英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第38話 冷静な開戦

 陽光が大地を照らす頃、初夏の色合いが強い時期にも拘わらず、どこかひんやりとした空気は少しだけ冷静さを呼び起こしていた。

 普段であれば然程気になる事は無い。しかし、今日に限ってはその冷たさが自身の体温を冷ますかの様にも感じていた。

 何時もは二人で行う鍛錬も、今日だけは何時もより早く目が覚めたからなのか、自身の固有霊装『隕鉄』を振るう力は何時もよりも力が入っていた。

 

 

「何だ。珍しいな」

 

「おはよう。龍は何時もこの時間なの?」

 

「ああ、俺は大体はこの時間帯が多いな」

 

 何時もよりも早く起きて動いたはずの一輝だったが、目に入った龍玄は既に自身の肉体にはかなりの熱が入っていたからなのか、その汗の量は尋常ではなかった。

 実際にはどれ程早いのかは分からない。しかし、流れ落ちた汗の量は少なくとも三十分程度の運動では出ない程の量。気が付けば手に持っていたのは何時もの日本刀だったからなのか、一輝もまた龍玄同様に霊装を手に素振りを繰り返していた。

 

 龍玄の動きを模倣するかの様に、自分もまた同じく動きを確認するかの様にゆっくりと動く。当初はこれがどんな意味を持つのかを全く理解しないままに始めていた。

 毎日同じ事を繰り返すにつれ一つの事実が浮かび上がる。

 自分が思っている動きと、肉体が動かすそれには僅かにブレがあった。当然ながら自分の肉体を自分自身が制御出来ていない。これが適当な戦いであれば問題にはならないが、ギリギリの戦いをするとなれば話は別だった。

 

 無意識の内に発生する隙は、ある意味では厄介以外の何物でもなかった。自分が予測した剣筋と実際に動く軌跡が異なれば、結果は大きく変わっていく。

 達人同士の戦いでは完全に致命的だった。

 自分の肉体のブレを確認したからなのか、確実に修正を入れていく。これまでに感じた事が無い感覚に一輝は少しだけ自分が上達している事を実感していた。

 

 

「どうしたの?」

 

「いや。やけに気合が入ってると思ってな」

 

「気合ね………それは当然だよ。今日で最終日なだけでなく、僕自身の将来にも影響が出るからね」

 

「今日の対戦相手は誰なんだ?」

 

 突然の龍玄の言葉に一輝は今までしてきた素振りを止め、改めて龍玄を見ていた。

 予選会の対戦相手は基本的には公表されている。当然ながら対戦相手が誰なのかを知っているのであれば、その対策を取るのは当然だった。

 しかし、龍玄が一輝に聞くのであれば対戦相手が誰なのかを知らないと言っているとの同じだった。

 ステラの様に自分の能力を信じて相手の情報を遮断するのではなく、龍玄のそれは完全に知る必要性が無いからだった。

 既に終わっているだけでなく、勝敗数だけ見れば龍玄が予選を勝ち残る権利は最初から無い。自分の様に無敗を保っているのではないからと判断し、素直に答えていた。

 

 

「東堂刀華さんだよ」

 

「東堂………ああ、なるほどな」

 

 一輝の言葉に龍玄な内心では色々な事を考えていた。先日の襲撃に関しては学園の上層部が未だ知らないからなのか、対象者に関するアナウンスは無かった。

 実際に龍玄は襲撃された側ではあるが、傷一つ負っていない。それどころか、対峙した刀華の方が重症だった。

 動脈こそ斬らなかったが、そこに近い場所は斬っている。仮にIPS再生槽を使用したとしても失った血液を増血する事が出来ない事を龍玄は知っていた。

 魔力の由来はどこにあるのかは未だ解明されていない。諸説色々あるが、伐刀者であれば誰もが使える身体強化の概念を考えれば、魔力の循環は血液を媒介として循環するのではとの説が今は最有力だった。

 当然ながら増血の為には特別なプログラムが必要とされる。幾ら貴徳原の息がかかった病院と言えど、国を相手にする事は無い。そうなれば傷だけは消えた所で血が足りない事実に変わりはなかった。

 そう考えれば随分と迂闊な事をしたのだろう。刀華に同情するつもりは無いが、ここまで鍛錬をしてきた一輝が何も知らないままに戦うのは少しだけ気の毒だと考えていた。

 

 

「それがどうかした?」

 

「いや。なぁ一輝。東堂への対策は出来てるのか?」

 

「あの人のクロスレンジは結界みたいな物だ。だからと言って僕もクロスレンジ以外に攻撃の手段は持っていない。だから、やれる事は一つだけだよ」

 

 心の昂ぶりがそのまま出たからなのか、一輝の口調は何時もよりも荒くなっていた。

 何も知らないのであれば態々口にする必要は無い。先日のあれがどんな影響を及ぼすのかすら分からないのであれば、下手に口を挟まない方が良いだろう。龍玄はそう考えていた。

 

 

「それが妥当だろうな」

 

「自分のたった一つの物なんだ。実際にここまでこれたのは、自分の事を信じた結果だと思ってるから」

 

 そう告げると、一輝は再度素振りを開始する。これまでとは違い、ゆっくりと動く事によって自分の型を再確認するかの様だった。

 

 

 

 

 

「一輝。お前は雷切を体験した事があるのか?」

 

「体験って、雷切を?」

 

「そうだ」

 

「………無い」

 

「一度味わえ」

 

 ゆっくりと動いたはずの一輝の身体が不意に止まっていた。

 突然の龍玄の言葉に何の意味があるのだろうか。言葉の意味は確かに理解したが、その真意は分からない。しかし、雷切の名を口にする以上は何らかの考えがあるのは間違い無かった。

 

 だが、ここで疑問が一つある。

 龍玄と刀華が戦った事はこれまでに一度も無い。少なくとも一輝が知る中では皆無だった。

 事実、予選会に龍玄が姿を現したのは数える程しかない。当然、一輝の様に過去の試合を見た痕跡も無かった。

 体感できるのであれば有難い。だが、体感と言う以上は誰が何をするのかを考える必要があった。

 まさかとは思う。しかし、以前に見た居合いは尋常ではなかった。

 実際に抜刀絶技は固有の異能を活かした業ではるが、それを模倣出来ない物ではない。純然たる能力では補えない物は不可能だが、刀華の持つ抜刀絶技でもある雷切は居合い。

 人智を超えた斬撃ではあるが、決して模倣は不可能では無かった。

 だからこそ龍玄が口にしたのであれば可能性は一つ。見知らぬ攻撃よりも一度でも同じかそれに近いレベルの物を体感できるのはある意味では僥倖だった。

 

 

「因みに聞くけど、どこで?」

 

「ここでだ」

 

「だよね………」

 

 それ以上の返事は聞かないとばかりに龍玄は居合いの態勢に入っていた。

 元々腰だめに構えはするが、理論上はそれ程厳しくする必要性は無い。抜刀速度を高める為にには自然とそうなるだけの話だった。

 全身の筋肉を発条の様に使い、その速度を神速の世界にまで引き上げる。その結果としての構えだった。

 一方の一輝もまた自然と距離を取り、隕鉄を脇構えのへと動かす。早朝の清々しいはずの空気は瞬時に澱み出していた。

 抜刀すれば戻す事は叶わない。勿論、龍玄は固有霊装ではなく真剣である為に必要以上の距離を取っていた。これが実戦であれば確実にどちらかの命が散る。まさに一触即発の空気が辺り一面を覆っていた。

 

 

 

 

 

「一度だけだ」

 

 鍛えられた体幹は如何な体制になろうとも体の中軸を狂わす事はなかった。

 本来であれば裂帛の気合いが飛ぶかもしれないが、龍玄にはそれが無い。一輝の眼に映ったのは煌めく白刃が自分へと向けられる行為だけだった。

 通常の居合いよりも更に半歩だけ足を前に出す。まるで音速を思わせる斬撃は一輝の頭頂部の髪を僅かに切り飛ばし、背後の樹にはビシッと音を立てながら大きな傷跡が残っていた。

 

 

 

 

 

「一つだけ良いかな?」

 

「何だ?」

 

「あれって、ひょっとして僕の頸を狙ったら胴体から別れたよね」

 

「だから頭上に外したんだが」

 

 不可視の斬撃が飛んだ瞬間、一輝の全身からこれまでに無い程の冷や汗が出ていた。

 雷切とは違うが、ある意味では更に恐怖を感じる程だった。

 飛んでくる斬撃に殺気が一切籠らない。これが何かしらでもあれば無意識の内に反応したかもしれない。

 しかし、純粋に飛んでくるそれは常識ではありえない程だった。一輝の視界に映ったのは完全に抜刀した後の態勢だけ。

 五感をフルに動員しても斬撃の瞬間は一切感じる事は無かった。

 背後の樹がどうなっているのは見るまでも無い。あれ程の音がしたのであれば間違い無くその痕跡が残っているはずだった。

 

 

 

「いや………体感できたんだ。お礼は言わせてもらうよ。でも東堂先輩のそれとは違うと思うよ」

 

「そうか?だが居合いがどんな物なのかは体感出来たろ?」

 

「……まぁ、そうだね」

 

 謝る事も無く龍玄はそのまま何時もの様に動いていた。

 実際に一輝が感じとったのは違う意味での業だった。雷切と同じかと言われれば違うかもしれない。しかし、これまでの人生の中で居合いを見た事はあっても受ける側として体験した事は無かった。

 遠目から見るそれと自分に向けられたそれではあまりにも違う。

 ステラとは一緒に鍛錬をしているが、大剣と日本刀では意味が違っていた。

 叩き潰すのではなく、ただ斬る事だけに特化しただけの物。刃そのものは同じかもしれない。しかし、その意味合いは確実に異なっていた。

 冷や汗が辛うじて止まったものの、身体は少しづつ冷えていく。それと同時に一輝はかつて道場で対峙した事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も居ない控室には一人の少女が、この予選会ではした事が無い座禅を組んでいた。

 何時もであればウォーミングアップを兼ねて刀を振るうが、生憎とそれをする事すら惜しいと肉体ではなく精神を鍛えていた。

 先日の凶行は学園には完全に伏せられていた。上層部の中で知られる可能性があるとすれば、姉弟子の西京寧音。しかし、午前中はおろか、午後からになってもその話が出る事は無かった。

 あの戦いで自分が行った行為は褒められた物ではない。しかし、あの命のやりとりをした経験は刀華にとっても膨大な経験を積む結果となっていた。

 

 競技では無く、互いの命のやり取りだけがそこにある。戦場ですら得る事が出来なかった経験を、刀華は今追体験していた。

 既に当時の様な険は無い。戦場に赴く兵士と競技者ではその存在は重なる事は無かった。

 事実、戦いになっても競技者にはどこか精神的な奢りがある。自分達が負けるはずがないと考えるだけでなく、万が一の際には何らかのケースで自身の保全がされると勝手に判断していた。

 その為に国際法があり、戦場に於いても一定のルールが存在している。それに対し、命を懸けた兵士には、正々堂々名と言った考えは無かった。

 

 自分の命を護る為だけに相手の命を奪う。そこにあるのは純然たる自然の法則だった。

 刀華もカナタからその話を聞くまでは思い違いをしていた。自分達は自分で身を護れなくなった時点で命じは無い物となっている。その事を聞いた際にはただ頷くだけだった。

 しかし、ここは戦場は無く競技者としての舞台。相手は同じく無敗の黒鉄一輝だからこそ、刀華は肉体では無く精神を沈めながらも集中を高めていた。

 思いつく限りの攻防を幾つも描く。その戦いに最後まで経っているのは誰なのかは考えるまでも無かった。

 

 

「刀華さん。そろそろ時間ですよ」

 

「分かった。有難うカナちゃん」

 

 呼びに来たカナタもまた刀華を見ていた。先日の怪我そのものは治っているが、血は短期間で増える事は無い。

 増血用のタブレットを口にはしたが、それはあくまでも気休め程度の物。何時もの様に静かに燃え盛る闘志はなく、只管集中だけをしている。

 僅かに青い顔色をしながらも瞑目している刀華はこれまでに一度も見た記憶が無い物だった。

 カナタの言葉に刀華の目はゆっくりと開かれる。肉体に熱を入れる事も重要ではあるが、それ以上に精神を先にしなければ、肉体の不調に引っ張られる可能性もある。

 戦いの前にやるべきとを淡々とこなしただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?ここに来るなんて随分と珍しいね。そんなに気になるのかい?」

 

「この勝敗で俺がどうにかなる訳じゃないんだ。ただ純粋に見たいと思っただけだ」

 

 これから始まる戦いを見るべく龍玄は観客席に足を運んでいた。

 これが最終戦であると同時に互いが無敗のままに挑む最後の戦い。学内の序列を抜きにしても、この戦いはある意味では注目の一戦だった。

 既にこれまでの戦績が電光掲示板に流れている。本来であれば、こうまで盛大にするつもりは無いが、この戦いで春から始まった予選会が終わる事も見込んだ結果だった。

 周囲にはどちらが優勢なのかと様々な声が聞こえる。何かを決めるにしても大がかりすぎる光景に龍玄は目に留まった寧音の隣に座っていた。

 

 

「珍しい事もあるもんだね。そう言えば先日、この近くを爺が誰かさんと一緒に歩いていたって噂があるんだけど」

 

「爺?知らんな。何の話だ」

 

 寧音の言葉に龍玄は何となく察しはついたが、実際に本当の部分を知っている訳では無かった。

 知っているのは自分の父親が何かしら動いた事実だけ。寧音の期待に応える様な事は碌に知らなかった。

 

 

「またまた。で、本当の所は?」

 

「爺が誰かは分かるが、俺は何も知らん」

 

「……本当に?」

 

「嘘を言って何か意味はあるのか?」

 

 寧音は龍玄が嘘を言っている様には見えなかった。

 寧音が龍玄に聞きたいと思った真実は妹弟子の事だった。最近では見る事は少なくなった自分の師がこの周辺に来ている。当初はそれ程疑問にも思わなかった。

 人間であれば何かしらの(しがらみ)があるのは当然の事。寧音は少なくともそう考えていた。

 

 しかし、問題は対象者が他の人物と居た事に疑問を持っていた。

 風魔小太郎。この名前が出た瞬間、どうにもならない程に嫌な予感だけが全身を駆け抜けていた。

 実際に刀華が小太郎に対し、何らかの感情を持っている事は薄々と気が付いていた。

 『闘神』と呼ばれた南郷寅次郎は、剣客としての技術と同時に口が酸っぱくなる程に精神の重要性を説いていた。

 『心・技・体』この三つが揃って初めて剣客として剣を振るい、またそれに対する責任がある事を明言していた。

 寧音もまたその教えを常に説かれている。今の私生活を鑑みれば、その対極ともとれるかもしれないが、それでもKOKの試合では出来る限りその精神は遵守していた。

 そんな寧音から見れば、刀華のバランスは危うい物があった。

 本来であれば口にすれば済むだけの話かもしれない。これが道場の様に閉鎖された空間であれば忠告は出来たが、学園と言うある意味では公共の場でそれを注意する事は憚られていた。

 

 臨時職員とは言え、自分はあくまでもKOKのトップ選手。それが何も問題が無い一介の学生に見えない部分を説くのは少々厳しい物があった。

 それが最も顕著だったのが風間龍玄とステラ・ヴァーミリオンの試合。事実上の大人と子供の様な戦いは、見る目がある人間であれば技術の差がどれ程あるのかは一目瞭然だった。

 そうなれば確実に何らかの手段を取るはず。少なくともそう考えていた。

 事実、刀華は先日の授業を欠席している。理由は伏せられていた為に知る由は無かった。

 何かがあったのかもしれない。それは今朝の刀華の顔色が全てだった。

 生徒や職員は気が付かないかもしれないが、あれは明らかに()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 顔色はそれ程悪くはないが、何時もよりは白かった。昨日の今日で変わるのであれば何らかの理由が発生する。

 刀華の状況を何となく察したからこそ寧音は隣に座った龍玄に聞いただけだった。

 

 

「何も無いさ………」

 

「俺じゃなくて本人に聞けば良いだろう」

 

「はぁ?学内予選はクローズなんよ。そんな事出来る訳無いさ」

 

「じゃぁ、あれは何だ?」

 

 龍玄は視線だけを動かし、該当する場所へと誘導していた。寧音もまたその視線の先を見る。そこにはここに来るはずの無い人物が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『闘神』南郷寅次郎は大戦期の英雄として、現代史の中でも数少ない未だ生存している人物。

 これまでにも政府からも褒章等の話はあったが、どれも全て断ってきていた。

 戦場での戦果は言うまでもない。しかし、それを良しとしないのは後半の戦果は当時の司令部と政府が創り出したプロパガンダによる物だったからだった。

 当時の状況を知っている人間は事実上皆無に等しい。当人以外で知る事が出来るのは限られた人間だけだった。

 事実、創られた云々は今の総理でさえも知らない事実。

 確実に知っているのは当人以外では当代の風魔小太郎位だった。後は精々が改竄された書類だけ。

 『闘神』と呼ばれた今でも政府からの話に応じる事は無かった。

 当然ながら極秘情報が一般に知れ渡る事は無い。だからこそ、本人が沈黙すれば肯定されたと判断されていた。

 大戦を勝利に導いた生きた英雄。それが寅次郎を取り巻く今の環境だった。

 当然ながら伐刀者であれば、一般人よりも更に影響が大きい。だからこそ、寅次郎自身が無理に言わなくとも便宜を図る事が発生していた。

 

 

「久しいな寧音。相変わらずの生活の様だな」

 

「ふ、ふん。そんな事を言って師匠面なんて……」

 

「爺さん。久しぶりだな」

 

「お前さんもな」

 

「私は無視か!」

 

 寧音の叫びとは別に、寅次郎と龍玄は対面していた。

 お互いがそれなりに面識があった。実際に龍玄が青龍である事を寅次郎も知っている。小太郎絡みとは言え、寧音と同等位の関係はそこにはあった。

 

 

「で、今日は何の用だ?」

 

「不出来な弟子が試合と聞いてな」

 

 龍玄の言葉に寅次郎もまた詳細を言う事無くそのまま近くに座り出していた。

 不出来な弟子は誰なのかは龍玄も理解している。それと同時に先程の寧音の質問の意味もまた理解していた。

 

 

「成程な。まぁ、結果は自分の目で確かめるのが手っ取り早いんじゃないのか?」

 

「勿論だ。これに関してはそうさせてもらうとする」

 

 既にお互いの紹介が終わり、舞台となった場所の中央で互いが対峙している。

 刀華の顔色が多少悪いのは自業自得でしかない。龍玄だけでなく寅次郎もまたそれを知っている為に、驚く様な事は無かった。

 試合開始のブザーを待つのか、両者は己の固有霊装を顕現させる。光の粒子が質量を持ち、それぞれの武器が握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隕鉄を持つ一輝は改めて目の前に立つ東堂刀華を見ていた。

 これまでの相手とは格が違う。珠雫との戦いを見た際にはまだ力を隠している様にも見えていた。

 昨年の本戦ベストフォーは伊達では無い。焔の様に沸き立つ闘志が自分を焼き尽くす。そんなイメージをこれまで抱いていた。

 事実、一輝は刀華の試合をこれでもかと見ている。少なくとも一輝の持つイメージはそうだった。

 しかし、目の前に立つ刀華はそんな闘志は微塵も感じない。どちらかと言えば、波一つ無い水面の様なイメージだった。

 闘志も無い訳では無く、どこか凪いだ様な印象を受ける。これまでに感じた事が無い違和感。

 今の一輝にとって、対峙している刀華はまるで別人だと思う程だった。

 自分と同じ日本刀を顕現する。今にも飛びかかろうとする様な気配はなく、ただただ自然体だった。

 

 

《Lets' Go Ahead》

 

 

 無機質な音声が会場中に鳴り響く。この二人の戦いは恐らくは厳しい戦いになるはず。開幕が一つの決め手になるだろう。会場の観客の誰もがそう考えていた。

 

 

「あれ、動かないよ」

 

「互いに様子見か?」

 

 会場がざわついたのは無理も無かった。

 観客の事前予測は大きく裏切られていた。開幕速攻と言わんばかりに動くはずだと思った攻防は予想外の展開となっている。

 お互いが構えながらも微動だにしない。想定外の開幕に会場は困惑していた。

 

 

 

 

 

(隙が何処にも無い)

 

 ブザー音が鳴った瞬間、瞬時に攻め込む。一輝の中ではそう考えていた。

 実際に抜き足を使えば隙は必ず出来るはず。満足気に使える訳では無かったが、それでも勢いで何とか出来ると考えていた。

 事実、一輝は開始直後に動けるように重心を僅かに前へと動かす。

 視線は刀華を捉えたまま。互いの状況を見る為の措置だった。

 それに対し、刀華は刀こそ握るが両腕ともだらりと降りたまま動かない。隙があると言うよりも、寧ろ自然体だった。

 

 固有霊装に重量の概念はそれ程大きくはない。どんな態勢であっても抜刀には問題は無かった。

 自身の中でカウントダウンを開始する。方針を決めれば後は動くだけだった。

 一輝は再度刀華に意識を向ける。その瞬間感じたのは踏み込んだ先に待っている一つの斬撃の予測だった。

 これでは踏み出す事が一切出来ない。だとすれば一輝もまた同じく様子を窺いながら刀華へと視線を切る事をしなかった。

 ここで僅かでも視線を動かせば確実に踏み込まれるのは間違いないと判断していた。

 

 

 

 

 

(やっぱり予想以上)

 

 刀華もまた一輝から溢れる闘志を一身に受け止めてた。

 学内では既定の魔力量に満たさないと、適当な理由で落第を余儀なくしていたが、今年の予選会からはそんな誰かの都合に合わせた内容は無くなっていた。

 刀華が知る一輝は異能に依存しない戦い方。『一刀修羅』でさえも身体強化に毛が生えた程度の物だと認識していた。

 

 仮に剣技が同等であれば勝敗を決めるのは異能の力。それがある為に、刀華もまた一輝に対する認識が多少なりともねじ曲がっていた。

 これが体調が万全であれば、確実に開幕速攻をしかけている。しかし、今は血をかなり失った為に、激しい動きは禁物だった。

 

 肉体を動かさないのであれば精神力で戦う。今の刀華にとってはそれしか選択肢が無かった。

 隙を無くすことによって一輝の動きを封じ込む。その結果、刀華は一輝への評価を一変させていた。

 異能の力はあくまでも添え物程度。これまでに培ってきた厳しい鍛錬の結果によって今の一輝が形成されている。

 お互いの異能が同じ総量となった今、一輝から立ち上るかの様に湧きだす闘志を刀華は肌で感じ取っていた。

 剣技が同等ではなく、一輝の方が恐らくは上かもしれない。肉体に欠陥を持つ今の状態が知れれば、半ば力任せでも押し込まれるのは明白だった。

 だからこそ、こちらからではなく相手の力を活かしたカウンターで斬りおとす。これが今の刀華に出来る最大の攻撃だった。

 その為には気取られない様に隙を意図的に作るのがベター。刀華の取った判断はそれだった。

 奇しくも互いが取った行動はそれぞれが観察する事に集約されていた。互いが見えない部分で戦いを開始する。それが開始後に動かない原因だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう………どうやら教えを思い出しのかもしれんな」

 

 未だ動かないままの二人を見たからなのか、寅次郎は不意に声が漏れていた。

 何も分からない人間からすればお互いがお見合いの様に動かない程度にしか見えない。しかし、熟練した人間から見れば既に戦いは始まっていた。

 一輝は僅かに身体を動かし、フェイントをかけながら様子を伺う。一方の刀華は敢えて正眼に構え、そこから先は微動だにしなかった。

                                         

 

 

 

 普段から口にする『心・技・体』が揃っている。互いの取った方法は伐刀者による現代の戦いではなく、まだ異能すら発見されなかった時代の戦いだった。

 当然そこには異能すら無い純粋な剣技での物。どこか懐かしさを覚えたからこそ出た言葉だった。

 

 

「そうか?俺には互いに打つ手が無いだけにしか見えんぞ」

 

「お前は少々特殊だからな。だが、不可視の攻防は見えてるのだろ?」

 

「当然だ。あの程度の事も出来ない人間が生き残れる道理がどこにある」

 

 ざわつく観客の事など無視するかの様に龍玄もまた二人を見ていた。

 互いの間にある空間に何かが圧縮されていく様な気配が渦巻いている。このまま膠着するはずがないと考えているからなのか、龍玄だけでなく寅次郎もまたこの後の展望を予測していた。

 

 

「そろそろだな」

 

 試合開始から既にどれ程の時間が経過したのかすら分からなくなるほど、互いは動かない。これが審判が居る様な場面であれば確実に促される程だった。

 何時しかざわついた空間が静まり返る。お互いが異様な雰囲気を纏っている事を察知したからなのか、お互いを中心に観客席まで重苦しい空気が流れだしていた。

 

 

 


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