英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第65話 明かされた能力

 七星剣武祭の出場者の中で、ビッグネームになれば自然と二つ名が着くのはよくある事。

 自分が名乗るのではなく、周囲から来るとなれば、ある意味実力が認められているに等しい事。

 事実、二つ名を持つ殆どが相応の実力を有している。だからこそ大会の中でも優勝候補に挙がるのは、ごく自然な成り行きだった。

 

 その中で唯一、戦闘面ではなく、それ以外の部分で実力を評価されている人物。それが廉貞学園に所属する薬師キリコだった。

 『白衣の騎士』の名は医療の面でその名を博している。水を自在に操る異能を利用し、患者の体液などを自在に操る事によって病に侵された者を癒す。そんな尊敬を現す二つ名だった。

 勿論、医療面に特化したからと言って戦闘面が劣る訳では無い。人体を破壊するのと癒すのは表裏一体。そう考えれば、優勝争いのレースに食い込んでもおかしくは無かった。

 だが、その本当の意味での能力を表に出す前に退場する事になる。

 何故なら戦いよりも前に医者であるから。その対象は刃を向ける物でなく、目に見えない病原菌だからだ。

 

 

「患者さんを優先したって事なのね」

 

「医者なら当然だよ。でも、あれ程慌てる事って早々無いと思うんだけど………」

 

 突如として飛び込んできたアナウンスに困惑しているのは観客だけでなく、選手も同じ事。事実、今大会に参加する為に万全を期しているとなれば、余程の事が無い限り慌てる可能性は無い。

 一輝やステラは医者ではない。当然ながら医療の知識を持ち合わせていない。

 これが本業として勤めている人間であれば疑問をもったのかもしれない。だが、それでもこれまでの彼女の実績を考えれば有り得ないとしか言えなかった。

 勿論、個人の都合の為に大会本部もまたそのまま出場辞退を粛々と受け止める。

 確かにある程度の説明は必要かもしれないが、本人の意向に寄る為に、本部もまたそれ以上の事は何も出来なかった。

 

 

「あれって………」

 

 不戦勝になった以上、次の試合の為に選手もまた移動をするよりなかった。

 大会の予定時刻は公表されているが、その殆どは目安でしかない。

 実際に戦いの時間制限はある為に、後ろにずれる事は無いが、前倒しになる事は多々あった。

 当然ながら選手もまたそうなる可能性がある事を事前い聞かされている。そうなれば次の試合の為に移動するのは当然だった。

 一輝とステラは互いに次の為に控室へと向かおうとした際に、限りなく怒声に近い声が聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

「まさかとは思うけど、紫乃宮君。貴方、私の患者に何をしたの?」

 

「やだなあ。そんなの言いがかりでしょ。僕がそんな事出来るはずが無いでしょ。それに薬師さんの病院までどれだけの距離があると思ってるんですか?幾ら伐刀者と言えど広島と大阪の距離はちょっと無理じゃないです?」

 

 薬師キリコと紫乃宮天音の会話は珍しく響いていた。

 本来であれば、キリコはそれ程声を張り上げる事はしない。医者は常に冷静さを要求される。その結果、普段は穏やかな表情こそするものの、表立って感情を見せる事はしなかった。

 だが、自分がこれまで心血を注ぐ程に見てきた患者に対して何らかの害悪が発生しているからなのか、そんな温厚な雰囲気は吹き飛んでいた。

 周囲に人影は無い。それもまた、そうなった一因だった。

 

 

「貴方は確か因果干渉系だったわよね。貴方と戦う直前でそうなるなんて出来過ぎてる。誰だって疑うのは当然だわ」

 

「困りましたね。僕の異能が因果干渉系なのは認めますけど、それは未来予知であってそんな事が出来るはずが無いですって」

 

 キリコの鋭い言葉に紫乃宮は飄々と答えていた。

 因果干渉系統の異能に関しては未だ完全に理解の及ばない事が圧倒的に多い。

 事実、破軍に在籍する泡沫もまた、同じ因果干渉系の異能を持っているが、本当の意味で解析されてはいなかった。

 自分の中で何となく分かっているが、詳細を知る為には相応の研究が必要となる。

 異能が顕現してから既にかなりの時間が経過しているが、その絶対数が少ない為に解析までは遠く及ばなかった。

 

 その名の通り、因果干渉系は運命や宿命でさえも歪にさせる。その為に理論上、統計上、説明が困難だった。

 当然ながら肉眼では発現した事が確認出来ない。分かるのは結果だけ。伐刀者でありながら医者でもあるキリコもまたその事を重々承知していた。

 

 これまでに発表された論文ですら、因果干渉系に関しては碌な内容が書かれていない。 ある意味では正確に理解出来るのは、その能力を持っている人間だけだった。

 医者であれば理想論を振りかざすよりも現実を重視する。確かに理性では紫乃宮の言葉は理解するが、感情は違っていた。

 患者に手をだすのは医者に喧嘩を売るのと同じ事。ましてや因果干渉系能力者だと知っているのであれば当然だった。

 

 

「本当に未来予知なのかしら?」

 

「いやだな~疑ってるんですか?確かに不戦勝は僕にメリットがあるかもしれませんけど、それ以外のデメリットの方が多くありません?

 仮にですよ。僕がそんな能力を持っていたとなれば、今回の件に関しては僕はただの犯罪者だ。そんなリスクを負ってまで勝ちたいとは思いませんから」

 

「…………そう。だったらそう言う事にしておくわ」

 

 これ以上は無理だとキリコは判断していた。

 ここで口論をしたところで患者の容体が回復する訳では無い。事実、連絡を貰った際には担当の看護師は既に涙交じりだった。

 ついさっきまで安定していたはずの容体が、何の前触れも無く急変する。しかも患者の誰もがキリコの担当だった。

 実際に病院内は急変患者で大混乱になっている。担当出来る人間が少ないのが原因だった。

 病院もまたキリコの事情を理解した上でこの大会への参加を認めている。だが、そんな事すら今の状況では無意味でしか無かった。

 病院や自分の面子ではなく、患者の容体が一番。内心では燃え盛る炎の様な激情を持ちながらも、表情では冷静さを保っていた。

 今となっては一分一秒が惜しい。ここに来るであろうヘリを内心では今か今かと待っていた。

 

 

「薬師さん、ヘリが到着しました!急いでください!」

 

「分かりました」

 

 既にキリコの視界の中に紫乃宮の姿は映っていなかった。

 職業病とも取れる気持ちの切り替えによってキリコの意識は全てが病院の患者へと向いている。だからなのか、紫乃宮の表情を見る事は無かった。

 仮にあの表情を見れば確実に糾弾するのは間違い無い。皮肉にもその顔を見たのは偶然ここに来ていた一輝とステラだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 選手控室から離れた龍玄は端末に送られたメールを見ながら今後の予定を考えていた。

 実際に送られた内容は、大会中における任務の確認。以前に言われたタイミングがここにあった。

 どんな任務であっても自分の勝手な予測を立てる事はしない。何故なら人間の思い込み程厄介だからだ。

 自分の考えが正しいと判断した人間には躊躇が一切無い。それは自分が全て正しいと言う妄想に駆られた結果であると同時に、一種の視野狭窄に陥るから。

 正しいという認識を捨て去り、間違った認識を正しいと理解する。そうなれば後は実に簡単な話。

 都合が良いように思考誘導するだけ。たったそれだけの事だった。

 こうなれば小太郎のからの任務は実に簡単なものになる。ある意味では演習よりも容易かった。

 

 

 

 

「一輝。どうかしたのか?」

 

「いや。何でもない。ちょっとだけ気になる事があったけど、解決したよ」

 

「そうか。そう言えば、そろそろ時間じゃないのか?」

 

「ああ。僕はそろそろ行くよ」

 

 龍玄の言葉に一輝は少しだけ力無く答えていた。

 実際に龍玄がここから離れた瞬間、何が起こったのかが分からない。周囲を見ても何があったのかを分かっているのはステラだけだった。

 だが、そのステラもまた少しだけ様子が異なっている。だからなのか、龍玄はそれ以上詮索するつもりは無かった。

 一輝の姿徐々に小さくなっていく。何があったのかは分からないが、影響が起こる様な事があった事実だけは間違い無かった。

 

 

「ねえ、リュウ。運命って大事なのかな?」

 

「何だ突然?」

 

 沈黙を破るかの様にステラが龍玄に言葉を投げかけていた。

 ステラの言いたい事は分かるが、あまりにも突拍子が無さ過ぎる。可能性があるとすれば自分がここから離れた際に何かがあったのだろうと考えていた。

 

 

「ちょっと……ね。自分の努力なんて、まるで無意味だと分かったら、そこから前に進むにはどうすれば良いのかしら?」

 

「さあな。努力と運命が何を意味するかは知らんが、その程度の事で揺らぐ努力なら、たかが知れているだけだ。本当に努力した人間は外的要因には何の影響も無い。己の血肉を己が制御する。それだけの事だ」

 

「そう……よね。リュウの言う通りよね。自分が自分を認められないとなったら何も分からないものね」

 

 何気ない会話ではあったが、龍玄の言葉にステラは少しだけ先程とは雰囲気が違っていた。

 実際に何があったのか分からないが、薬師キリコが辞退した事の意味だけは知っていた。

 本来であればあり得ないと思える程に異常な能力を持つ。恐らくはそれが何なのかを知ったからだろうと判断していた。

 勿論、それが嘘である可能性は否定できないが、裏付ける為に残された結果を調べれば分からないでもなかった。

 『過剰なる女神の寵愛(ネームレスグローリー)』その存在を知ったのであれば当然の反応だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まさか、あんな能力があるなんて)

 

 控え室へと足を運びながらも一輝は先程までの事を思い出していた。

 実際の所は分からない。しかし、本人が自らの口でそう言う以上はそれを信じるよりなかった。

 あらゆる願いが叶う異能。それが本当であれば、自分の今までの理不尽な状況ですら覆すのが容易い物。一瞬だけその能力に羨望を持っていた。

 だが、冷静に考えればそれは自分を破滅へと追い込む可能性も秘めている。

 結果は確かに重要かもしれない。だが、あの時の紫乃宮の目はこれまでに見た事が無い程に黒く淀んでいた。

 そこにあるのは無。あらゆる感情が失われ、光を感じる事すら無い程に虚無感に溢れている。

                                                                                                                                                                                                         まさかあの場で自分達に能力を詳らかに説明するとは思わなかった。

 事前情報も無く耳にした事実は、自分の持っていた常識を打ち壊す。それを同時に自分がどうして無意識の内に嫌悪感を持つのかも理解していた。

 努力を無駄と切り捨てた瞬間、自分とは相反する存在であると同時に、自分を否定している。

 幾ら口では良い事を告げようが、その全てが虚構でしかない。それが本心であっても信じるに値しない。無意識にそう考えていた。

 気が付けば控室の扉が目の前にある。一輝は先程までの事を忘れるかの様に(かぶり)を振っていた。

 対戦相手はある意味厄介な相手。今はそんな事を考えるゆとりすら無い程だった。

 改めて意識を切り替える。そこにあったのは一回戦で諸星雄大と戦う寸前だった黒鉄一輝のままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だ?体調でも悪いのか?」

 

「いえ。そんな事はありません」

 

「そうか。今日の会談は先方の都合で夜になる。それまでに体調を整えておくんだ」

 

「分かりました」

 

 モーリスの言葉に側近もまた理解したからなのか、素直に頷くしかなかった。

 実際に昨晩何があったのかの記憶が怪しくなっている。少なくともバーで飲んだ所までは定かだったが、そこから先の記憶が完全に失われていた。

 

 深酒をしていないのは自分の臭いを嗅いで分かっている。

 仮に自分では気が付かなかったとしても、モーリスが確実に注意するから。

 交渉の場に於いて相手の心証を害すれば纏まるものも纏まらない。最低限の身だしなみだった。

 それが無いのであれば、自分の体調不良が何なのかが分からなかった。

 予定が決まっている以上、自分のすべき事も決まっている。

 

 元々今回の会談に関しては、それぞれの各派閥から一定の裁量を受けていた。

 結果が伴わなければ自分の身がどうなるのかは考えるまでも無い。

 お互いがその時間まで同じ時間を過ごす事が無いからなのか、側近は自分の予定を考える為にホテルの喫茶スペースへと足を運んでいた。

 出されたコーヒーの匂いを鼻孔に漂わせながら、改めて自分がやらなければならない事を思い出す。何時もであればクリアになるはずの感覚はどこか靄がかかった様にも感じていた。

 理由は分からない。だからと言って何もしない訳にはいかなかった。持ち込んだ端末から指示と現状をそれぞれに報告する。その数分後には了解の文字だけが届いていた。

 

 

 

 

 

「なあ、今日って積み荷の船が来る予定ってあったか?」

 

「特に聞いてないな。でも、あそこで停泊してるって事は予定よりも早かったからじゃないのか?」

 

「かもな。台風が来るような話だったけど、結果的には来なかったからな。その内何か来るんじゃないか?」

 

「って事は、あれはそのままか」

 

「今の所は大きな積み荷が来る予定は無さそうだしな。それよりも………」

 

 湾岸ドームが見える港湾エリアには未だ接岸していない船が一隻だけ停泊していた。

 普段であれば積荷の関係で常に賑わうここも、この時期だけはそれ程船が来る事は無かった。

 元々七星剣武祭は国内の行事ではあるが、海外でもそれなりに放映されている。特に今年に関してはヴァーミリオン公国の第二皇女でもあるステラが参戦している関係で、外国籍の入国者がかなり増えていた。

 そうなれば、当然ながらに積荷よりも人間の方を優先する。事実入国管理局は荷物の事は一時的に置いておく事にし、人員の入国に精力を傾けていた。

 その結果、外国船籍のそれは必然的に接岸できなくなる。その結果、港湾関係者は一時的に暇になっていた。

 

 

「そうだな。普段だと中々この時期は見れないからな。それよりも誰が優勝するかだって。まさか本命が一回戦負けなんてな」

 

「だが、あの黒鉄一輝だったか?伐刀者じゃなくて純粋な技術だけで戦ってるんなら少し位は応援しても良いんじゃないか?」

 

「ダメだな。黒鉄って、例のあれがあったろ?お姫様に近い人間なんて応援出来ん」

 

「お前、本当に好き過ぎるな。お前相手が手に届くなんて事ないだろ?」

 

「うるせえ。妄想位好きにさせろよ」

 

 一輝がこの話を聞いていたら確実に乾いた笑いしか出ないであろう会話は、ここだけの話では無かった。

 スキャンダルとして出た情報はその後確かに撤回はされている。

 勿論、そのどれもが真実かどうかは判断出来ない。だが、ステラの見た目に寄せられた好意は意外と多かった。

 そうなれば当然ならがその相手と目された一輝に敵意が向くのは仕方ない事。勿論、その言葉のどれもが本気ではないにしろ、軽口を言われるのは本命を倒したが故の宿命だった。

 

 

「なあ、真面目な話だけど、あの船に関する事どれ位知ってる?」

 

「あ~確かに言われればそうだな。こっちとしても下手に動かれると面倒なんだよな」

 

「でも、あれおかしくないか?コンテナが殆ど見えないんだぞ」

 

「空で来るのは珍しいな。補給で寄ったのかもな」

 

 作業員もまた何となく気になっていた。だが、接岸していない以上はこちらにもやれる事は何一つ無い。

 仮に接岸したとしても入管の許可が出ない以上は何もする事は出来ない。それに、何かを使用としても海上からの移動手段は皆無だった。

 停泊している為に様子は分からない。何となくそうは言ったものの、違和感だけが漂ったままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一気に勝負に出るとはな………」

 

「相手を考えれば当然かもな」

 

 会場の誰とも言えない声は宙に消えていた。

 画面の向こう側に映るのは、一人の青年が会場の中央からやや端によった場所に立っている姿。

 その一方で横たわったのは昨年の準優勝をした城ケ崎白夜の姿だった。

 試合開始直後の結果に誰もが何が起こったのかを理解していない。

 本来でればこれから厳しい戦いが始まるはずの結果が瞬間的に終わった事だけが漸く飲み込めていた。

 

 少なくとも大会の運営委員会に提出された一輝の情報はそれ程多くない。

 只でさえF級である事により、使える異能の種類は一つだけしかない。当然ながらその内容も誰もが当たり前に使う身体強化だけだった。

 だが、どんな異能であっても極限まで鍛えればそれはただの異能とは違った効果をもたらす。それが一輝の抜刀絶技『一刀修羅』だった。

 データの採取をしていた城ケ崎白夜からすれば黒鉄一輝は異能でなく、純粋な剣技に重きを置いていた。

 

 唯一とも取れる抜刀絶技は一日に一度。しかも最低でも二十四時間の猶予が必要だった。

 脆弱な魔力を一気に昇華させると同時に、その威力をそのまま力に転嫁させる。その結果として常人ではありえない程の攻撃力を有していた。

 備わった技量を考えれば厄介以外の何物でもない。だが、制限があるとなれば使いどころは限定される。

 戦術を組み上げると同時に一輝の未来が垣間見える。現時点では紛れも無く勝利を疑う余地は無かった。

 

 更に、本来であれば一年の際には抜刀絶技がある事は知られているが、詳細までは知られていないケースが殆ど。だが、城ケ崎の調査はそんな事すら無い程に詳細にまで亘っていた。

 勝利が絶対的になっている。疑う余地すら無い事実のはずだった。侮る事もなく戦いに臨む。それが今の心境だった。

 対峙した瞬間、城ケ崎の視界は一気にブラックアウトする。何が起こったのかを知るのはその場にいた本人と観客だけだった。

 

 

 

 

 

「だが、ここであれを使ったとなれば明日以降の戦いがどうなるのか、だな」

 

「確か制限があったんだよな?山を見た限りだと時間的には間に合わないんじゃないか?」

 

「だが、次の相手はあれだろ?本当に戦いになるのか」

 

「さあな。流石に何時までも不戦勝なんて事はあり得んだろう」

 

 一方の出場選手に関しては、全く別の事を考えていた。

 一回戦で派手に勝利をした為に、他の選手もまた一輝の情報を収集していた。

 トーナメントの関係上、反対側の人間はそれ程でも無いが、それでも一輝はまだ一年である為に、今年限りで終わるとは誰も考えていない。

 諸星雄大に勝利をした事実は周囲からの警戒心を高める役目を果たしていた。

 その結果、一輝の抜刀絶技『一刀修羅』は二十四時間の冷却時間を要する事が判明している。

 

 今の時間を考えれば次の戦いまでの時間は完全に満たしてはいなかった。

 それと同時に、ここに来て初めて紫乃宮天音が如何に異端であるかも判明する。

 異能がどんな能力なのかは分からなくとも、一度も戦う事も無く勝ち進むというのは明らかに異様な事態。ましてや次の対戦相手が、たった今城ケ崎白夜を下した黒鉄一輝である為に、注目度は更に高くなっていた。

 決め手を持たない伐刀者であれば、勝敗の先は考えるまでも無い。だが、それを補えるだけの技量がある以上は、対策さえ間違わなければある意味では堅い結果が待っているだけだった。

 トーナメントである以上は各自が来るであろう対戦相手の対策を立てる。既に一輝はこの大会の中でも限りなく注目すべき人物へと変化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まさかそんなバカげた能力だなんて)

 

 珠雫は先程の一輝と紫乃宮天音のやりとりを偶然聞いていた。

 自分の願いが必ずかなえられる能力。何も知らずに聞けば確実に一笑に付す内容。

 しかし、その言葉が現実であるのは薬師キリコの様子を見れば当然だった。

 幾ら高ランクの伐刀者で医者だとしても、自分の見立てが本当に間違っているのかと錯覚する程に患者の容体が急変する事は素人目からしても異様だった。

 これが一人なら話は別。そう考えると同時に一つの爆弾発言が更に混迷を齎していた。

 

 紫乃宮天音の口から黒鉄一輝の優勝を願う言葉が本当に出れば、優勝は恐らくはするだのろう。

 傍から見れば幸運かもしれない。だが、これまで一輝が積み上げてきた努力など不要だと言わんばかりの結果は誰にも幸福をもたらす事は無い。

 一輝の性格を考えれば確実に辞退するかもしれない。そうなれば今の一輝の立場が衆人環視の下で不味くなるのは当然だった。

 願いが叶うのであれば、それを願った優勝は唾棄すべき結果。事実上の八百長ともなれば今後の選手生命や伐刀者としての生命が断たれる可能性もあった。

 自分が愛すべき人物が不遇のままに人生を過ごす。そう考えれば自分の対戦よりも先にあれをどうすべきなのかを考える必要があった。

 

 

「あら?どうしたの珠雫?怖い顔になってるわよ」

 

「ねえアリス。少しだけ聞きたい事があるの。仮にだけど、自分以外の力があって、それを勝手に使われた結果についてどう思う?」

 

「随分と突然な話ね。そうね……私なら少なくともそれを声高にするんじゃんくて、無かった事にしたいかな。だって自分の実力かどうかなんて分からないんでしょ。私ならそうするわ」

 

 珠雫の言葉に有栖院は何となく言葉の意味を理解していた。

 伐刀者の異能、少なくとも因果干渉系の能力に関しては何も分からないのが今の状況。

 それと同時に、珠雫の言葉から察するに、何となくそれが誰の事を指しているのかを理解していた。

 

 紫乃宮天音の能力『過剰なる女神の寵愛』はあらゆる因果をむりやり捻じ曲げる。その結果が本人にとって最良の物を齎すと同時に、その過程については全く把握出来ない物だった。

 有栖院は実際に破軍学園襲撃が解決した際に、自分の事を明かしていた。

 自分が関係しているからこそ解放軍が動いている。確かに何もせず、寧ろ裏切ったに近い行為をしている為に学内での影響は皆無に等しかった。

 勿論、襲撃者が解放軍の一員であり、龍玄が倒した多々良幽衣もまたその一人である事は関係者は知っている。そんな中でも異質だったのが紫乃宮天音だった。

 

 かつては同じ仲間であったと考えれば、能力がどれ程なのかを知る事もある。だが、紫乃宮天音に関してはその限りでは無かった。

 結果だけが分かりやすくなっているだけで、その途中の事に関しては全く予測出来ない。

 解放軍からすれば有難いと考える人間も居たが、部隊を動かす人間からすれば厄介な物でしかない。

 過程がどうなるのか分からないままに作戦を立てるのは無理がある。

 幾ら結果が約束されたと言っても、それは紫乃宮自身だけに限った話であり、それ以外は対象にすら含まれていない。

 損耗を考えれば承服出来る内容では無かった。

 その為に完全な個人で動く事しか出来なくなる。その結果、誰もが名前こそ知るが異能については不明になっていた。

 珠雫の言いたい事は何となく理解している。だが、有栖院もまた、詳細を知らない為に答えは歯切れの悪い物となっていた。

 

 

「あと、あれには近づかない方が良い。結果が本人の臨んだ物になるのは当然だけど、その過程が本人ですら把握出来ないの。貴女の気持ちは分かるけど、物騒な事は止してほしい」

 

 珠雫もまた有栖院の言葉に僅かに感情の色が歪んでいた。

 実際に他人の能力で掴んだ栄光など、一回戦で敗北した人間よりも質が悪い。下手をすれば、最初から出場が無かった事になる可能性もあった。

 本当の事を言えば有栖院の口からは何かしらの情報の一つでも出ればとさえ考えている。だが、有栖院もまたその感情を見越した回答をした為に、僅かに冷静さを取り戻していた。

 

 

「でも………それじゃお兄様は報われない。必死になって鍛えて、あの予選を戦い抜いた。なのに……なのに、あんな訳の分からない言葉を投げかけられたらどうしようもない!」

 

 珠雫の慟哭の様な叫びに有栖院は頭を撫でる事しか出来なかった。

 本当の事を言えば分からないと口にした方が良いかもしれない。しかし、それを口にした所で本当に納得するのかは別問題。ましてや能力が完全に本人の口から出た以上は警戒、若しくは何らかの対策を考えるのは当然だった。

 

 

「大事な人もだけど、今は貴女の試合の事も考えなさい。このままの気持ちを引き摺っても良い結果は生まないわ。まずは気分を入れ替えて目の前の事に集中しなきゃダメよ」

 

「でも………」

 

「私も協力するから。このままの気持ちを引き摺ったままに戦う姿を見せたら、あの人はどう思うかしら?」

 

 有栖院の言葉に珠雫もまた少しづつ何時もに戻る。このまま戦ったとしても、動きに問題があれば一輝が間違い無く心配する。

 確かに紫乃宮天音の事は気になるが、自分もまたこんな所で弱い姿を見せる訳にはいかなかった。

 有栖院から少しだけ距離と取ったと同時に顔を乱暴に拭う。

 ここで涙を流したとしても現状が打破される事は何も無い。折角一輝自身が渇望した大会を自分の感情だけで乱すのも申し訳ないと考えつつあった。

 珠雫の思考はゆっくりと戦いへと移行する。先程までの潤んだ瞳には新たな力が宿っていた。

 

 

「そうね……お兄様にこんな不様な姿を見せる訳にはいかないものね」

 

「頑張ってらっしゃい。終わってから対策を考えましょう」

 

 軽くウインクをした有栖院を見たからなのか、珠雫もまた控室へと足を動かしていた。

 このまま行けば珠雫の対戦は三回戦を迎えた辺りで山場を迎える。その為には今の精神状態は好ましくない。

 決定的な案は何一つ無いままに有栖院もまた見送るしか無かった。

 

 

 


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