英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第4話 報酬の行方

 これまで長きに渡って続いた内乱は一瞬にして解決したと思う程にあっさりと現政権は白旗を上げる結果となっていた。

 そもそも今回の内乱で投入された伐刀者の部隊は死者十八名、行方不明者二名のまま幕を下ろしている。しかし、その事実知っているのは日本支部長の黒鉄巌だけだった。

 しかも行方不明者に関しては内閣官房長官の北条時宗の言によって生存は確定している。それが何を意味するのかは考えるまでも無かった。

 

 元々現政権だけでなく、与党全体が魔導騎士連盟の加入に関して懐疑的な部分を持っていた。事実、現在の世界情勢はこれまでとは違い大きく変化している。

 日本を中心として国際魔導騎士連盟には旧時代では大国と呼ばれた国の一部は参加せず、自分達が立ち上げた組織を運営している。これに関しては悪い訳では無いが、何かしらの依頼があった際にはトラブルの元に発展する可能性が高かった。

 元々大国ではなく、小規模な国程魔導騎士連盟に対し依頼するケースが多く、今回のケースもまたそれに近い物があった。

 報道では規制によって何も明かされていないが、一方的な全滅は日本にとっては大打撃を受ける事になっていた。その事実が一部の与野党に情報が流れた為に、非公式での国会党首討論会では物議をかもしていた。

 

 負担だけがのしかかる。従来の兵器とは違い、伐刀者は人材であり人財。伐刀者自体の数はあっても戦場に赴くとなれば適性が必要とされる。

 そんな貴重な伐刀者を一気に減らした事は与党にとっては厳しい材料ではあるが、世界情勢や世論からすれば態々負担だけを追う必要は無いとの議論に傾きつつあった。

 本来であれば内乱は現政権の一部の実力者の元でゲリラ一掃を目論んだ結果だが、反政府ゲリラの依頼した相手によってその思惑が完全に覆されていた。

 如何に与党と言えど一枚岩ではない。

 その結果、極秘裏に官房長官の北条時宗の手によって情報漏洩を起こしたと目される一部の政治家は与党の中心から密かにはじき出される結果となっていた。

 

 

 

 

 

「やっぱりニュースには書かれてませんでしたね」

 

「そんな事よりカナちゃん。この状況になじみ過ぎじゃ……」

 

 タブレットで海外のニュースサイトを眺めながら貴徳原カナタは横に置かれた南国特有の果物をふんだんに使用したジュースを口にしていた。

 見た目にそぐわない甘酸っぱさはここの雰囲気にもマッチしている為に、バカンスに来ている。そんな錯覚すら覚える程だった。

 既に内乱からは一週間が経過し、カレンダーは四月に差し掛かろうとしていた。

 本来であれあば、そろそろ学園で新入生に関する準備をしているはず。しかし、今の状況はそんな雰囲気は微塵も存在していなかった。

 ニュースを見ていた貴徳原カナタはこの季節に似合わない様なサマードレスを身に纏い、一方の東堂刀華もまた同じ様にワンピースタイプの大きな花がプリントされた服を着ていた。

 

 

「ですが、私達が出来る事は何も無いですよ。彼等の日程が全てですから」

 

「でも……」

 

「刀華さん」

 

「そう……だね」

 

 カナタに言われた事で刀華は既に諦めの境地へと達していた。一週間前までは混沌とした命のやり取りを戦場でしていたはず。しかし、今の二人の目の前にはそんな事すら虚構だと言わんばかりにリゾートホテルのプールが広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで我々の依頼内容は完遂だ。この後は少しだけ休息を入れて戻るぞ」

 

「小太郎。偶にはあそこに行かないか?」

 

「……そうだな。偶には良いだろう」

 

 カナタと刀華は拘束されたままではあったが、目の前で起こる事実に頭がついていかなかった。

 先程までの命のやり取りとは違い、既に終わったからなのか誰もが厳しい空気を剥がしていた。

 本来であればまだ警戒する必要はあるのかもしれない。しかし、これまでに見た鮮やかな行動がそれを一蹴していた。

 

 

「さて、お嬢さん達。暫くの間、我々に付き合ってもらおうか」

 

 小太郎の言葉に二人は頷くよりなかった。そもそも拘束されている時点で異論を挟む事は出来ない。

 これから連れられる所が一体どこなのかすら分からないままに、只着いて行くだけだった。

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました小太郎様。既に用意は済んでおりますので」

 

「そうか。済まないな」

 

「いえ。小太郎様あっての我々ですから」

 

 初老とも取れる執事風の男性に声を掛けられたからなのか、カナタだけでなく刀華もまた驚愕の表情を浮かべていた。

 刀華は気が付かないが、カナタはここがどこなのかを瞬時に理解していた。記憶が確かならここは社交界でもトップクラスの人間しか利用できないリゾート島。

 幾ら財力があろうが審査に通過しなければ利用する事が出来ない事で有名な場所だった。

 しかし、ここと風魔の接点がどこにも繋がらない。既に解かれた拘束だけでなく、この場所にどんな用事があるのかすら判断出来なかった。

 

 

「あの……私達が言うのも何ですが、拘束を解いて反撃し、逃亡するかもと言う考えが無いのですか?」

 

 これまでに見た事が無い光景だったからのか、刀華は思わず疑問を口にしていた。

 自分達がどんな扱いをされるのかが全く予測出来ない状況下でここに連れられている。

 身の安全に対する警戒だけでなく、命を簡単に消し去る様な人間がどうしてここに来たのかを疑問に感じた結果だった。

 

 

「反撃?逃亡?寝言は寝てからにしろ。ここに居る連中は皆が精鋭だ。貴様ら小娘二人の制圧など容易い。それに、ここの従業員もほぼ全員が伐刀者だ。嘘だと思うなら試しに挑むと良いだろう。それとも何か?腕や足の一本程度惜しく無いのであればそうするが」

 

 小太郎の言葉は独善の様にも聞こえるが、自分体が肌で感じる圧力は紛れもなく正しい事を証明していた。

 これまでに来た事があるはずのカナタでさえも、ここの施設を十全に知っている訳では無い。リゾート地である事は理解しているが、まさかこんな施設があるとは思ってもいなかった。

 

 

「そんなつもりではありません。ただ疑問に思った事を口にしただけですので」

 

 カナタは小太郎に関して一定の信頼を置いていた。

 戦場はどんな人間でも過度なストレスをため込む事が多く、また捕虜となった際に、どんな扱いを受けるのかは当然理解していた。

 

 そもそも戦場で捕虜を取るのは良策ではない。最悪は自分達の足枷になる可能性が高く、戦場に於いては役に立たないケースが殆どだった。

 それだけではない。女が戦場で囚われた後の末路は兵士の慰み者になるのがこれまで。幾ら世間や政府が否定しようが、戦場に出た人間であれば、むしろ当然とさえ考えていた。

 カナタも最初は気丈に振舞っていたが、内心ではその感情がいつ自分に向くのかと恐れていた。

 伐刀者とは言え、まだ高校に在学する一学生でしかない。今回の様な特別招集でこれまで戦場に出た事はあったが、自分がこうなるなどと思った事は殆ど無かった。

 そんな中での今回の状況は少なからず自分が戦場で生き残れたのは偶然に過ぎないとさえ考えていた結果だった。

 これまでにゲリラに属する人間からは下碑た視線を向けられる事はあったが、風魔に属する人間からはそんな視線は一度も感じていない。それが結果として一定以上の信頼を置く結果となっていた。

 

 

「ここには暫く滞在する事になる。今回の連盟が派遣した部隊の事実上の全滅は、恐らく国がその事実を隠蔽する事になるだろう。今戻ればそれすらも面倒事になり兼ねない」

 

 小太郎の言葉に今回の舞台裏を垣間見た瞬間だった。

 今回の当別招集は最初こそこれまで同様ではあったが、作戦が開始されてからは徐々に様相が異なり出してた。

 相次ぐ作戦の変更とそれに伴う部隊の再編。突如として変わった命令系統。今思い出せば違和感だけが残る結果。それはカナタだけでなく刀華もまた同じ事を感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、あれの交渉はどするつもりなんだ?」

 

「あれとは?」

 

「友人の件だ」

 

 周囲がリラックスしている傍らで、青龍は小太郎と例の救出に関する報酬の件で話し合っていた。

 元々貴徳原からの依頼は自分の娘の救出依頼であると同時に出来高払いだったからなのか、今回の報酬に関しては珍しく後払いとなっていた。

 傭兵である以上、報酬の回収は必須。青龍の目から見ても幾ら貴徳原とは言え、友人に自分が依頼した金額以上の報酬を出すとは思えなかった。

 

 

「その件ならばある程度の話は既にしてある。後は相手がどう考えるかだ。どちらに転んでも我々に損は無い」

 

「そうか……なら良いが」

 

 小太郎の言葉が絶対だったからなのか、青龍はそれ以上の言葉を出す事は無いままに、現在の国内の情報を確認していた。

 本来であれば伐刀者の派兵は殆どがニュースに取り上げられる事が多い。既存の戦力を意図も容易く打ち破り、如何な兵器とて役には立たないと言うイメージを植え付けるからなのか、小隊程度の出動であっても取りざたされていた。

 しかし、今回の依頼に関してはそんな事実はどこにも無い。どれだけ確認しようが、そんな痕跡すら無いままだった。

 

 

「で、帰国してからはどうするんだ?」

 

「その件に関しては既に問題無い。後は時間だけが解決する事になるだろう」

 

 任務とは違いこの場には親子としての会話だったからなのか、何時もとは違った表情を浮かべた小太郎に青龍は僅かに疑う事を覚えていた。

 元々風魔はこれまで単独で大きくなった組織では無い。戦国の世から太平の世となった際、一度は断絶の寸前にまで落ち込んでいた。

 平和な世界に騒乱の元は不要でしかない。事実、一部の人間以外は時の権力者から迫害された事実がそこに存在していた。

 

 それは風魔だけではない。伊賀者の中忍以下、甲賀者、甲州素破、軒猿など平和になってから恩恵を受けたのは一部の上忍だけ。それ以外の者は全て切り捨てられた経緯があった。

 そんな人間をまとめ上げたのが自分達の祖先とも言える当時の風魔小太郎だった。

 元々小太郎の名は襲名する物でもあり、風魔の棟梁としての名でもある。

 破壊と暴力だけでなく、権謀術数にすら長けた人間が初めて成れる称号。幾ら自分の実の親だとしても小太郎の名を冠する以上、言葉を額面通りに受け止める事は出来なかった。

 

 

「時間ね……で、あのお嬢さん達はどうするんだ?」

 

「取敢えず磨いてからだ。その方がありがたみがあるだろう」

 

 どこか嬉々とした表情を見た様にも思えるが、こんな顔をしている時の小太郎は碌な事をした事がない。

 それはこれまでに小太郎に関わってきた人間であれば誰もが理解していた。それ故に青龍もまたそれ以上の事は口にはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではこちらにどうぞ」

 

 穏やかな笑みを浮かべた女性の前にカナタだけでなく刀華もまた困惑していた。

 ここに来た当初は汚れた軍服のままだったが、気が付けばそれらの服は全て処分され、現在に至っていた。これから何が行われるかを正しく理解しているのはカナタだけ。

 同じく連れて来られた刀華はただ困惑だけしていた。

 

 

「では、ここからは私達がさせて頂きますので」

 

「あの……これから何を……」

 

 途中でカナタと別れたからなのか、刀華の困惑はピークに達していた。

 呼ばれた際に用意されたのは一枚の薄いタオル地のガウン。着替えはしたものの、何が起こるのかすら分からないままだった。

 これが自分の見知った場所で無い為に、一瞬だけ霊装を取り出そうとする。

 しかし、そんな気配すら察知されたからなのか、刀華は自身の『鳴神』を呼び出す事は出来なかった。

 

 来た当初に小太郎が放った言葉が蘇る。穏やか笑みを浮かべる目の前の女性は明らかに自分達よりも上の存在。まだ風魔と対峙する前であれば自身のBランクがどれ程のレベルなのかを誇る事もできたのかもしれない。

 しかし、今となってはそんなランクに何の意味も無い事を無理矢理教え込まれた気分だった。

 そうなれば既に抵抗するのが空しくなってくる。だからなのか、これから何が行われるのかだけは確認しようと女性に訊ねていた。

 

 

「我々が依頼されたのは貴女様を磨く事だけです。それ以上でもそれ以下でもありませんので」

 

「磨……く?」

 

「はい。それでは開始しますので」

 

「ひっ!」

 

 漠然とした言葉だったからなのか、刀華は気が付くとガウンを一気に脱がされると同時に暖かいオイルを全身に塗られていた。

 これまで自分の経験の中でされた事が無い行為。同じ女性だった事もあったからなのか、下着はショーツ一枚の姿でそのまま用意されたベッドに横たわるしかなかった。

 敵意を感じないからなのか、今は何も考える事無くそれを受け入れる選択肢を取っていた。

 ゆっくりと動く手は背中を最初に肩や腰、大腿へと全身をくまなく解きほぐしていく。

 戦場で溜まった疲労感だけでなく、緊張によって凝り固まった筋肉はアロマオイルの効果がもたらしたからなのか、刀華は少しづつ夢現の状態へと陥っていた。

 

 

 

 

 

「ではこれで終わらせて頂きますので」

 

「ふぇ……」

 

 僅かに漏れた声と同時に漸く終わりを告げられていた。気が付けば全身が言われた様に磨かれているのか肌に艶がある。

 改めて着替える為に用意された服は明らかに先程までのそれとは明らかに異なっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらにどうぞ」

 

「あ、はい……」

 

 僅かに引かれた椅子に座ると、同じく自分と同じく着替えたカナタもまた隣の椅子に座っていた。改めて見れば先程まで来ていたサマードレスではなく、胸元が開いたフォーマルなドレス。髪型すらも整えられたからなのか、何時もとは違う雰囲気が醸し出されていた。

 同じテーブルに用意された椅子は全部で五脚。未だ来ていないからなのか、空席の椅子を見ながらも刀華はカナタに疑問をぶつけていた。

 

 

「ねぇカナちゃん。これって一体……」

 

「私も分かりません。ですが、ここに来てからは何かしらの意図があるのは理解出来ますが、それが何だと言われると私にも……」

 

 刀華と同様にカナタもまた疑問だけしかなかなかった。

 自分達の待遇がここに来て急激に良くなっている。何か思惑がある事は分かるがその意味が理解出来ない。

 自分達が一体何の為にこうしているのかは誰の口からも語られていない。精々が『お待ちしておりますので』の言葉だけだった。

 どれ程の時間が経過したのだろうか。気が付けば空席を埋めるかの様に三人の男性がここに来ていた。

 

 

「待たせて済まなかった」

 

 男性の声に気を取られたからなのか、振り向いた先には二人の男性が正装し、もう一人の男性はスーツを着ている。そんな姿を見て最初に驚いたのはカナタだった。

 本来であればこんな場所に来るはずが無い人物。自分の父親でもあった貴徳原財団の総帥。まさかの人物に珍しく驚きの表情を浮かべていた。

 

 

「お父様。どうしてここに!」

 

「そう驚くな。今回の件はこちらが依頼した結果だ。まずは座りなさい」

 

 父親の登場にカナタだけでなく刀華も驚いたままだった。

 本来であれば貴徳原財団の総帥がここに居るはずがなく、また面会をするにも埋まったスケジュールの先となれば確実に数カ月先でなけば面会すら不可能とも取れる程だった。

 勿論ここに居るはずが無い人物が居れば驚く以外の選択肢は存在しない。自宅ならまだしも、こんな場所に現れた事自体が異常でしかなかった。

 

 

「分かりました」

 

「お見苦しい所恐れ入ります。小太郎殿」

 

「いえ。今回の件で依頼された以上、我々としても全力で保護するのは当然の事ですので」

 

 父親に気が行っていたからなのか、改めて正装した人物に二人は視線を動かしていた。

 先程の言葉が正しければ、この男性が風魔小太郎である事に間違いは無い。しかし、もう一人が誰なのかが分からないままだった。

 

 

「青龍。挨拶だ」

 

「お二人には、いえ、総帥も併せて初めてお目にかかります。今回の作戦の実行を担当した青龍です。この場ですので、名前ではなくコードネームとさせて頂きます」

 

 青龍の言葉にカナタだけでなく、刀華もまた同様に反応を見せていた。

 仮面を付けていた為に詳細は分からないが、戦場で小太郎と同様に苛烈に攻撃した人物でもあり、自分達を捕縛した直接の人物。

 年齢は分からないが、どう見ても自分達と同年代にしか見えなかった。

 戦場での荒々しい言葉ではなく、しっかりとした言葉で自己紹介するそれは全くの別人の様にも見える。青龍と名乗らなければ小太郎のお付きの人物にしか思えなかった。

 

 

「まずは食事でも如何かな」

 

 小太郎の言葉に既に用意されていたからなのか、背後から給仕達が一斉にテーブルに料理を置いて行く。

 オードブルの皿が全員に行き渡った事を確認したからなのか、用意されたシャンパンを皮切りに五人だけの食事会が開催されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このたびは真に感謝以外の何もでも無い。無理を引き受けてくれた事に感謝します」

 

 食事会が終わり、別室へと移動した瞬間だった。これまで殆ど細かい話をしてこなかった貴徳原の総帥が頭を下げ感謝していた。

 

 

「我々は依頼を遂行しただけですから。それ以上でもそれ以下でもありません」

 

「ですが、本来であればそちらの依頼内容にも大きく影響が出たはずでは……」

 

 突然の自分の父親の行動にカナタは驚きながらも様子を伺っていた。

 そもそも依頼の意味が理解出来ない。自分の父親がここに居る以上、何らかの依頼があった事だけしか分からない。

 聞きたい事は山の様にあったが、一先ずは全てを聞いてからにしよう。そんな思いがそこにあった。

 

 

「今回の依頼内容と相反する内容では無かったから受けたまでの話。我々は傭兵集団故に報酬によってお互いの利害が一致しただけに過ぎませんので」

 

「そうでしたな。ですが、風魔と呼ばれた貴方方とこうやってめぐり合わせ出来た事は私にとっても望外の幸運。これを機に是非お付き合いを考えたいと思っています」

 

「それは今後の内容にもよりますので」

 

 どれ程の時間が経ったのか、今回の依頼内容の全貌がここに来て漸くカナタだけでなく刀華にも理解出来ていた。

 今回の内乱に関しては不明だが、どうやら風魔が反政府軍に合力する事を掴んだからなのか、自分を助命する為に依頼した事実に驚きを覚えていた。

 風魔が請け負った依頼の達成率はほぼ100%。

 余程の内容でない限りはその結果は約束された物だった。もちろん傭兵である以上、金のやりとりは必ず付いて来る。

 既に聞き及んでいたからなのか、小太郎は差し出された小切手を確認し、封筒に入れる。そのまま隣に居た青龍へと渡していた。

 

 

「確かに受け取りました。ここでの費用は我々からのサービスです。明日には戻れる手配がしてありますので。ですが、一つお聞きしたい。今回の費用に関してはオプションが付いている。その件に関してはどうするおつもりで?我々は第三者からの払いは受け取りませんが」

 

 小太郎の言葉にカナタは漸くここに刀華も同席させた理由を理解していた。

 あの時提示された金額は二億。しかも先程の言葉をまともに受け取れば財団ではなく、カナタ自身が払う事になる。先程までアルコールが入っていた為に熱を帯びた身体が急に寒くなる。

 それが何を意味するのかを刀華はただ黙って見守るしか無かった。

 

 

 

 

「ちょっと待ってください。それならカナちゃ……カナタではなく私の責任です!」

 

 自分の助命依頼を聞き及んだ刀華は思わず立ち上がっていた。

 そんな依頼が裏であったとは思ってもいなかったが、まさか自分の大事な友人がそんな契約を交わしているとは思ってもいない。

 当時の状況がどんな物なのかは分からないが、自分の命と親友の人生を天秤にかける事が許される行為では無い事だけは感じ取っていた。

 

 

(さえず)るな小娘。これは我々が交わした契約だ。一々口を挟むな」

 

 これまでの紳士然とした小太郎は既に居なかった。そこにあるのは戦場で相対したそれそのもの。静かに気圧された圧力に刀華はそのまま勢いを無くしたのか、力なく椅子に座る。

 既に先程までの緩やかな空気は一気に冷たい物へと変化していた。真剣が自分の首筋に当てられたかの様な圧力に、刀華はそれ以上の言葉を告げる事は出来なかった。

 

 

「では改めて問おう。貴徳原カナタよ。以前にも言ったが、我々が動いた報酬はどうやって払うつもりだ?まさか自分の親を当てにしていた訳ではあるまい?」

 

「もちろんです。私も自分の意志決めた以上、それを覆す様な真似はするつもりは有りません」

 

 明確な意志を持ったカナタの視線は小太郎を射抜くかの様に鋭い物となっていた。

 元々依頼したのは自分。それがどんな結果をもたらすのかは知らない訳では無い。

 自分の親に頼ると言った考えはあの時は微塵も無かった。純粋に助けたい。それだけが自身の願う事だった。

 

 

「では、報酬を頂こう」

 

「その件に関してですが、お願いがあります」

 

「報酬の減額は認めんぞ」

 

「それは当然です」

 

「では、願いとは何だ?」

 

 小太郎とカナタのやりとりに刀華はただ見る事しか出来なかった。元を正せば自分の実力が無かった事が起因している。

 仮に自分に実力があれば今頃こうなっているはずがない。そんないたたまれない気持ちだけが先行していた。

 

 

「私はまだ学生の身です。まともに考えれば自身の能力で財を成す事は不可能とも取れます。貴徳原財団はあくまでも父親が管理する物であって、私の所有物では無い。せめて時間の猶予を頂きたいのです」

 

「ほう……」

 

 カナタの言葉は誰が聞いても暴論にしか聞こえなかった。

 事実、隣に座っていた青龍は既に殺気が漏れだしている。言葉一つ間違えればここに居る人間は血の海に沈む事は確定だった。

 今回の本来の報酬は既に風魔の手に渡っている。このまま会話が続くのであれば命を消し飛ばせば契約は存在しなくなる。そんな明確な意志が殺気に混じっていた。

 一方で殺気に気が付いたからなのか、刀華もまた臨戦態勢に入りつつある。間違い無く自分の命だけなくカナタの命も消し飛ぶ可能性は高い。

 カナタの言葉と同時に部屋の空気は氷点下に落ち込むかと思われていた。

 

 

「お父様。私からお願いがあります」

 

「何だね?」

 

 突然の言葉に部屋の空気が僅かに緩む。しかし、お互いの視線の刃は既に向けられたまま。何時でも飛び出す可能性があるかなのか、今はカナタの言葉を待つより無かった。

 

 

「先程の言葉の通りです。このままでは卒業後に直ぐにお相手に迷惑がかかります。今進んでいる縁談の件ですが、時間の猶予は頂けませんでしょうか?」

 

「相手にはどう伝える?まさか借財があるから待ってくれと?」

 

「それには及びません。私の言葉で直接話をします」

 

 カナタの言葉に刀華は疑問だけが浮かんでいた。自分の身の上の話と今の報酬の話が全く繋がらない。疑問が疑問を呼んでいるからなのか、その視線はカナタへと向けられていた。

 

 

 


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