英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第40話 予選会終了

 理事長室では今回の予選会の結果が総ざらいされていた。

 結果的には完全実力制度と言う厳格な基準で判断された物。その結果をもって七星剣武祭の本戦に赴く選手が決定される運びだった。

 前年とは正反対の結果に、本来であれば理事会を開催し散々協議した結果をもたらすのが通例。しかし、乞われた結果として就任した新宮寺黒乃からすればそれは些事でしかなかった。

 本戦での長きに渡る体たらくによって今に至る。当然ながら古参の理事に発言力は無い。

 結果をもたらす為の手段だと言う大前提の前には、くだらない矜持は無きに等しい結果でしかなかった。

 

 

「今回の件ですが、私にその資格はありません」

 

「……そうか。参考までに聞きたいのだが、どうしてそう考えた?」

 

「今の私では実力以外にも劣る部分が多分にありますので」

 

「例の件か?」

 

 黒乃の言葉に刀華の肩は僅かに揺れていた。

 例の件が指す行為は一つしかない。それを言外に理解していると言う表情を見せている以上、刀華に反論の余地は無かった。

 

 

「その件であれば、非はこちらにあります」

 

「誰もそんな事を一々言うつもりは無い。ただ、それを除外したとしてもか?」

 

「はい。今の私には師からも言われましたが、完全に力不足です。自分の行動を優先する様な人間に全体を纏める事は出来ません」

 

「………そうか。そこまで言うのであれば、他の人間にするしかないな。因みに誰ならば良いと思う?」

 

 黒乃の表情には怒りは無い。実際に刀華の状況を知ったのは、最終戦の怪我の治療の為に全身をスキャニングした結果、程なく発覚していた。

 怪我の度合いと失った血液量に大きな隔たりがあった。実際に会場内に撒き散らした量と、これまで学園が保管したデータに明らかな差異がある。当然ながら治療をしながらもくまなく調べた結果、導き出されたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性だった。

 これまでに伐刀者としての側面を持つ生徒のデータは学園にも保存されている。万が一の際にはそのデータを基に治療計画を立てる為だった。

 

 当然ながらイレギュラーがあれば、その可能性を自動的に見出す。余程の事が無い限り、貴重な伐刀者を学園が失うのは国の利に反する事だからだ。

 本来であれば貴徳原の病院で治療したものの、届け出をしないのは明らかな違反。今回に限ってだけ言えば、刀華の命に別状が無ければ問題視する必要も無かった。

 しかし、試合の結果もたらされた状況は確実に救命措置を要求している。刀華のバイタルデータが危険水準にまで落ち込んだからだった。

 だからこそ、一命を取り止め現場復帰できる今、事実が何なのかを黒乃もまた知りたいと思ったからだった。

 

 

「黒鉄君が適任かと思います」

 

「ほう。それは本心なのか?」

 

「はい。それ以外には無いと思います」

 

 刀華の強い意志が籠った視線は、黒乃を射抜くかと思う程だった。

 口にした事実はこれまでの数字と予選会の結果を純粋に考えた末の判断。それが正しいのか、それとも間違っているのかを判断するのではなく、純粋に自分の戦績を考慮した結果だった。

 

 

「そうか………てっきりお前の事だから、他の人間の名前が出るかと思ったんだがな」

 

「理事長が何を考えているのかは分かりません。ですが、予選会の全てが終わった今、誰かを代表として推薦するのであれば必然的に決まりますので」

 

「つまらない事を聞いたな」

 

「いえ。我が学園が頂きを目指すのであれば、当然ですから」

 

 黒乃が何を言いたいのかは刀華とて理解していた。実際に予選会の数字だけ見れば確かに刀華の言葉が正論だった。

 しかし、内容を吟味すればその意味は大きく異なる。それは教育者として考えれば間違いではあるが、伐刀者として見ればその限りではない。

 黒乃の真意は刀華とて理解している。しかし、純然たる数字を出されれば、それ以上の言葉は野暮でしか無かった。

 

 

「そうか。忙しい所済まなかったな」

 

「いえ、ではこれで失礼します」

 

 刀華は頭を下げると同時にそのまま理事長室を退出していた。

 元々呼ばれた内容が内容だった為に、それ以外の事に関して言及する事は何もなかった。

 扉が閉まる音だけが廊下に響く。これまで長きに渡って繰り広げられた予選会は完全に終了していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静まり返った空間に、誰もが息をする事すら忘れたかと思う程に静寂だけが漂っていた。

 咆哮の先にあった刹那の攻防をまともに見た人間は数える程しかいない。その過程がどうであろうとも、観客席の眼下に広がる光景は互いの状況を示していた。

 

 横たわる二つの躰。撒き散らされた赤の中心にあったそれは、辛うじて息が残る程だった。

 これまでに伐刀者同士の戦闘がどんな物なのかは、学園の生徒に限った話ではなく、一般の人々も画面を通じて見ていた。

 派手に繰り出される異能を武器に、見た目のインパクトはまさに圧巻と呼べる程。ましてやこの学内の予選会であっても、その限りでは無かった。

 

 実際に予選会上位の人間の大半は類稀なる才能を活かすかの様に抜刀絶技を繰り出し、対戦相手を下す。それが今の主流でもあり、またKOKにおけるプロも同じだった。

 しかし、その中で異彩を放った人間が二人だけ居た。

 黒鉄一輝と風間龍玄。この二人に関してだけはその限りでは無かった。

 

 純然たる戦闘能力だけで相手を下し、抜刀絶技もまた身体能力の嵩上げしかされていない。もう一人に関してはその異能すら使う事無く相手を下していた。

 そんな戦いを頭の片隅に置いたとしても、目の前で先程まで行われた戦いは異質だった。

 黒鉄一輝は仕方ないが、相手となった東堂刀華はその限りではない。

 雷を使うそれは『雷切』と呼ばれる程。当然ながらその対比がどうなるのかも注目の的だった。

 しかし、そんな思惑は最初の段階で崩れ去っていた。お互いが同じ行動に出たからなのか、静かな開戦はお互いの様子を牽制しあっていた。

 そこに派手な演出は何処にもなく、近代では早々無い剣技のみの戦い。異能の欠片は所々にあったものの、この戦いが初めて見る人間からすれば伐刀者の戦いであると判断出来ない程だった。

 

開幕から始まった戦闘はお互いの隙を常に狙うからなのか、剣戟すらも起こらない。

目の肥えた人間であれば互いの攻撃が見切りをつけている事を理解するが、素人然としていた人間からすれば地味な物だった。

 互いの醸し出す重圧に、中間にある空気が重く感じる。そんな刹那の攻防の結果が今の状態だった。

 

 

「直ぐに治療をするんだ!」

 

「早く運び出せ!」

 

 静まり返った空間を維持出来たのは、僅かな時間だった。

 瞬間を捉えた画像は無いが、今の両者が沈んでいる赤を作り出しているのは紛れも無く互いの体内から出た物。だからこそ早急な治療が必要とされていた。

 静まり返った空間に怒号が響く。ここで漸く目の前の事態が認知され始めていた。

 

 

 

 

 

「あれの正体を考えれば当然の結果………か」

 

 黒乃は誰も居なくなった理事長室で、紫煙をくゆらせながら独り言のように言葉にしていた。

 本来であれば刀華がやった事は重大な違反とも取れる。しかし、現場がどこであるかすらも分からない以上は追及をしても無意味でしかなかった。

 お互いが合意の上でやっているのであれば未だしも、明らかに一方的なそれは加害者ではなく、寧ろ被害者。

 刀華と一輝が対峙している際に黒乃は突如現れた寅次郎の対処に追われていた。『闘神』の異名は伊達ではない。

 年齢を重ねれば確実に衰えがくるはずの剣は、寧ろ年齢を重ねた事によってさらなる昇華へと至っている。黒乃もまた寅次郎の剣氣に当てられた一人だった。そんな人間が目の前で戦う弟子の話ではなく、一人の青年の事を口にする。

 だからなのか、虎次郎の発した言葉がどれ程の意味を持つのかを改めて考えていた。

 

 

 ───あれ程までに武に愛された人間は見た事が無い。少なくとも学生如きが適う相手ではない。闘神リーグの上位であっても足元にも及ばんだろう

 

 

 龍玄の正体が風魔の人間であると仮定すれば、ある意味では当然の事だった。

 学生の間に戦場を経験する事はある意味では貴重な物。実際に学生が投入される場面は、ほぼ勝利を約束した様な状況が殆どだった。厳しい戦いの中で投入すれば、万が一が起こった際には派遣を決めた連盟に批判が集中する。実際に刀華とカナタが鹵獲された一報は、一部の人間以外に知らされる事は無かった。

 

 部隊全滅と同時に身柄は保全されている。それが誰の手によってではなく、生存している事に大きな意味があった。

 刀華の口から該当人物の名前が出れば一笑に伏して突っぱねたかもしれない。しかし、実際に出たのは黒鉄一輝の名。

 星取の数だけを見れば妥当な話だった。

 自分は私闘の末に敗れている。だからこそ資格が無い。言外に出た感情はそのままだった。

 幾ら理事長と言えど、憶測で物事を進める訳には行かない。仮に強引に押し込めば待ってるのは絶望の未来。

 不意に寧音の言葉が蘇っていた。

 自分がその立場になった場合、本当の意味で冷静になれるのだろうか。そんな取り止めの無い考えだけが過っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理事長は何だったの?」

 

「うん。例の件の打診」

 

「やっぱり断ったんだ?」

 

「うん…………って、何でうた君が知ってるの!」

 

 生徒会室には珍しくカナタと泡沫以外の役員は居なかった。恐らくは雷と恋々は気を利かせたからなのか、刀華が呼ばれる前には席を外していた。

 実際には何を思っているのかは分からない。結果的には両者KOの為に引き分けが対外的な結果となっていた。

 そんな状況で呼ばれたとなれば可能性は一つだけ。刀華に鎌をかける必要も無く、単純に考えれば分かる話だった。

 

 

「いや、何となくだよ。それに試合前に顔色が悪かったんだから、大方体調不良か何かを悔やんでかと思ったんだけど」

 

「まぁ………そんな所かな」

 

 泡沫の指摘に刀華の目は僅かに泳いでいた。実際に泡沫の言っている事に間違いは無い。ただ、その原因を誰が作ったのかは横にしてだった。

 

 

「でも引き分けだったなら問題無かったんじゃないの?何で辞退したの?」

 

「まだ未熟だって分かったから」

 

「ふうん。本当に?」

 

 何時も以上に泡沫の追及は厳しかった。それは罪を断定する為なのか、それとも他の何かがあるからなのか。本人以外にそれを知る術は無かった。

 

 

「泡沫君。それ以上は刀華さんも困りますよ。それに、今回の件で刀華さんが意見をしたとしても、決定するのは理事長ですから」

 

「ひょっとして、カナタも一枚何か噛んでる?」

 

「いえ。ただ事実を述べただけですよ」

 

 刀華とは違い、カナタは完璧なポーカーフェイスだった。学生とは言え、企業の代表を務め、魑魅魍魎が住まう社交界に身を置く側からすれば泡沫の言葉はまだ優しかった。

 声から感じる感情は疑念ではなく、どちらかと言えば拗ねている様にも感じる。

 泡沫の能力を使えば、間違い無く刀華は万全の状態で臨める。それを考慮しなかったからだとカナタは何となく考えていた。

 

 

「でも、カナちゃんが言う通り、理事長が最終判断をするんだから、それでも言われれば提案は受けるよ」

 

 黒乃の性格からすれば自分が辞退すれば、その役目は一輝に向かう事は容易に想像出来ていた。

 一年とは言え、実際には二年次の生徒。昨年の置かれた環境であったとしてもそこから這い上がるその精神は、どちらかと言えば好まれやすい物。

 打算はあるかもしれないが、その方が何かと都合が良いとも考えていた。

 実際に自分の私怨で他の人間の手を借りる訳には行かない。本当の事を言えばカナタの手助けもまた不要だと考えていた。

 しかし、自分の友人が倒れている場面で何もしないはずがない。私怨から来る決闘じみた戦いで周囲を巻き込むのは刀華にとっても避けたいと思うからだった。

 

 

「僕は別に責めている訳じゃ無いんだけどね」

 

「うた君の気持ちは有難く受け取っておくよ」

 

「そう……だったら形で示してもらおうかな」

 

 突然の提案に刀華は珍しく狼狽えていた。

 実際に泡沫がそんな事を言う事は、これまでに一度も無かった。当然ながらその言葉に何となく含みがある事は分かる。しかし、その真意が何なのかを判断するだけの材料は何も無かった。

 

 

「それって…………」

 

「心配かけたんだから、偶には刀華の奢りで食事でもどうかと思ったんだけど」

 

「……そう」

 

「ほら、以前に行ったあの和食の店はどう?」

 

「……えっ。それって………あの店だよね」

 

「他にどこがあるの?」

 

 泡沫の笑顔に刀華は僅かに口元を引き攣らせていた。食事と言うからにはそれなりになるのは当然の事。ただし、それが学生が行くと考えるには適切かどうかは別の話だった。

 この笑みは刀華だけでなくカナタにも覚えがあった。

 以前に生徒会で言ったあの店は実際にはかなり高額の部類に入る。勿論、単純に高いだけの店とは違い、値段と質は相応の物。口ではああ言ってたが、泡沫は随分と気に入っていた。

 当然ながら値段は小遣いで行くような所ではない。刀華もまた値段を考えないのであれば再度行ってみたいと考えた事もあった。

 基本的に刀華はカナタの所でアルバイトをしている事もあり、全くダメではない。

 しかし、気軽にそうだと言える程に懐に余裕がある訳でも無かった。

 確実に大きな札が数枚、瞬時に飛んでいく。そんな事を知っているかの様に泡沫は笑顔のままだった。

 

 

「……あの、うた君。冗談だよね?」

 

「冗談にしたい?」

 

「出来れば」

 

 そこには生徒会役員と言った雰囲気は全く無かった。

 まだ小さな子供の頃からの繋がりそのままの流れは、どちらかと言えば『若葉の家』に近い雰囲気を持っていた。

 だからこそ、心が僅かに緩む。だが、その雰囲気はそれ程長続きはしなかった。

 

 

「刀華。僕には本当の事を言って欲しいんだけど、何か途轍もない相手と戦っていない?」

 

 泡沫は笑顔のままで刀華に質問していた。

 途轍もない相手が何なのかは予想するまでもない。だが、それとこれがどう繋がるのかは何も分からなかった。

 緩んだ空間が瞬時に冷徹な環境へと変化する。先程の笑みとは違う種類のそれは、刀華の身を引き締めていた。

 

 

「どう言う事?」

 

「……刀華は気が付いてなかったみたいだね。実は数日前から僕の周辺に嫌な雰囲気が漂っていてね。隠形と言うには少しばかり様子が違ったてから、気になってたんだよ」

 

「隠形………」

 

 泡沫の言葉に刀華の心臓は大きく跳ねていた。

 隠形で予測出来る事に心当たりがあり過ぎていた。だからと言ってそれが本当に正しいのかは分からない。完全な正解を求めるのであれば当人に聞くよりなかった。

 苦々しい記憶と自分がやった事による代償。予感だけはしたからなのか、刀華は自分の考えが正しいのかを確認する為に泡沫に聞くよりなかった。

 

 

「実際には自分達の存在を敢えて知らせている様にも思ったんだけど、僕自身には心当たりが無くてね。正直な所、暫くは生きた心地はしなかったよ」

 

「い、今は…………」

 

「それはもう感じない。まるで最初からそうする事を目的としたんじゃないかと思うんだけどね」

 

 泡沫の言葉に刀華はある意味では正解を導いていた。

 敵対したが故に監視していたとなれば泡沫だけの話ではなくなる。恐らくは『若葉の家』にも同じ事が起きている可能性があった。

 因果干渉系統の異能を持つ泡沫の力はある意味では未知の部分が多く、また結果として発揮する事が出来る珍しい物だった。

 当然ながらその範囲は幅広い。自分の中で可能な物は問題無いが、確実に出来ないとなれば話は別。

 態々そう言うのであれば、仮に襲撃するならば泡沫の存在は完全に無くなっていた可能性が高かった。心臓の鼓動が僅かに早くなる。刀華の視線は無意識の内にカナタへと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「参考までに教えてくれませんか?」

 

「何をだ?」

 

 唐突な質問に、龍玄は訝しげにカナタに目線を移していた。

 本当ならばこんな状況で聞くべき話ではない。しかし、あの時の刀華の表情を思えばカナタとて事実を聞くよりなかった。

 幸いにもこの空間には自分と龍玄だけしかいない。それならば思い切って聞いた方が早いと判断した結果だった。

 

 

「御祓泡沫君の事です」

 

「ああ。あの生徒会役員の人間の事か。それがどうかしたのか?」

 

 龍玄がカナタに視線を向けたのは一瞬だった。二人は今、移動の為に車内に居る。

 移動しているだけでなく、密閉された空間だからこそ周囲に気を使う事無く話をしていた。

 運転中だからなのか、龍玄が再度カナタに視線を向ける事は無い。ただ前だけを見ながら話を続けるだけだった。

 

 

「ひょっとしてですが、周囲に監視を付けていたんですか?」

 

「監視?ああ、その件か。監視と言えばそうかもな」

 

「何故そんな事をしたんですか?」

 

「愚問だな。それをお前に言う必要は無い」

 

「どうしても知りたいんです。教えてくれませんか」

 

 実際にはそれ以上言うまでもなく風魔が関係しているのは直ぐに分かっていた。

 口にしなくとも何となく予想出来る。しかし、刀華は元々孤児院の出身の為に肉親と言う概念は無い。

 確かに泡沫は身内の様な物だが、実際には違う。少なくともカナタはそう理解していた。

 だからこそ疑問が生まれる。

 何をどうしたのかを考えるのはある意味当然だった。藪を突く様な真似はしないが、出てくるのが只の蛇ならまだしも、確実に死を招く猛毒を持っているのであれ話は別。

 聞くのが当然だと考えたからなのか、カナタの口調は少しだけ厳しくなっていた。

 

 

「部外者に言う必要は無い。どうしてもと言うならば小太郎にでも聞くんだな」

 

「どうしてそんな事を言うんですか。私はただ、知りたいだけなんです。でないと…………」

 

 元々風魔が一般との接点を持つ事はこれまでに一度も無いと言っても過言ではなかった。

 事実、カナタとてその存在を知ったのは戦場から帰ってきてからの事。自分の父親は知っている様だったが、あの反応を見る限りそれもまた完全とは言い難い物だった。

 だからこそ、龍玄の冷たい言い方がカナタに疎外感を持たせる。小太郎の名前が出た時点で、カナタが話をしている相手は風間龍玄ではなく、風魔の四神『青龍』だった。

 

 

「勘違いするな。お互いにメリットがあるからこその関係の人間に、我々の事を詳しく言う必要は何処にも無い。そもそも身内以外には言うつもりは無い。恐らくは朱美に聞いても同じだ」

 

 見えない何があるかの様に言い方にカナタは少しだけショックを受けていた。何かと近く親しい関係のつもりが、今の言葉で明確に線引きされている。

 当然ながら今の青龍に話す為にはカナタが今のままではダメであると言われた様にも思えていた。

 

 

「朱美さんもですか?」

 

「当然だ。あれはあんな性格だが、基本は同じだ。交われない人間と深く繋がらないのであれば表面的な関係にしかならない」

 

「表面的……なんですか?」

 

「少なくとも俺はそう考えている。気になるなら本人に聞いてみるんだな」

 

 カナタはこれまで風魔との付き合いの中で朱美は少しだけ毛色が違う扱いをしていた。元々同性である事もそうだが、なによりも話をしても楽しかった。

 実際に護衛に就くケースも多い為に、割と気軽に話をしている。まるでそれすらも嘘だと言わんばかりの言葉ににカナタは少しだけ混乱していた。

 しかし、そんな話の中で時折感じる疎遠感の意味もここで漸く理解出来る。

 話と性格からすれば随分と懐が広い様に感じるのは演技なのか素なのか。カナタは少しだけ寂しさを感じていた。

 

 

 

 

 

 流線形を描くボディに誰もが一度は視線をそれに動かしていた。周囲の目が捉えたのは一台の車。

 音も無く動くそれは、ある意味では特別な物だった。

 高級なクーペを予感させるそれは、少なくとも国内で見る事は早々無い。普段であれば無関心を装う人間でさえも、一瞬だけでも視線を奪われている。珍しいそれに誰もが遠くから見ていた。

 停止した車から降りたのは一組の男女。お互いが見られる事に慣れているのか、それとも眼中に無いのか、平然と停止した店の前からそのまま中へと入っていた。

 

 

 

 

 

「どうでしょうか?」

 

「それでも良いと思うが?」

 

「折角ですから選んでくれませんか?」

 

 会話だけ聞けば普通のカップルが服を選んでいる様にしか聞こえなかった。

 実際にその通りではあるが、少しだけ普通とは違っていた。この店はカナタが普段から利用するプレタポルテを主力とする店。特別な装いをするオートクチュールとは違うが、それでも金額は桁が違っていた。

 既に店員は慣れた手つきで次々と候補の服を持ってくる。常に開け閉めが続く更衣室の前には面倒な感情を隠す事無く立っていた龍玄の姿があった。

 

 

「あれは普段着だったんだろ。だったら似たような物で良いんじゃないのか?」

 

「……風間君。女心が分からないなんで野暮ですよ」

 

「俺には分からん世界なんでね」

 

 そんな取り止めの無い事を言いながらもカナタは幾つかの候補を眺めている。恐らくは迷った末の選択を決めて欲しいのかもしれない。

 幾ら分からないとは言え、龍玄もまたその意味は理解していた。

 今日のこれはデートではななく、以前に引き裂いた服の代わりを購入する為に来ていた。当然ながら龍玄が負担する事になる為に、カナタは珍しく悩んでいた。

 

 

「カナタ様でしたら、どれもお似合いかと」

 

「店員さん。面倒だからそれ全部にしてくれ。これ以上時間をかけても結果は出ないみたいなんでな」

 

「本当に宜しいのですか?」

 

 店員が確認するのは当然だった。カナタは貴徳原財団の人間でもあり、本人もまたVIPの部分がある。しかし、龍玄に関してはどちらかと言えばその辺りに居る学生と大差無かった。

 表に止まっている車を見れば少しは対応が変わったのかもそれない。しかし、それとこれが同じかどうかを判断するには材料が足りなさ過ぎていた。

 だからこそ、値段も確認せず試着するカナタの服がどれ程なのかを教える必要がある。気を利かせたつもりなのか、店員はそれとなく電卓で金額を示していた。

 

 

「問題無い。それと、これで払ってくれ」

 

「お買い上げ有難うございます」

 

 

 手渡した一枚のカードの色は黒だった。発行しているのは世界でも有名な会社。見れば直ぐに店員も理解する。だからなのか、そのまま恭しく奥へと消えていた。

 

 

 

 

 

「でも本当に良かったんですか?」

 

「俺がやった結果だ。詫びも入ってるんでな」

 

 重苦しい車内の空気は既に無くなっていた。実際に風魔の身内となる条件は小太郎に認められるかどうかでしかない。

 カナタ自身がどう思うかは埒外でしかなかった。

 此方が出した条件の事を一切言わないのは、龍玄が知らない可能性もある。ならば折角の状況を楽しもうと前向きに考えた結果だった。

 

 

「ですが、あの食事はそれなりだったと思いますよ」

 

「それは俺が食べたかっただけだ」

 

「だったらそうしておきます」

 

 既に食事を終えたからなのか、車内の空気はかなり弛緩していた。

 実際にはそれ程大きな変化はないが、当初に比べれば雲泥の差。カナタもまた少しだけ酒が入ったからなのか、機嫌は良くなっていた。

 今回の店もまた、どちらかと言えば隠れた名店の様な感じが漂っていた。会合で食べるそれは幾ら口にしても食べた気にはならず、飲んでも酔う事は無い。

 刀華達とは別でリラックスできたのは随分と久しぶりだった。

 隣を見れば運転をしているからなのか、前を向く龍玄の横顔が見える。そんな雰囲気だからなのか、カナタは少しだけ聞いてみたい事があった。

 

 

「予選会が全部終わりましたが、実際にはどうだったんですか?」

 

「予測通りの結果だ。面白味は無いな」

 

「でも、今のままだと本戦には出場出来ませんよ」

 

「所詮は学生だ。俺は一時的にここに居るだけの人間。そんな物を考える事は無いだろうな」

 

 冷たく感じる返答ではあるが、実際にその通りだった。

 予選会が始まる前に刀華が一番気にしていたのは龍玄との対戦だった。

 序盤こそは派手な戦いが続いたが、ふとした事から戦闘方法が大きく変わっていた。

 

 最小の行動で最大の結果をもたらす。それがまさに体現したかの様な結果だった。

 最小の行動で与えられたダメージは肉体の奥底にまで響く。本来であれば躰へのダメージは時間がかかるが、龍玄の攻撃は即時効果が出ていた。

 緩やかな動きから繰り出す致命的な一撃。だからこそ誰もが首を傾げる結果となる。

 正確にその意味を理解した人間は学園の中では殆ど居なかった。

 

 

「でも、多少は未練もあるんじゃないですか?」

 

「雑魚をどれだけ倒してもメリットが無い。ならば小太郎と戦った方がかなりマシだな」

 

 憤るはずの台詞を聞いても、実際には事実である為に、それ以上の言葉は何も出てこなかった。

 今回の戦いは事前の段階で黒鉄王馬が出る事が発表されている。国内A級の実力を持つ人間が戦う結果はある意味では注目の的。しかし、予選会でステラを下した龍玄もまた尋常ではなかった。

 ランクと実戦は別物。まさにその言葉が示す戦いはある意味では強烈な印象を残していた。

 

 

「恐らく私も本戦には出場すると思います。その際には手伝ってくれますか?」

 

「時間に余裕があればだな」

 

 昨年までのスケジュールを周到するならば、この後は壮行会が開催される。その際に今後の予定と、学内の代表の発表が控えていた。

 詳しい事は分からないが、刀華は黒乃に出場そのものも辞退を申し出ている。しかし、それが受け入れられるはずがなかった。一番頂きに近い人間を排除する可能性は限りなくゼロでしかないあ。実績を見ない方がどうかしていると考えるのは当然だった。

 恐らくはこれまでの事を考えれば本戦に出場はするが、団長は一輝がそうなる可能性が一番高かった。

 龍玄の負けが多かったのは、仕事が殺到した結果。カナタもまたそんな事情に一枚噛んでいた為に少しだけ申し訳ないと考えていた。

 過ぎ去った事はどうしようもない。今はただ前を向いて行動するより無いと、カナタは改めて自分に鞭をうつかの様に前だけを向く事に専念していた。

 

 

 


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