英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第36話 強襲

 まだ陽光が世界に姿を現すまでには少しだけ時間が必要だと思う頃、刀華はまだ眠っている部屋の相方でもある泡沫を起こさない様にひっそりと準備をしていた。

 あの戦いを見て理解したのは、自分の実力や存在がそれ程大した事は無いと言う事実だった。

 

 確かに今の刀華にとってKOKや闘神リーグの上位は手が届く存在ではない。魔導騎士ランクのクラスだけが誇れるのは上位ではなく、下位や中位の一部だけ。冷静に考えれば『特別招集』に集まった人間の大半はそうだった。

 

 戦場と整えられた闘技場ではそもそも前提が大きく異なる。幾ら不意討ちや騙し討ちが可能な闘神リーグであっても、自身が体験した戦場からは遠く離れた存在だった。

 まだ七星剣武祭が終わっていないが、実際に三年次の人間はそろそろ卒業後の進路も視野に入れる時期に差し掛かっていた。

 当然本戦での成績が良ければ更なるステージに行く事も不可能ではない。刀華自身もまた似たような事を考えていた。

 それだけではない。自身が育った『青葉の家』の人間もまた刀華には期待していた。

 

 昨年の成績から鑑みれば、今年は更に上を目指す事も不可能ではない。そんな期待もまた背負っていた。

 そんな中で最大の障害となるのは、間違い無く風間龍玄の存在だった。風魔四神の一人でもある青龍。裏の人間であれば誰もが知る程のビックネームだった。

 まともに戦って五体満足で生き残れた人間は皆無。仮に生きて戻れた人間もまた廃人となっていた。

 そんな人間に対し、これからやるのはある意味では無謀な物。戦場では無いが、それでも今の刀華にとってはある意味では戦場に赴く心境となっていた。

 まだ暗い時間帯ではあるが、日の出の時間まではあと十分程度。場外乱闘の戦いがどんな物になるのかは分からないが、今の刀華は既にそんな事すら無意味とばかりに龍玄がいるであろう場所へと歩き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カナちゃん。風間君って普段はどんなスケジュールで動いてるか知らない?」

 

「刀華さん。まさかとは思いますが………」

 

 誰も居ない事を確認したからなのか、刀華はカナタに徐に確認していた。

 実際にステラの戦いを見た後の刀華の心情は穏やかではなかった。

 幾ら鳴神を振ろうが、ステラを翻弄したイメージは頭の中にこびりついている。実際に自分が同じ立場だったらどうなんだろうか。そんな取り止めの無い事だけがぐるぐると渦巻いていた。

 

 破軍学園序列一位や昨年の七星剣武祭ベストフォーの肩書は全く意味を成していない。本当の意味での強者が居ない戦いは無意味だと思う程だった。

 昨年の負けた相手は結果的には優勝したが、それはあくまでも自分の間合いから完全に外れた所からチマチマと攻撃した結果だった。

 クロスレンジから逃げながらの勝利。当然ながら幾ら刀華が何を言った所で試合の結果が全てを物語る。だからこそ、今年はその復讐(リベンジ)と言わんばかりにロングレンジからミドルレンジの間合いの対策を練っていた。

 しかし、その対策でさえもあの戦いを見た後では陳腐にしか思えない。対戦した相手には申し訳ないが、刀華もまたこの予選会で相対すればと考えていた。

 しかし天の配剤か悪魔の悪戯なのか、龍玄と対峙出来たのはカナタだけ。実際にカナタもかなりの手練れではあるが、そこから先に関しては敢えて何も考えなかった。

 

 

「私の最後の相手は風間君じゃない。だからと言って、黒鉄君には手を抜く訳じゃないから」

 

「ですが、場外乱闘が知れれば刀華さんは………」

 

 カナタが心配するのは当然だった。

 刀華自身がこの戦いをどれだけ渇望しているのかはカナタとて理解している。当然ながら本戦に出場する為には相応の勝ち星もまた、必要だった。

 実際に今の刀華の立ち位置であれば本戦の出場は見るまでも無い。

 残された試合は後一つ。仮に負けたとしても最後の星取でクリア出来るのは間違い無かった。

 だからこそ、カナタとて態々場外乱闘の様な戦いを望む刀華を諫めるしかない。仮にこれが元で処分されればその出場すらも危ぶまれる。態々危険を冒してまで龍玄との戦いを熱望する意味が解らなかった。

 

 

「カナちゃんには悪いけど、これはある意味では私の個人的な物なの。心配してくれるのは有難いけど、私は今のまま前に進む訳には行かない」

 

「………その気持ちは変わらないのですね」

 

「ごめんなさい。我儘を言ってる自覚はある。そしてその結末もまた……」

 

 刀華はそれ以上口にする事は出来なかった。実際に口にしようとしたのは龍玄との戦いの結末。全力で闘うのかは分からないが、それがどんな結末をもたらすのかを口にすれば本当にそうなる予感がしたからだった。

 誰もが負ける前提で戦いを起こす事はしない。相手が強大だと認めているからこそ、刀華はその先を言わなかった。

 

 

「………分かりました。であれば、私が話したと言って下さい」

 

「有難う。カナちゃん」

 

 刀華の表情はこれまでに無い程真剣な物だった。

 実際に予選会でも真剣に戦っているが、少なくともこんな刀華の表情をカナタは見た事が無かった。その結果がどうなるのかは大よそながらに予測出来る。

 だからなのか、カナタもまた人知れず手を打つ事を決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何時もと変わらないはずの運動量はまるで周囲を気にする必要が無いと思える程の内容だった。二本の脚がしっかりと掴む事が出来る場所であれば、龍玄の行動を妨げる様な事は無い。それが水面だろうが壁面だろうがそこに差は無かった。

 既に手慣れた行動だからなのか、その動きに澱みは無い。準備運動代わりに動いた後に待っていたのは武器を使用した鍛錬だった。

 毎回無手ではなく、刀や槍も使う。手に馴染む程に繰り返す事によって、一つの動きを完成させていた。

 時折舞う木の葉は無抵抗の如く裁断される。本来であれば従来の刀とは程遠いはずのそれは、今の龍玄にはどこか似合っている様だった。

 

 

「俺に何の用だ?」

 

 誰も居なはずの空間に龍玄は呟くかの如く声を発していた。

 周囲を見た限り、人の気配は何処にも無い。ここに誰かが居れば、独り言をつぶやいている様にも思える程。その言葉の後にも拘わらず、人が出てくる気配は何処にも無い。だからなのか、龍玄は敢えて隙を作るかの様にゆっくりとした動きで相手を誘っていた。

 

 何も無いはずの空間から飛び込んで来たのは雷をイメージさせる斬撃。物理的な攻撃では無い為に、これに対しては回避するしか手段は無かった。

 断罪するかの様な刃はそのまま龍玄へと向かっている。

 一方の龍玄もまた同様に、不可視の刃をそれに向って放っていた。

 互いが作り出すエネルギーは反作用するかの如くそのまま消滅する。未だ消える事の無い気配に、龍玄もまた視線を動かす事なくある一点だけを見ていた。

 

 

「賊か………」

 

 まるで納得したかの様に龍玄は再度、不可視の刃を先程放たれたと思われる場所へと飛ばす。その瞬間、龍玄の姿は消え去っていた。

 

 

 

 

 

(まさかとは思ったけど)

 

 刀華は自身が放った雷の刃がまさかあんな形で消滅するとは思ってもいなかった。

 少なくとも自分が知る中では龍玄があれ程刀を使いこなすとは思っていない。だからこそ奇襲をかけるかの様に攻撃し、回避した瞬間に飛び込むつもりだった。

 互いの刃がそのまま消滅した瞬間、刀華の首筋には冷たい物が疾る。それは勘による危険察知だった。

 油断する事無くいつでも同じ攻撃が出来る様に納刀し、態勢を整える。その瞬間、飛び込んで来たのは不可視の刃だった。

 自身の服が汚れる事も構わないとばかりに地面に転ぶように回避する。その瞬間、刀華の視線の先には龍玄の姿は見当たらなかった。

 

 

「くっ!」

 

 息が漏れたかの様に出た言葉は今の状況を物語っていた。

 視界から消え去った龍玄がどこに向かうのかは刀華にも予測出来ない。本来であれば直ぐにでもその場から移動し、索敵するはずだった。

 しかし、先程と同様に再度首筋に冷たい物が疾る。鳴神を防御に使うように首筋に這わせたからなのか、その近くでは必殺の刃が停止していた。

 

 重く鋭い衝撃に声が漏れる。この時点で誰が襲撃したのかはバレていた。

 次に待つのはこちらの反撃か相手の追撃。その選択肢を選ぶ事もなく、襲撃者はその場から退避していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか序列一位ともあろう人間が、こんな俺に奇襲をかけるとはな」

 

 刀華の視線の先には既に龍玄が納刀したままの刀を手に佇んでいた。既に交戦状態である以上、その場に留まるのは愚策でしかない。それは刀華よりも龍玄の方が理解しているはずだった。

 一度の交戦で互いの存在は既に知っている。その真意を確かめるべく龍玄は動く事無く刀華の前に立ちはだかっていた。

 

 

「まともに話しても戦ってはくれないでしょ」

 

「当然だ。俺に何の利がある?」

 

「だからよ!」

 

 お互いが対峙した距離はそれ程開いている訳では無かった。距離にしておよそ五メートル程。一足飛びで動くにはそれなりの距離だった。

 刀華は固有霊装である為にその所在は簡単に変更する事が出来る。それに対し、龍玄の持つそれは霊装ではなく純粋な刀。

 納刀した状態である以上は、それなりの手順が必要となっていた。

 

 一旦消滅させたかと思った瞬間、再度顕現した霊装は既に納刀状態となっていた。ここからやるべき事は自身が珠雫と戦った際に使用した業。抜き足からの飛び込んだ抜刀術だった。

 龍玄の反応速度がどれ程なのかは刀華は何も知らない。少なくとも自分と同等レベルだと当たりを付けたからなのか、その体躯は一気に最高速へと加速していた。

疾駆した瞬間を見たにも拘わらず龍玄は何の反応も見せない。このまま終わるはずは無いとは思っても、何も動かないのであればこのまま斬り捨てるだけだった。

 

 詰まる距離と同時に鞘の中には雷を応用したかの様に電磁誘導させていく。ここから放たれる抜刀術は自身の二つ名の語源ともなった雷切だった。

 鞘から白刃が煌めく。まさにその瞬間、不自然だと本能が察知していた。

 抜き足からの加速をした体躯を強引に動かす。無理矢理動いた為かその態勢は完全に死に体だった。

 その瞬間、先程まで自分が居た場所に予測不明の斬撃が飛ぶ。それは刀華自身が予測しない程の速度だった。

 

 

「へぇ、よく躱せたな。あのままだったら右腕が吹き飛んだはずだったんだが」

 

 龍玄はそう言いながらも再度納刀していた。刀華が回避出来た事を賞賛はするが、その目に笑みは無い。既に討伐対象だと判断したからなのか、刀華を映すその目には既に光は無かった。

 

 

()が誰に刃を向けたのかを知るんだな」

 

 言葉に感情が乗る事は無かった。まるで死人の様な雰囲気に刀華は僅かに気圧されていた。

 これまで特別招集の名の下に幾度となく戦場に足を運び、その都度敵を屠って来た。中には手練れの人間もいたが、それもまた全てを斬り伏せていた。

 初めて敗北を味わったのは小太郎と対峙した時だけ。二度の敗北は刀華の矜持を傷つけたかの様に思っていた。

 しかし、小太郎の技量がどれ程なのかを理解したからなのか、その遠い背中は近づくのはおろか、確実に離されて行く。だからこそ、自分の立ち位置がどれ程なのかを確かめるべく刀華は半ば奇襲じみた戦いを龍玄に挑んでいた。

 

 それに対し、龍玄もまた小太郎と同様だった。それどころか、既に状況は最悪の状態に変化している。完全に敵として認定したからなのか、龍玄の中で刀華はその辺の有象無象と同じだと判断していた。

 

 

「思い通りにはさせない」

 

 刀華もまた学内の序列の事など完全に頭の中から離れていた。自身が持つ最大の攻撃が事実上潰された事に違いは無い。しかし、戦いは最後までその場に立っていた人間が勝利する。だからなのか刀華もまた龍玄の攻撃を迎撃すべく、白刃を龍玄に向けていた。

 互いの中間距離で剣戟だけが鳴り響く。寮からは距離がある為に周囲に響く事は無い。それを分かった上で強襲した為に、刀華もまた遠慮する事無く自身の力を発揮していた。

 一合、二合と互いの刃が交差する。本来であればこのまま一気に押し切れると判断するが、刀華は剣戟をこなしながらも冷静だった。

 先程の初撃を忘れた訳では無い。あの抜刀速度は少なくとも自分と同等か、僅かに下の様にも感じていた。しかし、今はどちらかと言えば互角に近い。違和感を持ちながらもそれが止まる事は無かった。

 

 

「この程度か?」

 

 音だけを聞けば激しい剣戟ではあるが、実際にはまるで演武の様にも見えていた。

 鋭い一撃は全て回避され、反撃の刃もまた紙一重で回避する。傍から見れば事前に打ち合わせていた殺陣の様にも見えていた。そんな中での龍玄の言葉。まるで刀華の秘めた内情を覗き込まれたかの様な感情が背中を疾っていた。

 それと同時に今の状態が膠着しているとは思えない。刀華は本能に従うかの様に最後の攻撃を態と大きく取る事によって距離を取っていた。

 

 

「何だ?ままごとは終いか?」

 

 まるで獲物を見るかの様な視線に刀華は龍玄の持つ刃に視線を動かしていた。先程までの剣戟であれば刃こぼれの一つもあるはず。少なくとも自分の固有霊装では刃こぼれはしないからなのか、こちらが優位に立てるのかを確認していた。

 しかし、それは刀華にとっての最悪の回答。龍玄の持つ刃に刃こぼれはおろか、先程までの剣戟すら無かったかの様に煌めいたままだった。

 

 

「まさか」

 

 短く発した言葉と同時に刀華は再度攻撃の手段を組み替えていく。こちらの見立てが間違っていなければ先程の攻撃の全てが文字通り鎬で凌がれた事になる。その時点で龍玄の技量が自分よりも上である事を理解していた。

 抜刀術ではこちらに分があるはず。少なくとも刀華が持っていたイメージはそれだった。確かに襲撃前の抜刀術を見ればかなりの技量である事は伺しれている。しかし、それだけでは判断出来ないのもまた事実だった。

 

 刀身を見ればその技量は嫌が応にも理解出来る。ここに来て完全な情報不足のままに挑んだ事を刀華は後悔していた。だからと言ってこのまま見逃してもらえる道理は何処にも無い。刀華は再度攻撃の手順を考えながらも間合を計っていた。

 

 

 

 

 

「改めて聞くが、死ぬ覚悟は出来てるだろうな」

 

 死神の声の如き言葉は刀華の心臓を握るかの様な錯覚を覚えていた。

 風間龍玄と対峙するのは即ち風魔と対峙するのと同じ行為。勿論、刀華もまたその事実を間違い無く理解していたつもりだった。

 

 実際に伐刀者の殆どは自身の固有霊装と同じ武器を得意とし、それに関しての研鑽を積んでいる。当然ながら刀華もまた同じ感覚だった。

 二兎追う者は二兎を得ず。それはある意味では不変の考えでもあり、伐刀者としての常識だった。

 

 時に常識は邪魔をする。今の龍玄はその常識の枠からはみ出た存在だった。

 基本となるべき体術がどれ程のレベルなのかは理解している。しかし、それ意外の技量もまた枠からはみ出ているのは完全な想定外だった。

 少なくとも、この数合で技量は自分と同等、若しくはそれ以上である事は間違い無い。本来であれば穏やかな平和を象徴するはずの学園の裏は、人知れず戦場と化していた。

 目の前の相手は最悪の敵。この場に於いて手加減されるなどとは思う事すら無かった。

 

 

「自殺願望なんて持ってないから」

 

「成程……覚悟は出来てるんだな」

 

 お互いが対峙しているからなのか、不意に龍玄の雰囲気が変化した様に刀華は感じていた。

 これまでと何が違うのかまでは分からない。少なくとも殺気を纏う様な雰囲気は微塵も無かった。

 閃理眼で見る龍玄には大きな変化は見られない。しかし、視覚情報だけに頼るのは悪手だと考えているからなのか、刀華は視覚よりも自分の伐刀者としての本能を優先していた。

 対峙してからそれ程時間が経過する事は無かった。実力が拮抗しているのであれば様子見もまた戦略ではあるが、実力に差がある場合はその限りではない。

 刀華は視覚情報ではなく本能に従って徐に抜刀していた。

 

 白刃が僅かに煌めいた瞬間、刀華は先程の様に冷たくなる感覚ではなく、全身が総毛立つ感覚に支配されていた。

 本来であれば抜刀する事によって攻撃を凌ぐ。これがこれまでの刀華のスタイルだった。

 事実、龍玄もまた行動はしているが、その抜刀速度は自分よりも若干遅い。少なくとも視覚情報ではそうなっていた。

 しかし本能を優先した事によって鳴神は抜刀する事無く途中で止める。

 気が付けば刀華を狙う白刃は既に眼前にまで迫っていた。

 先程までとは違い、この斬撃は不可視の刃を纏っていない。刀華はそう判断したからなのか、振り下ろされる刃をギリギリで見切っていた。

 ここからは自分の番。再度刀華は鞘から抜きかけた瞬間だった。

 

 地面を叩くはずの刃が自分の顎先に向かって跳ね上がる。まさかの攻撃に刀華は自身が着ていた服の全面が完全に切り裂かれていた。

 逆袈裟の様に斬られた先には自身の鮮血が舞う。辛うじて止まったからなのか、服は下着まで完全に斬られていた。

 赤を生み出した刀傷はそのままの勢いで体内から噴出する。鮮血が舞った事によって刀華の胸を中心とした前面は赤く染まる。反応出来たのは単なる偶然だった。

 

 

 

 

 

「……えっ」

 

「何を驚いている?」

 

 刀華の返事を待つ事無く龍玄は更に斬撃の回転数が上がり出していた。

 これまでは互角だったはずの剣戟は完全に押し込まれている。今の刀華に出来るのは襲い掛かる斬撃を回避か防ぐ事だけだった。

 それと同時に、疑問だけが脳内を過る。何一つ変わった事をしている訳では無い。身体強化すら使用しない攻撃は完全に刀華を封じ込めていた。

 止まらない斬撃。今の刀華にとって死の舞踊は既に終焉を迎えようとしていた。

 実像と虚像を混ぜた剣戟は胸の部分だけでなく大腿をも斬り裂く。動脈までは達してはいないが、浅いとは言えない。

 動き続ける事によって噴き出す血液は刀華の体力だけでなく気力もまた奪い去っていた。

 

 

「誰にしかけたのかを後悔して死ね」

 

 同じ抜き足の技術でも龍玄のそれは完全なる一級品だった。

 隙を完全に無くす事が抜き足を防ぐ唯一方法ではあるが、今の刀華にはそこまで気を配る事は出来なかった。

 既に閃理眼の効果を期待する事は出来ない。気配すらも完全に遮断したからなのか、刀華の網膜に龍玄の姿は映っていなかった。

 刹那の攻防に見失うのは、完全なる敗北を意味する。少なくともこの戦いに於いては死と同列だった。

 刀華の白い首筋に白刃が迫る。未だ気が付かない刀華の命の灯はここで潰えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい。どう言う意味だ」

 

「水を差す様で悪いけど、ここはこれで終わりよ」

 

「言葉の意味を理解しているのか?」

 

「分かってるわよ」

 

 刀華の首筋に刃が届く直前、その斬撃を止めたのは一つの鉄扇だった。

 甲高い音を出した瞬間、これまでの死の臭いが嘘の様に消え去っていく。

 刀華は覚悟していたからなのか、その場で足から崩れ落ちていた。

 

 

「風魔に敵対する人間は鏖殺のはずだが?」

 

 龍玄を止めたのは朱美だった。

 鉄扇は朱美の固有霊装。それを見たからなのか、龍玄もまたそれ以上の攻撃をする事を止めていた。

 当然ながら逆らう人間を処分するのがこれまでのやり方だったはず。だからなのか、龍玄の朱美を見る視線は厳しい物だった。

 

 

「小太郎様からの命令よ」

 

「あの、糞親父がか?」

 

「ええ。私はただ頼まれただけだから」

 

 この場には刀華を除けば龍玄と朱美しかいない。本来であればこのまま処分するのが当然のはずだった。

 しかし頭領でもある小太郎の名が出た以上は引くより無い。自然と龍玄の視線は説明しろと言わんばかりに変化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの女は何を考えてるんだ?」

 

「少なくとも私達ではあり得ない感情に間違いないわね」

 

 朱美の説明は極めてシンプルだった。今回の戦いを止めたのが小太郎である以上はそこには何らかの思惑が存在する。

 龍玄は何も聞いていない為に詳しい事は分からない。事実、同じ風魔の組織の中でも全ての情報が完全に統一されている訳では無かった。

 基本的に四神は独自の判断で動く事が殆ど。その為に、互いの利が絡めば共闘するが、それ以外に関しては驚く程に冷淡だった。

 これが普通の組織であれば確実に空中分解する。しかし、小太郎に限らず、今代の代表はそれなりに話せば通じる部分があった。

 だからこそ、朱美の取った行動の裏には小太郎以外の何かが関与しているのは間違い無い。大よそならがに理解したからなのか、龍玄は再度朱美に詰め寄っていた。

 

 

「で、本当の部分では?」

 

「決まってるでしょ。嘆願されたのよ」

 

「また、生かされたって事か」

 

 極秘裏に運ばれたのは貴徳原財団が経営する病院だった。今回のこれが何を意味しているのかは分からなくとも、朱美の言葉に龍玄もまた理解していた。

 嘆願と言うのであれば誰かが依頼している。それが誰なのかもまた言うまでも無かった。

 

 

「そうね。でも、私も今回の件に関しては本当に聞かされていないのよ。私だって急遽駆け付けたんだから。責任とって欲しいくらいよ」

 

「俺に言うな。こっちは賊を始末するだけなんだからな」

 

 実際に刀華の症状はIPS再生槽に入ればそれ程時間がかかる様な物ではなかった。

 刀華がどう思っているのかは分からないが、龍玄はある程度手加減をしていたからだった。

 

 通常の戦場であれば即座に頸を落とすが、今回に関しては刀華が仕掛けた事による第三者の可能性を考えたからだった。

 万が一操られているのであれば、その背後関係を調べる必要が出てくる。何も知らないと仮定しても、最低限の情報は手に入る。その為に龍玄は様子を見る事にしていた。

 事実、不可視の刃が発動したのは最初と最後だけ。背後に何も無ければそのまま終わらせるつもりだった。

 その為に、最後の攻撃は直撃こそ朱美によって阻まれていたが、不可視の刃はそのまま消滅する事無く刀華の首筋を襲っていた。

 衝撃がそのまま肌に伝わった為に、運ばれる際には首筋からも赤いそれが刻まれている。

 朱美が止めなければ完全に胴体と別れていたはずだった。

 

 本来であれば伐刀者の負傷に関しては一定以上の場合、届ける必要があった。一般人とは違い、安易に人の人生を終わらせる事が出来る。だからこそ殺傷沙汰の場合には即時報告をしなければ被害が拡大する可能性があった。

 本来であれば学内の再生槽を使用するのが一番だが、場外乱闘が知れれば確実に刀華には何らかの罰則が付く。仮にも学内序列一位。当然ながらその処分が重い物になるのは当然の帰結だった。

 だからこそ極秘裏に事を運ぶ。普段であればどこか余裕を持っている筈の朱美もまた、少しだけ機嫌が悪かった。

 

 

「お手数をおかけしました」

 

「で、何のつもりだったんだ?俺の行動パターンを知ってるのはお前しかいないはずだが」

 

 二人の言葉を遮る様に出た謝罪の言葉はカナタの物だった。

 龍玄が言う様に朝の鍛錬のジスケジュールは本人以外にはカナタしか知らない。

 厳密にはカナタでさえも詳細を知っている訳では無く、偶然出た話の中からの推測による物だった。

 場所が場所なだけに三人以外の人の気配は存在しない。突然のカナタの言葉に龍玄は内心またかと思っていた。

 

 

「それに関しては申し訳ないと思います。私とて風魔に敵対するのがどれ程危険なのかは理解しています。それでも尚、そうしたのは……」

 

「待て。それ以上はお前の口から聞く必要が無い。あれが目覚めたら聞くつもりだ。で、今度は何を契約したんだ?」

 

「それは…………」

 

 カナタの言葉を遮った龍玄の質問に、カナタはどうした物かと考えていた。

 恐らくは確実な回答をしない事には今後の信用にも関係する。

 しかし、その内容をそのまま口にするのはカナタにとっても憚られる。時間を考えれば刀華の治療はそれ程時間がかからない事は医者からも聞いていた。

 言い淀めば淀む程カナタもまた立場が悪くなる。自身もまた理解しているからなのか、カナタの視線は不意に朱美の下へと動いていた。

 

 

「詳しくは契約よ。知っての通り、小太郎様から下知が来た以上は直接聞いてみたら?特に実害は無いんだし」

 

「朱美。まさかとは思うが、お前も契約の内容を知っているのか?」

 

「さっきも言った通りよ。急遽来る事になったんだから知る訳がないじゃない」

 

「……………まぁ良い。糞親父に聞いた所で素直に言う訳が無いからな」

 

 朱美の態度を見れば何らかの形で関与しているとは思うが、契約である以上は龍玄もまたそれ以上何も言えなかった。

 既に時間がそれなりになり出している。朝の鍛錬の時間がまだ早かった事から、今から戻れは朝の時間には間に合う頃だった。

 

 

「………カナタ。お前はどうするつもりだ?」

 

「刀華さんの治療が終わるまではここに居ます。学園には私用で遅れると言えば問題ありませんから」

 

 カナタは会社と自身の立場を事前に破軍にも伝えてあった。

 事実、特別招集による出動が絡めば必然的に単位の問題が出てくる。それと同時に、家の用事もまた時には平日の昼間になる事もあったからなのか、会社を設立した時点で届けてを出していた。

 本来であれば認められるはずがない内容ではあるが、カナタの個人的な事情を黒乃もまた汲んだ結果だった。

 今回の件に関しても既に根回しが終わっているはず。でなければ刀華の件もまた問われる可能性があったからだった。

 

 

「そうか。何をどう考えているのかは知らんが、次は無い。自身の命を対価にするなら死人となって来るとあの女には伝えておけ。でなければ住む世界が違い過ぎる」

 

「分かってます。それに手加減していた事も」

 

「……そうか」

 

 刀華の容体がどうなろうと龍玄にとってはどうでも良かった。

 実際に先制した物を迎撃しただけの話。刀華には無数の刀傷があるが、龍玄は何一つ無い。それが互いの示す技量の違いだった。

 これまでにも敵対した人間は何かと篭絡しやすい戦術を取ってきている。

 カナタや刀華は知らないが、これまで幾度となく死線を潜り抜けているのであれば当然の行為。これが学内での試合であれば気にするのかもしれないが、龍玄にとってはごく日常とも言える内容だった。

 足音と共に遠ざかる。姿が見えなくなったからなのか、カナタも少しだけ溜息が漏れていた。

 

 

 


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