英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

45 / 75
第45話 絡みつく思惑

 平和なはずの日常が一転した事によって学園内は混乱の極致となっていた。

 響く銃声は誰もが死を容易く想像させる。まだ校舎の中には侵入されていない為に、生徒は辛うじて冷静さを保つ事が可能となっていた。

 

 

「侵入者は伐刀者と一般兵士。少なくとも、このままの状態を継続する訳には行かない」

 

「それは同感だね。でも、どうする?確かに伐刀者は平時で無い場合は戦力としてはカウントされてるけど、この状態は正直厳しいと思う」

 

 刀華の言葉に泡沫もまた現状を端的に口にしていた。

 幾ら予備役の扱いを受けているとは言え、実戦の経験は皆無でしかない。

 仮に戦時中となった場合、学生の殆どは後方支援をさせ、一部の生徒が前線に出るのが常だった。

 刀華やカナタの様に前線に出る事が出来る生徒は限られている。だからこそ、今後の立ち回りをどうするのかを判断する必要があった。

 

 

「ですが、それ程時間は残されていません。少なくとも兵士の方は、音から察するに自動小銃を持っています。最初にそれを何とかする必要がありますね」

 

「…………カナちゃんと私でそれを何とかするから、伐刀者の方は何とか出来る?」

 

「僕個人としては荒事は流石に厳しいかな」

 

 刀華が下した判断は、ある意味では間違いでは無かった。

 まだ被害状況を確認していないが、自分達が知りうる中では伐刀者は幻想形態で戦っているのか、致命的な負傷をした情報は入っていない。

 それに対し、自動小銃を持った兵士に関してはまだ死者こそ出ていないが、負傷者は多数に上っていた。

 伐刀者の様に理性的ではないのかもしれない。幾ら学内の再生槽を使うにしても許容範囲は存在する。

 一刻も早い鎮圧を求められる中での判断は最早時間との戦いになっていた。

 

 

「会長!我々も出ます」

 

「そうそう。生徒会役員なんだから、私達も皆を護らないとね」

 

「砕城君、それに恋々も」

 

 生徒会室に来たのは二年の役員、砕城雷と兎丸恋々の二人だった。

 予選会の出場者の中でもこの二人は序列の上位に入る。現時点で上位の人間がどうなっているのかは分からないが、動ける人間が増えた事によって今後の対応が幾分かは軽減されていた。

 一刻も早い対応。学園の教員や職員もまた動いてはいるが、情報が錯綜した中ではその信頼度は低い物。信用できないのであれば、結果的には自分達が動くしかなかった。

 

 

「刀華。今後の動きだけど、僕も含めて砕城君と恋々は伐刀者の足止めをする。その間に、兵士の方を何とかしてほしい。幾らなんでもいきなりの実戦はどうなるのか分からないから」

 

 泡沫の言葉に誰もが異を唱える事は無かった。確かに実戦経験の有無は大きい。

 伐刀者である以上は何らかの経験はするかもしれないが、今回に限っては完全に悪手なになる可能性があった。

 銃弾が飛び交う場所に安全地帯は存在しない。そう考えれば、刀華とカナタがそれを制圧出来れば、後の事はどうとでもなると考えていた。

 この答えが正しいのかも違っているのかは誰も分からない。しかし、一度決めた事を覆すだけの時間的余裕は無かった。

 

 

「皆、頼んだ」

 

 刀華の言葉に生徒会室に熱が起こる。それはこれから起こるであろう戦いの為の鼓舞なのか、それとも恐怖を振り払う為のそれなのかを確かめる手段は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きなだけ暴れろ。後の事は彼奴らがやってくれる」

 

「どこまでも、ですか?」

 

「ああ。だが、最初だけは殺すな。いきなり相手があたふたするのはつまらない。そこそこになれば好きな事をしても構わん」

 

「好きな事ですか?」

 

「そうだ。我々は選ばれた人間だ。下等な人間に何をしても問題は無い」

 

 兵士の指揮官と思われた人間の声にその場にいた兵士の誰もが下碑た笑みを浮かべていた。

 元々今回の件に関しては、上からの命令だと尤もな話として降りてきたが、実際にはやや異なっていた。

 元々学園の一つを襲撃する事は薄々ながらに情報が漏れていた。

 ここ最近になって、一つの支部が壊滅したばかり。当然ながら上級の人間だけでなく、下級の兵士もまたその事に激しいストレスを抱えていた。

 

 自分達は選ばれた人間であり、それ以外の人間が自分達とは対等な関係では無い。この場に居た誰もがそう考えていた。

 言葉で理解出来ないのであれば、その力を振るう。ましてやその矛先にあったのは、伐刀者の存在だった。

 異能を有し自分達を導く存在ではあるが、誰もがその思想を持っている訳では無い。

 同じ伐刀者であっても、どちらに就くのかでその対応は変わっていた。

 

 当然ながら、今回の襲撃先は伐刀者の養成施設でもある学園。自分達に劣る人種が伐刀者であると言う事が許されるはずが無いとさえ考えていた。

 指揮官の言葉に誰もが疑う事も無く士気を高める。

 最後の言葉が終わる頃には、完全にその思考は特定の方向に誘導されている事を、誰一人知る事は無かった。

 

 誰もが用意した銃器を担ぎ、これから先に起こるであろう事象に胸を焦がす。好きにしろとは、戦場での有り方そのままである事と同意。欲望を燃料に、これからすべき内容を誰もが再認識していた。

 伐刀者と言えど、戦場を知らないひよっこ達。自分の欲望をぶつけるには最適だった。

 一つの号令に、一糸乱れぬ行動を起こしたからなのか、学園の内部で気が付く人間は誰も居なかった。

 

 

「一つだけ言っておく。抵抗する人間は容赦をするな。その代り、こちらに恭順する人間は命だけは助けろ。それと、制服を着ていない伐刀者はこちらの味方だが、万が一の可能性もある。自分達で判断した結果、敵勢力だと判断した場合には直ぐに射殺せよ」

 

 指揮官の言葉に再度頷く。ここで声を出せば気取られると判断したからだった。

 

 

「総員、作戦を開始せよ」

 

 その言葉を聞くと同時に動き出す兵士達。誰もがその際に指揮官を見る事が無かったからなのか、指揮官の歪んだ笑みをその目で見た者は無かった。

 

 

(さて、久しぶりに暴れたいが、無理をすれば奴らが来るかもしれん。面倒だが、偶にはこれも良いだろう)

 

 指揮官だったはずの男は直ぐに歪んだ口元を修正し、自動小銃を手に自らも動き出す。

 幾ら裏で動かない様に抑えたとしても、時間とも共に面倒なのが来るのは既定路線。

 自分が知る組織が当時と変わり無ければ、その答えは自ずと出てくる。残された時間の短さは残念ではあるが、どのみち、この兵士達もまた生き残れる可能性は無いはず。精々が自分の行動を隠蔽する為の捨て駒でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったより厄介だよ。どうする?」

 

「まともに対応するのは不可能です。恐らくは他の人間が周囲に居るはずですから」

 

 兵士への対応を担う刀華とカナタの視線の先にあったのは、まさに戦場のそれに近い物だった。

 横たわる人間は、誰もが学園の制服を着用している。ここに来るまでに、血の臭いを大量に嗅いでいるからなのか、その惨状は予測出来る内容だった。

 動きを制御する為なのか、殆どの人間は大腿から夥しい赤が流れている。

 具体的にどうなっているのかを判断出来ない為に、二人は物陰から様子を伺っていた。

 

 時折一人になる状況はあったものの、完全にお互いの位置を理解しているからなのか、奇襲をかけるにも明確な隙は何処にも無かった。

 兵士の一人が女生徒を盾にするかの様に自分の前方に突き出している。事実上の肉の壁にしているからなのか、誰もが遠距離攻撃に戸惑いを見せていた。 

 

 

「でも、この場を何とかしないと、増援が来る可能性がある」

 

 「ですが………」

 

 刀華の指摘にカナタもまたそれ以上は言えなかった。

 自分の抜刀絶技で兵士だけを倒す事は理論上は可能だが、だからと言って、すぐ傍に居る生徒が無傷でいられるかと言われれば厳しい物があった。

 見えない程に細かくなった刃は周囲から一気に対象者に襲い掛かる。その為に、見た目はそれ程大雑把では無い様にも感じるが、実際にはそうではなかった。

 対象範囲を幾ら小さくしても限度がある。その結果、密接した人間もまたダメージを受ける可能性があった。

 

 幾ら微調整をした所で、対処すべき人間が動き続けている為に、精細な攻撃が出来ない。物陰から狙うにもやはり正確な状況を把握できない為に、それもまた安易に攻撃する事を躊躇っていた。

 刀華とカナタが倒す事が出来た兵士は二人。それも事実上の奇襲に近い物だった。

 

 本来であれば、このまま制圧すべき内容。しかし、兵士もまた練度が高かったからなのか、その後は回避に専念するよりなかった。

 銃撃の隙間を狙って攻撃をしようにも、相手もまた姿を隠しているからなのか、銃撃は間断無く襲い掛かる。少なくとも目くらまし程度の腕では無く、精鋭のそれだった。

 

 その結果、校舎の角で様子を伺うだけとなっていた。

 このままでは盾になった生徒もまた危うい状態になる。既にどれ程の血が流れているのか分からない為に、残され時間が無い事だけが正確に認識出来ていた。

 膠着しかけた状況を打開するにも、刀華だけでなくカナタもまたその経験が不足していた。

 

 

「ですが、このまま一気に襲い掛かるのは悪手です」

 

「じゃあ、どうやって?」

 

 刀華の疑問にカナタもまた答えを見いだせなかった。

 問題なのは兵士の動向では無く、その場所。盾となっている生徒は既に一部切傷がある為に、血が止まらないままになっていた。

 可能性としては動脈を切っているかもしれない。だからと言って突撃しようにも周囲にあるブッシュが完全に邪魔だった。

 ブラインドになっているのであれば、自分達を始末する為に罠があるはず。これまでに攻め入る好機は幾度となくあったが、見えない罠が気になるからなのか、慎重にならざるを得なかった。

 ここに来ての経験不足。防衛した経験が無い為に画期的な意見は何も無かった。

 

 

「いやぁああああぁああ!」

 

 二人の思考を停止させたのは一つの悲鳴だった。

 それが誰なのかは考えるまでも無い。盾にされた女生徒のそれだった。

 気が付けば大腿の切創だけでなく、腹部にも銃弾を受けたからなのか、夥しい赤が流れ落ちる。制服は本来生地が厚く作られている。にも拘わらず滲む色はその原因が最悪である事を物語っていた。

 ここから先は時間との戦い。自分を取るか、人質を取るか。経験が無い二人にとって厳しい選択を迫られた瞬間だった。

 

 

「カナちゃん伏せて!」

 

 刀華はカナタに指示を出すと同時に直ぐに地面へと伏せていた。

 自分達の居る場所が索敵された訳では無いはず。しかし、伏せなければならない事態が何なのかは考えるまでも無かった。

 自分達への攻撃。奇襲だと判断した矢先の行動だった為に、その瞬間の事実は何も見えなかった。

 

 

「おぁあああああ!」

 

 先程とは違う悲鳴が響く。改めて先程の場所を見ると、その光景は一変していた。

 漆黒の細長い棒状の物が兵士の右目に突き刺さっている。兵士は突然起こった事実と発生した痛みに、獣の様な雄叫びを上げる事しか出来なかった。

 その瞬間、伏せていた二人の上を一陣の風が通り過ぎる。その先にあったのは先程まで女生徒を盾に暴れていた兵士が横たわった光景だった。

 既に生命の炎が消えたからなのか、僅かに見える兵士の首はある得ない角度に曲げられていた。

 僅かに見えたのは、先程放った何かを回収している姿。それが何者なのかはお互いが良く知っている。振り向いた先には蒼い龍が描かれた仮面の男だった。

 

 

 

 

 

「お前らは直ぐにこの場から離れろ」

 

「待って。どうして貴方が………」

 

「依頼だ」

 

「だったら私達も」

 

「足手纏いは要らん。下手に出て貰っても困る」

 

 以前に見た戦場の姿そのものではあったが、その様子は明らかに異様だった。

 その正体が誰なのかは理解はしているが、それが本当の意味で同一人物なのかと言われれば判断に困る程だった。

 少なくとも自分達が知るそれは単なる防具の様な篭手だったはず。しかし、仮面の男が身に纏うそれは明らかに異質な物だった。

 

 中世の鎧を彷彿とする様なデザインだが、よく見れば薄い板が幾層にも重なる様だった。

 肘から指先にかけて続くそれは、明らかに防具ではなく、重攻撃を目的とした物。磨かれた金属の端は触れれば如何なる物も斬り裂く様な意匠となっている。

 それだけではない。膝下つま先にかけても禍々しい雰囲気を持っていた。

 良く見れば篭手と同様に触れる物を拒絶すかの様に鋭利な刃が付いている。当人の実力を知る人間からすれば、その固有霊装は明らかに最悪の一言。

 体術による攻撃だけでなく、霊装の武器としての使用を考えれば対峙した人間に待っているのは純然たる死。

 自分達が知るそれとは明らかに違ったからなのか、端的に言われた言葉の内容を理解するまでに少々の時間を有していた。

 

 

「そ、そんな事は」

 

「……どうでも良いが、その女は見殺しにするのか?」

 

「それは……」

 

 仮面の男が指さした先に居るのは先程の女生徒。大量の出血をしたからなのか、既に意識は失っていた。

 大腿の動脈からの出血だけでなく、腹部を撃たれた事によって出血性ショックに陥っている。幾ら学園内にIPS再生槽があったとしても、予断は許されない状況になっていた。

 既にどれ程の時間が経過したのかは分からない。刀華だけでなくカナタもまた、目の前の女生徒の意識が完全に向いていた。

 

 

「東堂刀華。お前達が何をどうしようが勝手だ。だが、こちらは依頼を受けて動いている。邪魔をするならお前らも抹殺対象としてみなす」

 

 男の感情が籠らない言葉に刀華は抗弁する事は出来なかった。

 事実、目の前の女生徒がこんな状態である為に、このまま見殺しには出来ない。一刻も早い処置をしなければ、最悪の未来が待っているのは間違い無かった。

 優先するのは個人か集団か。刀華は個人的な感情よりも集団としての役割を優先するしかなかった。

 

 

「それと、貴徳原カナタ。お前は直ぐにこの場から離れろ」

 

「ですが、私は」

 

「くどい!同じ事は二度言わん。お前の身柄は既に依頼主から保護する事を要望されている。お前に選択権は無い」

 

 男の言葉に、刀華以上にカナタの方が内心驚いていた。

 これまで何となくでも距離が近くなったと思った距離が、今は完全に離れている。少なくとも先程の状況を作り出したのは自分達の判断の遅さに起因いしていると考えたからなのか、それ以上は何も言えなかった。

 

 

「もし、ここで無理矢理でも動けば?」

 

「その時は実力行使に出るだけだ。依頼の件もある。命までは取らんがな」

 

「まさかとは思いますが、依頼人は………」

 

「傭兵が依頼人を明かすはずが無いだろ」

 

 そのやり取りだけで、カナタは誰が目の前の男に依頼をしたのかを直ぐに察していた。ここに風魔四神の一人『青龍』を派遣するのは一人しかいない。まさかとは思いながらもやっぱりかと言った表情が僅かに浮かんでいた。

 

 

「因みにその依頼をキャンセルなんて………」

 

「随分と面白い冗談だな。だがその前に、お前はそれ以上の報酬を即金で用立て出来るのか?お前が個人的に持つ負債など優に超える金額になる。その前に、これまでの物を全て返済してから言え」

 

 男の言葉にカナタだけでな刀華もまたそれ以上は言えなかった。

 二億の負債を未だ待ってもらう状況下にも拘わらず、即金で依頼を覆すだけ払う事は出来ない。具体的な数字は分からないが、この学園の内部の事を考えれば端金でない事は間違い無かった。

 それと同時に、まだ周囲には何らかの音が聞こえている。二人にとってはその状況を良しとしないのは当然だった。

 

 

「どのみち、今回のこれは鎮圧だ。さっさと引込め」

 

 既にそれ以上の会話は煩わしいと考えたからなのか、青龍は男から装備を解除する。

 既に所有している自動小銃を横たわる肉体に向けて引鉄を引く。三発の銃声は響くと同時に、兵士は完全なる亡骸へと変化していた。

 試射した事によって銃の状態を確認したからなのか、呆然とした二人を横目にその場から姿が掻き消えていた。                                                                                                        

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                 自身すらも容易く斬り裂くかと思える程に厚みのある刃は一人の青年に向けられていた。

 上段から繰り出すのは速度と重量が乗った攻撃。これを回避する為にはその場から大きく離れるしか無かった。

 仮に地面に叩きつけたとしても、余波は周囲にも影響を与える。だからなのか、刃を振るわれた青年はその場から大きく回避すると思われていた。

 

 

「見た目だけ……か。随分とつまらんな」

 

 肉厚の刃が地面は愚か、攻撃の対象となった肉体を破壊する事は無かった。本来であれば受け止める事は出来ない程に増えた重量は自信が出来る最大の攻撃。にも拘わらず、攻撃は完全に停止していた。

 片手で止めるには似つかわない体躯。しかし、自身に来る反作用の手応えは紛れもなく事実であることを証明していた。

 まるで鉄の塊に叩きつけた様な衝撃によって持ち手が僅かに痺れる。

 その見た目からは想像も出来ない程の筋肉によって完全に受け止められていた。

 

 

「何だと!」

 

「同じ事を言わせるな。その程度の攻撃を態々回避する必要は無い」

 

 受け止めた青年はそれ以上の言葉を発する事はなかった。

 完全に攻撃を見切ったからなのか、刃の部分を手で受けて止めている。

 世間が一時期騒がせた『風の剣帝』

 その言葉に恥じないそれに、攻撃をしかけた砕城雷は戦場ではあるまじき冷たい汗が背中を伝っていた。

 どれ程力を込めようとも、その先へと刃が進む事は無い。本来であれば、自分の持てる能力を最大限に活かす為に走りながらも刃を振り回していた。

 回転する度に増える重量は、既に人間が如何こう出来るはずの次元を超えている。それが完全に封じられたからなのか、これがA級が持つ能力なのだと本能が悟っていた。

 

 

「それ、返すぞ」

 

 強引に動かされた事によって自分の態勢が大きく崩れる。相対した戦いの中では致命的な隙だった。

 当然ながらその隙を逃す程に、青年は愚かでは無い。追撃とばかりに野太刀の固有霊装でもある『龍爪』を手加減する事無く横に薙いでいた。 

 

 

 

 

「ほう。その程度なら対処出来るか。俺の前に立つなら当然か」

 

 青年は僅かに驚いた様な表情を見せながらも、声に驚きの色は無かった。

 自分が世間からどう言われているのかを知ってなお、驕る事は一度も無い。まるで求道者の様に鍛え上げた体躯から繰り出す攻撃はどれもが一撃必殺とも取れる威力を誇っていた。

 事実、横に薙いだ瞬間に刃からは不可視の衝撃が飛んでいる。なまじ通常の武器であれば、そのまま両断される程の鋭さを持った攻撃も、霊装であるが故にそのままの状態を維持していた。

 

 

「これでも学園の序列四位なんでな。こんな所で寝る程ヤワじゃねぇ」

 

 

 雷は内心では驚きながらも、去勢である事を悟られない様に振舞っていた。

 確かにここ数年、目の前の青年が表舞台に出た事はこれまで一度も無かった。

 諸説色々とあったが、実際の所は本人しか分からない。仮に体調に何らかの問題を抱えたのであれば対処のしようもあったが、先程の一撃がその可能性を否定していた。

 

 少なくとも公式記録として知る事が出来る当時の情報から、大よそでも現在の実力を推測する事は出来る。しかし、一薙ぎで飛んだ斬撃は自分では倒す事は出来ない事実を突きつけていた。

 国内でも数える程しか居ないA級。映像ではなく、対峙した事によって分かったのは絶望だけだった。

 本当の事を言えば、このまま退却したい。しかし、この場を離れると言う事は、自分の存在そのものを否定するのと同じだった。

 生徒会に居るのであれば、その責は果たさなければならない。

 仮に自分一人ではどうしようもなくても、他の誰かが来れば戦局は大きく変化する。

 それを考えたからこそ、雷自身は己を鼓舞するかの様に感情を口にしていた。

 

 

「そうか………ならば下手に抵抗させずに楽にしてやろう」

 

「何……だと」

 

 自身の魂の根源とも言える固有霊装は破壊されればその状態が当人の肉体にも直接作用する。

 『風の剣帝』黒鉄王馬が再度放った斬撃は、そのまま雷の固有霊装を粉砕していた。

 まさになす術も無いままに倒される。抗う事すら許されないやり方は尋常ではない。

 雷はそのまま意識を遮断し、自身の体躯を大地へと沈める。

 刀華に任されたたはずの戦場は、なす術も無いままに唐突に終わりを告げていた。

 

 

「破軍の生徒の質も落ちたものだ。いや、ここには確か、一人A級の人間が居たな」

 

 横たわる雷を尻目に王馬は一言だけ呟いていた。

 事実、今回の破軍学園の襲撃に当たっては発起人とも言える平賀玲泉からもたらされた物。元々この学園がどうなろうが、王馬自身には関係の無い話だった。

 事実、襲撃直前に顔合わせした際には解放軍の一員である事は告げられている。しかし、自分の歩むべき道の前には些細な事として処理していた。

 自分が突き詰める先にあるのは自身の屈辱を晴らす為。

 その為にはどんな手段も選ぶつもりは無かった。

 

 だからこそ、横たわる人間に止めを刺す様な事はしない。仮に意識を取り戻し、襲い掛かるならばそれに反撃をすれば良いだけの話。

 その結果、何らかの事由で命を落としたとしてもどうでも良い話だった。

 だからこそ次の関心へと意識を向ける王馬が望む次のターゲットはステラだった。

 

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            

 

 

 

 

 

「何かが変ですね。何が起きてるんですかね」

 

 玲泉は一人ごちると同時に自分の肩に背負う物に視線を動かしていた。

 肩に乗っているのは意識を失った有栖院凪。

 自分が提唱した暁学園の戦士の一人として予定していた人間だった。

 

 元々は解放軍のメンバーの中でも裏に携わる人間を使う事によって内部から食い荒らし、その存在を示すはずの計画。

 確かに計画の大半は成功したが、凪の予定外の動きと同時に、自分の預かり知らない兵士の存在が計画の歯車を狂わせていた。

 同じ組織のメンバーとは言え、幹部の人間が全員の素性を知らないのと同じで、兵士もまた同じ。

 本来であれば二言三言口にすれば良いだけの話のはずが、突如として発砲した為に、ずっと違和感を持っていた。

 

 だからと言って悠長に考えるだけの時間は無い。

 こちらが依頼した人間はともかく、イレギュラーな兵士が今後、どんな動きをするのかが全く予測出来なかった。

 となれば、出来る事から確実に実行する。その為に玲泉は動いていた。

 反逆を防ぎ、このまま来日している男に引き渡せば勝手に始末してくれる。ある意味では見せしめの意味合いで攫っただけだった。

 周囲にこちらを追う気配は二つだけ。にも拘わらず、何か違和感とも取れる物が自分の周りを纏わりつく感覚だけが残ってた。

 

 

「少なくと追いかけてくる人間が居ないのであれば気にする必要は無いかもしれません。計画の一部が少し狂った所で大勢に変化は無いですから」

 

 誰かに聞かせるのではなく情報の整理の一環ととして情報に齟齬が無いかを確認していた。

 既に当初の目的を果たす事が出来たのは間違いない。そもそも裏の人間からすれば、幾らランクが高かろうとも、学生など有象無象でしかない。

 成功して当たり前の計画の内容が狂った時点で修正する必要もある。

 当初の計画から逸脱した兵士がその最たる物。ここで一定量の結果を残す事が出来れば、今後予定する事実を公表すれば事実となりうるのは自明の理だった。

 

 

「どのみち、この先に居る人間を超えるのは不可能でしょうから」

 

 玲泉はこの先に何が待ち受けているのかを知っている。

 元々予定していた事ではなかったが、結果的にはその存在が保険の代わりとなっていた。

 少なくとも世界最強の一角を崩す事など余程の事が無い限りあり得ない。

 仮面越しが故にその表情を伺い知る事は出来ないが、その声は愉悦に浸っていた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。