英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第59話 勝負の行方

 お互いの間合いを見極める事が完了したからなのか、その後の展開は観客でさえ呼吸を忘れる程だった。

 幾度となく放たれる諸星の突きは既に一輝の眼に記憶されたからなのか、その殆どは回避されている。一方で、一輝の攻撃もまた完全に見切ったからなのか、突きの後で出される反撃を完全に封じ込めていた。

 お互いの立ち位置は常に変わり、同じ場所で留まる事が無い。それはある種の型を見せているかの様だった。

 

 

(やっぱりこの人は上手い。思った以上だ。でも……)

 

 鋭く襲いかかる突きは常に一輝の行動を読むかの様に胸元だけでなく、胴体や喉元など狙いを特定する様な事は無かった。

 散弾の様に狙いを集注させず、そのどれもに裂帛の気合いが入る。一撃で勝負をつける様な攻撃ではあったが、その攻撃方法に少しだけ疑問を持っていた。

 

 槍の基本でもある突きは一級品。しかし、それ以外の攻撃が一切ない事はある意味では警戒すべき状態を維持させていた。

 少なくとも一輝がこれまでに受けた攻撃の殆どが、突く行為を意識付けている。幾ら一級品だと言っても、同じ行動が続けば目が慣れるのは明白だった。

 事実、初撃よりも今の方が捌く事が容易になっている。だからこそ目が慣れる事を警戒し続けていた。

 動きを阻害しない程度に大きく呼吸を一つだけする。全身に酸素を取り込んだ瞬間、諸星の雰囲気は僅かに変化していた。

 

 

 

 

 

「まさか、これを躱すとは思わんかった」

 

「偶然ですよ」

 

「阿保ぬかせ。あの動きはそれを知っている動きや。俺を見くびるな」

 

 先程までの動きが僅かに停止していた。

 観客は突然止まった二人の動きに何が起こったのか理解出来ない。先程までの動きが完全に鳴りを潜めた瞬間に聞こえた会話に、誰もが疑問を浮かべるより無かった。

 

 

「初見では無いのは間違いないです……よ」

 

「そうか。ならもっと遠慮せんと、味わってくれや!」

 

 先程までと同じ行動。そこから出てくる答えもまた同じはずだった。

 諸星の放った突きを一輝は完全に見切っているからなのか、そのどれもが紙一重とも取れる程の回避。しかし、今の一輝はそんなギリギリを見極めた回避ではなく、確実に安全だと分かる距離を残した回避をしていた。

 

 ギリギリであれば、カウンターで攻撃を仕掛ける事が可能となる。これまではそれが当然の様に出来ていた。

 しかし、先程の攻防によってそれが完全に封じ込まれていた。

 幾ら長さを求めて刀身を突き出しても、隕鉄と虎王の間合いは絶望的に異なる。それが如実に現れた証拠だった。

 

 一輝が完全に見切ったのは直線の動き。しかし、槍の最大の特徴でもある払いが無い時点で何らかの攻撃方法があると考えていた。

 実際に面制圧できる攻撃は脅威となる。刃がある穂先だけが槍の全てでは無く、太刀打ちと呼ばれている部分での攻撃は熟達した人間であれば相応の攻撃を持つ。

 実際に一輝もまた、この攻撃をこれまでに幾度となく受けてきたからこそ、その威力を嫌と言う程に理解している。

 それが無いとなれば、目くらましになる様な何かがあると考えるのは自然な流れだった。

 だからこそ、僅かに深く呼吸をした瞬間に放たれた突きに違和感を感じていた。

 同じ回避はしない。これまでに培ってきた勘がそれを叫んでいた。

 ゆとりを持ったはずの距離で回避した瞬間、その穂先は方向を変え、一輝自身に襲い掛かる。獣の爪の様に動くそれは完全に従来の物とは一線を引いていた。

 同じ方向からではなく、その全てが完全に違う。一輝が回避できたのは、偏にその変則的な攻撃も経験していたに過ぎなかったから。諸星の言葉に答えた理由がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、ここで使ってくるなんて」

 

「あれが何なのかを知ってるんですか?」

 

 先程の動きが止まった瞬間は設置されたディスプレイでも分からない程だった。

 実際に何が起こっているのかを知っているのは、当事者以外には少数しか知らない。その一人が昨年対戦した東堂刀華だった。

 

 

「あれは、初見だと回避が難しいの。多分、黒鉄君は回避した先に槍の穂先が襲い掛かってきた様に見えたんじゃないかな」

 

「何かの異能ですか?」

 

「それは無いとは思うんだけど、実際に私もあれを見たのは戦いの後半だったから、詳細までは分からない。でも、回避し辛いからその間合をどうやって潰すのかに苦心したの」

 

 刀華の言葉にカナタもまた二人を凝視していた。

 何が起こったのかまでは分からないが、少なくとも一輝の動きは先程とは明らかに変化していた。

 完全に距離を見切った最小限の回避は既に鳴りを潜め、そのどれもが一定以上の距離を開けている。

 その結果、これまでの様に諸星の攻撃の間隙を突く反撃は無くなっていた。

 

 

「となると、今後の戦術は再度構築する必要が有りますね」

 

「確かにそうなるんだけど……ただ、思ったほど苦戦している訳でも無さそうなのよね」

 

 刀華が指摘するかの様に、一輝の動きがぎこちなかったのは最初だけ。その後は完全に元の冷静さを取り戻していた。

 一度受けた攻撃をきっちりとアジャストする部分は賞賛出来る。しかし、それはあくまでも自分の経験則に基づく前提があるからだった。

 あらゆる流儀の動きをつかみ取れば、自ずとその動きは予測できる。実際に一輝の洞察力はそれを可能としていた。

 勿論、我流の人間も存在する。だが、武器は見た目こそ違えど動きそのものは幾つかの共通点が存在している。

 剣術を突き詰めればその理が何なのかは大よそでも理解出来ていた。共通点が見えれば対処に迷いは一切無い。

 それが分かれば後は同じ作業でしかない。

 しかし、今回の諸星のそれは、その共通点がどれも存在しない物だった。だからこそ一輝は初見で驚きを見せている。それが今では完全に落ち着いた雰囲気を見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(改めて思うけど、これって結構面倒)

 

 襲いかかる突きを見極め様にも、諸星もまた一つとして同じ軌道から攻撃する事は無かった。

 常に動きの先回りをするかの様に穂先は一輝を掠めていく。

 実際にしなる様な攻撃だけでなく、時折混ざる直線的な動きは完全に一輝を惑わせていた。

 精神的な余裕を取る為に距離を開ければ従来の突きの射程距離に入る為に、次の回避行動が完全に遅れる。その為に幾つかの突きは一輝の躰だけでなく制服をも切り裂いていた。

 突きの点攻撃の弱点を補う攻撃。それが諸星が取った戦術だった。

 まるで測ったかの様に二人の距離は一定を保つ。このままでは自分の方が先に消耗するのは目に見えて分かる。だからこそ一輝は次の攻撃を仕掛けるしかなかった。

 

 

「どうした!それで終いか!もっと面白くしてくれや!」

 

 諸星の言葉に会場は更にヒートアップしていく。事実上の一方的な攻撃に、会場の雰囲気をそのまま利用していた。

 先程は一輝が利用した会場の空気を今度は諸星が利用する。

 目に見えない圧力を使い、諸星は一輝を精神的にも追い込んでいた。

 それと同時に、少しづつ一輝を追い込む様に攻撃を組み立てる。一輝もまた回避に専念していると思ったからこその策略だった。

 

 

 

 

 

(まただ。多分、気が付いていないはず)

 

 可変的な攻撃によって防戦一方ではあったが、その中の幾つかの攻撃に甘い物が入っていた。

 会場の雰囲気は既に諸星雄大をコールしている為に、それが影響していると判断する

 。会場の熱量を活かしているからなのか、その攻撃もまたゆっくりと乱れていた。

 

 鋭さに変わりはないが、時折混じる半端な攻撃。実際にここまで戦って未だ突きしか無いのであれば、確実に払いや叩く攻撃が無い事だけは間違い無かった。

 それがどんなタイミングで訪れるのかは分からないが、人間である以上はどこかで必ずミスが起こる。だとすれば、それまでは常に集中を維持するしかなかった。

 再度距離を見極め、ギリギリの回避を心掛ける。後はお互いの我慢比べだった。

 

 

(ここ!)

 

 遂に一輝の予想通り、若干甘く入った攻撃は直線的な突き。ここが勝負の剣が峰。そう判断したと同時に一輝は隕鉄の刃を滑らせてそのまま懐の奥深くへと潜り込む。

 必殺の太刀を撃てばこのまま勝負は終わる。そう判断していた。

 槍の穂先と太刀の物打が互いに交錯する。その一点だけに集中した瞬間だった。

 全身に嫌な予感が走る。これまでの中での最大の感覚。だからなのか、一輝は態勢が大きく崩れようともその場から一気に離脱する勢いで距離を取っていた。

 

 

「何や。随分と良い勝負勘してるんやな」

 

 獰猛な笑みを浮かべた諸星の言葉に、一輝は僅かに絶句していた。先程まで漆黒の刃を誇っていたはずの隕鉄の刀身が目に見える程に一部が消失している。

 

 

爆喰(タイガーバイト)

 

 

 七星剣王の諸星雄大が持つ抜刀絶技。一輝はその存在を完全に忘失していた。

 七星剣王の諸星雄大の抜刀絶技『爆喰』は伐刀者からすれば最悪の業。

 伐刀者の誇る固有霊装は本人の純粋な魔力で構成されている。事実、その根源は魂にも影響を与える程。それが消失などしよう物ならば即時敗北は必至だった。

 少なくともこの抜刀絶技に関しては確実に注意を払う必要があった。

 一輝もただ、忘失していた訳では無い。これまでの戦いを考えれば、序盤から中盤に差し掛かった今の段階で仕掛けてくるとは思っていなかったからだった。

 

 

「……偶然ですよ」

 

「謙遜も過ぎれば嫌味やで。少なくともこれを初見で回避出来たやつは、そうおらん」

 

 会話の最中に一輝は全身の力が一気に抜けた様な感覚が襲っていた。

 実際にまともに受けた訳では無い為に、影響そのものは限定されている。

 しかし、固有霊装への直接的な影響は初めての感覚が故に、会話をしながらも、何とか最低限の回復だけは優先していた。

 

 負傷による物であれば、多少は誤魔化す事も不可能ではない。しかし、直接的な影響はその限りでは無かった。

 この厳しい戦いに、この状態は大きな痛手以外に何も無い。只でさえ自分の魔力容量が少ない為に、無駄に消耗する訳にはいかない。どんな手を使ってでも、今は僅かでも時間を稼ぐ必要があった。

 

 

「まあ、良いわ。それ位にしとこか」

 

(やっぱ無理か)

 

 諸星もまた一輝の状態を理解しているからなのか、時間稼ぎに付き合うつもりは無かった。

 元々情報は少ないものの、それでもこれまでの言動から一輝自身も自分と同じ様に武技を主体に戦う事は直ぐに分かっていた。

 今のランク制度は魔力を中心にしたもの。その範囲から外れた人間はもれなく低ランクのレッテルを貼られていた。

 

 事実、一輝の選手紹介の際にFランクである事は明言されている。

 自分のランクを態と下げる様な真似をしても、碌な結果をもたらす訳では無い。そう考えれば後は簡単な事。この本戦に出場している時点で相応の実力を有している事だけは間違い無い。

 バラエティに富んだ異能を発揮されるよりも、ある意味ではこっちの方が厄介極まりなかった。

 

 純粋が故に誤魔化す事は困難を極める。

 これが何らかの能力を使うのであれば、確実にその中で決定的な隙を見せる。これまでに対峙した人間の殆どがそうだった。

 元来、人間は自分の躰で制御出来ない物を御する方法は持って無い。

 機械であればまだサポートする事も可能だが、自分の肉体だけとなれば話は別。幾ら自分の能力で起こした現象であっても、純粋に自分の躰で止める事は出来ない。

 そうなれば自分が気が付かない部分での致命的な隙を自然と発生させる。それが諸星にとっては絶対的な隙に見えていた。

 当然ながら碌な能力を持たない黒鉄一輝にそれは該当しない。だからこそ、色々と細かい部分での戦略が必要となっていた。

 僅かと言えど『爆喰』を喰らった今、攻める絶好の機会。ここが諸星にとっても剣が峰となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで使うなんて」

 

 刀華の言葉に、カナタもまたこれまでの諸星の戦い方を思い出していた。

 抜刀絶技はある意味では個人における奥義とも呼べる業。少なくとも序盤の段階で出す物ではない。

 例外としては開幕速攻で対策を取らせる前に倒す時だけ。しかし、その殆どは技能に準じた内容ではない。

 

 実際に刀華の持つ雷切もまた同じ意味を持つ。

 幾ら神速の抜刀術と言えど、序盤で出せば試合中に対策を取られるのは当然の事。だからこそ、相手の動きを封じ込めながら最大の効果を発揮できるタイミングを完璧に計る。

 言うなればそれを回避された時点で勝ちの目はかなり薄くなるのと同じ事。

 ましてや、諸星のそれは学生であれば誰もが知る程の代物。何時、伝家の宝刀を抜くのかを見せながら自分の有利な状態に持ち込むのが定石だった。

 しかし、それをあえて外した時点で勝利を捨てているとも考える事も出来る。そう考えると序盤とも取れる時点で出したのは悪手だと考えるのは当然だった。

 

 

「ですが、今後の戦術の布石なのかもしれませんよ。実際に昨年に比べれば今年の方がかなり巧く立ち回っている様にも見えます」

 

「確かにそうなんだけど、実際には厳しいと思う。あれを出した時点で、精神的な圧力はかなり軽減される。確かに何らかの手段を見出していると考えれば、妙手だろうけど……」

 

 人間は誰もが自分の持つ感覚を優先する。それを考えずに動くのは、あり得ない行為だからだ。

 誰もが自分の持つ感覚を優先するからこそ読みあいが生じ、その結果として番狂わせが起こる。

 完全に全ての流れをコントロール出来るであれば、ある意味では人間では無いとさえ思える程。

 膨大な実戦経験を持っていれば、現状を正しく理解出来るかもしれない。しかし、今の状況がそうで無い事だけは間違い無かった。

 厳しい戦闘時における抜刀絶技は、確実に思った以上の魔力を消耗する。

 精神的な物からくるのかは分からないが、少なくとも簡単に連発する様な物では無い。

 一度タメを作ろう者ならば、消耗の度合いは更に加速する。

 諸星の爆喰もまた消耗の度合いは激しい部類の業だからなのか、遠目では分かりにくいが、大外面では僅かに息が切れている様にも見えていた。

 

 

「黒鉄君も恐らく警戒はしていると思いますから、我々もそれを見るより有りませんね」

 

 カナタの言葉に刀華もまた同じ事を考えていたからのか、それ以上の言葉は何も無い。今はただ見守るしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ここで使ってくるなんて……もう少し警戒が必要かも)

 

 一輝もまた、この時点で諸星が抜刀絶技を使ってくるとは思っていなかった。

 可能性があるとすれば戦いの後半。それも、集中力が完全に低下してから。そう考えていた。

 当然ながらこの抜刀絶技がどれ程危険なのかを身をもって経験している以上、今は距離を取りながらも突きの予備動作に集中していた。

 少なくとも一輝の知る諸星雄大に意表を突く攻撃は無い。

 それは一輝だけでなく、会場に居る人間の殆どがそう考えていた。

 だからこそ、誰もが諸星の術中に嵌る。

 どちらが現時点で劣っているのかを正確に判断出来る人間は居なかった。

 

 諸星の使う抜刀絶技『爆喰』は使う瞬間、黄金の色を周囲に示す。その為に、その攻撃がそうなのかを判別するのは簡単なはずだった。

 事実、今の攻撃の殆どは常にその光を帯びている。その為に一輝は諸星の攻撃を防ぐ為には回避するよりなかった。

 往なす事を封じられた時点で、相手の体勢を崩してからのカウンター攻撃は出来ない。

 それどころか、諸星の攻撃のほぼ全てが致命的な物へと変化していた。

 

 幾ら肉体に問題が無くとも、肝心の魔力が枯渇すればそれで戦いは終わる。だからと言ってそれを見極め回避するにも、追尾型の突きは更に一輝の行動を厳しい物へと追い立てていた。

 このままでは緩やかに消耗し、敗北する未来だけが残る。

 只でさえ七星剣舞祭は短期間の日程を組んでいる為に、自分の抜刀絶技『一刀修羅』の使用も躊躇っていた。

 二十四時間で一度きりの抜刀絶技。しかし、その抜刀絶技とて爆喰の前には厳しいとしか言えない。

 魔力を喰らうそれに対抗するには、自分の武技だけしか残されていなかったからだった。

 先程とは違った形での防戦。確実に一輝の肉体だけでなく精神と魔力もまた摩耗していた。

 

 

 

 

 

(ああは言ったが、やっぱり消耗の度合いは早いか)

 

 諸星もまた、優勢に事を進めながらも自分の事を冷静に判断していた。

 少なくとも抜刀絶技は戦いの後半にまで取っておきたかった。

 これまでに幾度となく強敵と戦った経験を持つからこそ、この黒鉄一輝と言う人間は純粋な戦いで仕留めたい気持ちの方が勝っていた。

 実際にこれまでに闘ってきた人間も戦闘に於いてはそれなりに自力はある。しかし、自分が望む未来の事を考えれば、それはある意味では歯痒いとさえ考えていた。

 

 学生の間は未熟で済ませる事が出来ても、実戦に於いてはお荷物でしかない。

 厳しい状況下で自分の能力を十全に発揮する為には相応の力が必要だった。

 

 

 ────伐刀者ではなく武芸者の考え。

 

 今の魔導騎士の流れから考えれば傍流なのかもしれない。だが、自分の使える物を考えれば当然だった。

 だからこそ、黒鉄一輝と言う人間に負ける訳にはいかなかった。

 ある意味では自分と同じ匂いがする。その為にはこれまでの様な綺麗な戦い方ではなく、泥臭い戦い方も必要としていた。

 

 

(しゃあない。ここで博打やな)

 

 時間がどれ程経過しようとも、諸星の突きの勢いが衰える事は無かった。

 事実、穂先に輝く光を維持しながらの攻撃はかなりの消耗を起こす。

 その為に時折フェイクで光を纏い、敢えて攻撃のリズムを作っていた。

 どんな凡愚でも一定のタイミングで動く事を知れば、確実にその動きを利用する。

 幾ら自分の中でコントロールしていたとしても態々反撃の隙を与える以上はリスクは避けて通れなかった。

 その為に確実性を増す必要がある。諸星の突きは既に一輝の上半身だけでなく、下半身。とりわけ機動力を奪う事を優先していた。

 タイミングをずらしながら意図的に攻撃を見せる。

 既に一輝の眼に映る自分のモーションは完全に盗まれている前提で動く。

 だからなのか、一輝の眼の輝きが徐々に変わる事は手に取る様に見えていた。

 

 

 

 

 

 

(誘ってる……それとも…)

 

 独特のリズムではあるが、諸星の攻撃は何となく一定の様にも感じていた。

 既に攻撃の対象は自分の全身にも及んでいる。少なくとも機動力を封じる事を優先しているのは間違い無かった。

 槍の間合いを防ぐ為に回避はするが、諸星はその距離を取るのが抜群に上手かった。

 既に大腿には幾つもの裂傷が浮かび、制服の生地には赤が滲む。

 機動力を奪われた時点でそれは敗北である事を理解するからこそ、一輝は虎視眈々と反撃の糸口を狙っていた。

 浮かび上がるタイミングと同時に、先程の攻撃が頭にチラつく。

 体力の消耗の度合いを考えればここが勝負の分水嶺だった。

 トーナメントの日程を考えれば全力の攻撃は避けたい。かと言って、それなりの力で勝てる相手では無かった。

 残された手段はもう僅か。一輝もまた違う意味で追い詰められていた。

 

 

(弱気は禁物だ。厳しいけど、ここが勝負の時!)

 

 これ以上長引かせる事が今後どれ程影響を与えるのか。既にそんな考えを持つ時間は残されていなかった。

 大腿部の赤は動き続ける度に常に外部へと流れだす。

 幾ら外傷を回復させる手段があり、増血も可能とは言え今後の悪影響は免れなかった。

 一度決めた以上はそれに集中し、結果だけを求める。一輝は本能から来る危険信号に蓋をし、短期決戦に望んでいた。

 

 

 ────誘いであれば新たな手段を。

 

 ────虚を突いたならば止めの一撃を。

 

 集中した事によってその意識は完全に諸星そのものに向けられていた。

 今の中で出来る事だけをやる。そこに悲壮感は一切無かった。

 連撃で飛ぶ刺突を強引に喰い破る。三連突きの内の二つまでが頬を掠める。それすらも無かったかの様に一輝は諸星の懐へと飛び込もうとした瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

(わいの勝ちや!)

 

 諸星はここで初めて突きの概念を完全に捨てていた。

 幾ら綺麗事を言おうが、敗北の前では何もかもが言い訳に過ぎない。実際に抵抗が無かったと言えば嘘であるも、敗北に比べればと、これまでの矜持を捨て去っていた。

 二撃までは回避される事は自分の中では決定事項。最後の突きこそが諸星の狙いだった。

 突進する一輝から視線を外さない。これからどうなるのかを考えたからなのか、僅かに口元が歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

「お兄様!」

 

 珠雫の叫びが会場に届く事は無かった。

 誰もがどよめいたのは、これまで突きしか使わなかった諸星が、初めて槍を払ったから。

 驚愕を示すかの様に会場の空気は異常だった。

 事実、一輝の隕鉄の半分は爆喰によって失われ、横に薙いでからの連撃はそのまま一輝の顎を撃ち付けていた。

 衝撃によって一輝の体躯は弾け飛ぶ。

 珠雫同様に破軍の人間は誰もが驚きを隠さなかった。

 完全な死に体。ギリギリの戦いの中で、これ程の致命的な隙はそのまま敗北までの一直線。だからこそ、誰もが諸星の勝利を確信していた。

 このまま追撃で場外に飛ばせばそれで終わる。会場内がそう考えた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(このままだと負ける!)

 

 視界は既に天井を映した瞬間、一輝は来るであろう追撃に備える事は出来なかった。

 完璧なカウンター。これまで一切警戒しなかった払いを思考から捨てた事によって、己の敗北も感じ取っていた。

 慢心から来る敗北に言い訳は出来ない。

 誰よりも自分自身が一番理解していた。

 

 これまで爆喰は穂先の部分だけに集中していた。

 幾ら魔力を喰らうとは言え、その部分が小さいのであれば、確実に回避すればそれ程問題になる事は無かった。

 当然一輝だけでなく、これまで諸星と対戦した人間であれば、皆が同じ事を考えていた。

 しかし、最後に払った攻撃はそんな概念すらも打ち壊してしまう程のインパクト。

 穂先だけでなく、太刀打ちまで光る黄金の刃は一輝の持つ隕鉄の半分近くまで消滅させていた。

 固有霊装への直接のダメージ。

 淀んだ意識の中で一輝が確認できたのは自身の体内から何が抜けていく感覚だけ。

 一刀修羅を使った際に生じる消耗とは違う何かを感じていた。

 魔力の容量が小さい自分でも分かる程の減少は確実に自分の攻撃力を奪い去る。

 仮に霊装が無くとも攻撃は出来るかもしれない。しかし、自分の持つ技量の中に無手の選択肢は最初から無い。

 だとすれば、今出来る事をやるよりなかった。

 失った魔力は戦いの最中では簡単には回復しない。何時も以上に回転しない思考に歯痒いを思いをするより無かった。

 このまま敗北まで待つ運命を受け入れるのか。その瞬間、一輝の視界は僅かに赤く染まっていた。

 

 

(出来ないはずは無い!)

 

 一輝の脳裏に突然浮かんだのは破軍襲撃の際に対峙した一人の伐刀者。

 両手には小太刀程の刃が握られ、まるで羽の様な存在感を纏っている。

 比翼の二つ名を持つ女性。彼女が使った歩法が突如として浮かび上がっていた。

 確かにその理屈は理解している。しかし、理解したからと言って十全に使えるかは別問題だった。

 しかし、この状況下でやれる事は限られていた。既に逡巡するだけの時間は無く、今の状況を打開する為には手段を選ぶ暇は無かった。

 それを思い知らせるかの様に浮かんだ体躯はそれ程時間が経過する前に数度地面にぶつかる。本来であれば追撃が来るはずのそれは何も無かった。

 

 

 

 

 

(糞が!ここでガス欠か!)

 

 これまでに無い程の魔力の放出は諸星自身にも襲い掛かっていた。

 本来であれば、消耗する量をコントロール出来るからこそ長丁場の戦いにも備える事が出来る。それは諸星にとっては当然の技術。

 しかし、一輝に対しての最後の攻撃は事実上の思いつきによる物。

 当然ながら消耗の度合いは分からず、あの一瞬の為に残された力を全て放出していた。

 

 当初の予定では最後の止めの分は残したつもりだった。

 だが、これまでに無いやり方は諸星自身の予測を大きく逸脱していた。

 無意識の全開。

 膝こそつかないが、内心ではギリギリだった。

 一輝を吹き飛ばしたまでは良かったが、追撃を行う事が難しい。本音と言えばそのまま場外に落ちてくれても良かったとさえ考えていた。

 僅かに流れる弱気の思考。それが今の一輝の状況を怠った要因だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓が自分の物では無いかの様に大きく一度だけ鼓動する。

 それと同時に、手にした霊装を再度顕現させる。

 既に最初の様な長さに維持する事が出来ないのは、偏に残存量がそれ程無いから。

 一刀修羅を使う事は難しくとも、一度脳裏に浮かんだそれは今の一輝を精神的に支えていた。

 出来るのかではなく、やる。

 追撃が来ない時点で一輝もまた改めて自分の状態を瞬時にチェックし、態勢を整える。

 心臓の鼓動が大きく感じるのは、この攻撃を失敗すれば確実に自分の体躯は地面を舐めるから。

 それがどんな結末になるのかも理解した上での判断。

 だからこそ、一輝は最初の一歩を踏みしめる。零から百までの極限の動きは既に観客の視界から一輝の体躯を消し去っていた。

 

 

 

 

 

「ここで終い………か」

 

 諸星の絶え絶えの声に会場は静まり返っていた。

 何が起こったのかを正確に判断出来た人間は両手で事足りる。それ程までに刹那に起こった出来事に誰もが何も言えなかった。

 一輝が態勢を整えた瞬間、諸星もまた迎撃の態勢に入っている。

 距離がある為に、どんな行動をしようとも必ず視界には入るはず。にも拘わらず、先程起こった出来事が完全にその瞬間だけが抜け落ちていた。

 その場に立っているのは黒鉄一輝ただ一人。

 そして地面に横たわるのは諸星雄大。歴然とした決着を受け入れるまでに数秒の時間を要していた。

 会場も凍り付いた時間が解けると同時に万来の拍手が沸き起こる。決勝戦ではなく、一回戦の幕がここで下ろされていた。

 

 

 


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