本戦に向けた精鋭達が興福寺で励んでいる頃、理事長でもある黒乃もまた学園ではなく、とある場所へと移動していた。
元々理事長が現場に介入するケースはそう多くは無い。殆どの場合が高度な判断が必要である場合のみ、現場に出るのが殆どだった。
それは黒乃が最初に学園の理事長を務める際にはしっかりと説明を受けている。しかし、それが適用されるのは学内に関する事だけだった。
本戦が近くなった事により、
当然ながら作業すべき事が一つ増える事に、それに付随する項目が二増える。それが通信越しであった為にタイムラグは黒乃を更に苛立たせる。結果的には自分が直接現地に赴いた方が早いと言う結論に達していた。
本戦が関東では無い為に、現地に移動する必要性が出てくる。ここ数年の大会運営を見る限りでは、これまでにそれ程気になる点は何一つ無かった。
見えない何かが自分達に干渉している事に間違いは無い。だが、それが何なのかは判らない。そんな取り止めの無い事を考えていた。
「済まないが、これから私は現地入りする。問題が無ければ二、三日で終わるはずだ」
「分かりました。ですが、今回に限ってはどうしてそうなったんでしょうか?少なくともここ数年は大きな変化は何も無かったと記憶していますが」
「詳細に関しては私も正直な所分からない。単純に参加するだけだった立場と、それを纏める立場では決め事が色々と違うかもしれん」
理事長室には黒乃以外に、今回の引継ぎ事項として折木有里が呼ばれていた。
学園は国営ではあるが、ある程度の自治権は認められている。ましてや理事長でもある黒乃が不在となるのであれば、ある程度の権限委譲する必要があった。
本来であれば純粋な戦闘力を鑑みれば寧音が適任であるのは間違いない。しかし、当人もまたKOKの試合がある為に黒乃に先駆けて学園から離れていた。
「その可能性もありますね。私で務まるかは分かりませんが、その任をお受けします」
「だが、身体にはくれぐれも気を付けてくれ」
既に一度は大量吐血をしたからなのか、有里の顔色は何時もよりも青白かった。今さら吐血云々を言った所でどうにか出来る物ではない。
仮に今回の件が明らかに何かを狙ったとしても、教員以外にも戦力となる者は多数いる。
口には出せないが、黒乃は内心そう思っていた。
明らかに今回の件は自分をここから排除する為の口実の様にしか思えない。幾ら疑った所でその根拠は自分の勘である為に、一度は自分の感情に蓋をするより無かった。
気が付けば有里もまた引き継いだことにより理事長室から退出する。黒乃もまた自分の準備を始めていた。
「興福寺での鍛錬は予想以上に大変でしたね」
「厳しいのは確かだったけど、その分の収穫はあったと思う。少なくとも自分の先はどうなるのかの道筋だけは着いたかな」
「興福寺って、あの興福寺だよね」
強化合宿を終えたからなのか、生徒会室には珍しく三年だけが集まっていた。
実際に今回の強化合宿は色々な意味で学園にとっても有益な内容になっていた。
宝蔵院流槍術の総本山との繋がりは世間が思う以上に有益な物。実際に実戦となれば既存の団体の中でも頂上グループに属する。純粋な技量だけでなく、その思想や行動に対する内容など言い出せばキリが無い。そんな中でも精神を鍛える項目は色々と迷いやすい学生からもある意味では好評だった。
如何なる戦いに於いても冷静さを失った者から脱落する。その考えは実戦だけでなく競技でも同じ事が言える内容。本来であれば学内でもカリキュラムに導入したいと思ったものの、直ぐに変更が出来る程に破軍学園は身軽ではなかった。
その結果、今は強化合宿に出向いた人間は各自が感じた事をレポートにして学園に提出作業を実施している。生徒会室を刀華が使うからと、カナタと泡沫もまた同じ場所に来た事が始まりだった。
「最高師範の宝蔵院胤栄氏は基本的にはメディアにもあまり出なかったと記憶しているけど、実際にはどうなの?」
「優しい中に厳しさがある人かな。でも、その全部に意味があるから誰もが真剣だったよ」
「って事は刀華は卒業後の進路はもう決めたって事?」
「……そうなるかな。でも、世界は予想以上に広く高かった。寧音先生だってKOKの三位なんだから、少なくともその背中が見える所はクリアしたい」
「そっか……刀華がそう考えるんだったら僕は応援するよ」
この時期になると三年の誰もが卒業後の進路を考えていた。
実際に学園を卒業した後の選択肢は多い様で意外と少ない。戦闘系伐刀者であれば大半は国の組織に属する事が多く、その枠内に入らなかった人間が競技者の道を進む事が殆どだった。
刀華もまたその例には漏れず、組織に属する事無く自分だけの道を歩く事を既に決めていた。
まだ破軍に入った当初は漠然とした考えでしかない。しかし、特別招集による戦場と、風魔に挑んだ事により自分以外の人間にも多大な迷惑を与えた事は刀華の今後を決定付ける要因となっていた。
「そう言えば、カナタも興福寺には行ったんじゃなかった?」
「私はただ挨拶をしただけです。実際には私事で参加は難しかったですから」
「最終日の夕方だったよね」
「ええ。予想はしてましたので、ある程度は覚悟してましたから」
最終日にカナタが来た事は刀華も知っていた。予定ではもう少し早く来るはずだったが、実際には想定外の仕事が入った為に一緒に鍛錬する事が出来なかった。
刀華が見たのも偶然に等しい。カナタの隣に居る朱美を見たからなのか、刀華もまた少しだけ遠慮していた。
「って事は自主的にやってたんだ」
「ええ。お蔭さまで無理を聞いてもらえましたから」
カナタが最近になって早朝から外出している事は泡沫も知っていた。元々寮生活をしている人間が、普段であればあり得ない時間帯に外出の届け出を出している時点で何らかの用事があるのは間違い無い。
これが仕事であればそんな不自然な時間に出る必要は無い。泡沫もまた外出届の存在を知ったのはつい最近だった。
「カナタが無理を言うって事は相当な人物って事だよね」
「そうですね。刀華さん達の様に、
純粋な疑問だったからなのか、泡沫の言葉にカナタは言葉を濁すしかなかった。
確かにある意味では興福寺に行くよりも厳しい内容であることに間違いは無かった。ダメ元ではあったが龍玄に確認した際に、小太郎からも許可が出た際には普段ではありえない程にカナタも驚いていた。
完全なる実戦。
多少の手加減はされた事は事実ではあったが、それでも尚、命の危険を本能が幾度となく感じ取っている。死は全ての前に等しく、また無意味な未来を生む。命と言うそれを主体にするからこそ苛烈な内容だと予測した結果だった。
「でも、お互いが良ければ今年は期待出来そうだね」
カナタの心情を察したからなのか、泡沫は敢えておどけた雰囲気で話を逸らす。伊達に付き合いが長い訳では無い。詳しい事は分からなくともそれが何を意味するのかだけは何となく想像が出来ていた。
生徒会室に僅かに緩んだ空気が流れる。その瞬間、不意に聞こえたのは小さな悲鳴だった。
「本当に良かったんですか?」
「何がだ?予断出来る様な事は何一つ無いはずだが。それとも何か?俺の聞いた内容は嘘だとても?」
「いえ。自分の身分ではそれ以上の事は何も」
「だったらこの話はこれで終わりだ。全員準備は出来たな」
部隊を取りまとめる様な雰囲気を持った一人の男は言葉の端々から異様な空気を纏っていた。
本来であれば今回の様な突発的な招集はあり得ない。事前に幾度となく裏付けを取り、確認した上で行動に移していた。
事実、最近までは国内ではそれ程大きな問題にあはならなかったはず。当然ながら今回の様な事例は以前であればあったが、現状を認識すればあり得ない行為。
突然の事だった為に不意に口した質問はそのまま握りつぶされて終わっていた。
幾ら当人が強大だとしても組織の決定までも覆す様に動く事は無い。しかし、そんな組織の体面よりも、目の前の事象がそれを許す様には見えなかった。
男の言葉に全員が改めて装備している物を確認する。正規の軍隊の様に合同で訓練をした事はこれまでに一度も無い。にも拘わらず、誰もが一糸乱れない整列はある意味では異常だった。
「では、今回の作戦について説明する。内容は極めてシンプル。対象先の人間の
男の言葉は麻薬患者の様に澱んだ目をした兵士全員に染み渡っていく。時折ブツブツと聞こえる小さな声もあったが、誰もがその内容に異論を挟まない。
先程質問をした兵士もまた、何処か焦点が合わない様な目線で、ただ前だけを見ていた。
「では総員乗車し、作戦を開始せよ」
一言だけ告げると同時に全員がそのまま用意した車へと乗り込む。本来であれば指揮官とも取れる人間が真っ先に乗るはずだが、この男はそんな素振りは全く見せなかった。
誰もが乗り込む所を見て口元が歪む。正気を保った人間が一人でも居れば、この男が何を考えているのかは想像出来たはずだった。
全員が乗ったからなのか、車はゆくりと動き出す。警察の犯人護送車に偽装しているからなのか、走る車に誰もが違和感を持つ事は無かった。
「全員その場で待機。命令があるまで動くな」
指揮官の言葉に誰もが車から降り、そのまま気配を隠しながら周囲に潜んでいた。男達の視線の先にあるのは破軍学園の校舎。とある計画を掴んだが故に起こした行動は、当初の予定を容易く崩壊させる物だった。
「行くぞ」
男が呟いたのは一言だけだった。本来であれば有りないはずの破壊音。それが一つのキッカケとなっていた。
突然の音で誰もが浮足立つ。そこを襲撃するかの様に男は自身の持つ銃の安全装置を外していた。
狙いを付けるべく照星の先にあるターゲットに視線を移す。素人であれば確実に葛藤する様な場面であっても、男はまるで日常だと言わんばかりに引鉄を軽く引いていた。
一発の銃声と同時に照星の先にあった人間が赤く染まり、その場に倒れる。それが事実上の合図となり、その場にいた全員が学園内部へと雪崩れ込んでいた。
「官房長官!」
官邸の中は突如として飛び込んで来た情報に蜂の巣を突いた様な状態に陥っていた。
破軍学園襲撃。国営の、それも魔導騎士養成の教育の場にテロリストと思われし集団が侵入した一報は官邸内部を駆け巡っていた。
本来であれば伐刀者が大量に居る場所に行動を起こす事がどれ程危険な行為なのかは言うまでも無かった。
只でさえ破軍学園には『
だからこそ飛び込んで来た情報に時宗も驚いた様子を浮かべている。何時もの様な表情ではなく、焦りから出た表情にその場に居た誰もが状況の深刻さを知る事になっていた。
「警察と軍は?」
「それが………」
「まさかとは思うけど……」
時宗の言葉に情報官は言葉を濁していた。本来であれば有事の際には真っ先に動くはずの組織が沈黙している。
本来であれば政治家は民主主義に基づき選出されている。当然ながら国民の代表でもあり、万が一の際にはそれなりの権利を行使する事も出来る。その組織の事実上の頂点に入り官邸の指示を拒むのは、公僕の立場では容易な話ではなかった。
如何に官房長官としての権利を行使したとしても肝心の命令組織が麻痺すれば、全てに意味が無くなる。これまでに内偵をしていた為に何となく動きがある事は知っていたが、まさかここまでだとは思っても無かった。
「警察庁長官と軍の長官は何と答えた?」
「……その……本件に関しては、総理から訓練であるとの辞令が出ているとの事です。伐刀者であれば実力で排除できるはずだとも聞いているそうですので」
情報官の言葉に時宗は目を細めていた。普段はおどけた言動が多いが、真っ先に行動に移す際には容赦という概念が消える。そんな時宗を良く知るからこそ、情報官もまた無意識に躰が震えていた。
容赦しないのであれば、後に残るのは死屍累々とした光景だけが残される。今回の件に関しても、幾ら事前に情報が来ているからと言って一切の確認すらしないのは、完全な職場放棄。
これが何のかは考えるまでも無かった。情報官の脳裏には粛清の二文字が浮かんでいた。
「伐刀者ね………主戦力が不在の学園には、事実上の素人しか居ないのに、どうやって排除するんだろうね」
時宗の言葉に誰もが返事をする事は出来なかった。実際に寧音がKOKの関係で移動するのは少しでも関心があれば誰もが知りうる事実。それと同時に、七星剣武祭の件で何かと煩わしい事がある事も知っている。そうなれば万が一が起こっても手を施す事は出来ない。
当たり前の対応すら出来ない組織に、口調こそは何時もと同じだが時宗は内心激怒していた。
「まぁ……職務怠慢の件は後日にしよう。それと、警察と軍は無理でもマスコミだけは対策しておいて。色々と面倒な事になり兼ねないからね」
「承知しました」
時宗の言葉に情報官は慌てて外へと走り出していた。この部屋には時宗以外には秘書官しか居ない。先程までの騒乱は嘘の様に静まり返っていた。
「さて……と。どうやら小太郎の言う通りになったみたいだ。悪いけど、直ぐに頭領に連絡してくれる?」
「報酬はどうされますか?」
「そうだね………折角だし、警察と軍の予算から少し貰おうかな。報酬は……五十億。既に被害は出ているだろうから、特化B対応で良いかな?」
「被害の度合いにもよりますが、現在は破軍に動ける人間に限りがあります。B対応となったのであれば報酬の上積み、若しくはC対応で無ければお受け出来兼ねます」
「君も中々やるね。風魔じゃなくて、僕に仕えてくれないかな。こう見えて無能が多すぎて大変なんだよ」
「申し訳ありませんが、そのお応えに応じる事は出来ませんので」
「そう。ふられちゃったか。じゃあ、報酬は七十億。対応はBで。無理ならCでも報酬は変動なし」
時宗が言うのも無理は無かった。元々ここまで情報を深く知るには相応の力が必要だった。
当然ながら官僚程度にそんな能力は無い。偏に風魔の草による情報収集能力による物だった。
既に秘書官は隠し持っていた通信機で通信を開始している。警察も軍も動きが鈍いとは予想したが、まさか動かないとは思っていなかった。
内調が掴んだ情報からすれば、今回の思惑には想定外の何かが関与している可能性もある。責任論が噴出する前に、一刻も早い処断が時宗に要求されていた。
「承知しました。現在、直ぐに派遣出来るのは『青龍』だけとの事です。なお、小太郎より条件についての変更があります。一部、こちらとの依頼に被る案件がある為に、場合によってはそちらを優先させるとの事です。なお、報酬に関してもランクに関しても問題は無いとの事です」
「了解。そっちにも都合があるなら優先してくれれば良いから」
仮に最悪の展開になったとしても、それを切り抜ける方法は幾らでもある。実際に時宗からすれば学園には
届いた情報が正しければ、それなりに被害が出るのは間違いない。世間に対してどうやって取り繕うかを優先したからなのか、時宗の感情には先程までの怒りの感情は消え去っていた。
「了解した。直ぐに現場に急行する」
龍玄が一言だけ告げるとそのまま通信は切れていた。突如として飛び込んで来た情報は以前に小太郎と朱美からも示唆されていた内容。高額報酬の名の通り、七十億は高額だった。
本来であれば学内に居る予定だったが、今日は急に入った予定の為に龍玄は破軍から離れた場所に居た。
加速の為にバイクのアクセルをワイドに開く。エンジンではなくモーターだった為に、その速度を瞬時にトップスピードにまで達していた。
限界値まで振り絞るも、モーターの回転音だけが僅かに聞こえる。既に装備したからなのか、今の龍玄は誰もがバイク用のツナギを着ている様にしか見えなかった。
《緊急依頼を受託しました。追加報酬は十億です》
「追加依頼か。内容は何だ?」
《要人の護衛です。先程の報酬に関しての内容になります。対象者は貴徳原カナタ。財団よりの緊急依頼となります》
オペレーターの言葉に運転をしながらも龍玄は疑問を浮かべていた。
伐刀者でもあるカナタの護衛の意味が分からない。ましてや情報が正しければカナタは護衛されるのではなく、寧ろ前線に出る側のはず。緊急依頼と言うのであれば相応の内容である事に間違いは無かった。
「詳細を教えろ」
《現在、破軍学園にはテロリストと思われる集団による襲撃を受けています。現時点で判明しているのは伐刀者が六、それと一般の兵士は十二です。用意された銃器は詳細は不明ですが恐らくは
「これも特化Bか?」
《本件に関してはBで問題ありません。その為に、先に出た依頼に関してはBもしくはCでの対応で問題は無いとの事です》
「そうか。了解した」
《ではご武運を》
無機質に響く音声に龍玄は今後の予定を少しだけ変更していた。
元々今回の依頼は緊急ではあるが、予測された物。当然準備も万端だった。
唯一面倒なのは寮の自室にある武器の取得だけ。仮に相手が所有している物が自分達の求める水準をクリアしているのであればそのまま利用すれば良いと考えていた。
そもそも特化B条項は負傷しても構わないが、命だけは助ける事が前提の内容。Cに関しては生死を問わずだった。何も知らない生徒からすれば今回のケースは相応のトラウマを生むかもしれない。しかし、元々が予備役に相当する様な部分がある為に生徒が今さらどうなろうと龍玄からすれば大した問題ではなかった。
寧ろ、カナタの護衛B条項の方が確実に面倒になる。立場を考えれば生徒会役員は率先して今回の襲撃の収拾をする事が予測出来るからだった。
これが何時もと同じ様に動いていれば確実に依頼は不履行になるが、幸か不幸か龍玄が直ぐに移動できる最中での内容。既に依頼が出たからには『青龍』としての役割を果たすだけの話。
そんな取り止めの無い事を考えながら龍玄は運転に集中していた。
破軍学園襲撃は当初の予定通りにスムーズに行われていた。
恐らくは警察や軍が出動する事は無いはず。それが事前に聞かされた情報だった。
自分達の力を示す為に襲撃をする。その結果を持って自分達が七星剣武祭に堂々と出るはずだった。
その前提にあるのは被害が殆ど出ない程度の結果。そんな計画はものの見事にぶち壊されていた。
「餓鬼だろうが関係無い。出来る限り生かすだけで良い。後の事は考えるな」
指揮官と思われる人間は確かに自分達の後方支援として来る事は事前に聞かされている。その役割は最悪の展開での陽動。それが主目的のはずだった。
しかし、現実はそんなに甘くはない。指揮官の言葉に兵士然とした人間は持っていた自動小銃をそのまま撃ち込んでいた。
生徒の大腿に激しい損傷を作り、大量の赤を撒き散らす。そこにあったのは単なる惨状だった。
血の臭いが周囲にゆっくりと充満する。時折教員と思われた人間も見たが、その殆どは胸や腹部から夥しい赤を散らし地面へと沈んでいた。
「そこのお前。命令には無かったはずだが?」
「命令?蹂躙する事が命令として下っている。お前達の事と我々との事は関係ない」
「誰が言った?」
「貴様には関係の無い話だ」
今回の襲撃の手引きをした平賀玲泉は無機質に答えた兵士の言葉に疑問を持っていた。
元々今回の襲撃で人的被害を出さない事が前提であったはずが、これでは完全なるテロ行為でしかない。幾ら行政を抑えたと言っても、この惨状で大人しくする様な国では無い事を誰よりも理解していた。
気が付けば周辺には学園の制服を着た生徒が横たわっている。当初の計画から大幅に狂ったのが何なのかを知る必要があった。
兵士の様子に澱みは無い。自分の様に糸を使えば、確実に何らかの痕跡が残るはず。しかし、この兵士にはそれが一切感じられなかった。
自分の理解が及ばない何かが今回の計画を歪ませている。道化師として出たはずの役割は既にテロの首謀者となっている可能性が残っていた。
「因みに人数を聞いても?」
「必要無い」
「依頼したのは我々だったはずでは?」
「それは聞いていない」
「今回の目的は?」
「貴様らが知る必要は無い」
玲泉はそれ以上の会話をする事は出来なかった。
突如として兵士は自分に銃口を突きつける。威嚇射撃など生温い行為は最初から無かった。向けた瞬間に光るマズルフラッシュ。玲泉は三発の銃弾をその身で受け止めていた。
銃撃の衝撃でそのまま後方に吹き飛ばされる。本来であればそれで終わり背中を見せるはすだった。
「それは伐刀者の様だな」
「はっ」
「息の根を完全に止めろ」
通信機から聞こえる音声は死刑執行。衝撃の余りに飛ばされたその体躯には連続して銃弾が撃ち込まれていた。
大腿ではなく胴体に幾度となく撃ち込む銃弾。地面に横たわった体躯は幾度となくその衝撃で跳ねていた。
銃声が止むとそのままこちらを注視ながら移動する。確実に息の根を止めたと判断したからなのか、玲泉の死体をそのまま放置し、兵士はその場から去っていた。
「どうにも分からない事が多すぎますね。どこで今回の事が漏れたんでしょうか」
銃弾を撃ち込まれ、絶命したはずの冷泉はゆっくりと起き上っていた。その身には胴体に幾つもの弾痕が残っている。
本当の意味で人間であれば確実に死亡している量。まるで先程の行為が無かったかの様にゆっくりと周囲を眺めていた。
「作戦の検証はこれ位にしましょう。さて、私もこれから少しだけ働きますか」
朽ちた肉体をそのままに、再度周囲を確認する。校舎の内部がどうなっているのかは分からないが、時折聞こえる悲鳴が現状を物語っていた。
周到に用意された作戦が正体不明のイレギュラーで崩壊している。
ここからどうやって修正するのが得策なのだろうか。
味方だと思ったはずの後方支援は自分達にとっても敵でしかない。厄介事はその時に考えれば良いとばかりに当初の目的を果たさんとしていた。
しかし、玲泉はここで致命的なミスを犯していた。
この後数分でもこの場に居れば、今回の去る程度の未来が予測出来ていた。
二つのイレギュラーによる作戦の大幅な変更。未来を予測出来ない以上はある意味では仕方の無い判断だった。
「どうなってるんですか?」
「いえ。私達もわかりません」
職員室では情報の収集の為に数人の教員が集まっていた。
実際に校舎にはまだ被害は無いが、少なくとも現状は最悪の一言だった。
黒乃や寧音が居れば打開策の一つもあったかもしれない。しかし、戦場の様になった今、自分達が下した作戦がそのまま生死を分けるかと思うと、胃の辺りが締め付けられる程だった。
一人の職員が無意識の内に有里に視線を向ける。何時も青白い顔色は、更なるストレスを与えたからなのか、命の炎そのものが消えそうに見えていた。
「外部への連絡は?」
「電話線は繋がりません。それと外部への信号も邪魔されているからなのか、繋がる様子はありません」
「となれば警察や軍への連絡は困難だと言う事になりますね」
有里を含めて職員達は何も知らなかった。
仮につながった所で要望のそれが動く事は無い。元々教員の殆どは実戦経験を持たない人間が殆どだった。
幾ら教育としての実戦をしても、戦場に於ける実戦は大きく異なる。遠くから聞こえる銃声と続く悲鳴。教員らに出来る事は限られていた。
「………襲撃してきた人数を知っている方は居ますか?」
「折木先生。まさかとは思いますが………」
「このままここに居ても意味はありません。それに生徒達の悲鳴が聞こえるこの現状で我々が何もしない訳には行きません」
「ですが………」
突然の有里の言葉に教員の殆どは言葉を濁していた。
伐刀者としての経験の中で銃撃に対する防衛の仕方はこれまでに何度か経験している。
当然ながら一対一であれば恐らくはどうにでも出来る内容のはず。しかし、今回に関してはその前提が大きく違っていた。
一ではなく複数。それも襲撃者全員が銃火器で武装している。自分の知覚の範囲外からの攻撃をされれば待っているのは自身の死。
夥しい銃撃の中に飛び込むのはある意味では自殺行為でしかない。誰もが有里の言葉の意味は察するが、おいそれと動けなかった。
刻一刻と時間が経てば被害は確実に拡大する。一時間程前までは平和そのものだったはずの学園は突如として、その空間を容易く破壊されていた。