさりと狼狽や恐慌にまみれた物へと変化していた。やろうと思えば暗殺すら可能な行為が男に恐怖を叩き込む。完全に精神がへし折られた状況は当然の結果だった。

 

「現時点であの国への侵攻はしない。我々の息がかかった人間にも即刻指示を出すんだ」

 

「……承知しました」

 

 未だに権力にしがみつく有様に、側近はそれ以上の口を開く事は無かった。この国の最高権力者が日和った事を知られれば、それに付随した人間全てが何らかの被害を被る事になる。それだけではない。これまでに多額の資金に物を言わせた政治工作全てが水泡に帰す可能性もあった。

 誰もが完全に従っている訳では無い。これまでの権力の恩恵を存分に受ける人間は少なくない。面従腹背を是として動く人間が殆どだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、早急に動く事にします。今回の件に関しては外務大臣も動く事になるかと思いますが、それで大丈夫でしょうか?」

 

「そうだな。流石に事実上の宣戦布告と同じ行為をされて何もしないのは世界情勢から見れば良い結果にはならないだろうな」

 

「ですが、本当に大丈夫なんでしょうか。確かに動くには十分な証拠ですが、少々勇み足ではありませんか?」

 

 世間の七星剣武祭の騒動は全くと言っていい程に内閣の臨時閣議は荒れていた。今回の件に関しては各大臣に報告されたのは、一部を除けば完全に事後報告だった。危機管理の点から考えれば明らかに悪手でしかない。だが、今回の件に関しては完全に情報統制が為されていた。

 警察と軍に関しては一部の上官を除けば完全のその全容を知る者は誰一人居ない。そう考えれば独断だと言及される可能性もあった。だが、それをやったのが官房長官の北条時宗。

 未曾有の危機を回避したのは偏に情報が完全に足りなかっただけでなく、下手に会議をすればその間に攻め入られる可能性が高い事が公表されていた。当然ながら大臣と言えどただの政治家に過ぎない。高度な判断を自分達に要求された場合、果たして今回の様な解決は可能なのかすら危うかった。

 誰もが今回の決着に関しては容認している。だが、全面的にそれをする訳には行かないからと自分の面子を立てる為の会議でしかなかった。臨時が故にマスコミも今回の事は何も知らない。それ程までに緊急だった。

 

 

「既に首謀国がどこなのかも、立案したのが誰なのかも判明しています。ですが、我が国がそれを名指しすれば今の国民感情は戦争に向かうかもしれません。それ程までに今の情勢は厳しいかと。それと事後報告になりますが、既にある程度の楔は打ってあります。緊急ではありますが、一両日の内に閣僚レベルでの会談も申し込んでありますので」

 

「お言葉ですが、相手は乗ってきますか?無視するのが関の山ではありませんか?」

 

「それは無いでしょう。確実に提案には乗ってきます」

 

 他の大臣が困惑気に話すも、時宗は自信に満ちた表情で言い切っていた。寝所に忍び込んでの証拠を突きつけた事は流石に口には出来ない。だが、何時でもその命を奪うのは簡単だと身をもって分からせた以上、下手に拒否すれば自分が次の日には冷たくなってる可能性が高い。野心に満ちた人間である以上、確実にこちらの言葉に乗ってくるのは当然だった。

 面子を完全に潰したからには、国内の政治基盤にも多大な影響をもたらす。失地から回復する為には極秘裏に会談を受けるのは間違い無かった。

 

 

「それと今回の件は大国同盟の一部の組織も関与しています。そちらの対処も必要でしょう」

 

「ならば騎士連盟の黒鉄巌から経由するのかね」

 

「いえ、あれでは無理でしょう。特に今回の件に関しては我が国から騎士連盟には正式に要請をしたままです。結果的には回答が来るまでに解決はしましたが、我が国の立場から考えれば明らかに権利を放棄した。そう考えるのが妥当でしょう。

 騎士連盟にはこれまでに幾度となく義務を果たした。その結果がこれでは信用は出来ないと考えるのが妥当でしょう」

 

「で、肝心の騎士連盟は何と言い訳をしているんだ?」

 

「事実確認に時間がかかったとだけ」

 

 今回の件に関しては時宗の立場からは正式に騎士連盟に依頼をした結果、間に合わなかった事実だけが残っていた。

 要請をしてから数時間で騎士連盟が判断出来るはずがない。これが小国であれば即座に派遣したはずの戦力も日本と言う国であるが故に判断が遅れていた。

 只でさえ相手が大国同盟であると分かった時点で慎重になる事は分かっている。自分達が動いた事によって大戦の引鉄を引く行為だけはしたくないのが本音だった。そうなれば戦力の派遣には時間を必要としている。だからと言って相手も待つ様な事をするはずが無かった。

 

 結果的には何もせず傍観しただけの存在。それが日本の国から見た騎士連盟の印象だった。勿論、この事実は公表出来ない。下手にそれをすればあっと言う間に国内の大きなうねりとなるのは当然だった。

 これが単純に脱退するか否かであれば問題無い。だが、騎士連盟の活動には経済的な側面もあった。仮に依頼を受けて任務を完了した場合、多額の報酬が個人の懐に転がり込む。

 命を天秤にかけた報酬は意外と簡単に使われる事が多かった。戦場でのストレスは尋常ではない。多額の報酬の大半はそれを発散する為に使われていた。

 魔導騎士の使う金額は一般に比べれば桁が違う。そんな個人消費と同時に、もう一つの経済効果もあった。

 七星剣武祭の経済効果は尋常ではない。放映権から始まり、各種の恩恵は国内の隅々にまで行き渡る。その結果、経済は驚く程に順調に回っていた。

 その結果、税収も跳ね上がる。それもまた今回の頭を痛める原因となっていた。

 

 

「その件に関しては私が騎士連盟に行って交渉します。実際に指揮を執ったのは私ですし、今回の経緯を一番理解していますので」

 

 時宗の言葉に閣僚の誰もが異議を唱える事は無かった。

 当事者が行くのが一番望ましい。それだけではない。今回の交渉に関してはかなりデリケートな部分にまで足を突っ込む可能性があった。

 幾ら加盟国の傘下に騎士連盟があるとは言え、相手は武力を簡単に行使出来る存在。下手な結果で終われば政治生命が断たれる可能性もあった。勿論、確実な結果を残す事に成功すれば確固たる地位に登れるのも事実。だが、あまりにもハイリスクハイリターンである為に、誰もが積極的に動くつもりは無かった。そんな思惑があるからなのか、否定的な言葉を口にする者は誰一人居なかった。

 

 

「そうか……では事務方に指示を出して直ぐに頼む」

 

 総理の言葉に誰もがそれに従っていた。今の内閣であれば時宗が出向く方が良い結果をもたらすかもしれない。そんな期待がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。いや、こっちは問題無い。既に用事は済ませたんだ。チケットが取れたら明日にでも帰国する」

 

 どこか雑多なイメージを持った都市は誰もが一人の青年に視線を向ける事は無かった。これが七星剣武祭の優勝者であれば多少は顔も売れているかもしれない。だが、ここでは東洋人の顔は然程珍しい物ではないからなのか、関心を持つ者は居なかった。

 オープンカフェの為に目の前には策の様な物はあるが、実際にはそれ程防御力がある訳では無い。雰囲気造りの一つとして用意されていた物だった。気が付けばオーダーしたコーヒーがテーブルに置かれている。青年はそのコーヒーの匂いを嗅ぐと、そのまま口にしていた。苦味の中に微かに感じる酸味が主張してくる。名だたるブレンドはこの店の看板メニューだった。

 

 

「ハイ。隣良いかしら?」

 

「何がハイだ。お前の用事は終わったのか?」

 

 青年に近づいたのは一人の女性。青年とは違い、周囲からの視線を浴びるかの様にその存在感を示していた。当然とばかりに追加でオーダーする。ウエイトレスもまた当然の様に青年と同じ物を運んでいた。

 

 

「当然よ。それと色々と動きがあったみたいね。まだ決定ではないけど、政府も動くみたいよ」

 

「そうか。だが、俺達に依頼は無いだろ?」

 

「流石に国の大臣に襲撃する様な馬鹿はいないと思うわ」

 

 本来であれば国防の争点ともなるべき内容。だが、二人の会話を聞いた人間は誰も居なかった。

 まさかこんな場所で国家機密に相当する会話が為されているとは誰も思わない。そんな常識の隙間を突く様な会話だった。

 

 

「幾ら報酬が高いと言え、これ以上はオーバーワークだろう」

 

「そうね。今回の依頼に関しては国防の部分も多いし、個別の撃破褒賞が絡むから結構な資金が動く事になると思うわ」

 

 二人の言葉には重みがあった。今回の作戦は精密よりも速度を重視している。本来であれば騎士連盟が動く案件。だが、騎士連盟が動く可能性が限りなく低い事を時宗は読み切っていた。

 連盟の内部がどれ程混乱しようが、政府や風魔には何の関係も無い。その結果がどうなろうとどうでも良かった。

 だからこそ、細かい部分は然程気にする必要性が無い。自分達がやるべき事がシンプルなのは今に始まった事では無かった。

 

 

「詳細は聞いてないが、今回のはかなりの収益に繋がるんじゃないのか?」

 

「結論は出てるみたいね。後は分配の部分らしいわね」

 

 女の言葉に青年もそれ以上は何も言わなかった。幾ら組織運営をしていないとは言え、今回の報酬はこれまでに無い程の高額になるのは間違い無かった。

 強大な組織の壊滅となれば相応の金額が提示される。下手に軍を動かすよりは安価ではあるが、今回の作戦に関しては動く額面だけ見れば尋常では無かった。

 国防の観点から見れば、明らかに侵略行為でしかない。それを完全に防ぐとなれば支払うべき報酬は軽く三桁の億が必要だった。

 本来であれば確実に国会でも揉めるほどの金額。だが、今回の報酬の為の拠出金に関しては宛てあった。だが、その前提はこれからの交渉に由来する。それを知っているからこそ、誰もが口にする事は無かった。

 

 

「となると時間がかかりそうだな」

 

「そうね。個別の金額もこれまでに無い額になりそうって事は間違いないわね」

 

 当然の様な物言いではあるが、間違い無く事実だった。前回の破軍学園襲撃事件の際にも割と時間がかかったのは、その資金をどうやって捻出するのかが全て。仮に出所がどこであれ、そのお金に綺麗も汚いもない。依頼の対価として貰う側にとってはどうでも良い話でしかなかった。そんな事を考えながら少しだけ熱を失ったコーヒーを口にする。僅かに風味が飛んでいるからなのか、バランスの良かったブレンドは苦味が勝っていた。

 

 

「そう言えば、七星剣武祭の優勝者だけど、黒鉄一輝になったらしいわね」

 

「一輝がか?ステラはどうしたんだ?」

 

「決勝で戦ったらしいわよ。詳しい事は興味が無いから詳細までは知らないけど」

 

 そう言いながら女は手元にあった端末を青年に見せる。そこには大きく結果が掲載されていた。詳細に関しては記事を読めば分かる。だが、青年もまたそれ以上の関心を持つ事は無かった。

 

 

「でも、仮に貴方がそのまま出場してたらどうなるのかしらね」

 

「さあな。元から興味すら無かったんだ。それ以上の事は知らん」

 

「そんな事言うとカナタちゃんが怒るかも。ほら、友人の刀華ちゃんだったかな。結構な実力があったと思うんだけど」

 

 その言葉に当時の事を思い出していた。実際に襲撃された際には割と驚いたが、結果的にはそれまでだった。

 実戦を経験しているとは言え、本当の意味での極限状態を経験していないのであれば、結果は同じ事。ましてや春に邂逅してからはまだそれ程時間も経っていない。初心者であれば何らかの要因で急激に伸びるかもしれないが、それなりに実力を有すると、その伸び率は格段に落ちる。それが全てだった。

 

 

「表の世界の出来事はむこうで勝手にやれば良い。俺達は俺達のやり方がある」

 

「確かにそうかもね」

 

 報酬の回収がまだだから居るだけの存在。それが主の考えだった。回収後に関しては小太郎からも特段何も聞いていない。事前の話では精々が一年程度は在学する事だけを聞いていただけだった。決して一輝の事を貶めているつもりはない。ただ住む世界が純粋に違うだけの事だった。

 

 

 

 

 

「そうそう。彼、『魔人』の世界の住人になったらしいわよ」

 

「……は?何だそれ」

 

「どうやら決勝戦での流れみたいだけど」

 

 『魔人』の言葉に青年もまた珍しく驚いた表情をしていた。実際になれるかどうかは横にしても、そこに至るまでにはまさに血反吐を吐く様な鍛錬を嵩ね、それでなお自らの願いを昇華さえる必要がある。血反吐に関しては無くも無い。だが、願いを昇華するとなれば並大抵の事では無かった。

 

 

「これで同類になったわね」

 

「それでも俺には関係ないだろ」

 

「何か思う所はあったんじゃない?」

 

「無いな」

 

 驚いたのは数秒の事だった。既に冷静になっているからなのか、それ以上の動揺は見えない。女もまたそれ以上は崩せないと知ったからなのか、その話題を口にする事は無かった。

 

 

「報酬に関しては近実中には方針が固まるわ。今、政府も他国と連盟に対話を持ちかけてる。その結果次第ね」

 

「結果も何も、ほぼ決定してるんだろ」

 

「あの人が前面に出てるんだし、当然よね」

 

 ぼかした言い方ではあったが、それが時宗を指している事は間違い無かった。何らかの難交渉になった際、要求されるのは話術ではなく、胆力が要求される。こちらの言い分を一方的に出す以上、結果ありきだった。

 今の政府の中でそれが出来るのは時宗だけ。大国同盟の上層部の人間を助けた事もその一因だった。護衛の話が無い以上、荒れる可能性は皆無。女の言葉を全て察したからなのか、それ以上の会話は無くなっていた。

 

 

「じゃあ、私はこれで。カナタちゃんに宜しくね」

 

 一言だけ告げるとそのまま残ったコーヒーを飲み干して席を立つ。取敢えずの情報共有が終わったからなのか、青年もまた程なくして店を立ち去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の件に関しては既に知っての通りですが、大国同盟の侵攻は当方で防ぎました。その件に関してはどの様にお考えですか?」

 

 遠い異国の地で、時宗は場違いと思われる場所で会談をしていた。国際魔導騎士連盟本部。華美とは言わなくともそれなりに豪華な造りとなっている部屋では、その頂点に居る人物『白髭公』と名高いアーサー・ブライトと対談していた。本題は加盟国に対する義務と権利。その意味についてだった。

 

 

「詳細はこちらでも確認している。だが、結果的には何も起こらなかったと聞いている」

 

「それは個人としての言葉ですか?それとも組織の本部長としての言葉ですか?」

 

「どちらに取って頂いても構わん」

 

 自分こそが正しいと言わんばかりの物言いは何も知らない人間であれば確実に戦意を失う程の圧力があった。

 幾ら年嵩を重ねているとは言え、現時点でもKOKの頂点に君臨する力は尋常ではない。衰えた肉体の力を精神が超越するかの様な存在はある意味では今回の役割を明確に果たしていた。

 だが、時宗からすれば所詮はそこまで。権謀術数だけでなく、時には純粋な暴力すらも振るわれる可能性は政治家になってからは数えるのを止める程にあった。

 権力を行使した時点で反対勢力は当然の様に対抗措置を取る。その結果、時宗にまで及ぶケースはこれまでに何度もあった。

 弁論が立たないのであれば直接的な行使で脅しをかける。そうなれば折れるのは政治の側がこれまでだった。だが、時宗はそんな妨害に屈した事は一度たりとも無い。それが今に至っていた。

 

 

「では遠慮なくこちらの言い分だけを。今回の件に関しては公式に要請した事実を加盟国に公表し、我が国としては残念ながらその権利を行使する事が叶わなかった。その為、今後の供託金に関しては来年から二年間を無回答とし、それ以降に関しては従来の額の三割を上限、また、派遣する人材は政府の管理下に置く者とする。なお、内容に関してはその都度吟味し、不可と判断した場合、拒否する事をここに明言する」

 

 これが日本が国際魔導騎士連盟に対しての公式回答だった。事実、起こったかどうかではなく、情報を政府が統制している時点で漏れる事は無い。それと同時に騎士連盟もまた今回の襲撃の数を正確に把握していなかった。

 本来であれば日本支部が情報を収集するのが建前で、実際には依頼する側がそれを示す。だが、今回の件に関してはその情報を掴んでいない為に、要請に関しては厳しい結果となっていた。

 仮に大国同盟の襲撃が百を超えると分かった場合。確実にその国が沈むのは明白だった。それ程までに魔導騎士の能力は隔絶している。それを知らない時点で話合いは最初から不可能だった。余りの物言いにアーサーも僅かに目を見開く。まさかの言葉に即座に言葉が浮かばなかった。

 

 

「それだと日本はどの組織にも属さない事と同じだ。そんな事が許されるとでも思ってるのか!」

 

「許される?言葉を間違えるな。許すかどうかは此方が考える話だ。権利を行使出来なかった事を説明するのは我々だ。内容が内容なだけに公表はしない。だが、今回の顛末に関しては一定以上の人間全てが知る事になっている。仮に我が国で何かが起こった場合、其方は何が出来るのかね?」

 

 この状況下で接触する以上は何らかの抗議である事は本部側も事前に予測していた。だが、その予測は結果的には甘すぎた。只でさえ義務を一番果たした国が権利を受け取れないとなれば報復措置は当然の事。今回に関しても、何とか煙に巻くやり方で一旦は時間を稼ぐつもりだった。その最中で互いの妥協点を作り出す。そのつもりだった。

 

 

「安心してくれ。我が国は組織から脱退するつもりは無い。ただ、これまでの義務を果たした分の回収をするだけだ。それと今回のこれはお願いじゃない。政府としての決定事項なんだ。その辺りを間違えないでほしい」

 

 国際魔導騎士連盟は加盟国からの拠出金で運営されている。仮に戦力を派遣する際には派遣元の国から報酬を得る事が出来る。だが、肝心の運営そのものには関係が無かった。運営費に関しては各国の資金で賄っている。その中で日本が加盟国での最大の支援国だった。それが事実上の手を引くとなれば運営そのものが立ち行かなくなる。本部長をしているが故にその事実はハッキリと見えていた。

 

 

「何が目的だ?」

 

 突然の言葉ではあったが、時間の経過と共にアーサーも冷静になっていた。今の話が正しければ何らかの目的がある様にも感じる。これが一端の政治家であれば時宗の思惑に気が付いたのかもしれない。だが、アーサーは魔導騎士であって政治家ではない。思惑が何なのかを確かめるには直接聞くより無かった。

 アーサーの問いかけに、時宗もまた僅かに表情を崩す。本当の目的が何なのかを漸く口にしていた。

 

 

「今回の事の発端が何なのかを知っているかね?」

 

「大よそながら……だな」

 

「では単刀直入に言おう。今回の件を未然に防げたのは相応の戦力に依頼したから。悪いが、ここに所属する魔導騎士など比べものにならない位にだ。

 それと現場の判断を一旦委ねたやり方は緊急時には対応できない。未然に防いだのではなく完璧な防衛に基づいた結果に過ぎない。今回の件で我が国はこの組織運営の方法に疑問を持った」

 

「我々のやり方が拙いとでも?」

 

 先程とは違い、アーサーの躰からは覇気が吹き上がるかの様だった。これまでに治安維持の一翼を長きに渡って担ってきた自負はある。これが素人の戯言であれば気にする事は無い。

 だが、時宗の立場は事実上の最高位と同じ。そんな立場からの物言いにアーサーもまた憤るだけの矜持があった。

 無意識の内に吹き出る覇気。一介の政治家であれば確実に驚くそれを時宗は容易く流していた。

 

 

「だからそう言った。今回の顛末は大国同盟の中での権力闘争による物。それに伴う侵攻だ。我が国からすればそんな事はどうでも良い。この組織の腕の長さが短いのであれば足りない分を伸ばすしかないだろうと言う話だ」

 

「どう言う事だ?」

 

「実に簡単だ。国際魔導騎士連盟の中での我々の立場が一段低いからこうなった。であれば迅速な対処が出来る地位に置くのは当然だと思わないか?」

 

 時宗の言葉にアーサーもまた考えていた。大戦の結果からすれば確かに日本が時事上の代表になってもおかしくは無い。だが、組織が立ち上がり時間の経過からすれば日本の加盟は完全に遅すぎた。

 当時でさえも揉めた内容。ましてや今は大戦の結果など重視する要素はどこにも無かった。

 

 

「それは無理だ。自分の一存では決められない」

 

「当然だ。だから実感してもらうんだよ。緊急時に配備される事無く防ぎ切った国。加盟国の中で一番血を流す国を蔑ろにするのであれば、他の加盟国もまた同じ事をするのが当然だと思わないか?

 ああ、間違いの無い様に言えば、今回の事案は我が国が独自で解決した。だから、理事国の国も独自で対応してくれって話だ。勿論、要請があれば考え無くは無い。だが、それだけの権力を誇示するんだ。実力は言うまでも無いと思うが」

 

 時宗の言葉にアーサーは内心歯噛みしていた。日本は全体の中でも質と数が共に充実している。その結果として派遣する際には真っ先に連絡を入れていた。

 だが、時宗が言う様に実績を前面に出した場合、理事国の質と数は完全に劣っていた。そうなれば他の加盟国からも不満が噴出する事になりかねない。そうなれば完全に組織が崩壊するのが目に見えていた。

 そんな中、時宗のスーツの中から携帯端末の音が響く。事前に予測していたからなのか、時宗の表情は笑みを浮かべていた。

 

 

「どうやら他の国も我が国の主張を認めるらしいよ。特に米国、中国、ロシアがね」

 

「まさかとは思うが………」

 

「そのまさかだ」

 

 時宗の言葉にアーサーは完全に狼狽していた。今回の騒動の中心的な国だけでなく、大国同盟の主要国が容認している。その時点でアーサーが出来る事は時宗の主張を飲む事だけ。仮に日本が大国同盟の組織に組み込まれた時点で魔導騎士連盟の力は弱体化は免れない。『解放軍』の一部に接触している情報があるとは言え、それよりも日本が離脱する事の方が大きかった。

 既にアーサーが打てる手は何一つない。そこから導き出されるのは一つの事由だけだった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。