英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第60話 暗躍

 湾岸ドームでの激突を映している映像は国民の七割以上が見るとさえ言われている程のコンテンツだった。

 事実、七星剣舞祭の映像には高額な放映権が要求される。ある意味では天文学的な金額になるが、そんな金額を放送会社はこぞって支払っていた。

 国民の七割が見るのであれば、当然それに伴うスポンサー料金も跳ね上がる。その為に、試合が終わってからも戦いに関する考察や、その内容を改めてダイジェストにするなど番組としては豪華な仕上がりになっていた。

 

 実際にKOKの舞台に上がる魔導騎士をゲストに、先程の諸星雄大と黒鉄一輝の事を自分の経験を交えてなのか、色々と解説している。この戦いを興味深く見る人間であれば誰もが齧りつく様な内容を無視するかの様に、液晶画面はその役割を果たすかの様に電源が切れていた。

 

 

「遅れて済まない。前の会合が思ったよりも立て込んでしまってね」

 

「こちらこそ、突然の訪問なのでお気になさらず。それよりも有意義な話が出来そうです。ミスター北条」

 

 先程とは違い、ホテルの一室は少しだけ緊張感に包まれていた。

 この部屋に居るのは、本来であれば居るはずが無い人物。ましてやこの国とはある意味敵対している様な組織の人間だった。

大国同盟(ユニオン)』の幹部、モーリス・ガードナー。『超人』エイブラハム・カーターの右腕と呼ばれた男だった。

 

 官房長官でもある北条時宗との面識は全くない。

 本来であれば、国際魔導騎士連盟の支部長でもある黒鉄巌と話をするはず。にも拘わらず、モーリスは時宗との会談を望んでいた。

 事実上のトップ会談に近い話合いを察知している人間は誰一人居ない。

 今回の様に国民が熱狂しやすいイベントがあるからこそ、極秘裏に実現した様な物だった。

 

 

「有意義……一体どちらにとっての事なんだろうね」

 

「お互いにとってですよ。それに、今の内閣の中核は貴方だ。我々としても有益な話をしない事には申し訳ないですから」

 

「僕は総理大臣じゃないんだけど」

 

「あんな神輿をですか……仮初の総理など、我々からすれば無意味ですよ」

 

「中々手厳しい意見だね」

 

「あれをそのまま信用する人間は居ませんよ」

 

 何時もの様な飄々とした雰囲気を持ちながらも、時宗のその言葉には力があった。

 実際に今回の七星剣舞祭に伴い、内閣総理大臣は今の所副総理が代行している。

 本来であれば時宗にもその話はあったが、今の所は政界再編の可能性を捨てきれないからと、表舞台に躍り出る事は無かった。

 しかし、この内閣を事実上話回しているのは時宗。本当の意味での実力者が誰かを知っていると言わんばかりのモーリスの言葉に、時宗は改めて今回の話の趣旨を探ろうとしていた。

 

 

「僕もスケジュールの隙間を縫って時間を作っている。本当ならば、お互いに近況を話ながらと言いたい所なんだけどね」

 

「余計な会話は時間の無駄です。我々も貴方と同じ考えですから」

 

「じゃあ、早速本題に入ろうか」

 

 時宗の言葉にモーリスもまた単刀直入に今回の話の趣旨を切り出していた。

 実際にお互いが直接の代表では無い為に、今回の話の内容が漏れる様な事は無い。仮に漏れたとなればそれは、その時点でお互いの信用を損ねたと判断出来るから。

 当然の様に話を進める。歓談の様にも見える内容は、実際には穏やかな物では無かった。

 

 

 

 

 

「成程。だが、そちらは勘違いをしている。僕は確かに小太郎とは知己だ。だが、それだけの関係だよ。それに彼らは傭兵だ。依頼があれば内容を吟味した上で判断するんじゃないのかい?」

 

「勿論、我々もそれに関しては同感です。ですが、彼らは貴方とよしみを通じている以上、その言葉は無視出来ないと考えています」

 

「そこが最初から違うんだよね」

 

 半ば呆れる様な内容に、時宗もまた少しだけ疲れた様な様子を見せていた。

 今回の最大の内容は風魔衆を大国同盟に引き抜く事。その為に時宗もまた同じ様に扱う内容だった。

 

 現在の世界情勢は少しづつ混沌とし始めていた。

 一番の要因は解放軍の長『暴君』の存在。

 表面上はテロリストの集団となっている為に、何も知らない一般人はそれ程大きな認識をしていなかった。

 事実、国際魔導騎士連盟の中でもその存在を軽く見ている人間が居るのも事実。実際に幹部の一部がそれを口にしていた事が何よりの証拠。しかし、それはあくまでもごく一部。本当の意味で水面下で色々と動く人間の認識とは完全に異なっていた。

 

 変則的な三つ巴によって世界の均衡が辛うじて保たれている。そんな中で魔導騎士連盟の中軸を担うこの国の引き抜き。厳密に言えば、極大的な戦力を引き抜く行為は、ある意味で宣戦布告に近い物があった。

 魔導騎士連盟の日本支部所属の伐刀者はそれなりに実力がある。だからこそ有事の際には日本を中心として派兵される事が殆ど。

 本来であれば風魔衆とは何ら関係が無いはずだった。

 

 しかし、モリースだけでなく、大国同盟の幹部はそんな風には考えていなかった。

 武力と簡単に言っても、物事には必ず光と影が存在する。ましてや常に最大の勢力を派兵した場合、守りが手薄になる事を防ぐためにその分の力が必要だった。

 

 実際に政府と騎士連盟の考えはかなり違う。政府はこの国を護る義務があるが、魔導騎士連盟にはそれが希薄になっていた。

 国民である為にある程度は協力は出来るが、実際には本部の意向が大きかった。

 その象徴が破軍学園襲撃事件。一番最初に魔導騎士連盟が動くはずの事案を、時宗の一存で風魔に依頼した為に、その関係性はかなり悪化していた。

 

 事案発生から本部に伝達し、指示が出るまでに相応の時間が必要とされる。

 確かに一定量の裁量は支部長にあるものの、内容によってはその限りではなかった。

 本来であれば、支部長でもある黒鉄巌の失態ではあるが、その名声を政府が押し付けた為に、本当の解決者を知る人間は限られている。

 風魔を知る人間そのものが早々居ない事も拍車をかけていた。

 

 

「ですが、学園襲撃の際に風魔が動いた。当然貴方からの依頼であると考えます。我々としては、固定された正規運用出来る組織を必要としている訳では無いのです」

 

「傭兵だから扱いは適当で良い……と?」

 

「いえ。それは逆です。扱いに関して雑にすれば、私の頸など当の前に胴体から離れているでしょうから。本来であれば先ぶれの人間に調整してもらう手筈でしたが、想定外の事に私がここに来ています」

 

「ああ……例の件」

 

「大国同盟の諜報部門の人間でも、かなり上位でしたが………」

 

 変死体の事を思い出したからなのか、時宗は敢えてその事を口にしていた。

 実際には小太郎から話は聞いていたが、その詳細までを聞いた訳では無い。

 殺り方に特徴があった為に、そこに至るまでの状況を確認する必要があった。

 しかし、態々そんな証拠を残す程に下手では無い。小太郎からすれば、あくまでも時宗から依頼されたから現場を見たに過ぎず、実際に本格的な調査を警察がしたにもかかわらず証拠は何一つ出てこなかった。

 そんな裏事情を知っているからこそ時宗も口にしたものの、まさか諜報部隊の人間だとは思っていなかった。

 内心では驚くも、表情には一切出ない。情報の精度を確かめるかの様に、相手も話していると考えていた。

 

 

「だけど、裏の運用をするとなれば理由が弱いのでは?それに、そんな事を僕に言うメリットも無いはずだけど」

 

「……そうですね。本来であれば態々言う必要は無いでしょう。ですが、今回の件は情報を開示する必要があると判断した上での事ですので」

 

「大国同盟が動く事案が起こると?」

 

「今直ぐではありません………ですが……」

 

 時宗の言葉に、モーリスはそれ以上の言葉を完全に濁していた。

 実際に今の現状を正しく理解している人間は早々居ない。

 この国で言えば、政府と与党の一部だけ。危ういながらにバランスが取れているからこそ今に至っている。

 それが壊れる理由など、最初から一つしかなかった。

 

 

「『暴君』の命がそう長くない……って事だね」

 

 時宗の言葉にモーリスの目は僅かに見開く。元々この情報はかなり秘匿された内容だった。

 既に解放軍の中でも存在は知るが、実際に目にした事が無い人間の数は少しづつ増えている。

 今は定期的に連絡があるものの、本当の意味での生存確認では無い。

 幹部が誤魔化している可能性もあった。そんな秘中の秘を時宗が口にしている。自分達でも極秘情報だと考えていたからなのか、僅かに動揺が走っていた。

 

 

「そこまで理解しているのであれば、この後の話は早いです。

 我々はそれが確認出来た、若しくはそうだと判断した場合直ちに動く用意があります。実際に魔導騎士連盟との対立する可能性もあるでしょう。そうなった場合、我々としては安心が欲しいんですよ。攻めている間に物言わぬ骸にはなりたくないので」

 

「だったら尚更、僕には関係無いのでは?」

 

「ミスター北条。我々は貴方と風魔衆が、そんな浅い付き合いをしているとは考えていません。実際に我々も今回の接触の際に色々と調べされてもらいました。

 貴方の祖先でもある北条家は戦国時代の、あの北条家。ましてや貴方は事実上の直系に当たる。五代目風魔小太郎との付き合いを考えれば、君主でもある貴方を優先させるのは当然の事ではありませんか?」

 

 北条時宗の祖先が戦国時代を生き抜いた北条氏政の子孫である事は半ば事実として公表されていた。

 しかし、戦国時代から江戸に変遷する中で、表面上は北条家は滅んだ事になっている。

 だが、実際にその命脈を完全に閉ざす事は出来なかった。

 その背景にあったのが風魔衆の動き。小田原城での戦いの最中に豊臣方の攻撃を全て防ぎ、歴史の中では秘中とされているが、秀吉の寝込みを襲い、その存在を完全に秘とする事を誘導した実績を持っていた。                                                                  表に出ないのは忍が寝所に侵入した事実を隠したから。

 結果として氏政の死体の代わりを用意し、小田原征伐が問題無く終わった様に偽装していた。

 当然ながら命を生かす代償として戦乱の時代には表に出ない事を確約している。

 戦乱の火種にならない様に直系である事を完全に伏したまま今に至っていた。

 時宗の実家にはその証拠となる物はあるが、それを完全に表にした事は一度たりとも無い。そんな事実を知っていると口にしたのであれば、何となくでもその関係性を理解したのかと判断していた。

 

 

「だとしても、それは僕には関係無いだろうね。それに、そちらは本当に動くつもりがあるのかすら危ういんじゃないかな」

 

「それはどう言う意味ですか?」

 

「仮に本当に動くのであれば、そんな事は口にするべき物ではない。それに、貴方は確かに参謀の様な立ち位置にあるかもしれない。

 だが、果たしてエイブラハムは本当に動くのかな?だとすれば、それは国際情勢を無視した上で再度世界大戦の戦端を開く事になると思うが?」

 

 時宗もまた今回の件に関してはまだ月影獏牙が総理の際に『月天宝珠』が映し出した光景を見ていた。

 実際に自国に災いが起こる前に回避する。その為の準備として今の与党は水面下で魔導騎士連盟からの脱退を模索していた。

 本来であれば月影をトップに動くべき内容。だが、そのやり方があまりにも杜撰で早急過ぎた為に、時宗が引導を渡していた。

 

 脱退するのに解放軍を使った時点で、国際的にに非難される可能性がある。だとすれば、そうならない様に仕向けるのが本来のやり方だった。

 当然ながら、今は失脚した為に急遽新たな総理を立てる必要がある。その為の党内の調整を今までしていた。

 そんな中で事実上の宣戦布告に近い内容は看過できない。大戦ともなれば、この国が真っ先に狙われる可能性があるからだった。

 

 当時とは違い、今では特質的な戦力を日本は持っていない。幾ら伐刀者と言えど、その実力には差が開いていた。

 只でさえ、この国の非公式ながら持っている『魔人』の数はそう多くない。

 既に大国と呼ばれた国々から見ても、日本と言う国と戦う為には決定的な血を流す必要は無かった。

 島国故の事情。

 必要不可欠な資源を封鎖すれば、勝手に干上がるのは自明の理だった。

 兵站を無視した戦いをすれば敗北は必至。それを避けたいからこそ、一刻も早い離脱を検討していた。巻き込まれた結果、都市が壊滅する事を望む為政者は居ない。

 その為には風魔の離脱は痛手どころか、敗北の引鉄を引く可能性が高い。だからこそ、時宗もまた最悪を回避する為の手段を模索していた。

 

 

「我々が大戦の戦端を開く事は無いでしょう。それ所か圧倒的な戦力を持って叩き潰すだけです」

 

「後は後顧の憂いを絶つだけ……って事だね」

 

「その通りです」

 

 モリースの言葉に偽りは無かった。

 少なくとも外部に出した時点でほど準備は完遂しているのと同じ。それと同時に今後の解放軍の動きによってはかなり厳しい判断を強いられる事になるのは間違い無かった。

 

 元々大国同盟を作った時点で目的が何なのかは予測出来たはず。

 当時、時宗が政治家として居れば確実に潰すべき事案である事に間違いは無かった。

 かと言って時間を遡る事は出来ない。時宗もまた厳しい判断を迫られているのと同じだった。

 

 

「残念だが、これ以上の時間は僕も厳しいんでね。それに、この場で即答は出来ない。少しだけ預からせてもらうよ」

 

「良い返事を期待してますよ」

 

 これ以上は堂々巡りになるのが予測出来たからなのか、時宗だけでなく、モーリスもまた同じ事を考えていた。

 今回はあくまでも最初の接触であって、この場で判断する様な内容では無い。

 本当の事を言えば、時宗の口から日本が魔導騎士連盟から脱退する様な示唆を引きだせれば最良だったが、政治家がおいそれと結論を出すとは考えていない。

 一方の時宗はこの時違う事を考えていた。

 

 既に準備が出来ているのであればそれを潰せば再度時間が必要となる。

 その為の一手を打つ事を考えていた。

 しかし、日本が世界大戦の引鉄を引くのは些か拙い。如何に自然にそうなったのかと錯覚させる手段が必要だった。

 お互いが胸に一物を抱えながら握手する。既に七星剣武祭の熱狂などそこには存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ステラと黒鉄妹は順調みたいだな」

 

「相手が誰だろうと俺には関係無い。ただ勝つだけだ」

 

 時宗とモーリスが極秘会談する頃、龍玄もまた小太郎と話をしていた。

 一回戦から熱い戦いが繰り広げられ、その結果どんでん返しの様に決まった結末を作った会場からは熱気を感じる。

 元々今回の戦いをそれ程重要視していないからなのか、龍玄は緊張する事も無く何時もと変わらないままだった。

 

 

「勝敗に関しては特にどうでも良い。それと例の件だが、調査した結果が出た。一度目を通せ」

 

 小太郎はそう言いながら一枚の紙を龍玄へと投げていた。

 苦も無く受け取ると直ぐに目を通し、火を点ける。

 焼却した事によって証拠を完全に隠滅していた。

 

 

「それと、お前の対戦に関してだが、今回に関しては時間制限を設ける事になった」

 

「時間制限?そんな事はこれまでに一度も無かったはずだが」

 

 小太郎の突然の言葉に龍玄は少しだけ訝し気に見ていた。

 これまでに戦いの中で作戦上の指示が出た事はあったが、今回の様に私用に近い戦いで出た事はこれまでに一度も無い。だからなのか、その意味を正す事を優先していた。

 ここでそのままなし崩しにすれば問題が生じる可能性が高い。下手に何かをする事を考えれば、今の時点で確認した方が何かと都合が良かった。

 

 

「そう構えるな。ちょっとした小遣い稼ぎだ」

 

「小遣い……ああ、そう言う事か」

 

 七星剣舞祭程の規模となれば色々な部分で盛り上がりを見せていた。

 一番の要因は合法、非合法での賭け。国内であれギャンブルは認められていないが、国外となれば話は別。実際に誰が優勝するから、一つの戦いまで幅広く取り扱っている。

 元々都合もある為に優勝者の予想までは出来ないが、大会としての勝者に賭ける程度であれば問題は無かった。

 そうなれば情報を握る人間の勝率は跳ね上がる。

 今回の小太郎の意向はその部分を完全に利用していた。

 学生の力量と裏社会での頂上では実力の差は言うまでも無い。賭けとは言うものの、実際には完全なる掛け金の草刈り場を成していた。

 

 

「因みにオッズはこうなってる。時間を優先するんだ」

 

 そう言いながら小太郎は龍玄にオッズを見せる。今回の対象は自分の対戦相手との結果だった。

 勝敗だけでなく、その時間まで細かく区切られている。トータルで見れば自分ではなく、対戦相手の方が数字は小さくなっていた。

 

 

「この数字の根拠は何だ?幾ら相手がそれなりに活躍したって事になっているが、こうまで開く事は無いと思うが?」

 

「数字に関しては一応は根拠は存在している。実際に学園内での予選会の数字を裏で流したからな」

 

「成程……で、俺の勝敗を考えれば破軍の中では一番の格下扱いになってるって訳か」

 

「だから、この倍率なんだ。それにやるのは今回一度きりだ。仮に次もやろうと思えば稼ぐ事は可能だが、旨味は全く無いだろうな」

 

 小太郎の言葉に龍玄もまた納得していた。

 実際に破軍学園襲撃事件は広く知らされ、その結果として今回の大会には別枠で選手が出場している。

 しかも、襲撃事件を食い止めたとの前情報までが出回っている為に、それ以上情報を確認しようと思う人間は誰も居なかった。

 

 事実上のテロと同じ内容なだけに、伐刀者の競技ではなく完全なる戦場での戦い。それを止めるだけの実力があるのであれば、勝敗だけ見れば龍玄は完全に咬ませ犬と同じ扱いになっていた。

 当然、テロをした張本人である事を知っているのは当事者と一部の人間だけ。

 実際にどれ程隔絶した差があるのかを知るとなれば、完全に限定されていた。

 既に対戦相手の名前が事前に記されている以上、倍率もまた徐々に変化している。

 幸か不幸か会場は黒鉄一輝の勝利に伴い、これまでの様な安定した結果にはなっていない。

 それだけではない。破軍にはステラ・ヴァーミリオンと黒鉄珠雫の両名もまた一回戦を勝ち上がっていた。

 その二人に関してはかたやA級、片やB級なだけにオッズもまた安定していた。

 幾ら一輝が諸星を相手に大金星を取ったとしても、世間の印象が変わる事は早々無い。

 ランクを重視するからこそ龍玄が対外的に出しているランクと勝敗を参考にした結果だった。

 

 

「で、幾ら突っ込むつもりだ?」

 

ブロック一個(一億)だ」

 

「もう少し、いけるんじゃないのか?」

 

「それ以上は胴元が飛ぶ可能性が高いんでな。国営レベルならもっとやれるが、実際にはこれが上限だろう」

 

 今回の大会に関するオッズは龍玄が五倍の配当が付いていた。

 ブロックを倍率で賭けたのであれば五個になって返ってくる。仮に現金を大量に動かすとなればそれ位がリスクとして許容出来るギリギリだった。

 賭けは結果が出た時点で即時清算となる。

 流石に五億の配当となれば動かすのは色々と面倒だった。

 仮に飛んだとしても、回収の際には組織が一つ確実に壊滅するのは既定路線。それが裏で仕切る賭博の実態だった。

 一度でも配当に対し不備を出せば、その組織は二度と同じ真似は出来ない。

 配当は即時清算だからこその信頼だった。

 

 

「だったら俺への配当は?」

 

「そんな物有る訳無いだろ。自分で用意しろ。まだ時間はあるんだからな」

 

 厳しい試合の前の雰囲気は無くなっていた。

 実際に今直ぐに用意出来る資金には限りがある。当然ながら事前に用意した小太郎とは違い、龍玄は精々がレンガ一つ(一千万)だった。

 端末を叩きながら自分に賭ける。受付が完了したメールが届いた事を確認した時だった。

 

 

「どうやらお前に客が来たようだな。お前の試合では緊急の呼び出しは無いから安心して戦え。制限時間だけは間違えるなよ」

 

 言いたい事だけを伝えた瞬間、小太郎の姿は景色に溶け込む様に消えていた。

 気が付けばこちらに向かっている足音は全部で二つ。その音の大きさから男ではなく女である事だけは理解出来ていた。

 試合前であれば来るべき人間の可能性は予測出来る。だからなのか、龍玄もまた気配を探りながらも警戒する事はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次の試合、出来れば相応の実力で戦ってもらえませんか?」

 

「理由を聞いても?」

 

 龍玄の下に来たのはカナタと刀華だった。

 元々刀華は出場の権利があった。しかし、襲撃の際に受けた事によりそのまま出場するのは出来ないとドクターストップを受けていた。

 競技ではなく完全なる実戦。刀華自身これまでに特別招集で戦場に立った事はあるが、それはあくまでもこちらから出向いた状況での話。

 奇襲を受けたと同時に尋常では無い攻撃を受けた事から外傷そのものは回復しているが、精神的な物までは医者と言えど判断出来なかった。

 

 事実、刀華が受けたダメージは、他の生徒よりもかなり深刻な状態だった。

 命に別状は無いが、それはあくまでも人間として生きる事が前提での話。

 戦う事を生業とした場合には確実に何らかの致命的な欠陥を生む可能性があった。

 

 破軍に限った話ではないが、伐刀者育成学校に従事する医療関係者は相応の能力を持たないと仕事が出来ない。

 実際に当たり前の様に使う異能でさえも、本当に解析出来ている訳では無い。

 これまでの経験と実績から来る情報の蓄積によって今に至る事の方が多かった。

 だからこそ、その状態を刀華自身が聞いた際には表面上は冷静に話を聞いたものの、精神面ではかなり動揺していた。

 漠然としなかがらも自分の描く未来を考えれば、医者の一言は絶望を招く。だとすれば今年で最後の七星剣舞祭よりも、自分の未来を優先するよりなかった。

 実際に本戦が始まってからは一輝の勝利から始まり、ステラと珠雫もまた危なげなく勝利をもたらしている。

 本来であれば龍玄の相手が誰であっても気にする必要は無かったはずだった。しかし、対戦相手が分かった際に、これまで押さえつけた感情が少しづつ前に出る。

 その結果が今に至っていた。

 

 

「対戦相手が例の関係者と分かったので………」

 

「仇を討てと?」

 

「そうじゃありません。確かに相手にそんな感情が無いと言えば嘘になりますが、実際に破軍はそれ程弱くは無いと証明したいんです。勿論、黒鉄君やステラさんの実力を疑っている訳ではないんです」

 

 刀華の言いたい事は、龍玄も何となく理解していた。実際にあの襲撃に関しては、表面上はテロだが実際には用意周到に計画された物だという事を知る人間はそれ程多くは無かった。

 実際に龍玄もまた鎮圧の際に何となく聞いた程度ではあったが、詳細を聞けば随分と納得できる部分の方が多々あった。

 当然ながら刀華だけでなく、カナタもその事実を知らない。

 恐らく考えられるのは自分達の護るべき学園をそのままにしたくないとの一心から来る物だと察していた。

 

 

「お前達の考えている事や言いたい事は理解した。だが、俺にも俺の事情がある。その為には勝手な行動を取る訳にはいかないんでな」

 

「では依頼ならどうですか?」

 

「金額による………と言いたいが、生憎と今回の件に関しては如何なる理由であっても受ける事は無い。仮に横紙を破るなら十億用意しろ」

 

「そんな法外な金額は………」

 

 龍玄の提示した金額に刀華だけでなくカナタもまた絶句していた。

 実際に報酬の相場は分からないが、相応の実力を示すだけの依頼はそれ程難しい話では無い。にも拘わらず提示された金額は二人の予想の範疇を遥かに超えていた。

 だからこそ、その真意が分からない。今はただ龍玄の言葉を待つしか無かった。

 

 

「負ける理由は何処にも無い。ただこっちの都合があるだけだ。それとさっきの金額は俺の一存で決める話では無い。小太郎が絡む以上は相応の費用が掛かる。それだけの話だ」

 

 小太郎の名前にカナタはその意味を何となく理解していた。

 小太郎が絡む以上は風魔として動いている可能性が高い。それと同時に先程の負ける理由は無いの言葉の意味を正しく理解すれば、それはある意味では確実に勝つのと同じ事。

 だとすれば態々こちらから波風を立てる必要は無い。

 ただあるがままを受け入れるだけで同じ結果になる。唐突にそう理解していた。

 

 

「分かりました。では、私達も観客席から試合を見る事にします」

 

「カナちゃん………」

 

「詳しい事は分かりませんが、恐らくは何らかの動気があるのだろ思います。であれば態々何かを言う必要はありませんから」

 

「……分かった。風間君。先程の話は忘れて下さい。負けるなどと考えた事はありませんが、お願いします」

 

「……勝手にするんだな」

 

 刀華の言葉に龍玄もまた詳しい事を話す事は無かった。

 そもそも相手が誰であっても負けるつもりは毛頭ない。

 只でさえそれなりの金額が動く以上は相応の戦いをするよりない。

 他の選手とは違い勝敗の事よりも戦いの事を優先して動く。ただそれだけの話だった。

 二人が離れた頃には控室に行く時間になっている。これから始まる戦いに、龍玄は少しだけ酷薄の笑みを浮かべていた。

 

 

 


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