英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第37話 反省

 ぼんやりした目の焦点は徐々に周囲の状況を明確に映し出していた。

 自分が知る中ではこんな天井を見た事は一度も無い。当初は夢か幻かと思われたが、上体を起こした瞬間に出る激しい倦怠感がそれを否定する。

 時間と共に思い出す記憶。自分は龍玄に襲い掛かかったまでは良かったが、ものの見事に反撃された事がまだ鮮明に残っていた。

 

 

「気が付きましたか?」

 

「えっと……うん。大丈夫かな」

 

「外傷は全て治療が終わっています。ですが、今回の件は極秘裏でしたので、失った血液の補充は無理でした」

 

「ううん。私の我儘なんだから、カナちゃんが気にする必要は無いよ」

 

「ですが………」

 

 カナタの表情を見た刀華は少しだけ罪悪感が過っていた。

 龍玄を襲撃したのは完全な私事。本来であれば、この命が無くなる可能性があった事実は間違い無かった。

 実際に刀華が龍玄と戦った際に感じたのは、自分のやって来た事がまるで児戯であると思い知らされた事だけ。本来であれば自身の固有霊装以外の武器の使用が、あれ程の技量だとは思ってもいなかった。

 確かに居合いの瞬間は見た。あれが固有霊装以外の物である事を考慮しても、賞賛される程の物。だとすれば、自分が襲撃すれば嫌が応にも霊装を顕現するものだと考えていた。

 

 しかし、その刀華の思惑は直ぐに打ち砕かれる。少なくとも自身が対峙した記憶の中で、あれ程の使い手と対峙した経験は一度も無かった。

 実際に特別招集によってそれなりに戦場で戦った経験があり、その中には大剣や細身の剣の使い手とも戦って来た。

 勿論、全てを屠ったからこそ今の自分がここにある。当然ながら、それが刀華自身が持っていた矜持だった。

 しかし、そんな矜持は最初から龍玄の中では打ち勝つ為の要因にはなり得なかった。

 自分の霊装よりも早い剣戟は確実に自分よりも上の物。重量を感じない刀身よりも、本身の刀身を持つ龍玄の方が早いのであれば、刀華が勝つ道理は何処にも無かった。

 

 

「悪いのは私。それに朱美さんが出ているって事は私は風魔に敵対したとされてるのよね。カナちゃんにはこれ以上の迷惑をかける訳には行かないから」

 

「その件であればもう問題ありません。刀華さんが気にする必要は無くなりました」

 

「それって………」

 

 カナタの言葉に刀華は言葉に詰まっていた。

 風魔と敵対した今、それを抑える行為が何なのかは刀華自身が一番理解している。特別招集で戦った戦場で、誰よりも一番その言葉の意味を理解しいてるのは刀華自身だった。

 当然対価は要求されているはず。自分の起こした事案にカナタを介入させる事がどんな意味を持つのかは考えるまでも無かった。

 

 

「でも、それってカナちゃん自身に…………」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ある意味では当初の目的でもありましたし、私自身がそれを望みましたので」

 

 カナタの住む世界がどんな物なのかは刀華は知っている様で知らない事が殆どだった。

 実際に刀華自身が過ごしてきた若葉の家も貴徳原財団の経営によって成り立っている。

 『高貴なる者の義務』以前に一度だけ聞いた記憶があった。当時は少しだけ困った様な表情をしていた記憶が刀華にもある。当時の表情が不意に思い出されていた。

 

 

「まさかとは思うんだけど……」

 

「刀華さん、これ以上は必要ありません。今回の件は我々貴徳原財団と風魔との契約によって成立した事ですから」

 

 普段とは違う雰囲気に刀華はそれ以上何も言えなかった。

 事の発端は自身の未熟さと迂闊さによって起こっている。当然ながら、自分が動く事によって起こる可能性を全く考慮しなかった結果だった。

 伐刀者ではなく、武芸者としての単純な摂理。弱い人間が強い人間に歯向かうには相応の力を示すよりない。たったそれだけの話だった。

 

 

「それに風間君は本気で刀華さんを排除するつもりでした。今回の件ですが、状況を見ますか?」

 

 そう言いながらカナタが渡したのは運ばれた当初の容体の所見表。専門用語ではなく、誰が見ても直ぐに分かる内容の物だった。

 裂傷は鎖骨付近から脇腹にかけて大きくあっただけでなく、大腿部の刀傷には動脈付近ではあるが重篤な問題ではないと書かれている。そして極め付けは首筋の刀傷だった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の所見は最悪の内容だった。

 衝撃波によって裂かれはしたが、命の別状をもたらす可能性は低いと書かれている。その所見が正しければ、刀華は最後の攻撃まで手加減された事になっていた。

 

 

「………私は焦り過ぎてたのかな」

 

「どうでしょう。私には分かりません」

 

 書類に目を通した刀華は先程とは僅かに違っていた。何も考えない人間であれば舐めた真似をで憤るかもしれない。しかし、生き残ったのではなく生かされたとなれば既に自分の事など最初から眼中に無いのと同じだった。

 無意識で行う行為の事まで誰もが気にする事は無い。

 龍玄はただ飛んできた火の粉を容易く手で払っただけの話だった。

 龍玄でそれならば、小太郎は最初から相手にすらしない。こちらが幾ら気炎を上げようとも互いの意識には大きなかい離があるだけだった。

 だからこそ刀華は改めて今までの意識を元に戻す。それが出来たからこそ険が取れ、穏やかな表情となっていた。

 

 

「それと、今回の治療の件ですが、刀華さんはそれなりに血液を失っています。本来ならば増血する処置を取る事も出来ましたが、生憎と非公開を望まれると思いましたので、その処置はしていません」

 

「それは構わないの。私が望んだ結果だから」

 

 カナタの申し訳ない表情に刀華は今回の処置にをしてくれただけでも有難いと思っていた。

 伐刀者に治療を施す場合、本来であれば病院はそれなりに手順を踏む必要があった。

 固有霊装を展開すれば容易く命を奪う事が出来る。となれば、その人間が犯罪行為をしている可能性を秘めているからだった。

 

 幾ら国防における役割があろうとも、何をしても良い訳では無い。IPS再生槽は伐刀者だけでなく一般人の治療にも役立つ為に解放はするが、伐刀者に関してだけは常に使用状況を報告する義務があった。

 例外は学内の使用のみ。しかし、それは理事長が許可した場合のみの話だった。

 当然ながら場外乱闘である為に使用する事は出来ない。ましてや今は一番神経が尖る時。

 それを考えたからこその処置だった。

 カナタの言葉から察すれば、この病院から国への報告は何一つされていない。それを理解したからこそ刀華はカナタに礼をしていた。

 

 

「では、やはり明日の試合には………」

 

「勿論、出るつもり。でなければ黒鉄君に失礼になる」

 

 迷いの無い言葉にカナタはそれ以上は何も言えなかった。

 実際に戦うのは自分では無い。それと同時に若葉の家の子供達も刀華が七星剣武祭の頂点に立つ事を期待しているのを知っているからだった。

 

 

「分かりました。では直ぐにここから出る事が出来る様に手配しますので」

 

「有難うカナちゃん」

 

 既に刀華の頭の中に龍玄だけでなく風魔の事は一旦は排除する事にしていた。

 だからと言って完全に忘れる訳にも行かない。カナタが何らかの取引をした結果、自分が生かされていると自覚している。

 恐らくは自分の未来の一部を切り払ったのかもしれない。既に退出したからなのか、病室には刀華だけが残っていた。

 そんな病室の外から不意に人の気配を感じる。返事はしないが、それが誰なのかは直ぐに分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「刀華。まさか風魔に敵対するとはな………」

 

「申し訳ありません。私が浅慮でした」

 

「まぁ、その事は過ぎた話だ。で、今後はどうするつもりだ?」

 

 刀華の病室に来たのは『闘神』と呼ばれた南郷寅次郎その人だった。

 まさかの来訪に刀華もまた驚きを隠せない。ここには極秘に運ばれたはず。様々な可能性が浮かんでは消えるが、今はそれよりも先に寅次郎の話を聞く事が先決だと判断していた。

 だからこそ突然の問いかけに答えが出ない。今後は何を意味するのだろうか。ただ戸惑うしかなかった。

 

 

「どう……とは」

 

(じじい)。その質問は漠然とし過ぎてるぞ」

 

「えっ…………」

 

 寅次郎の来訪だけでは無かった。声の主に間違いが無ければ、この声に該当する人物は一人だけ。

 既に外にまで来ているからなのか、すりガラスの向こう側には一つのシルエットが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「何だ?ちゃんと質問しただろうが。何が分からん」

 

「今後は何を意味するんだ?それを言わねば判断できんぞ」

 

「……そう言う事か」

 

 刀華の許可など取る事も無いと言わんばかりに男はそのまま部屋に入って来ていた。

 声の主は風魔の頭領でもある小太郎。まさかの登場に刀華は身動き一つ出来なかった。

 

 

 

 

 

「若いうちは腕試しをしたいと考えるのは間違いではない。だが、相手の力量を見誤るのは悪手だな」

 

「そうですね。今回の件で身を持って感じました」

 

 寅次郎の言葉に刀華は改めて自身の中で驕りがあった事を自覚していた。

 本来であれば学生の段階で戦場の派遣する特別招集は早々無い。破軍に限った話では無いが、他の学園からも戦場に出るのは稀だった。

 

 一言で伐刀者と言っても全員が戦闘要員として運用出来る訳では無い。

 仮に戦闘向けの固有霊装を展開したとしても戦いには向き不向きがあった。

 刀華もまた自身の努力の結果、今に至る。努力した結果が常に付いてくるのであれば、自分が困難を脱出出来れば更なる高見を望めると考えていた。

 事実、七星剣武祭での結果を見れば、それは明らかだった。

 自分が戦闘狂に近い事は自覚している。今回の顛末はこれまで歩んだ過程から来ていた結果。

 素直になればなる程、結果を渇望する。自覚はしていないが、刀華もまた戦いに魅入られた事によってその考えに歪みを生んでいた。

 

 

「刀華よ。才能にほれ込んだのは儂だが、だからと言って奢りは禁物だ。やはり、まだ戦場に出るには早かったのかもしれんな。お前は前回の戦場で何を学んだんだ?」

 

「それは…………」

 

 寅次郎の言葉に刀華はそれ以上は何も言えなかった。

 実際にその原因を作ったと思われる人間は寅次郎の隣に居る。しかし、冷静に考えれば小太郎は何も関係無かった。

 互いの立場から来る敵対はそれ以上でもそれ以下でもない。

 戦場で一度でも厳しい戦いを経験すれば身を持って学ぶ事になるが、生憎と類稀なる才能と努力によって構築された刀華の技術は常に昇華し続けていた。

 だからこそここに来て致命的なミスを犯す。それが単に遅いか早いかの違いだけだった。

 

 

「爺。偉そうに言うが、助長させた責任はお前にもある。そもそもなぜ特別招集を許した。こんな小娘が戦場に出るから奢りが生まれる。ならば当然の結果だろうが」

 

「それを言われるとな…………本当の事を言えば、こちらには何の話も無かったんだ」

 

「ほう………『闘神』を無視する様な輩が居るのか?小娘は爺の弟子なんだろ」

 

「……その件は迂闊だった。まさか黒鉄の倅がそうするとは思わなかったんでな」

 

「相変わらず、視野の狭いやつだな。あれが連盟の支部長とは彼奴も苦労するな」

 

「そう苛めるな。あれもまた気苦労が絶えんからな」

 

「あの……師と、そこの人は一体………」

 

 あまりの展開に刀華は何が起きているのか理解出来なかった。

 厳密には理解はしているつもりだが、事実を脳が拒絶している。

 自分の師でもある寅次郎と、恐らくは小太郎だと思われる人物が余りにも親しい事に驚いていた。

 関係性が全く分からない。だからなのか、二人の会話を遮る形で口を開いていた。

 

 

「こいつは、小太郎だ。お前が散々やられた…な」

 

「なぜ、師と………」

 

「こやつの先代からの付き合いだ。周囲には言うな。何かと面倒になるんでな」

 

 寅次郎の言葉に刀華はそれ以上は何も言えなかった。

 自分の師がまさか風魔と付き合いがあるとは全く知らない。これまでに自分が取っていた行動は一体なんだったのだろう。そんな取り止めの無い考えだけが渦巻いていた。

 

 

「小娘、そんな事はどうでも良い。お前がやった事に対してどうするのかと聞いたんだ。これからは何を目指す?」

 

「…………まだ、分かりません」

 

「心技体が揃わない未熟者の分際で色を出すからだ。そもそもお前程度の人間など掃いて捨てる程居る。羽虫程度の存在の一つが何を悩む」

 

 龍玄を強襲した事で分かったのは、自分とは明らかに何かが違うと言う事実だった。

 自分もまた戦場に赴き、生存した事で伐刀者としての経験を積んでいる。しかし、対峙した龍玄は更にその上を行っていた。

 人を殺める行為が精神に及ぼす影響は大きい。これが学生の範囲であれば決定的な差を生むはずだった。実戦経験の差は余りにも大きい。

 しかし、自分以上に死線を潜り抜けた人間からすれば刀華の経験など無に等しかった。

 当然、精神的優位に立てないとなれば、後は己の技量が全てとなる。しかし、その優位性もまた砂上の楼閣に等しい内容でしかなかった。

 そうなれば互いの優位性は消滅する。となれば、刀華には最初から勝ち目など存在しなかった。

 

 

「刀華よ。お前はまだ戦いだけに身を置くには早すぎる。焦った事によって心の部分が無いのであれば、そこに矜持は無い。お前が手に持つそれは何なんだ?ただの人斬り包丁か?」

 

「それは…………」

 

 寅次郎が何を言いたいのかは直ぐに理解出来た。実際に自分がやった事はただの自己満足の世界であり、そこにはそれ以外には何も存在したない。

 人斬り包丁と言ったのは、刀華の考えた先に何があるのかを説いた結果だった。

 激しく叱咤するつもりが無いからなのか、虎次郎の口調は穏やかな物だった。これが厳しく言われればまだ良かった。穏やかが故に刀華は自分が愚かであった事を悟っていた。

 

 

「恐らくはもう二度と無いかもしれんが言っておこう。周囲に迷惑をかけたと思うならば自分の事を改めるんだ。特に貴徳原の嬢ちゃんは心配していた。普段のお前はあんな状態なのに、どうして戦いになると視野が狭くなるかを知るが良い」

 

「……………はい」

 

 心が完全に折れたからなのか、寅次郎の言葉は刀華の心に染み渡る。

 自分の考えが幼稚だと理解したからなのか、そこに異論は無かった。

 刀華の双眸から無意識の内に透明な物が流れ落ち、シーツに染みを作る。後は自分との中でどうやって折り合いをつけるのかだった。

 

 

 

 

 

「爺。茶番はここまでにしろ。どんな形であろうと弟子の不始末は師が拭うのが当然だ」

 

「お前な……折角ここは良い場面なんだ。少しは遠慮したらどうだ?」

 

「阿呆が。少なくとも小娘と周囲の被害を止めたんだ。当然だろうが」

 

 小太郎の言葉に刀華の肩は不意に動いていた。先程の言葉に出た周囲の意味は何なのか。少なくとも風魔の伝聞だけを聞けば、今回の件は自分自身だけに留まらない。まさかとの考えと同時に視線は小太郎へと向いていた。

 

 

「我々に歯向かった代償が小娘の命一つなはずが無かろう。貴様の犯した代償の大きさを知るんだな。爺。俺は外で待つ。後は好きにしろ」

 

 それ以上は何も言うつもりは無かったからなのか、小太郎はそのまま病室を出ていた。

 元々寅次郎と小太郎が来た時点でカナタもまた退出している。この場には二人以外に誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風間君。刀華さんの件ですが………」

 

 既に帳が落ち、食事も終えた頃。カナタは唐突に龍玄に刀華の事を話しかけていた。

 実際に非があったのは間違い無い。その場にはカナタは居なかったが、病院から聞いた情報では刀華の病室にはそれなりに居た事は聞いていた。

 当然ながら誰が来ているのかを知っている。そうなれば話の内容が何なのかは考えるまでも無かった。

 

 刀華の事は師が何かをしているはず。そうなれば次に気になるのは当事者の一人でもあった龍玄の思惑だった。

 襲撃された事実を否定する事は出来ない。幾ら何の問題も無く下したとはいえ、殺意を持ったのは事実。

 だからこそ、カナタは龍玄がどう考えているのかを知りたいと考えていた。

 

 

「何が聞きたい?」

 

「今日、刀華さんの下に師でもある南郷寅次郎様()が来ていました。恐らくは今回の件での話だと思われます」

 

「で、俺とどう関係がある?」

 

 刀華の事を話題に出したものの、肝心の龍玄は何も変わらないままだった。

 実際にどんな戦いだったのかは分からないが、カナタの知る範囲で、互いの技量の差がかなり開いていた事だけは間違い無かった。

 あの後、カナタは朱美にも聞いたが、朱美もまた最初から居た訳では無い。

 呼び出された結果として戦いを止めただけだった。

 予選会の様な内容ではない。当然ながら互いにしこりがあると判断した結果だった。

 

 

「風間君は刀華さんの事をどう考えているのかと思ったので」

 

「……どうもこうも無い」

 

 テーブルの上に置かれた湯飲みを持つと、龍玄はそのまま淹れた緑茶を飲んでいた。

 カナタの表情は未だ強張ったまま。恐らくは龍玄とではなく風魔に対し、敵対した事実をどう考えているのかを知りたいのだろうと考えていた。

 

 部屋の空気に緊張感が漂う。恐らくは自分の見解を知りたいが為に切り出したのは、ある意味では当然の事だった。

 事実、刀華に限った話では無いが、自分の周辺に関連する人間の身辺調査は最初の段階で完了している。仮に何らかの問題が浮上した場合、速やかに全てを処分する為だった。

 

 下手に温情を残せば禍根は自分へと返ってくる。ならば最初から無かった事にすれば良いだけの話だった。

 事実、一輝の件で赤座の一家を根切にしたのはこれが主な理由だった。下手に人間を残せば未来に何が起こるのかが分からない。たかが任務の一つの中で起こった事に対し、いつまでも監視する事は不可能だからだった。

 当然ながら今回の件でも刀華の身辺調査は完了している。後は小太郎の思惑一つで実行するだけの話だった。

 しかし、肝心の小太郎が下した結果は一時預かり。組織の長が下したのであれば、龍玄と言えど早々に抗弁する事は無かった。

 そんな事実があるからこそ龍玄は刀華に対し、何の感情も抱いていない。一方のカナタはそんな実情を知らないからこそ、龍玄に確認する以外に方法が無かった。

 

 

「ですが、敵対した以上は何らかの措置があるはずです」

 

「措置……確かにそうだな。だが、今回は既にその件は終わっている。そもそもカナタが当事者となって糞親父と交渉したんだろ。俺がその内容を知らないのであれば動きようも無いんだが。

 それに、何を交渉したのかは別に知りたくはない。あの話からすれば朱美も何らかの事は知っているとは思うが、肝心のこっちにまで下知が無いならそれまでの事だ」

 

「ならば風間君自身は刀華さんに対し、蟠りは無いと言う事で良いんですか?」

 

「蟠りなんて最初から無い。自分より格下の人間とじゃれた程度で持つ程の物でも無い」

 

 龍玄の言葉に、カナタは内心はやはりと考えていた。学内では刀華が序列一位である為に、実質的には最強となっている。しかし、それが本当の意味で正しいのかと言われれば否としか言えなかった。

 龍玄は未だ予選会で抜刀絶技を使用していない。それ所か、今回の襲撃の際にも一切使っていなかった。

 得物として持っていた刀は鍛錬用の為に通常の物よりも重量がある。これで刀華の斬撃を凌ぐのであれば、実際に(かな)うはずが無かった。

 カナタもまたあの刀身がどれ程の重さなのかを知っている。

 以前に一度だけ持った際にはかなりの重量だった記憶があった。

 それを小枝の如く振るう。固有霊装と同等でやってのける斬撃は刀華をも凌ぐ程だった。

 だからこそ()()()()と表現した内容にカナタは反論をしない。それが誇張されたものではなく、単なる事実である以上は当然の事だった。

 

 

「気にされてないのであれば、特に問題はありません。幾ら三年とは言え、まだ夏ですから。今後はまだ顔を合わせる機会もあるかと思っただけです」

 

「そうか……ならばそう伝えておくんだな。それと言伝も頼めるか?」

 

「言伝……ですか?」

 

 突然の言葉にカナタは少しだけ考えていた。実際に何を話すのかは本人しか知らない。先程の言葉を正しく理解するのであれば言伝が何を意味するのかが解らなかった。

 

 

「ああ。大方ステラとの戦いで触発されただけだとは思うが、どちらにせよ力が足りないんだよ。その気も無いのに無暗に挑むな」

 

「その気………ですか」

 

「そうだ。それ意外には無いな」

 

 龍玄の言う、その気が何なのかはカナタにも分からなかった。

 実際に刀華だけでなくカナタもまた学生の身でありながらに特別招集の名目で戦場は何度か経験している。殺意が蔓延る現地では自信の命が脅かされる。

 当然、自分だけでなく相手もまた同じ事を考えるからこそ、戦場は多大なストレスがかかり、また弊害も多い。

 死線を潜り抜けた人間に対し、その気が指すのは大よそながらに何なのかはは分かるが、それもまた完全な正解では無い様な気がしていた。

 

 

「伝えるに当たって教えて下さい。その気とは何を意味するのですか?」

 

「そこからか…………その気は殺意と狂気だ。自分が戦っても生かされると思ってるから、あんな無謀な事が出来るんだよ。本当の意味での命のやりとりをしているならば選択肢としてはあり得ないんだがな」

 

 龍玄の言葉にカナタは自身の考えが正しい事が証明されていた。しかし、生かされると言う言葉の意味が分からない。戦場を知らなければ、言葉の意味は分からないでもないが、それでもやはり真意が何なのかはカナタとしても知りたかった。

 

 

「私達も戦場ではその気ですが」

 

「違う。前回の戦場でお前達は何を感じたんだ」

 

 龍玄の指す前回の戦場は、春先に起こった内乱の件だった。実際に刀華とカナタは特別招集で派遣され、結果的には生き残っていた。

 捕縛された当時は色々と思う部分もあったが、周囲の視線が自分達にあまり向いていなかった記憶だけがあった。

 だからこそ、言葉の真意を知りたくなる。カナタは龍玄が話の続きをする事を待っていた。

 

 

「戦場は綺麗ごとだけじゃない。命の危険は常に孕む。それにお前は女だ。その扱いがどうなるのかは分かるはずだ」

 

「ですが、国際法では……」

 

「ストレスの高い局地戦で法を護る人間がどれだけ居る?問題があれば始末するだけで終わるんだぞ。そんな場所で捕虜を護るなんて言葉は存在しない」

 

 事実、カナタも初めて敗北したのは春の特別招集だけだった。当時は覚悟はしたものの、結果的には何も起きていない。それは偏に法に護られていると判断したからだった。

 実体験がそれだけであれば誤認するのは無理も無い。だからこそ龍玄は警告とばかりに口にしていた。

 

 

「ですが………」

 

「ならば身を持って経験するんだな」

 

「え?」

 

 カナタが口を開いた瞬間、視界は一気に天井を向いていた。

 突然の景色に自分がどうなっているのかは分からない。気が付けば自分の使うカップは中身を零して床に転がっていた。

 僅かに視線がそちらに向く。その瞬間、カナタは一気に押し倒されていた。

 

 何が起こったのかが理解出来ない。完全に動揺したからなのか、気が付けば龍玄は自分の身体の上に跨っていた。

 腕は手を挙げた形で完全に拘束され、足もまた龍玄は器用に自身の脚で拘束している。声を出そうにも押し出された威圧で喉が機能を失った様に感じていた。

 カナタは突然の出来事に呆然としている。一方の龍玄はまるで気にする事なくそのままカナタの服を引き裂いていた。

 引き裂かれる布の音とボタンが床に落ちる音によって自分がどうなるのかが直ぐに分かる。龍玄の目は何時もとは完全に違い、狂気が宿っていた。

 強引に引き裂かれた服は既に意味を失っている。今のカナタは完全に無防備だった。

 これから起こる事を想像したからなのか、カナタの目には雫が浮かんでいた。

 龍玄の手が自身の下着へと動く。カナタは恐怖のあまり思わず瞑目していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少しは分かったか?」

 

 龍玄はそれ以上何もするつもりは無かった。

 戦場での女の扱いがどうなるのかは良く知っている。余りにもカナタが知らな過ぎたと考えたからこそ、身を持って教えただけだった。

 未だカナタは瞑目したまま身体が硬直している。完全に恐怖心を抱いたからなのか、龍玄は拘束と解いた後も暫くはそのまま放置していた。

 

 

「口で説明してくれれば良かったんじゃ………」

 

「言って理解しないからやっただけが」

 

「だからと言って………あんな、ご、ご、強姦紛いな事をしなくても…………」

 

 何時もの淑女ではなく素が出ているからなのか、カナタは少しだけ頬を膨らませていた。

 これが演技だと思えない程の迫力があったからなのか、カナタの心臓は未だに早鐘を突いた様になっている。

 口ではああ言ったものの、カナタもまたここに来て漸くその意味を理解していた。

 

 

「狂気を孕んだ人間に理を説くのは不可能だ。幾ら理知的な人間も戦場では正気を失う。お前達がこれまで経験したのは別物だ」

 

 龍玄はそれ以上は言っても仕方ないと判断したからなのか、転がったカップを片付けていた。

 まるで自分達が経験した事が無意味だと言わんばかりの態度。カナタは少しだけ憤っていた。

 

 

「俺達だって戦場では満足に戦えない事もこれまで何度もあった。油断だけが問題じゃない」

 

「え………」

 

 龍玄の言葉にカナタは思わず声を上げていた。

 少なくともカナタの中では風魔の人間が負傷する場面を想像出来ない。嘘だとも思ったが、龍玄の目に偽りは無かった。

 

 

「覚悟が無いなら戦場には出るな。今回は偶々依頼があったから保護しただけの事だ。

 あの件も実際には対象者の状況は考慮されていない。お前達は単純に運よく助かっただけの話だ。それをあれは勘違いしたんだろうな」

 

 龍玄の言葉にカナタは改めて思案していた。自分達では想像もつかない世界を龍玄は生きている。それを垣間見た瞬間だった。

 

 

 


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