大会の進行が進むにつれ、代表される選手の顔が揃いつつあった。
実際に一回戦でさえ、かなり見応えのある戦いが繰り広げられていたが、それが進むにつれ大会の苛烈さがゆっくりと表に出始める。
既に二回戦もまた、実力と言う名の絶対がその結果を打ち出していた。
ステラは持ち前の総魔力量を活かした攻撃は既に対戦相手を圧倒していた。
只でさえA級と言う触れ込みによって周囲にも大きな影響を与えている。既に対戦相手となっていた巨門学園の鶴屋美琴はステラを前に呆然とするよりなかった。
『氷の冷笑』と呼ばれるだけあって、自身の異能は冷却能力に長けている。自身の抜刀絶技『
温度の低下は絶対零度、即ちマイナス二百七十三度を下回る事は無い。そこまで温度が低下すれば生物は活動を停止し、やがて死に至る。
幾ら大会と言えど、意図的な殺害は推奨される訳では無い。だが、これまでに感じた事が無い低温を体験すれば人間であれば確実にその前に何らかの行動を開始する。その結果が敗北の宣言であり、自らの命を護る事を優先させた結果だった。
事実、昨年はその恩恵を受けた事によって大会のベストエイトに食い込んでいる。そんな自尊心もまた、ステラの前では無意味だった。
「
鶴屋はステラに何のためらいも無く絶対零度にまで温度を低下させた瞬間だった。
本来であれば体表は氷に覆われ、生命反応すら危うくなるはず。そんな未来が最初から存在しなかった。
ステラを覆う低温の霧は直ぐに蒸発する。炎を操るステラの周囲は高温によって歪められていた。
極低温の霧は周囲を漂う事無く蒸発した事により、鶴屋の攻め手は完全に封じ込められていた。
元々鶴屋の固有霊装は武器では無い。
これが以前のステラであれば確実に無手である事を慢心し、そのまま一気に攻め上がっている。事実、観客の誰もがそう考えていた。
氷点下の温度よりも天井知らずの燃焼温度の方が遥かに高い。それは態々検証するまでも無い事実だった。
そんな前提があるからこそ勇猛果敢に来るはず。鶴屋もまた同じ様な事を考えていた。
(警戒してる?でも、どうして?)
ステラは妃竜の羽衣を展開したと同時に、極低温を完全に防いだ事までは良かった。
それは誰もが考える想定。鶴屋もまた同じだった。
だが、そんな思惑に反するかの様にスタラは動かない。自分の能力がステラに影響を与えているとは考えていなかった。
仮にあるとすれば、カウンターを仕掛ける可能性。鶴屋の霊装が武器であれば、ありえるだろう可能性に過ぎなかった。
(一先ず無手での攻撃は無さそうね。リュウみたいな人間が早々居るとは思わないけど、警戒はしておくに越したことは無いはずだから)
破軍学園での予選会でステラは龍玄に事実上のシャットアウトで敗北していた。
攻撃を幾ら仕掛け様が確実に回避されるだけでなく、時折態勢を崩す為の受け流しをされる。
幾ら実力がある伐刀者と言えど、自分の立ち位置を完全に見失っている状態での戦いは推奨するものではない。
拳銃の様な固有霊装であれば未だしも、刀剣類であれば完全に腰の無い斬撃程度しか繰り出せない。その程度であれば本来であれば身体強化の恩恵を活かす為に、それ程気にする様な内容では無かった。最悪は負けなければそれで良い。そんな感情がそこにあった。
だが、この戦いはトーナメント制。幾ら時間を空けているとは言え、肉体は万全でも、精神は消耗したままになる。消耗した精神はIPS再生槽でも出来ない行為。
ましてや、一度でも土がつく様で有ればそこで終わり。それが今の警戒を物語ってた。
だからこそ警戒する。勿論それだけではなかった。
全身を流れるかの様に蠢く魔力を体外に僅かに放出する。その瞬間、周囲の空気が僅かに重くなった様に感じ取っていた。
ステラから発する魔力の奔流はゆっくりと舞台の空気を上昇させる。それがどこまでも上昇するかと思われた瞬間だった。
「降参します」
鶴屋の言葉を審判が正しく理解するまでに少しだけ時間を有していた。
傍から見ればお互いが対峙しているだけにしか見えない。それは審判も同じだった。
突然の言葉に会場の観客もまた言葉を失っている。
まさかこんな早くに決着がつくと誰もが予測していなかったから。
鶴屋の言葉からゆっくりと一拍を置いて漸く会場にもアナウンスが流れる。呆気ない結末ではあったが、ある意味では当然の結果に番狂わせにもならなかった。
「では、遠慮なく行かせてもらいます」
珠雫はあの出来事から物の見事に立ち直っていた。
実際にあの状態のまま戦ったとしても、苦戦はするが負ける可能性は皆無だった。
対戦相手の隙を逃す様な真似はせず、詰め将棋の様に相手の行動を制限する事によって完全に追い込んでいた。
水だけでなく、氷を使う事によって攻撃の種類を特定させる事をさせない。
小太刀の固有霊装を携えている以上、接近戦になっても一方的になる事は無いかもしれない。
幾ら通常であれば体格差が生じるとしても、伐刀者特有の身体強化を使用すればその限りではない。
だが、珠雫にとっては接近戦は避けたい物があった。幾ら身体強化を使用しても身長差までフォローされる物ではない。そうなれば、ある意味では厄介な部分もあった。
接近戦に於いてリーチの差は、ある意味では致命的な物を作り出す。そうなれば幾ら異能が発動しても万が一の可能性があった。
当然ながら、そうなると珠雫の体躯では圧倒的に不利になる。その結果、戦術として採用されたのは中距離からの間断無き攻撃を仕掛ける事だった。
「一年如きが偉そうに!」
珠雫の物言いに対戦相手は憤っていいた。幾らランクが高いとは言え、実戦経験は然程ある訳では無い。それが一番の理由だった。
実際に学年が上に上がるにつれ、伐刀者としての、魔導騎士としての戦い方を学んでいく。それはどの学園も同じカリキュラムとなっているからだった。
確かに破軍学園は襲撃にあった事によってある意味では実戦を経験していると言えるかもしれない。だが、その殆どが今回のゲストと呼ばれる伐刀者によって解決した為に、精々が物陰で震えあがっているだけに過ぎない。そう判断した結果だった。
瞬時に加速する事により、身体強化を遣わせずに終わらせる。その戦術に問題となる箇所は無かった。
「何の警戒も無く突っ込むだなんて……実に残念でしかたまりません」
突進してくる相手の事など珠雫は最初から眼中になかった。
実際に破軍の予選会でも似た様な攻撃を仕掛ける人間は居た。だが、その殆どがそれ程気になる物では無かった。
幾ら身体強化を使っているとは言え、その速度には限界がある。抜き足の様な技能が無ければ迎撃するのは簡単だった。
焦る事無く、自分のやるべき事だけを淡々と行う。冷静な思考は既に戦いの終焉までを完全に予測していた。
「では……」
「この程度、躱せないとでも」
広範囲の水流を活かすと同時に、舞台全体に水を撒いていた。
水流そのものはそれ程の勢いを持っている訳では無い。鉄砲水を思わせるそれもまた突進する側からすれば回避出来る程だった。
だからこそ、珠雫がその先に考えている攻撃を予測出来ない。七星剣武祭に出場する人間のデータを頭に入れたとしても、それはあくまでも得意であると思われる異能の種類だけ。そこに異能を発する人間の思考は考慮されていなかった。
「軽挙妄動は自分に返りますよ」
氷を使う事によって周囲に撒かれた水は突如として氷結する。その結果、舞台の上は足元が不十分な状態へと変化していた。
足元がおぼつかない状態での移動は慎重になら有るを得ない。幾ら慣れた人間であっても急な行動をするのは不可能に近かった。
「あ、足元が………」
普段から移動速度が速い人間でも氷の様な不安定な場所ではゆっくりと動く的でしなかい。
これが歴戦の猛者であれば対策も立てる事が可能かもしれないが、学生にとってはそんな対策を立てる程、冷静にはなれなかった。
氷の飛礫が弾丸の様に襲いかかる。当初は防戦一方だった相手は舞台の端に追い込まれる形でそのままリングアウトとなっていた。
本来であればそこからの復帰はルール上は可能である。だが、生憎と舞台の上に安全地帯は何処にも無かった。
為す術が無いのであれば降参するしかない。ある意味では伐刀者らしい勝ち方に観客もまた歓声を上げていた。
「そろそろか……」
観客席からの声が僅かに聞こえるのか、控えている龍玄の耳には僅かに聞こえていた。
実際に破軍学園の襲撃によって脚光を浴びた人間はゲストとしてこの大会に出場している。
本来であれば予定していた人間は全部で六人。その内の一人は早々に捕縛し、もう一人もまた龍玄が危なげなく下していた。
元々このゲストが密命を帯びて襲撃し、その勢いのままに出場すると言う、半ばマッチポンプの様なやり方は、風魔が介在する事によって完全に瓦解していた。
実際に依頼をしていた月影獏牙もまた政界から失脚した事により、詳細の情報を入手している。その中で黒鉄王馬とサラ・ブラッドリリーに関しては、従来の依頼とは異なっていた。
今回の依頼内容は解放軍による物ではあったが、そこには二つの思惑が存在していた。
元々から魔導騎士連盟を脱却したい政治家側と、過去の栄光を基に改めて歴史の表舞台に出たい行政側。
厳密に言えばお互いの目指す道は異なっている。
だが、その途中までは確実に同じ道だった。
そうなればこの行方を阻む者は居ないはず。それが月影と黒鉄巌が選んだ方法だった。
だが、その前提が既に覆っている。実際に捕縛した風祭凛奈は詳細までは知らなかったが、情報を一元管理しているのが平賀玲泉である事を最後に語っていた。
となれば、今回の実質的な指導者はこれから自分が戦う相手となる。
これが大会ではなく、何処かの路地裏であれば確実に情報を吐かせる為に拷問すら辞さないやり方をする。だが、衆人環視の下ではそんな行為は出来ない。その為にはどうするのが最良なのか。龍玄はそんな事を考えていた。
「風間選手。そろそろ時間です」
「そうか」
案内の言葉に龍玄の意識は改めて戦いへと向かう。
戦場であればあり得ない行為。だが、ここはルールに基づいた戦いである為に場外乱闘が起こる可能性は皆無だった。
だからこそ深く思考の海に潜る事が出来る。
浮上した以上、今はただ目の前の事に対処するだけの話だった。
一回戦同様に会場の扉が開く。既に準備を終えたのか、そこには既に平賀玲泉の姿がそこにあった。
「初めて見る顔ですね。貴方が破軍の代表選手だとすれば、随分と層が薄いみたいで」
平賀の挑発めいた言葉。それは偏に学内での予選会の数字を知っているより外ならない。でなければ、そんな言葉が出るはずが無かった。
声が当人同士の会話だけに留まっていた為に、周囲には聞こえていない。この言葉が挑発である事に間違いは無いが、その内訳までは知らない様だった。
純粋な数字だけ見れば確かにそうかもしれない。だが、内容を見ればそんな言葉が出るはずが無かった。
予選会に出ない時点で敗北になる為に数字は凡庸。だが、勝利の内容だけ見えれば事実上の完勝だった。
これまでにかかった戦闘時間の平均は一分にも満たない。それも殆どが全力を出しているのかすら危うい程。本当の実力を図れた人間は誰一人居なかった。
これが只の生徒であれば多少なりとも感情の色が変化したのかもしれない。だが、龍玄にとってはそんな数字の事などどうでも良かった。
勝ち負けは常にあるのは当然の事。それが最初の段階で決められたルールであれば尚更。
大会に出場し、その勝利に価値を見出す人間であれば激昂もするが、龍玄は最初からそんな感情は持ち合わせていなかった。
無関心を誘うかの様な視線を投げるも、そこに感情は見いだせない。平賀が口にしたのはそんな不気味な存在を嗅ぎつけたからに過ぎなかった。
相手の心情を揺さぶる事によって自分の土俵へと導く。トラッシュトークを仕掛けたのもその為だった。
「そんな事はどうでも良い。一つだけ確認したいんだが、何時からこの大会は
「ほう……私の事を
「言葉遊びでは無い。もう一度聞く。何時からここに
「君達。試合前の会話は禁止している。これ以上するなら没収試合とする」
龍玄の言葉が聞こえたからなのか、審判からの警告が飛んでいた。
これまでにも会話が全く無かった訳では無い。単純に相手に対して鼓舞する為の会話は認めているが、侮辱の為の言葉は認められていない。その為に平賀の最初の言葉は聞こえない程の音量だった。
「ですから、私は木偶のぼ…」
平賀の口からそれ以上の言葉が出る事は無かった。
何故なら既に平賀の頸は胴体とは完全に別れているから。一瞬の出来事に何が起こったのかを完全に把握出来た人間は誰一人居なかった。
「………風間選手。君のやった行為は反則だ。それと、命を奪った事に関しても大会である事を主張出来ない。よってここに負けを宣言する」
時間と共に漸く時間が動き出していた。
既に命の炎が消えた胴体と頸。道化師の仮面をしている為に、そこには感情は見えなかった。
だが、不意討ちによる死亡は大会の中でも最悪の出来事。警告はしたものの、龍玄の動きについて行けた人間はこの会場には誰も居なかった。
「命か。最近の大会は木偶にも命を認めるか。随分と甘い規定なんだな。それで反則負けならそれで結構。ならば失礼する」
悪びれる事も無ければ謝罪すらもない。何よりも不遜な態度に誰もが唖然としていた。
だからこそ、横たわる平賀の状態に気が付かない。仮に生物が首を刎ねた時点で大量の血液が出るはず。にも拘わらず、そこには何の形跡も無かった。
そこあったのは剥き出しになった部品と配線。龍玄の姿が消えた事によって漸く事態が呑み込めていた。
「おい、あれ変じゃないのか?」
「確かに。普通、ああなったら血が出るよな」
「なあ、あれって本当に人間なのか?」
偶然にも巨大画面の端に移った平賀の体躯は余りにも異質だった。
動く気配が無いのは兎も角、観客もまたその異常な光景に気が付く。
血が流れずにそのまま横たわるのは人間ではない証拠。ここで漸く審判もまた気が付いていた。
慌てて近くまで走り出す。会場からはどんな状態にになっているのかを判断する事は出来なかった。
既に巨大画面に映像は映っていない。気が付けば審判と思われし人間が一人、また一人と平賀に近づいていた。
「さて、先程の件ですがどうしますか?既に誤審によって負けは宣言しましたが?」
「だが、あの場では仕方ない。今さら撤回も出来ん」
「だが、あれは紛れも無く人間ではなく人形。何時から変わっていたのかは分からんが、仮に最初からなら出場資格すら無い事になる」
龍玄と平賀の試合が二回戦の最終であった事が功を奏したからなのか、審判団の控室で意見が紛糾していた。
本来であれば確認をしてから判断すべき内容が脊髄反射の様に口に出ていた。これが誤審だと公表出来るのかとなれば話は別。
実際に七星剣武祭の審判は通常であればKOKでも活躍している。今大会も普段であればKOKの審判をしてる人間だった。
更に運が悪かったのは、確認をせずそのまま宣言した事。それと同時に龍玄の姿が会場内に無かった事だった。
本来であれば誤審だと公表して龍玄をそのまま繰り上げる事で事無きことを得られるはず。だが、その人間が会場内に居ないと分かった時点でややこしい事になっていた。
「それと風間選手の姿が無い様だが、その件に関してはどうするつもりだ?」
「復帰させ様にも姿も無い。それに反則による負けを宣言した以上はそのまま帰ったと言われればそれで終わりだ」
「だが、前提が違う。確認をせずに判断したんだ。明らかな誤審だ。大勢の観客が居る会場には何と説明するつもりなんだ?」
「………」
場外乱闘ならまだしも、会場の中で起こった事案である為に、未だ明確な方針が打ち出せていなかった。
何をするにも既に時間はかなり経過している。既に何を言おうが良い訳にしか聞こえない状態になっていた。
時計の針が動いても、審判団の行動は一切無い。保身に走ろうにも有効的な打開策が何も無かった。
「それなら一度破軍の方にも確認してもらうのはどうでしょうか?」
「だが、それに応じるのか?」
「応じるも何も、あるがままに説明するしか無いでしょう。誤審で負けにしたのであれば、我々も相応のダメージを追うのは当然です。それに七星剣武祭でのこれは既に隠蔽する事すら不可能ですから」
一人の審判の言葉に誰もがそれ以上何も言う事が出来なかった。
大体的に放送している関係上、先程のやり取りは完全に放送されている。只でさえショッキングな場面に近い物があったにも拘わらず、審判の落ち度で下した結果は既に撤回の方向では動けなくなっていた。
審判は確認していないが、先程の一連のやり取りは既にネットではお祭り騒ぎに発展していた。
────碌に確認もせず、一方的に判断した審判。
────KOKでもやっている業務がここでは出来ていない。
────本当にこの人間に任せても、平等に判断する事が出来るのか。
そんな内容が次々と上がっていた。
「で、私にどうしろと?」
「ですから、風間選手を出来るだけ早く再召喚して頂きたいのですが………」
審判団代表の力無き言葉に召喚された黒乃は少しだけ考えていた。
元々この大会に関して、黒乃は龍玄に結果を求めては居なかった。
そもそも個人の要件を優先する事を大会に先駆けて口にし、黒乃のまたそれを了承している。既に見当たらなとなれば恐らくは会場内には居ないのだろう。
黒乃の表情を見た審判団もまた頭を悩ませていた。対処すべき方法が見当たらないからだった。
「私としては抗議こそすれ、力を貸す道理は無いのですが?それに最初から人間ではなく、人形である事を見抜けなかったのであれば、盆暗と言われても仕方無いのではありませんか?」
黒乃の物言いに審判団の表情が僅かに歪む。
これが他の学園の理事長であれば何らかの言葉が出たかもしれない。だが、黒乃に関しては既に引退しているとは言え、元KOKの三位。
『
しかも正面を切っての正論。既に審判団には打つ手が残されていなかった。
会場では未だ紛糾した状態のままが維持されているが、選手にとってはそんな事はどうでも良かった。
関心があるとすれば、次の対戦相手がどうなるのかだった。
既に前半に関しては特段問題は無いが、後半に関しては未だ不明のままだった。
最大の焦点は平賀玲泉が本人ではなく、機械人形が出場した事。考えられるとすれば最初から出場が無かった事になるか、それとも失格となるかだった。
勿論、そうなれば次の対戦が龍玄である事に間違い無い。ここまでが選手の知る現状だった。
当然ながら龍玄が既に会場から姿を消している事を知らない為に、それ以上の感情は何も無い。
だからなのか、可能性がある選手にとっては審判団に一刻も早い裁定を望んでいた。
「お兄様。少しだけお時間を頂けますか?」
「時間なら大丈夫だけど、どうかした?」
「ええ。実は次の対戦に関してなんですが…………」
珠雫の歯切れの悪さは一輝も直ぐに理解していた。
このままであれば珠雫の対戦相手は龍玄になる可能性があるからだった。
だが、その龍玄に関しては現時点では正式な回答が未だ出ていない。
特に、問題となった最後のあの場面に関しては詳しい事は分からない。
実際にお互いが対峙した場面までは映っていたが、その後に関しては全く分からないままだった。
会場に居たと思われる人間からの言葉だけを聞けば何となく状況が分からない訳では無い。
ただ、その内容に関して言えば、余りにも荒唐無稽過ぎていた。
実際に観客ですら何が起こったのかを判断出来ない。それ程までに鮮やかな手際だった。
それと同時に珠雫が一輝に話をしたかったのは次の事に関して。少なくともこの大会の中ではかなり厳しい相手になる事だけは間違い無かった。
「まだ結果は出てないんだよね。それでもかな?」
「絶対ではない。となれば、対策の一つも考え様かと。ただ、私自身はそれ程見知った訳では無いので……であれば、是非にと」
「それは構わないんだけど………」
珠雫の懇願するかの様な表情に一輝もまた頬を掻きながらどうしたものかと考えていた。
実際に珠雫の身近な人間の中では一輝が一番理解している。だからこそ自分を頼ったのだと考えていた。
だが、言われるまでもなく答えは出ている。
今の珠雫では絶対に勝つ事は出来ない。ただそれだけだった。
「本当の事を言えば私が勝てると思えるだけの勝算はありません。恐らくはまともに戦えば瞬殺でしょう。
ですが、私もただやられたくはありません。相手が誰になるのかが分からないからと言って対策を立てる必要性が無いと思うのは些か不用心ですから」
「確かに。だったら正直に言うよ。残念だけど今の珠雫では勝てないのは間違い無い。下手をすれば自分が負けた事すら理解する前に終わると思う」
「……そうですか。勝てませんか」
落胆の表情を見せながらも珠雫もまた龍玄の実力を把握していた。
予選会での戦いを見ればどれ程の実力を有しているのかは考えるまでも無い。
初戦に至っては会場の誰もがその姿を見失う程の動きを見せていた。
諸星との戦いで一輝がやったエーデルワイスの歩法とはまた違うそれ。
一定の距離をお互いがとっていると言っても、あれだけの動きを見せる人間からすれば零距離と同じ事。だとすれば事の起こりが見える前に何らかの措置をとるしかなかった。
「攻撃の……いや、動きの起りが見えない以上は回避は出来ないと思う。距離があれば迎撃が可能だと思った瞬間に攻撃を貰って終わり。となるだろうね」
「そんな………」
「勿論、やり様が全く無い訳では無いと思う。少なくともこれまでの事を思いだせば、初撃を防ぐ事が出来た人間であれば、何らかの戦いは可能だろうね。少なくとも龍はそんな事を考えているんだと思う」
一輝の言葉に珠雫は僅かながらに光明を見出していた。
初撃がどんな攻撃になるのかは本人以外には分からない。だが、相手が自分と戦う事を認めれば、そこから先は完全な対等な土俵に上がれるのと同じだった。
今出来る事はその為の布石を敷く事。珠雫に求められているのは完全な戦略だった。
だが、ここで大きな問題が一つ。龍玄の攻撃がどれ程の物なのかだった。
珠雫は改めてこれまでの事を思い出していた。
実際に龍玄が戦っている場面を見た記憶は殆ど無い。当然ながら該当する人物に聞くより無かった。
「参考までにお聞きしたいのですが?」
「本当に参考にしかならないと思う。実際に目視で反応するのは不可能に近いんだ。僕が防げたのは半ば偶然に近いからね」
「それ程ですか………」
珠雫も実際には異能ではなく武技に関してもそれなりに戦う事は出来る。だが、前提が異能である為に技量はそれ程では無かった。
牽制程度に動きを制限させながら異能で決着をつける。ある意味は模範的であはあるが、言い方を変えれば熟練者の凡庸な戦術だった。
戦いにはお互いの相性が存在する。
一輝の様に近接戦だけのケースもあれば、ステラの様に万能型もある。
だが、龍玄はそのどちらに対しても自分にはダメージを受ける事無く下していた。
ステラと戦っている際に見たのは完全に体術だけであり、異能の気配が何処にも無い。一回戦での戦いもまた同じだった。
霊装が籠手である為にある程度は仕方ないのかもしれない。だが、傍から見た印象と対峙した印象は違う事だけは間違い無かった。
何故ならその話をする一輝の表情が複雑な物になっているから。少なくとも自分との戦いに於いてはある程度の予測は立っているのと同じだった。
実際に身内だからこそ一輝もまた言葉を告げるが、これが友人であればもっと現実的な言葉になってるかもしれない。それ程までに差があるのだと言外している様だった。
だからこそ珠雫には覚悟が求められる。
自分の体躯では攻撃を受け止める事が出来ない以上、それに代わる何かが必要だった。
手だてが全く無い訳では無い。ただ、集中出来る時間を与えてくれるのかが問題だった。
大会のルールでは事前に魔力を込める事は禁止されている。固有霊装を顕現するまでが許容されているに過ぎなかった。
事実上の詰みに近い状態。珠雫の頬には知らない間に冷たい何かが流れていた。
そんな中、珠雫だけでなく一輝の携帯端末が僅かに振動する。運営からの案内だった。
『運営委員会より案内です。予定されたトーナメントに関してですが、一部変更が行われます。それに伴い対戦相手の変更がある場合がありますので、追って通知させて頂きます』
無機質に送られた文。誰もが驚きながらも何故そうなったのかを知る事は無かった。改めて送られたメールに記載される。その事実をまだ誰も知らなかった。