英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第57話 水面下

 普段の様子を知っている者が見れば、有りえないと思わず口にするかの様に一人の男は真剣な表情を見せていた。

 ここは総理官邸ではなく、ただのホテルの一室。本来であればこんな場所で話をする様な事では無かった。

 男の前に座っているのは、内閣情報調査局の審議官。

 本来であればこんな状況で話をするはずが無い物。しかし、内容を精査した結果、一刻も早い判断が必要とされた結果だった。

 

 

「身元は未だ不明ですが、少なくとも今回の内容は到底公表出来る物ではありません。下手をすれば大きな混乱を呼ぶ可能性があります」

 

「だとすれば、君は何をする為に態々こんな場所まで来たんだい?公表出来ないと判断したなら関係各所に連絡するだけのはずだけど」

 

 当然だと言わんばかりの言葉に審議官もまたそれ以上は何も言えなかった。

 未だ公表されていない事実。それは昨晩の伐刀者の殺害現場にあった。

 只でさえ今回の七星剣武祭は色々な意味で注目されている。破軍学園の襲撃テロ事件は関係者が思う以上に世間のインパクトは大きかった。

 

 国防の一翼を担う若き資質は意外な程に想定外の出来事に弱い。

 実戦を何も知らない生徒であれば当然の事ではあったが、本当の意味で学園の異議を理解していない人間はそんな風には取らなかった。

 税金と言う名の公費を投入して作り上げたシステムではあるが、予想を上回る所か落胆さえ思わせる結果に、ある意味では国防におけるこの国の存在と言う物を改めて考えさせられていた。

 

 今のこの国を取り巻く環境はある意味では混沌としている。表面上は穏やかではあるが、内部は随分とキナ臭くなりつつあった。

 これまでにも幾度となくあった解放軍のテロは、最近になってからは随分と目立ち始めている。現時点では直ぐに鎮圧されている為に、世間的には大きな話題にはなっていないが、治安を預かる側からすれば、決して楽観し出来る様な物ではない。

 下手な鉄砲を数撃てば、その内に国民は気付く事になる。自分達の取り巻く環境がどれ程危ういのか。だからこそ、失脚した月影の思惑は一刻も早い魔導騎士連盟からの脱退を予定していた。

 

 事実、党の方針もまたそれに沿った形で動き、支持を集めている。実際に魔導騎士連盟が考える組織の在り方は、今の保険に近い相互扶助。しかし、その実態は日本を中心とした実力のある国からの派兵が全てだった。

 相互扶助であれば困った時にはお互いが助け合う。それが建前である事は国民もまた知っている。

 今回の襲撃関しても結果的には鎮圧はしたものの、その存在意義が本当のに正しいのかが疑わしくなりつつあった。相互扶助を声高に叫ぶ割に、他国は何もしない。その為に、不満もまたゆっくりと溜まりつつあった。

 戦力の派兵には膨大なコストが必要となる。騎士連盟からも多額の助成はあるものの、それでもやはり、持ち出す部分が余りにも多くなっている。

 恩恵を受けるのではなく、支出のみとなれば、自国の屋台骨が大きく崩れる。国防と経済の観点からすれば看過出来る内容では無かった。

 そんな状況と今回の事件にどう繋がりがあるのか。審議官の言いたい事は何となく理解しているものの、敢えて口にする事は無かった。

 

 

「……官房長官。少なくとも、あの殺害された伐刀者が正規の手続きで入国していないのは間違いありません。本当の事を言えば、我々としては最初から事件は無かった物としたいのです」

 

「それが正しいのであれば、そうすれば良いんじゃいのかな?」

 

「それが出来ないから、こうやって時間を頂いたんです」

 

 苦渋の決断だと言わんばかりに審議官の表情は苦々しい物となっていた。

 密入国者が殺害されたとしても、国としては完全に放置しても問題にはならないはずの事。しかし、問題なのは、その男が珍しく所持していた物だった。

 密入国で入ったからと言って、直ぐに何かが起こる訳では無い。これまでにも幾度となく密入国者を捕縛した際に、その殆どが直ぐに生活できる様に幾つかの日常品と紙幣を所持しているのが大半だった。

 他の国とは違い、完全に経済は完成されている。物々交換ではなく、貨幣経済であればその程度で十分だった。

 しかし、遺体にはこれまでにあった通貨の類よりも厄介な物を所持していた。

 

 

 『大国同盟(ユニオン)』の証となる所持品。

 

 これが今回の最大の厄介事の元凶だった。

 通常の密入国であれば直ぐに入国管理局によって排除できるが、これが本物だった場合は更に面倒になる可能性があった。

 実際に世間には余り知られていないが、この世界は微妙なバランスで成り立っている。

 世界大戦が残した最大の瑕疵。それはこの国が勝ちすぎたが故に起こった内容だった。

 

 世界中が戦争に明け暮れた際に、一番のよりどころはその戦力になる。

 近代兵器を備えた他の国に対し、この国は異能を使う人間を優先的に軍事運用していた。

 航空機の様に大きな姿をさらしながら膨大な燃料を使う兵器とは違い、人間の場合は燃料を必要とはしない。精々が移動する際に使用する程度。

 戦闘行為さえしなければ、燃料は幾らでも節約できていた。

 

 レーダーにも映らず、気が付けば敵の懐の奥深い所から一気に破壊する。特攻の様に己の死を前提にするのではなく、敵の懐に潜り込んでからの殲滅をもって終了するやり方はある意味では恐怖でしかなかった。

 ゲリラ戦の様に神出鬼没に動き、大量破壊兵器の様に一気に殲滅する。その結果として、資源の無い島国が大戦を制していた。

 そうなれば、後は実に簡単に事が進む。

 大国と呼ばれた国は敗戦した事を世界に伝え、戦争はそのまま集結する。それが今の歴史だった。

 しかし、それはある意味では今のシステムを作ったキッカケになっている。

 

 敗戦国はこれ以上の損害を受ける前に何とかするしかなく、その結果として幾つもの国を巻き込んだ巨大な組織を作り上げていた。

 それが今の『魔導騎士連盟』や『大国同盟』となっていた。

 当時は対抗措置の為に作られたものの、時間の経過と共にその意味合いは大きく変わっていた。元々戦勝国がこの組織に加入した際には、政治的な駆け引きによって血が流れている。

 一つの国だけではなく、複数の国によって作り上げられた組織。それは結果的に参加した国を自分達の組織の下であると錯覚させていた。

 支援される目的で作られているが、実際には支援する側になっている。そうなれば大きな利権を生む土壌もまたそこに存在していた。

 

 その結果、気が付けば巨大な組織はそのまま一つの国家と同じ権利を持つまでに成長している。

 当然ながら組織を作った国は支配される側へと転落していた。

 本来であればそのまま互いの組織が対立を深めるだけに終わる。そうならなかったのはもう一つの組織『解放軍』の存在だった。

 

 

「仮に殺害された人間がそうだと仮定した場合、何らかの接触はあるだろうね。だが、我々としては密入国者の管理までは責任を負う事は出来ない。それ位の事は相手だって理解してるさ」

 

「ですが………」

 

「君の言いたい事は分からないでもない。だが、現時点で出来る事は何一つ無いんだ。あれが仮に本物だとしても、()()()()()()()所持者かどうかは不明だからね」

 

「……確かにそうです。……分かりました。此方もその方向で各所に調整します」

 

 時宗の言葉に審議官も漸く理解をしていた。

 仮に当人だと言い張ってとしても犯罪を行ってまで入国したのであれば、政府としてもそこまで情報を確認する必要は無い。

 寧ろ、それを基にこちらから追及すれば良いだけの話。

 犯罪者が極秘裏に消されたとしても、司法の手を煩わせる必要性が無い事を正々堂々と口にすれば良いだけの話。少なくとも他国がこの件に関与するとなれば、必然的に主導した事を同意した事になる。

 態々火種を作ってまで何かをするとなれば、相応の説明責任が必要だった。 最悪は世界に向けての宣戦布告。そんな事をしたいと考える国は現時点では存在していない。

 それを理解したからなのか、審議官の表情は少しだけ明るくなってた。

 

 

(ああは言ったけど、実際にはこちらに接触するのは当然か。学園のテロはある意味では国防の揺らぎを示した様な物。あの人も厄介な置き土産を残してくれたものだ)

 

「あの………」

 

「ああ。済まないね。何かあればこちらも直ぐに対処する様にしよう。それまでは、この本戦を楽しむと良い」

 

 その言葉に審議官は退出する。少なくとも侵入した人間は、これ程混雑する時期を狙ったのであれば、何らかの意図が透けて見えるのは当然の事。誰も居なくなった部屋で時宗は再度深いため息をついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが本戦…………」

 

 七星剣武祭の開会式は厳かに始まっていた。

 元々学生同士の祭典の様な意味合いではあるが、それはあくまでも外部から見た話。出場する人間からすれば大戦の前の静けさに過ぎなかった。

 昨年の優勝者でもある武曲の諸星雄大が優勝旗を返還する。その瞬間、会場内に雷鳴の様に鳴り響く拍手に一輝は珍しく高揚していた。

 

 

 

 

 

「どうしたのイッキ」

 

「いや。少しだけ感慨深いなと思って」

 

 既に会場は挨拶を終え、各自が控室へと移動していた。

 入学当初、この大会に臨むべく努力をしたものの、歪んだ悪意によってその行程は容易くは無かった。

 無理矢理捻じ曲げられたカリキュラムによって、自分の未来は完全に閉ざされていたあの頃。そう考えれば、今のこの場所は自分が望むべくして起こった結果だった。

 だからこそ、開会の場の空気に一輝は感動に近い物を感じ取っている。

 それがステラにも伝わったからなのか、一輝への言葉をかけた結果だった。

 

 

「そう……でも、それは最後まで残れたらの話じゃない?」

 

「そうだね。少なくとも僕はステラに当たるまでは負けるつもりは無いよ」

 

 そう言いながら一輝は改めてステラの様子を窺っていた。

 自分が龍玄の下で修業をすると同じくして、ステラもまた、自身の更なる向上の為に臨時職員の西京寧音の下へと行っている。

 当時は解らなかったが、今ならそれが分かる。少なくともステラの能力は予選会終了後に比べて大幅に変わっていた。

 見た目にはそれ程の違いは無い。しかし、内包される魔力のケタが確実に違っていた。

 

 以前であれば多少は魔力の揺らぎの様な物が見えたが、今は完全に見えない。完全に制御され研ぎ澄まされた事によってなのか、ステラから滲み出る何かが決定的に違っていた。

 一輝自身には望めない力。それを誰よりも理解しているからこそ、自分の技量を高める事を優先していた。

 

 

「そうね。イッキも以前に比べれば何かが違ってる様に感じるけど、実際には何をしてたの?」

 

「……まあ、色々と…かな」

 

「本当に?」

 

「何でそう思うの?」

 

「だって私が居ない間は完全に誰も居ないのよ。シズクが何かするんじゃないかと思ったんだけど………」

 

 ステラが寧音の下に行く際に一番懸念した事だった。

 今は同じ部屋ではあるが、ステラが不在となれば一輝は完全に一人になる。肉親ではなく、一人の女としての感情を理解しているからこそ、ステラもまた悩んでいた。

 しかし、一輝の目標を考えればそれは信用していないのと同じ事。だからこそ、多少の釘は刺した物の、それ以上の事に関しての言及はしなかった。

 

 

「そんな暇は無かったよ。朝から晩まで、とにかく時間が惜しいと思える程に詰め込まれたから………」

 

「リュウの所に行ったのよね?」

 

「うん。それが今に至るんだけどね」

 

 ステラの言葉に一輝は何かを思い出したかの様に遠い目をしていた。

 実際にお客さん扱いは最初からされていない。寧ろ、事ある事に常に戦いを強いられていた。

 

 常在戦場の心構えは日常から養う。その結果として鋭敏な感覚を掴まざるを得なかった。

 攻撃の雰囲気とその動きや感情の揺らぎを読まなければ組手で生き残る事は出来ない。事実、一輝と対戦した人間は全員がそれを当然の様に使っていた。

 常時見切りの状態が続く為に、僅かに漏れた呼気と筋肉の動き。それがどんな影響を及ぼすのかは言うまでも無い。

 最終日まで安穏とした生活を送る事は不可能だった。

 

 ギリギリ生活を送るだけの体力は残るが、そこから何かをするだけの余裕はない。肉体を休ませている時間でも、脳内では常に戦いに浸るしか生き残れる道は無い。

 実際に何があったのかを口にする事は可能だが、その意味を正しく理解出来る人間は誰一人居ない。

 帰って来てからも多少の取材を受けたものの、詳細を一度も口にする事は無かった。

 

 

「詳しい事は分からないけど、以前よりも一回りも二回りも成長してると思う。何をどうしたらそうなのかは分からないけど、今のイッキは強いわよ」

 

「ステラにそう言われると嬉しいかな。今は兎に角一回戦をどうやって勝ち抜くかだよ」

 

「モロボシ・ユウダイって去年の優勝者よね」

 

「ああ。相手にとって不足は無いよ」

 

 ステラとの話で一輝の感情は平時に戻っていた。

 先程までは興奮なのか、それとも昂ぶっているのかは分からないが、少なくとも平常心がある様には見えなかった。

 ステラは母国でも大きな戦いを経験している為に、それ程緊張する事は無い。

 しかし、一輝はこれがある意味では初めての戦い。学内での予選会はあったが、あれと同じだとは思えなかった。

 

 だからこそ無意識に出る緊張感はある意味では厄介だった。

 幾ら鍛えても心身のバランスが取れなければ、本当の意味でのパフォーマンスを発揮する事は無い。事実、予選会の初戦で戦った際に経験したそれを理解しているからこそだった。

 何気なくステラの顔を見る。ステラもまた一輝の表情が少しだけ変わった事を理解したからなのか、お互いの時間が僅かに止まっていた。

 

 

 

 

 

「少しでも目を離せばすぐにこれですか。本当に嘆かわしい。それとも発情期なんですか?」

 

「は、発情期って……べ、別にそんなつもりじゃないわよ!」

 

「だったらどんなつもりですか?ここは己の力の限りを振り絞り、互いの生存本能を最大限に活かす事によって優劣を決める場所ですが」

 

 珠雫の言葉にステラはそれ以上は何も言えなかった。

 事実、お互いが見つめ合った訳では無いが、少なくとも数分はその場に止まっている。一時期のスキャンダルの事が蘇ったからなのか、関係者は誰もがそれに対し口を開く事は無かった。

 唯一それを壊したのは珠雫だけ。幾ら抗弁しようとも、珠雫の冷めきった眼が温かくなる雰囲気は皆無だった。

 

 

「それは分かってるわ。ただ、イッキがあの時みたいになってないかと思っただけよ」

 

「………そう言う事にしておきます。ですが、大会中はなるべく接触は慎んでください」

 

 一輝の為と言われた事により珠雫もまたそれ以上の事は何も言えなかった。

 実際に予選会の一輝を知っているのであれば、心配するのは当然だった。

 確かに鍛錬によって強靭な肉体を持つ事が出来たとしても、精神はその限りでは無い。ステラに言われるまでもなく珠雫もまた同じ事を考えていた。

 学園としても体面も大事かもしれない。しかし、一人の女として一輝の事を気遣うのは当然だとも考えていた。

 ステラにこそあの場は攫われたが、珠雫とてステラをそのまま放置するつもりは無い。

 今はただ良い女を演じる為に、物分かりが良いフリをしたに過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、初戦から最大の相手だな」

 

「確かにそうなんだけど…………」

 

 ステラと珠雫が言い合いをしている頃、一輝もまた龍玄と話をしていた。

 トーナメントの関係上、一輝が龍玄と闘う可能性があるのは決勝。その間に、幾人もの実力者との戦いが挟まれている。

 幾ら道場で厳しい時間を過ごしたとしても、一輝は結果的には目に見える成果を残す事は出来なかった。

 だからなのか、言葉に何となく力が無い。ステラからはああ言われたものの、実際に自分がどうなっているのかを理解出来ないままだった。

 

 

「弱いくせに一々気にするな。道場の人間は、少なくともこの場に於いて勝てる人間は早々居ない。異能を横にすれば、確実に勝てる人間は一握りだけだ」

 

「え……そう…なんだ」

 

「お前がどう思うかは勝手だが、紛れも無い事実だ。初戦の相手にはある意味相応しいだろうな。修行と言う程ではないが、己が積み上げた物を実感するんだな」

 

 余りにもあっさり言われた事によって一輝は少しだけ硬直したままだった。

 少なくとも道場での戦いで余裕はおろか、全てが全身全霊で戦わない限り、一瞬で終わる。幾ら血反吐を吐こうが、そんな事すら考慮する事無く濃密な時間だけが過ぎていた。

 肉体が完全に癒えたのは最終日で再生槽を使ったから。それ以外では余程の事が無ければそのままだった。

 変に癖が付く可能性もあったが、それはあくまでも長期化した場合の話。

 分かりやすく躰を庇った時点で、そこを徹底的に狙われた記憶が蘇っていた。

 

 

「それでも不様を晒すなら、俺がお前を介錯してやる。潔く腹を斬れ」

 

「手厳しいね」

 

「分かってる結果を知るだけの話だ」

 

 言葉こそ荒いが、龍玄の言葉に一輝もまた改めて自分の事を見つめ直していた。

 厳密に言えば力云々が問題になっている訳では無い。先日、夕食に誘われた諸星雄大の話を聞いた事が少しだけ気になったからだった。

 七星剣王になる為には実力だけではなく、運も必要となる。トーナメント方式である為に対戦相手に恵まれる要素は絶対。しかし、そんな事よりも問題なのは心意気だった。

 

 自分はあくまでも自分の為に戦う。少なくともそれが他の選手にとっても当たり前だと考えていた。

 しかし、これから対戦する相手は自分の事も去る事ながら、妹の、肉親の為にと言う感情を持ち合わせていた事。単純に責任と義務を比べれば自分よりも相手の方が遥かに重い。

 ましてや今年が三年であれば、その想いは尚更。自分の薄っぺらな感情で本当の意味で勝つ事が出来るのかと考えた。

 これが龍玄であれば、そんな想いは無駄だと言い捨てるかもしれない。しかし、一輝にとってはそれが大きな意味をもっていた。

 だからこそ、先程の言葉によって自分の迷いは僅かに消える。試合会場で戦うのは妹でも無ければ応援してくれる人間でも無い。誰よりも自分が自分を信じるよりなかった。

 一度だけ大きく深呼吸をする。一輝の眼に迷いは完全に無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「珍しいわね。試合直前に檄を飛ばすなんて」

 

「あの程度がか?どうせくだらない考えを何時までも引き摺ってるだけだ。幾らその状況を目にした所で所詮は盤外戦に過ぎない。

 そんな事よりもあれが目立てばこっちも楽が出来るんだかな。多少はそう言った事もするさ」

 

「確かにそうかもね。それと、頭領から少しだけ情報よ。極秘裏だけど、最近になって、賊を一つ葬ったらしいんだけど、どうやら段蔵が絡んでるかもって」

 

「段蔵が?」

 

 一輝と別れた後、龍玄は少しだけ会場から離れていた。

 実際に戦いが始まったとしても、忙しいのは運営と当事者だけ。出場者に関しては各々が自分の足るべき事をしていた。

 龍玄自身は態々緊張をほぐすつもりは毛頭ない。時間を潰す様に少しだけ離れた公園のベンチに座った瞬間だった。

 背後からは微かに女の声が飛んでくる。時宗の護衛として動いていた朱美の姿がそこにあった。

 

 

「検視はしたけど、該当する裂傷は分かりにくいって。当時の時系列が全く不明だそうよ」

 

「そうか。で、俺達に絡んでくる可能性があるって事なのか?」

 

「その辺りは分からないわね。でも『大国同盟』の人間らしいわよ」

 

「って事はもう切り崩し工作が始まってるのか?」

 

「可能性は大かもね」

 

「結果は同じなんだがな」

 

 龍玄の言葉に同意しているからなのか、朱美もまた同じ様な感情を持っていた。

 裏の事情に詳しい人間であれば、風魔は傭兵であると言う認識は確かに持っている。

 基本的に報酬有りきで依頼をこなすのであれば、当たり前の事。しかし、傭兵だからと言って、全ての依頼を受ける訳では無い。

 時には高額な費用を提示される事もあるが、それを簡単に蹴る事もある。

 内容に関しては頭領でもある小太郎が全て調整する為に、下の人間にまで話が来る頃には既に内容は固まってから。小太郎が何を考え、依頼を受けるのかを知るのは四神と呼ばれた人間だけだった。

 だからこそ、今回の様にキナ臭くなった場面での切り崩しの意図は龍玄だけでなく朱美も読める。

 段蔵が始末したのは偶然だが、こちらに対し、何らかの接触を図る為であるのは明白だった。

 

 

「って事はあのジジイの命は然程残っていないって事になるな」

 

「既に本部の人間も所在を正確に知る人は居ないらしいわ。定時報告があるから存命だって話だけど」

 

 誰が聞いてるのか分からない場所での明確な単語は色々な憶測を呼ぶ。勿論、周囲には誰も居ない事は二人も理解しているが、万が一を考えた末の会話だからなのか、ジジイが誰をさしているのかを口にする事は無かった。

 

 実際に、今の状況が辛うじて保たれているのは解放軍の存在があっての事。しかも、その組織の長でもある『暴君』は大戦の頃から今に至るまで未だその存在を保っている。

 奇しくも歴史の中にあった三国志と似た様な状況になっているのは風魔の中では周知の事実。それが今の仮初の平和を作り上げた要因だった。

 

 只でさえ解放軍は一人のカリスマによって組織の体を成しているが、実際には破落戸(ごろつき)の寄せ集めに過ぎない。幾ら銃器で武装し様が、所詮は弱者に対する蹂躙程度だった。

 しかし、今回の破軍学園襲撃でそのイメージが確実に覆ったのも事実。魔導騎士連盟はその件に関してのアナウンスは出していないが、実際にはかなり厳しい選択を迫られていた。

 国家と組織に対し、事実上の宣戦布告と同じ行為を受けている。結果として短期間で鎮圧されたものの、襲撃された事実が消える事は無い。

 それと同時に、短期間で終息した理由もまた朧気ながらに知られていた。

 

 政府からの依頼で風魔が動き、その結果として多額の報酬も受けている。

 表面上はスクリーニングされている為に資金トレースは出来ないが、あの時点で解決できる組織が限られている以上、その答えは明確だった。

 今の時期に動くのは、大国同盟は魔導騎士連盟を歯牙にもかけていない証拠。それと同時に、政府の影の刃として使う風魔を取り込めば、最悪の展開になったとしも被害状況は軽減できるだろうとの予測が立っていた。

 だからこそ、今回の切り崩し工作。小太郎が頷かない事を理解しているからこそ、龍玄だけでなく朱美もまた今回の件に関しては自ら積極的に動く事はしなかった。

 

 

「崩壊寸前の組織ってのは色々と面倒なだけだな」

 

「少なくともこの国が取れる選択肢はそれ程多くないし、実際に月影が失脚した時点で大よその目論見もそのまま消滅。だとすれば、あの人も苦労するかもね」

 

「……偶には本腰を入れて動くのは当然だろ。俺は当初から予定された事だけを実行する。後の事は上が勝手に考えるだろう」

 

 肥大化した組織の舵取りは容易ではない。

 トップの意識は下にまで完全に浸透する事は無い為に、急な変化は混乱を招くだけ。解放軍が今になって動くのはそんな意味合いがあった。

 この国がどうなろうが、自分達には関係ない。だからなのか、余程の厳しい内容でない限り、未定の未来について考えるつもりは無かった。

 朱美の言うあの人は時宗の事。少なくとも襲撃事件から今に至るまでに世間が気が付かないままに厳しい状況に追い込まれている事に間違いは無かった。

 

 

「そうね。私達も色々と任務が入ってるから、忙しくなるわ」

 

「任務?時宗の護衛じゃないのか?」

 

「それもだけど、色々あるのよ。貴方は少しだけ大会に集中しないさい。初戦はあれなんでしょ」

 

「あの程度に負ける要素は最初から無い。目立たない様に()()に勝つだけだ」

 

「地味……ね」

 

 朱美の言葉に龍玄は再度対戦相手の事を思い出していた。

 懇親会でも少しだけ羽目を外したのは知っているが、あれ程堂々としているとなれば話は別。

 少なくとも風魔の人間であれば目立つ様な真似はしない。実力を誇るのはある意味では盤外戦に近いかもしれないが、そんなくだらない行為で自分を知らしめるのは無策としか言えない。

 まさか学生の大会に裏の人間が参加するとは考えていなかったのだろうか。

 

 現時点で龍玄の対戦相手に関する情報はくまなく調べ上げている。裏の人間に対し、自分の情報が丸裸になっている事実を知らないのであれば敗北は必至。未だ気が付かないのであれば所詮はその程度だと言っているのと同じ事。

 だからこそ龍玄は慢心する意味では無く、完全に調べ尽くした相手だと言う認識を持っていた。

 

 

 

 

 

「あら?どうやら終わったみたいね。予想外の結果に少しだけ空気が違うのかも」

 

「当然だ。それなりに力は入れたからな」

 

「珍しいわね」

 

「これも任務の一つなんでな」

 

 朱美の言葉通り、会場での試合が完了したからなのか、少しだけ空気が違っていた。

 ドーム会場は音を遮断する造りになっている。にも拘わらず、聞こえるのであれば会場の中は更に大きな声になっているはず。

 時間的に誰が戦っているのかを知っているからなのか、龍玄の口元は僅かに吊り上がっていた。

 

 

 


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