英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第47話 襲撃の最中

 学園が襲撃されてから、実際にはそれ程の時間は経過していない。しかし、その環境下に置かれた人間からすればその限りでは無かった。

 無数の銃弾が飛び交う場所に待っているのは命の選択。嫌が応にも生死の概念が叩きつけられていた。

 

 当然ながら、実戦を経験しない生徒は恐怖で感情が塗り固められている。仮に学園を卒業したとしても、本当の意味で使い物になるのかは未知数だった。

 予備知識も心構えも何も無い。突如として放り出された環境に、恐慌に陥らない事だけが僥倖だった。

 

 

「もう……大丈夫なのかな」

 

「でも、万が一があるかも…………」

 

 先程まで聞こえたはずの銃声は突如として止んでいた。

 無差別に命を奪う銃器は脅威でしかない。幾ら自分達に戦うだけの力があったとしても、肝心の心が付いてこなければ一般人と同じ。だからこそ、突如止んだ銃声に戸惑っていた。

 気が付けば、止んだ音に誰もが少しだけ正気を取り戻す。だからなのか、今になって漸く周囲の状況を見るだけのゆとりが発生していた。

 

 

「確認しないと前には進まないんだ。俺が見てくる」

 

「おい。大丈夫なのかよ」

 

「ここでじっとしてても変わらないんだ」

 

 一人の青年の声に誰もがその場から動く事は出来なかった。

 万が一が起こる時は自分の命が無くなっているかもしれない。生き物としての恐怖が勝っているからなのか、誰もがついて行こうとはしなかった。

 静かに教室の扉が開き、左右を確認しながら音を殺して外に出る。僅かに待っている時間が、まるで長時間の様にも感じていた。

 

 

 

 

 

「これって一体誰が………」

 

「下手に触らない方が良い。何が起こるのか分からないんだ」

 

 兵士が居ると思われた場所にあったのは夥しい血溜まりと周囲に飛び散った赤だった。

 兵士の姿は無くとも、ここで何が起こったのは考えるまでも無い。戦闘行為による結果だった。

 

 

「先生の誰かがやった……のか」

 

「だったら、こんな凄惨な状況にはならないんじゃないのか?」

 

 誰が言ったとも分からない言葉ではあったが、それに対する明確な返事は何も無かった。

 仮にこの場に兵士の死体があれば何となくでも予測出来るが、この場には戦闘行為があったと言う事実のみ。仮に学園の教師が戦闘行為を行ったと仮定すれば、幻想形態で倒す物だと考えていたからだった。

 とは言うものの、肝心の物が無ければ全てが憶測でしかない。この場にいた誰もが今はただ生きていると言う事実だけを感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学内の鎮圧が確認された頃、その周辺にあった戦場は更に激化していた。

 生徒会役員でもある砕城雷と兎丸恋々はまさかの人物によって敗北を下されていた。

 只でさえ学内での実力者の喪失は手痛いだけでなく、万が一の際には自分達の代わりとなってもらうはずの人物。その二人が戦線離脱している今、これ以上の人員を減らす事は許されなかった。

 味方が少なければ、その分の負担は他のメンバーにも及ぶ。だからなのか、今対峙している人間ては確実に何らかの形で納めるよりなかった。

 

 

「どうして貴女がここに?」

 

「どうして?何をそんな戯言を。我がここに居るのはただ一つ。我が覇道を邪魔する輩の抹殺だ」

 

 カナタは目の前に居た風祭凛奈に話かけていた。

 貴徳原カナタと風祭凛奈はこれまでにも学園ではなく財界のパーティー会場で何度か顔を見た間柄。当然ながらその性格や信条も何となく理解していた。

 自分が知っている少女であれば、態々こんな事をするだけの理由が何処にも無い。本当の事を言えばここで激突する事による消耗をカナタは避けたかった。

 

 この現場に近づくにつれ、周囲の状況をつぶさに観察した結果、先程の兵士とは別行動している伐刀者の数はかなりの物。各個撃破しようにも、圧倒的にその数はこちら側にとって不利でしかなかった。

 それと同時に、凛奈の隣にはネコ科特有のしなやかな体躯の一匹の獣。対人ではなく、獣が相手となればカナタにとっても苦戦する可能性があった。

 

 野生の本能とも取れる行動は予測する事が出来ない。どうしても自分の反応速度よりも獣の方が早いからだった。

 そうなれば固有霊装を展開するのは問題無いが、抜刀絶技を行使するだけの時間が圧倒的に足りなかった。

 凛奈の持つ固有霊装『隷属の首輪』は、装着した物や者を固有霊装として使用できる為に、明確な対策を取る事が難しかった。

 当然ながら抜刀絶技を展開するだけの時間を作ろうと思えば、この場所は随分と不利な場所でしかない。

 だからなのか、カナタもどうやって戦うのかを会話をしながらも模索していた。

 

 変則的な二対一。それだけならば未だしも、問題なのは、この戦場に居る青龍の存在だった。

 実力がある為に、直接的な心配をする事は無い。それよりも厄介なのが依頼の内容だった。

 依頼主がどんな事を考えているのかは分からないが、仮に味方の消耗を一切考えないやり方だけを実行するとなれば、損傷を無視したやり方を行使するだけ。

 凛奈の性格を考えれば、この場に於いては撤退させるだけの策が無い事には激突は免れなかった。

 

 

「覇道………その先に見えるのは何かしら?」

 

「愚民に言う言葉など、我は持ち合わせておらん」

 

「………そう。仕方ないのかもね」

 

 独特の言い回しをしながらも、凛奈の表情や視線が揺るぐ事は無かった。

 恐らくは現時点の状態を鑑みれば、どちらに勝利の天秤が傾いているのかは考えるまでも無い。

 幾ら鍛えられた肉体と精神を持つ伐刀者と言えど二対一の状況下であり、一体が巨躯の肉食獣である事実から予測される結果は考えるまでも無かった。

 既に自分の意識を会話から戦闘へと切り替える。

 この場には何時も居るはずのも一人の姿が見えない事は気になるが、それでも今はこの状況で如何に自分が勝ち残るのかを考えるしか無かった。

 カナタの意思が表に出たかの様に、手にしている固有霊装『フランチェスカ』がその存在を示す。既にここから先に会話が続くとは思えない状況になりつつあった。

 

 

 

 

 

「行け!スフィンクス」

 

 凛奈の声にしなやかな肉体は一気に爆ぜるかの様に飛び出していた。

 獰猛な獣は人間では知覚出来ない程の速度でカナタへと襲い掛かる。人智をも超える動きを人間が捉える事は困難極まりなかった。

 

 

 ────魔獣使い。

 

 

 これが風祭凛奈が使う抜刀絶技から出た力でもあり、自身の刃。

 只でさえ瞬発力に長けた種が、凛奈がもたらす魔力によってその能力は更に増大している。

 当然ながらそれがもたらす結果は考えるまでも無い。

 人間とは違う絶対的な力に口元は歪んだままだった。

 

 漆黒の巨躯から繰り出される一撃は人間では知覚出来ない程の速度を持っている。

 カナタもまたこれまでの自分であれば致命的な一撃を自身の身に受けるはずだった。

 肉球によって疾駆した音が限りなく零へと近づいていく。その双眸は完全に獲物を捕らえた視線だった。

 襲い掛かる爪がカナタの胸元へと向かう。刺突用片手剣は幾らそれが固有霊装と言えど強度は限定的だった。

 特にカナタの霊装はマンゴーシュの様に防御には向かない形状をしている。出来る事が限られている事を理解した未来は既に戦うまでもないはずだった。

 

 

 

 

 

「何………だと」

 

「ご自慢の攻撃が回避された事がそんなに珍しいとは。もしかして、その程度の攻撃で、私を仕留める事が出来るとでも?」

 

 互いの距離が一気に消失し交差した瞬間、待っていたのは凛奈が予測していなかった未来だった。

 肉食獣特有の力と迫力。そしてその体躯から繰り出される攻撃は殆どの場合で回避する事は出来ない物のはず。

 本来であればスフィンクスがそのままカナタを捕食するかの様に押しとどめて終わるはずだった。

 しかし、現実は違っていた。

 すれ違った瞬間、カナタは来るであろう攻撃を予測し、そのままカウンターで胴体を斬り裂いていた。

 幾ら俊敏な動きをしたとしても、所詮は直線的にな動きでしかない。達人とまでは行かなくとも、ある程度の予測は可能だった。自分に向けられた攻撃の為の行動パターン。それを理解して尚、相手の攻撃を受け止めようとする程カナタは愚かでは無かった。

 

 元々刺突用の霊装。当然ながら斬り裂くと言う概念はないはずだった。

 しかし、攻撃した体躯には明らかに斬り裂いたと思われる攻撃が残されている。

 幾ら能力を持った獣と言えど、痛覚は存在する。先程の攻撃を受けた事により、漆黒の胴体からは横一直線に赤い筋が刻まれていた。

 

 

「あの程度の攻撃に態々抜刀絶技を使用する必要はありませんのよ。それとも、その隙を狙おうとか考えてましたか」

 

 カナタの躰には毛ほどの傷すらもついていなかった。

 それどころか、普段から来ているドレスにも傷らしい物が見当たらない。そこから考えられるのは、完全にその動きを見切り回避した事実。先程までの愉悦に浮かんだはずの凛奈の感情は一気にその正反対に変化していた。

 

 

「成程。少しは鍛錬をしたと……流石は我が宿敵…か」

 

「そんなんじゃありませんよ。私はただ、()()()()()()()に傷を負う訳には行きませんので」

 

 睥睨する凛奈の視線をカナタは軽く流しながら先程まで振るったフランチェスカを軽く振っていた。

 行為としてはそれほど大した物ではない。しかし、カナタを事を良く知る人間であれば、誰もが確実に驚く程だった。

 血糊を飛ばす事によって起こる風切り音。少なくともこれまでのカナタであれば発生するはずが無い音だった。

 鋭く聞こえる風切り音が増大してるとなれば、当然ながら剣速も威力も高くなっている事を示す。

 本来であれば凛奈もまた気が付いているはず。しかし、自身が万全の状態で出したはずのスフィンクスが攻撃を受けた事に意識が優先した為に、些細な行為に気に留める事はなかった。

 

 

「スフィンクスを愚弄する気か?だとすれば、ここから先は引けなくなるぞ」

 

「お構いなく。それよりも良いのですか?この場にはもっと怖い物がやってきますよ」

 

「どこにそんな物…………が」

 

 カナタは凛奈と対峙しながらもここに迫る一つの何かを無意識の内に感じ取っていた。

 少なくとも学園の生徒でもなければ教員でも無い。あの兵士を壊す程度の作業にそれ程の時間がかかると思っていなかった。

 だからなのか、本当の事を言えば自分の手で凛奈を倒し、拘束する事によって事態の終息を図る。仮に何かあったとしても交渉で何とか出来るはず。カナタはそう考えたからこそ凛奈を早く倒す必要があった。

 しかし、迫り来る気配はカナタの想定など嘲笑うかの様に無視している。既に経験したからなのか、カナタの躰は本能で僅かに震えていた。

 

 

 

 

 

「賊の一人か?」

 

「何者だ貴様!」

 

「生憎と名乗る名など持ち合わせていない」

 

 カナタと凛奈の間に突如として立ち塞がったのは漆黒の仮面を付けた男だった。

 蒼の龍を描いた仮面に漆黒のボディスーツ。本来であればこの装備を見れば裏の人間は誰もが直ぐに予測出来る人物だった。

 風魔の四神『青龍』。カナタもまた先程顔を見ていなければ確実に驚く存在だった。

 

 僅かに発した言葉と同時にその姿が蜃気楼の様に揺らぐ。その瞬間、待っていたのは獣の悲痛な断末魔だった。

 魔力で強化され、本来の肉体を考えればあり得ない光景だった。

 少なくともこの襲撃の中でカナタに傷つけられた時点で想定していないが、今の凛奈に映る光景はその事実を根底から覆す程だった。

 

 スフィンクスの腹部に刺さるのは仮面の男の腕そのものだった。幾ら篭手を装着しているとしても、肘の辺りまで完全に埋まっている事実は現実でしかない。腹部に致命的な一撃を受けたスフィンクスは一気に弱りだしていた。

 腕の周囲にあった装甲の部分は鋭利な刃物と化している為に、付近の傷口がズタズタになっている。

 当然、手刀を先端に肘まで入り込んでいる時点で、命が散るのは時間の問題だった。

 厳密に言えば人間ではなく獣である為に生命力は高い。今ならまだ間に合うと思われた瞬間だった。

 

 

「──────────────!!!!」

 

 獣の咆哮は周囲一帯に響いていた。

 それもそのはず。青龍の腕には太い何かが握られていた。

 引きずり出したそれは、明らかにその内臓。小腸の一部が飛び出ていた。

 男は躊躇する事無くその腸を引き千切る。幾ら強靭な肉体を持つ獣と言えど、内臓を激しく損傷してまで生きる事は出来なかった。

 腕を抜いた場所からは決壊した堤防の様に夥しい赤が吹き出ている。

 その光景に誰もが動く事すら忘れたかの様に硬直してた。そんな二人を無視するかの様に次の行動へと移る。この時点でやるべき事は獣の完全なる処理だった。

 

 間髪入れずに頸の部分へと手刀を突きつける。

 巨大な刃の様にそろえた五指が抵抗も無く貫いている。どこか非現実的な光景に二人の意識は完全にこの惨状に向いていた。

 

 

 

 

 

「スフィンクス!………貴様!何をしたのか理解しているのか!」

 

「獣を駆逐しただけだ。それとも、あれはお前の大事な何かなのか?」

 

 感情を伴わない物言いに激昂した凛奈は僅かに押されていた。

 感情をそのまま叩きつける様な言葉であれば、普通は多少なりとも怯む事が多い。しかし、この仮面の男からすれば、の程度の怒声は涼風と変わらなかった。

 

 邪魔だから駆逐しただけ。自分に対して害であれば排除したと言う、半ば当然の事をしだけの事。

 腕に纏わりつく赤が不浄だと言わんばかりに腕を振り、それを捨てる。

 まるで最初から眼中にすら無い様に感じたからなのか、凛奈は完全に冷静さを失っていた。

 男の向こう側に見えるのは先程までその存在感を存分に示していた獣。しかし、今となってはただの肉塊でしか無かった。

 自分の手足だけでなく、何かと一緒になってこれまで動いてきた仲間。ある意味では家族ともとれる存在は既に天へと召されていた。

 

 

「当たり前だ。あれは我の家族と同じだ。それを貴様如きが勝手にして良い存在ではない」

 

「そんなに大事なら首に縄でもつけて檻にでも入れておくんだったな」

 

「何だと!」

 

 無二の存在でもあるスフィンクスがやられた事により、凛奈には既に冷静さは無かった。

 先程までの言い方ではななく、寧ろ素が出ている。既にカナタが何をどうこう出来る時間は完全に失っていた。

 

 

「これ以上雑魚に時間を使う訳には行かないんでな。さっさと退場して貰おう」

 

「待って下さい。まさかとは思いますが………」

 

青龍がこの後どう動くのかは分からないが、カナタは嫌な予感だけはしていた。

 依頼の内容が分からない今、青龍を敵に回す愚策はあり得ない。幾ら依頼を受けたとは言え、自分の身が絶対的に安全ではなかった。

 敵対すれば自分もまた獣と同じ未来を辿る。しかし、幼少の頃より知っている凛奈の命だけは少なくとも何としてでも護ろうと考えていた。

 

 

「何をどうしようがお前には関係ない。さて、小娘。お前はここで終わる」

 

「な…………」

 

 その瞬間、凛奈の体躯は容易く宙に浮いていた。

 青龍の放った攻撃は目に留まる事無く、そのまま腹部を貫く勢いで衝撃を与える。

 両足が完全に宙に浮いた瞬間、凛奈の運命は確定していた。

 

 本来であれば貫く事すら容易い拳をそれなりに手加減した事によって衝撃を僅かに緩めていた。

 その結果、拳を起点とした衝撃が内臓全体にダメージを与える。多臓器不全にまで至らない程度の衝撃は、意識を絶ち切るには十分過ぎていた。

 鎮圧が当初の依頼である以上、命だけは最低限取る事はしない。それよりも先に、カナタと対峙した女の姿に青龍は見え覚えがあった。

 

 記憶が正しければこの女は風祭財閥の総裁の娘。そうなれば更なる報酬の追加と称して営業をかける事が可能となっていた。

 今回の依頼と別口の内容。仮面を付けている為に、その表情をカナタが知る術は無かった。

 固有霊装が無い伐刀者は素人と然程変わらない。今の青龍にとっては、凛奈など赤子の手をひねるのと同じだった。

 先程の一撃で完全に意識を飛ばしたからなのか、既に動く気配は無くなっている。後はこの女をどうやって隠すかだった。

 

 

 

 

 

「あの………その………」

 

「何故ここに居る?」

 

 青龍の放った言葉に温度は一切無かった。

 突き放たれた言葉にカナタの全身は僅かに震える。邪魔はしていないが、完全に言葉とは正反対の行動を取った結果だった。

 

 

「わ、私は生徒会の人間です。生徒の安全の確保をするのは当然ですから」

 

「未熟な人間が、ここでか?」

 

「はい。未熟なのは重々承知の上です」

 

 重くのしかかるかの様な言葉はカナタの全身を蝕むかの様に纏わりついていた。

 実際に先程の獣の攻撃を回避できたのは、偏に龍玄との組手を散々した結果だった。

 尋常ではない速度で迫った爪も、龍玄の攻撃に比べれば僅かに余裕を感じる事も出来た。その為に、獣と対峙しても怯む事は無かった。

 しかし、今カナタの目の前に居るのは漆黒の獣ではなく、その人そのもの。

 邪魔をすればどうなるのかは、この学園では誰よりも理解していた。

 

 

「同じ事は言わん。ここは既に戦場と同じだ。伐刀者の中に、お前の実力では届かない人間が居た場合、どうするつもりだ?」

 

「何も出来なくても最低限、時間を稼ぐ事す位は出来ます」

 

「その結果が無駄に終わっても……か」

 

「それでも……です」

 

 青龍の言葉にカナタはそれ以上の言葉を持ち合わせていなかった。

 生徒会としての役割と同時に、自分の価値を考え場合、どちらが重いのかは比べる事は出来なかった。

 人間としての価値に差は無くとも、その人の持つそれは等しくはない。

 事実として、風魔の四神がこの学園に介入している時点で既に生徒会としての役割は求められていないのと同じだった。

 実際に兵士の始末は終わったとしても、伐刀者がどれ程なのかは未だ分からない。

 青龍の言葉に反論出来なかったのは、偏にその前提となる情報が完全に抜け落ちていたからだった。

 

 

「戦場で相手はこちらに向けて明確な殺気を出した以上は、その代償は互いに払うべき物。自分の自己満足の為に周囲の人間に迷惑をかける事がお前の矜持なのか?」

 

「それは…………」

 

「事実、この女の事も口で言った所でどうにかなったのか?」

 

「…………」

 

 致命的な言葉だった。カナタが説得に出たのは、青龍がそこに来る事が前提だったからだった。

 これが援軍も何も無いのであれば、そんな悠長な事は出来ない。戦場で温情をかけた人間が大人しくしている保証はどこにも無い。だからこそ、その先に出るはずの言葉はカナタの中には無かった。

 

 

「これ以上は時間の無駄だ。お前は大人しく校舎の中で隠れてる生徒の事を何とかするんだな。少なくとも、職員は命だけは恐らくは大丈夫だろう。だが、死なない保証は出来ない」

 

「待って下さい。今、校舎の中はどうなってるんですか?」

 

「先程言った通りだ。銃撃戦で回避出来なければ待っている結果は決まっている。依頼とは無関係な行為まで責任は取らん」

 

 衝撃の言葉にカナタはここで選択を迫られていた。このまま戦場の中に飛び込むのか、それとも学内の状況を確認するのか。今のままでは何も分からない事だけは間違い無かった。

 事実、刀華と一緒に動いていた際には完全に人質の概念は無くなっている。だとすればそこから考える事が出来る未来は限られていた。

 ここで意地になって前線に出るのか、それとも後方支援の為に動くのか。どちらも同じ生徒に変わりはない。カナタに迫られた選択肢の内容は単純だった。

 

 

「一つだけ聞きたい事があります。今回の依頼は殲滅ですか?」

 

「依頼内容は明かせない」

 

「だとすればお願いがあります。向かった先に居る私達の仲間を救って下さい」

 

 カナタはこの言葉の返答で予定を決めていた。仮に後方支援となった場合、鎮圧出来ない状況では治療すらも出来ない。幾ら再生槽があっとしても治療中に襲撃される可能性は捨てきれなかった。

 そうなれば一刻も早い鎮圧の方が結果的には助かる可能性が高い。仮に何を要求されても、この場では飲むより無かった。

 

 

「それは当初の予定から決まっている事だ。無理に変える必要はない」

 

「そうですか……で、あれば私はこのまま後方へと移動します。出来れば、その方の身柄も確保したいのですが」

 

「出来ない相談だ。これは今後の依頼の内容に関する証人として利用させてもらう。この女の近くに寄れば、命の保証はしない」

 

「では、命は助けると認識すれば良いのですね」

 

「ああ。()()そうしよう」

 

 それ以上の会話は無用だと判断したのか、先程までの空気は既に霧散しその姿もまた消えていた。

 一撃で倒した獣の骸に関心は無いからなのか、その場にはカナタ以外に物言わぬ赤く染まった骸が一つあるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったよりも動きが早い」

 

 誰にも聞こえない程の呟きを出しながら刀華は移動速度を落とす事無く目的の場所へと向かっていた。

 ここにくるまでに見たのは周囲の環境が戦闘によって破壊された場所。少なくとも伐刀者の侵入が予想以上である事だった。

 本当の事を言えば、風魔が介入している時点で依頼した人間の予測は出来ていた。

 少なくとも学園に対する依頼であれば、最悪は国もまたこの状況を理解しているはず。にも拘わらず、時間がそれなりに経過した今も軍や警察が来ない状況に内心は苛立っていた。

 

 放たれた弾丸の様に疾る刀華に近寄る者は誰も居ない。時折、ガサッと音がするも、それが何なのかを確かめる事はしなかった。

 間違い無く兵士は全滅しているはず。ある意味では風魔と言う存在を違う意味で信用した結果だった。

 尋常ではない速度で変わる景色。恐らくはそろそろ目的の場所に届くはずだった。

 まだ戦闘を続けているのであれば間に合うかもしれない。そんな淡い期待を持ちながら視線を動かした瞬間だった。

 突如として刀華の加速がそこで終了する。今の刀華の視界に映ったのは、横たわる自分の幼馴染だった。

 

 

「うた君。しっかりして!うた君ってば!」

 

「と……刀華。僕なら大丈夫だか……ら」

 

「でも、こんなになって」

 

「幻想形態だった……みたいだから。大丈夫……だって」

 

 無理矢理躰を動かす事無く刀華は泡沫に声をかけていた。

 元々泡沫は非戦闘員に近い。因果干渉系の能力は明らかに戦闘には不向きだった。

 幾ら幻想形態と言えど、完全に無傷ではない。

 こんな状況でなければ刀華も多少の冷静さを持っていたが、先程までの状況を経験したからなのか、どこか平常心は失っていた。

 ゆっくりと開く目に命に別状は無い事だけが理解出来る。無理に動かすのではなく、この場の置いておくより無かった。

 幸いにも周囲には敵対する様な気配は感じられない。僅かに張りつめた気が緩んでいた。

 

 

「でも………」

 

「僕の事よりも、今は襲撃…者の事を優先して……ほしい。少なくとも……数はそれなりに居るはずだから」

 

 気怠さを押し殺しながらも、泡沫もまた刀華に最低限の情報を与えていた。

 実際に泡沫もまた直ぐに中心から離れた為に詳細は何も知らない。既に他の人間の様子を探る術を持ち合わせていなかった。

 今出来るのは、刀華を少しでも落ち着かせる事だけ。動けない躰に鞭うって泡沫は刀華に伝えるだけだった。

 

 

「僕の事なら大丈……夫だから」

 

「でも………」

 

「刀華は生徒……会としての役割を……果たして」

 

 泡沫はそのまま意識が完全に途切れていた。

 呼吸をしている事を確認した事によって、命に別状が無い事だけは間違いない。兵士の様に命を脅かす存在は、まだこの周囲にの追っているはず。刀華はそう考えたからなのか、ゆっくりと泡沫の躰を芝生の上に置いていた。

 戦場の様に見知らぬ人間ではなく、見知った人間のこの状況は誰の精神もまた同じ感情を持ちえたに違いない。

 元々この状況がどんな意図で引き起こされたのかすら、未だ判断する事を赦すだけの時間は残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これが、黒鉄王馬の実力なの……)

 

 王馬と対峙したステラは既に満身創痍となっていた。

 自身の燃え盛る炎は、王馬から発する風によって完全に遮られたままだった。

 少なくともこれまでステラが対峙した人間の殆どは自分の炎の勢いを更に加速させるだけしかない。となれば更に巨大な炎となって相手に襲い掛かるはずだった。

 

 しかし、黒鉄王馬と言う人間はそんなステラの経験を軽く上回る。

 自身の起こした炎がいとも簡単に消された事に衝撃を受けていた。

 同じレベルの才能であれば、次にまっているのは互いの技量。自分が培ってきた剣術によって対峙する事だった。

 

 

「この程度とはな。些か失望したぞ」

 

 王馬はステラを前に、改めて構える事は無かった。良く言えば泰然自若、悪く言えば無防備の姿に隙が無い。本来であれば構えすらしないのは致命的なはずだった。

 だからと言ってステラの打ち込みを許すはずも無い。

 これまでに対峙した事が無い存在に、ステラは戦略の立て直しを余儀なくされていた。

 ここから先は僅かな動きと言えど、致命傷になり兼ねない。その柄も言わぬ重圧にステラは身構えるより無かった。

 

 

 


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