英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第7話 意外な一面

 まだ学校が始まっていないからなのか、それとも突発的に組まれた戦いだったからなのか、魔導騎士として訓練をする場所でもある訓練場にはまばらな人影があった。

 大きな大会ではなく、純粋に個人間のやりとりに近い戦いだからなのか、どこか静かな空間は今の状況を表している様だった。

 そんな空間の中で一人の青年と、一人の赤髪の少女が対峙している。片方は面識があったが、もう片方はニュース等でしか見た事が無かった。

 

 

《LET's GO AHEAD!》

 

 

 無機質なブザー音と同時に互いは自身の持つ固有霊装を展開し、交戦を開始していた。

 赤髪の少女の名はステラ・ヴァーミリオン。今年の留学生として破軍学園の理事長でもある新宮寺黒乃が獲得に成功した生徒。ヴァーミリオン公国の第二皇女と言う事もあってか随分とVIP待遇で迎えられていた。

 黄金に輝く大剣は自身の魔力の高さを示しているからなのか、装飾が施された大剣には気品を感じる。一方の青年はFランクにも拘わらず自身の能力の無さを工夫しながら戦いを続けていた。

 黒く光る日本刀の固有霊装は無駄な物を一切感じさせない。だからなのか、少女が繰り出す攻撃を往なすその姿はどこか頼りなさを感じる程だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとう。何だか付き合ってもらって悪いね」

 

「気にするな。こちらも一人よりは対戦した方が何かと都合が良いからな」

 

 龍玄と一輝はお互いのトレーニングの時間帯が似ているからなのか、結構なタイミングで顔を合わせる機会が多かった。

 最初こそはお互いに遠慮している部分も多分にあったが、少しだけ見るお互いの姿は一切の隙を感じる事は無かった。

 刀と篭手では本来であればまともな戦いになる事は無い。『剣道三倍段』お互いの間合いが圧倒的に異なるが故の結果だった。

 しかし、横目とは言え、互いに実力の程を知りたいと言う欲求に勝てなかったからなのか、最近では苛烈な組手までは行かないにせよ、対峙する事が多々あった。

 

 

「確かに。一人だと比べる物が無いから、丁度良かったよ。それよりも一つだけ聞きたい事があるんだけど、さっきまで使っていた足運びって何?」

 

「ああ、あれの事か。詳しい事は言えないが、あれは歩法の一つだ。ここだと縮地や抜き足と呼ばれる技術だな」

 

「縮地か……どこかで聞いた事はある。確か、相手の意識から逸らす事で間合を瞬時に詰める方法だっけ?」

 

「……少し違うが、まぁ、そんな所だ」

 

 一輝の言葉に龍玄は、敢えてはぐらかす事にしていた。抜き足は大戦の英雄でもある『南郷寅次郎』が開発した歩法。

 実際にはこれまでに縮地と呼ばれた事もあれば、今回の様に抜き足と呼ばれる技術へと昇華していた。

 元々戦場では銃を構える事が殆どの為に、遠距離呼攻撃が出来ない人間はその間合を如何に詰めるかに腐心していた。

 幾ら超人的な力を発揮する伐刀者と言えど、全ての銃弾を弾く事が出来る訳では無い。

 仮に一度でも失敗して足が止まった瞬間、自身の身体は蜂の巣へと変わる。そうならない為に編み出した産物でもあった。

 しかし龍玄が取ったそれは抜き足の上位互換とも取れる歩法だった。

 風魔に伝る『斬影』と呼ばれるそれは、これまでの様な物とは一線を引いていた。抜き足の様に遠目から見れば移動するのが分かるそれとは違い、『斬影』はその視覚情報すら困難となっている。

 戦場は一人だけと戦う訳では無い。対人の最中に他から撃たれる様な事があれば無意味でしかないと言う考えの下に編み出された物だった。

 

 

「まぁ、一輝ならそのうち覚えるだろ。どうせ見て盗むって感じみたいだしな」

 

「知ってたの?」

 

「ああ。これまでの剣筋を見れば大よそにはな。一太刀振るう事に色々な剣術が混じってるのが見える。悪いとは言わないし、それが昇華すれば最後は自分だけの業になるから、盗むのは当然の結果だ」

 

「まさかそんな事言うとは思わなかったよ」

 

「今どき門戸を叩いて教えてくれなんて所の殆どは大した事は無い。そんな事で生き残れるのかと言われれば疑問だけだからな」

 

 龍玄の言葉に一輝は少しだけ驚いていた。これまで自分一人でやってきたからなのか、自分の剣術には芯が無いと思う部分が多分にあった。

 どんな道場でも自分達がこれまで培ってきた歴史が後世にも伝える。そんな悠久とも取れる時間がバックボーンとなっていた。

 もちろん、自身の生家でもある黒鉄家にも伝わる業がある。自分の能力の低さを知っているからこそその業が自分には知らされず、盗み見る様な真似でこれまでやって来たと言う思いがそこにあった。

 そんな葛藤とも呼べる様な内容にも拘わらず、龍玄は当然だと言い放つ。そんな言葉に一輝は僅かに救われた気がしていた。

 

 

「確かにそう言えばそうなんだけど……」

 

「勘違いするなよ。どんな流派だって最初の真祖や開祖と言われた人間は自分の業を昇華させた結果だ。それに綺麗も汚いも無い。俺から言わせれば見てくれだけの流派なんぞ滅びの道をゆっくりと進んでいる様にしか見えん」

 

「ははは。手厳しいね」

 

「そもそも魔導騎士の本質は戦う事。それが何の為なのかは人ぞれそれだろ?それに弱ければ待っているのは死だからな。本当の事を言えば戦場ではランクなんて物は何の目安にもならない。正々堂々なんて物は無意味だ。時折そんな事を言う人間もいたが、そんな人間に限って真っ先に死んでいくもんだ」

 

 龍玄の言葉に一輝は少しだけ考えていた。先程の言葉だけを聞くと、これまでに何度も戦場に出ている様にも思える。確かに学生の身分で戦場に赴くには特別招集で派遣されればその可能性はあるが、それも一部の人間だけが依頼されるだけ。

 だからなのか、龍玄の言葉を聞きながらも一輝はどこか漠然とした考えだけが広がっていた。

 

 

「俺が言うのも何だが、これだけは覚えておくと良い。戦いは自分の望む望まないは関係無くやってくる。そしてその時、伐刀者に求められるのは明確な結果だ」

 

 龍玄の言葉に一輝もまた表情が引き締まっていた。元々互いに色々と何かをする様な間柄ではないが、それでも互いの技量を見たからなのか、芯の部分は同じであると感じ取っていた。

 詳しい事は横にしても今の一輝にとっては今年の七星剣武祭は自分の存在価値を問われる事になる。常在戦場。恐らくはそんな事を言いたいんだと一人考えていた。

 

 

「確かに。今のままで良いとは思ってないからね。これからは正々堂々と龍の業を盗むよ」

 

「そうまで清々しく言われるとな……少しは遠慮しろ。それに無手と得物を持ってるのだと違いが大きいだろ?」

 

「それは無いよ。だって重心の移動の仕方や、そこまでに至る行程は僕が知らない行動原理があるから。これは僕の推論だけど、龍は固有霊装以外の武器もそれなりに使えるんじゃないの?」

 

 一輝の何気ない言葉に龍玄はニヤリと笑うしか無かった。確かに無手が基本だが、得物を持った攻撃が苦手ではない。むしろその攻略をする為に極める程の力量を持っている。

 同じレベルであれば戦いの引き出しが多い方が有利に事が運ぶ。これまでにそんな話はおろか、素振りすら一輝の前では見せた事は無かった。にも拘わらずそれを看破する眼力は素直に賞賛する内容だった。

 

 

「俺のは大した事は無い。精々が嗜む程度さ」

 

「そうかな」

 

 お互いがそう言いながら早朝のトレーニングを終了するとお互いが自室へと戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「有言実行すぎるだろ」

 

 龍玄の呟きが今の状況だった。確かに望む望まないに限らず戦いの火の粉は自分へと降りかかる。経緯は分からないが、何せ互いがそれぞれ何かしら思いがあるからこそ今に至っていた。

 詳細は不明だが、今の龍玄にその内容を知る術は無かった。

 互いの攻撃は技術的には同じレベルにあるのか、一向に有効打が当たる気配はなかった。

 その最たる要員はこれまでの短い期間で龍玄が見せた歩法の影響だった。大剣を振るう少女の攻撃はこれまでに無い程の重攻撃。炎を纏い、リングの石に亀裂を入れる為には生半可な攻撃では不可能だった。

 そんな攻撃に対し、一輝は攻撃を往なし空間を切り取るかのように間合を変化させ、連撃を防ぐ事に成功している。そんな姿を見たからなのか、少女の表情には僅かに驚愕が見えていた。

 その一方では恐らくは何かしらの攻撃を待っているのか、防御に徹しながらも一輝の視線に弱さは感じられない。

 周囲からはランクの違いにどこか失笑めいた物も聞こえるが、所詮は何も理解出来ない盆暗ぞろい。目の前で行われている攻防がどれ程高度な物なのかを理解出来る人間は居ない様にも思えていた。

 

 

「風間君はこの戦いをどう見てるんですか?」

 

「実にシンプルだ。弱い人間が負ける。それだけだ」

 

 観客席で互いの戦いを見ていると、不意に声を掛けられていた。

 記憶が確かならこの声の持ち主は自分と同室の人間。振り返る事無く返事をしたが、気配はやはり貴徳原カナタの物だった。

 『紅の淑女(シャルラッハフラウ)』の二つ名を持つ者が現れた事に周囲も僅かに注目する。そんな視線を無視するかの様に、隣を見る事無く龍玄はただ今の状況をジッと見ている。

 これ以上の声はかけない様にオーラを出したつもりだったが、そんな事はお構い無しとばかりに続けられていた。

 

 

「それは当然です。元々AランクとFランクでは話になりませんので」

 

「そりゃそうだ。あくまでも魔導騎士として……ましてやそれが()()であれば当然の話だ」

 

 元々戦いが始まる前に互いのレベルが電光掲示板に公表される。元々魔導騎士は高ランクの方が戦闘に於いては有利であるのは否めない。魔導騎士が繰り出す異能はこれまでの間合いの概念を大きく覆している。それは世間も認める常識だった。

 しかし、これが純粋な戦闘であればどちらが勝つのかは言うまでも無かった。

 

 

「と言う事は、純粋な戦闘は同じ位だと?」

 

「馬鹿馬鹿しい。お互いの戦いのスタイルが違うんだ。同じな訳が無い。それにあの皇女様は既に心技体が崩れてる。(なまくら)の一撃が直撃する可能性はゼロだ。彼奴は確実に見える隙を逃す程、そんなに甘い人間じゃない」

 

「そうですか。では、お相手の方が勝つと?」

 

「元々戦闘は負ければ死だけが待っている。今の一輝は自分の持てる引き出しの数が圧倒的に多い。今は互角でも、そのうち剣技の差が出るだろうな。それが答えだと思ってくれ」

 

「となれば先程の結果とは違うのでは?」

 

「だからこそ()()()()()()()()話だ。そもそも戦いに様式美を追い求めるなど無用だ。開幕早々に決着をつけるのが優良であって態々口上を宣う連中なんぞ下の下だ。少なくとも俺なら開幕で言葉通り一撃必殺だ」

 

 龍玄の言葉を思いだしたのか、近くに居ると思われたカナタはそれ以上の言葉を見つける事は出来なかった。

 戦場での事を思い出せば、それがどんな意味を持っているのかは自分が一番理解している。実際に魔導騎士としての戦闘ではなく、あれは戦争の中での戦い。

 如何に不意を突こうにも、お互いが対峙した中でどれ程の戦闘力を有するのかは未知数でしかなかった。

 生徒会だからなのか、生徒の情報を集めるのは然程苦労する事は無い。

 事実、自分のランクと龍玄のランクには隔絶した差が存在する。にも拘わらず自分の身は抜刀絶技を行使している事すら問題にせず、簡単にこの男に意識を奪われ囚われている。それがどんな意味を持つのかカナタは少しだけ興味があった。

 

 

 

 

 

「つまらん。やっぱりこうなったか」

 

 龍玄の視線の先には一輝が自身の霊装を少女の肩口に斬り付けた瞬間だった。これまでの様な斬撃と太刀筋はそこで止まっている。剣技では勝てないと悟ったからなのか、遂に自分の土俵へと赤髪の少女は引きずり込んでいた。

 幾ら力を籠めようが、固定されたかの様に切っ先が進まない。膨大な魔力を持って自身の身を護っているのが誰の目にも明らかだった。

 

 

「魔導騎士としては当然なのでは?」

 

「所詮は試合だから……だろ?俺は試合をするつもりは毛頭ない。こちらに向ける物が戦意であれ殺意であれ、瞬時に終わらせる。お互いが高めあうのはある意味では理想だが、戦場でそんな事は無駄でしかないからな」

 

 人がまばら故に発言したに過ぎなかった。膨大な魔力を幾ら持とうが策略を講じる事でそれが封じられれば末路は決まってくる。

 カナタは気が付いていないが、刀華はそれを体感している。戦場では如何に効率よく安全に倒すのかを優先する。今の様に補給を可能とするのであれば最大級の攻撃を行使するのは問題無いが、それが適わないとなれば工夫を凝らすしかない。

 そんな事を考えた末の言葉だった。当然だと言い張る龍玄の言葉に、カナタも少しだけ同調する。生きる世界が違いすぎる。そんな当たり前の価値観の違いでしかなかった。

 

 

 

 

天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)

 

 

 

 

 これまでの様な剣技での戦いを放棄したのか、自身の能力を最大限に活かすべく魔力を込めた攻撃がこれから起こるであろう出来事を周囲に伝播していく。

 赤髪少女がそう口にした瞬間、巨大な龍を象った炎が幾重も噴出し、天井をも貫いていた。

 既にその勢いを見た一部の生徒は避難すべくその場から逃げ出している。Aランク騎士が放つ抜刀絶技。その炎が今の心情を表している様にも見えていた。

 幾重にも噴出した炎は迷う事無く一輝へと振り下ろされる。このままでは全てが一瞬にして蒸発する。正にそう思わせる重攻撃だった。

 

 

「なるほど。そう来たか」

 

 既に殆どの生徒が逃げ出したからなのか、この観客席には殆ど人は居なくなっていた。

 誰もが目にする事の無い炎。周囲に及ぼす影響を考えていないからなのか、誰もが対戦相手の事を一瞬だけ忘れていた。

 

 

 

 

 

『一刀修羅』

 

 

 

 

 一輝もまた同じくして自身の抜刀絶技を行使していた。

 元々ランクが低い人間が放つ事が出来る抜刀絶技には限りがある。龍玄の目に映る一輝のそれはまさにその言葉そのものを体現している様だった。

 これまでに無い程の移動速度は、全ての剣戟の威力を向上させる。幾ら防御に優れた異能であっても、確実にそれを凌駕する。

 一合二合と振りかざす刃は完全に少女の体躯を捉えている。今の龍玄は珍しく一輝の行使した抜刀絶技の事を目に焼き付けていた。

 速度が生じる攻撃は既に少女が動きについて行けない。何も知らない人間からすれば異様な光景の様にも見えるが、龍玄の目からすれば当然の結末だった。

 勝つための刃なのか、自身を誇示する為の刃なのかで意味合いが異なる。少女が持つ自身の能力を存分に活かす攻撃は確かに豪快ではある。だが、それだけの話。

 豪剣は一撃必殺が故に隙も大きい。地面を叩きつける間に一輝は自身の能力を存分に振るった瞬間、一気に斬りつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石としか言えんな。でも、あれがまぐれだと抜かす連中も多いのも事実か」

 

 自室へと戻った龍玄は改めて先程の戦いを自分に重ねてシミュレートしていた。

 ニュースでもあった様に、あの赤髪の少女はヴァーミリオン公国の第二皇女、ステラ・ヴァーミリオン。A級ランクだけでなく、通常の潜在魔力も常人の三十倍を誇る化け物。まともに戦うとなればどんな攻撃が効果的なのか。そんな考えを基に改めて考えていた。

 

 無手と剣では既にリーチの違いが多分にある。そもそも剣道三倍段の言葉はそれが由来となっている。

 元々接近戦で戦うのであればお互いの有効な間合いを如何に構築するのかが最優先。基本は篭手の自分では考えるまでもなく最接近する以外に手段は無かった。あの試合だけでは分からないが、あれ程の炎を扱う以上、周囲に対する攻撃も可能である事に間違いは無い。

 だとすればどのタイミングで懐に飛び込むのが最良なのだろうか。そんな考えがあった。

 座禅をしながら自身の脳内で何度でも対峙する。周囲に対する警戒を忘れるかの様に龍玄は自身の中で未だ戦う事が無いステラ・ヴァーミリオンと対戦していた。

 

 

「何だ。あんたか」

 

 そんな思考は直ぐに何時もの状態へと戻っていた。先程まで没頭していたものの、ドアの開放音が意識と元へと戻す。

 振り向くまでもなく、その部屋に入ってきたのは同居人でもあるカナタだった。

 

 

「私の方が先輩なので、あんたは止めて下さい」

 

「そうか。ではお嬢さん。何か用事でも?」

 

 お嬢さんの言葉にカナタは僅かに怯んでいた。

 その言い方は内乱の際に小太郎が呼んだ呼び方。名前は知っていても態々呼ぶつもりが最初から無い言い方は、カナタにとっても良い思いはしなかった。

 

 

「お嬢さんも禁止です。せめて名前で呼んで下さい。ここは学園内ですから私の方が先輩です」

 

「そうだったな。貴徳原でも良いが、それでは何かと面倒だ。カナタで良いな」

 

 せめて先輩位は付けて欲しい。カナタは内心そう考えていた。

 元々同部屋になった際に言われたのは、『この人物と何とか()()()()()()()()を結べ』と言うかなり高度な任務の様なものを自分の父親から言われている。

 内容はともかく、それが何を意味しているのかを理解出来ない程カナタは子供ではない。

 これが通常であれば人身売買や人権などと青臭い言葉も出てくるのかもしれない。しかし、カナタ自身の歩むべき騎士道の中には自分の事ではなく一族の思いが最優先となっていた。

 

 事実、欧州の実業家との婚姻でさえも自分の意志は含まれていない。そんな事からすれば、同居人でもある龍玄との信頼関係を築く為には、自身が何らかの形で動くしかなかった。

 あの後自分の父親から聞かされた話と用意された資料を見た際に、カナタは見た目こそ何時もと変わらない笑みを浮かべたが、内心ではどうしたものかと焦りだけが浮かんでいた。

 元々風魔の人間が社交的だとは最初から考えていない。本来、初めて部屋に入った際に普通であれば声をかけるが、いきなり背後から襲われていた。

 延髄にかかる肘は自分の意識と場合によっては命を絶たんと突付けられ、両足も逃げる事が出来ない様に拘束されている。

 刀華がこなければどうなっていたのだろうか。顔見知りであればそんな事はしない。それがカナタにとっての当たり前だった。

 だからなのか、自分の課せられた物があまりにも重すぎる。この状況は間違い無く自分の父親が学園に何らかの圧力をかけた末の結果であると内心睨むも、その証拠や思惑を感じ取るまでには至らなかった。

 

 

「それで結構ですよ」

 

「ならば、これからはそう呼ぼう」

 

 既に諦めが入っているからなのか、カナタはそれ以上の事を言うつもりは無かった。

 気が付けば龍玄は食事の準備をするのか、冷蔵庫から何かを取り出している。手際が良いそれはカナタにとっても驚くべき光景だった。

 

 

「ここは食堂もありますが、どうして自炊を?」

 

「食堂があるのは知っている。だが、時間的にも余裕があるのであれば、自分で作る方が効率的で味もマシだからな。誰だって食事位は旨い物を食いたいだろ?」

 

 龍玄の言葉にカナタは朝食で出された物を思い出していた。

 シンプルではあったが、確かに言うだけの物に間違いない。まだ同居して数日しか経過してないが、カナタの中で龍玄の評価は真っ二つだった。

 一緒に住んで分かる事が幾つかある。一つは警戒心がやたらと高い点。これはこれまでの経緯を考えれば当然の事だが、問題なのはそれ以外だった。

 これまでのイメージからすれば傭兵は粗野なイメージが多分にあるが、龍玄はそのイメージを大きく覆していた。襲撃に近いあれは初日だけ。それ以外では殆どと言って良い程にそんな素振りは見えなかった。

 実際に朝も早い時間から出ているからなのか、カナタが起きるのは龍玄が朝食と作る匂いにつられている部分が多分にあった。実際に出された食事も質素に見えるが滋味深く、味わい深かった記憶がある。

 余りにも違い過ぎるイメージはカナタの思い描くそれとは大きく逸脱していた。

 

 

「それに演習では碌な食材が獲れないからな。偶に取れる蛇や兎は格好の食材なんだ。だったら尚更だろ」

 

「蛇……ですか」

 

「ああ。ああ見えて癖は殆どないからな。案外と食えるぞ」

 

 当然とばかりに調理をしながらもカナタは蛇の言葉に驚いていた。

 兎はジビエ料理としても割と存在するだけでなく、自身も口にした事がある。しかし蛇は無い。だからなのか、それがどんな意味を持つのかをイメージする事は困難だった。

 

 

「で、カナタもここで食うか?」

 

「頂けるのであれば」

 

 そんなそっけない言葉と同時に新たな食材がフライパンへと投入される。食堂で食べるにしても既に時間は思う程残されていない。

 外食も考えたが、折角提案されている。それならばここで食べればいいだろうと判断した結果だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご馳走さまでした」

 

「お粗末様でした」

 

 カナタは最後のお茶を飲みながら内心驚きの連続だった。

 戦場での態度とは真逆なのか、自分が勝手に思い描いていたそれは遥か彼方へと追いやっていた。

 一緒に作ってもらった料理に関してもここまでのレベルの食事は早々有りつけない。刀華は自身のこれまでの事から自炊するのは問題無かったが、カナタ自身はそれほどする機会は多くは無い。

 自宅であれば料理人が作り、ここであれば食堂に行けば事足りる。学生寮なだけに味よりもどこか量を考慮している部分は多分にあるが、それでも及第点が付く程のレベルではある。

 しかし、そんな食事でさえも先程食べたそれに比べれば格段に下である事は理解出来ていた。

 プロの料理人と変わらない腕前をどうやって身に付けたのだろうか。今のカナタにとって、これまで持っていたイメージが根底から崩れる。自分は一体何を考え、何を見てきたのだろうか。そんな取り止めの無い考えがカナタの思考を支配していた。

 

 

「何だ?不味かったのか?」

 

「いえ。そんな事はありません。ただ驚いただけですから」

 

「……念の為に言っておくが、俺達は普段からあんなんじゃない。傭兵である以上は自身の命が長く無い事を理解しているからこそ自分達がやりたい事をやっているだけだ。報酬の件では監視の名目なのは当然の事だ。お互いが口にした契約を反故に出来る立場では無い。それだけは頭の中に入れておいてくれ」

 

「分かりました。以後そう考えておきます」

 

 まるで自分の考えが見透かされたかの様な言葉にカナタは少しだけ驚きを見せていた。

 元々監視が名目である以上は当然の措置。事実、そんな理由がなければ寮が同室である訳が無い事はカナタ自身が一番理解している。

 同部屋が嫌ならさっさと払え。言外に示された様な気分になっていた。これからどうやって接近すれば良いのだろうか。そんな思考がカナタの脳裏を占めていた。

 

 

 


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