英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第27話 大きな壁

 苛烈になった予選会の状況は殆どの生徒が知る事になっていた。これまで無敗だった人間は既に数える程。予選会に関心が無い人間でさえも、今が異常事態になっている事は直ぐに理解出来ていた。

 そんな中、無敗の人間が今年入学したばかりの一年に偏っているからなのか、今日の目玉でもある黒鉄珠雫と藤堂刀華の一戦はこれまでに無い程の注目を集めていた。

 予選会の最終戦にも拘わらず、その話題は朝から尽きる事は無かった。

 

 

「ねぇイッキ。シズクの状態はどうなの?」

 

「どうだろう。対戦相手が決まってからの珠雫は鬼気迫る様子だったからね」

 

 一輝の言葉にステラは少し前に聞いた珠雫の話を聞いていた。

 予選会が始まってからは学園内部の訓練室は一般生徒にも開放されている。常に上を目指す為の技術向上を目的としているからなのか、今年は例年に無い程に利用頻度が多くなっていた。

 

 一年よりも二年、それよりも三年の特に戦闘技術を磨いている人間は更にその傾向が顕著になっている。基本的にはオープンになっている為に学年による制限は無い。そん中で珠雫は上級生に対し、事実上の宣戦布告をした事によって一番大きな訓練室一帯を凍結させていた。

 魔力制御が学内でもトップクラス。誰もが当初言われた事によって怒りを覚えていたが、珠雫が周囲一帯を凍結させたその光景を見た生徒は誰もが絶句していた。

 これまでに無い程の精密な制御と膨大な魔力量。Bランクの実力を如何なく発揮した結果だった。

 

 

「今でもその評価に変わりは無いのよね」

 

「そうだね。でも戦いに絶対は無いんだ。どんな戦法で来るのかも考えれば、諦める必要は無いよ」

 

 授業は午前中で終わったからなのか、一輝の周りには何時ものメンバーが集まっていた。

 入学当初に見せた一輝の技量は同じクラスの人間を魅了する程だった。

 最近になってからは一輝の予選会での内容を知ったからなのか、その数は少しづつ増えている。これまでの才能と言う名の漠然とした物差しではなく、純粋に戦闘に関する技量を持っているからなのか、一年だけでなく、上級生にもこれまでの認識がゆっくりと改められていた。

 事実、今年の予選会で異能だけで勝ち残った人間が誰一人居ない。それぞれが唯一ともとれる戦闘能力を発揮し今の状況になっていた。

 

 

「身内のイッキがそう言うなら私はそれ以上の事は何も言わないけど………」

 

 ステラの言葉に一輝もまた苦笑いで誤魔化すよりなかった。

 一輝と珠雫の決定的な違いでもある魔力量や制御に関しては実際問題として一輝も何も言う事が出来なかった。

 最低限の能力でもある身体強化だけの一輝は必然的に戦闘技術を高める以外に手段がない。

 一方の珠雫からすれば、戦闘技量はそれなりではあるが、魔力と言う理不尽な力をどうやって活かすのかによって戦局が大きく変わる可能性を秘めていた。

 応援はするが、口には出来ない。一輝がそれで苦労してきた事はどうしようも無い事実。ステラの様に膨大な魔力を持っている側からすれば、戦略の多さはそのまま勝敗にも影響を及ぼすのは当然だった。

 

 

「そう言えば、龍はどう思う?」

 

「お前の妹の件か?」

 

「うん。僕の場合はどうしても身贔屓になるからね。龍の立場ならどうかと思ったんだけど」

 

 一輝が龍玄に聞いたのは色々な思惑があったからだった。

 純粋な勝敗だけ見れば龍玄の現状は既に候補にも残れない程に敗北をしている。しかし、その内容は全てが不戦敗によるもので、純粋な勝敗だけ見れば事実上の瞬殺だった。

 つい先日の戦闘に於いても、龍玄が放った攻撃はたったの一度だけ。それも致命的な一撃だった。

 予選会では最低限の命の保証はされているが、それは絶対ではない。龍玄の攻撃は常に致命傷を匂わす程の攻撃が殆どだった。

 少なくとも五体満足で負けた人間を見た記憶が無い。そう考えれば龍玄の評価は何らかの物差しになる可能性の方が高かった。

 

 

「客観的に見れば東堂が勝つだろうな」

 

「ちょっと、リュウ。少しは考えても良いんじゃないの?」

 

「考えるまでも無い。それにステラは大きな勘違いをしている」

 

「勘違いって?」

 

 龍玄の迷いのない言葉にステラは少しだけ驚いていた。

 それと同時に、龍玄が適当に言葉を口にしない事も理解している。だからなのか、その次の言葉を待っていた。

 

 

「誰もが持っている雷切のイメージだ。当然ながら、ここの三年であれば情報は誰よりも多く、またその戦法も知られている。そんな人間が何の対策も立てる事無く戦う事は無い」

 

「だったら、シズクも対策するんじゃ」

 

「その前提が()()()()()()()()()そうかもしれない。だが、思い込みは思った以上に厄介なんだ」

 

 ステラと龍玄の会話に一輝は違う事を考えていた。

 確かに雷切と呼ばれる謂れは誰もが知っていると同時に、その二つ名に相応しい戦いをしている。

 代名詞の通り、完全なクロスレンジで負け知らすなのは既に常識となりつつあった。当然ながら誰もがそれを考える。しかし龍玄が言う様に、その前提が本当に正しいのかを誰もが知っている訳では無かった。

 

 

「龍。だとすれば次の戦いでは戦法を変えてくる可能性があるって事?」

 

「それは本人に聞け。俺が言うのはあくまでも可能性の話だ。負け無しもそれはそれで重圧があるだろうからな」

 

 一輝にそう言いながらも龍玄は以前に刀華の事を小太郎から聞いていた。

 戦場での経緯はともかく、まさか小太郎と交戦しているとは思ってもいなかった。結果は聞くまでも無いが、刀華の性格を考えれば当然ながら自身が誇る最大の攻撃をするのは見るまでも無かった。

 これまで色々な対策を練られた所で、それを無理矢理ねじ伏せた以上は自身の攻撃スタイルにプライドを持っているはず。

 しかしながら戦場でのそれは自殺行為でしかない。戦局を読めない人間は確実に狙い撃ちされ、そのまま戦場に散る。しれが戦場の摂理だった。

 刀華はその点では小太郎と二度、交戦している。実際には交戦とは言えない物だとしても、自身の最大の攻撃を児戯と変わらない捌き方をされれば、戦法を変えるのはある意味では当然だった。

 これは龍玄だけが知る内容であり、一輝はおろか珠雫も知らない事実。待ちを主体とする後の先が本当に正しいのかを考えるのは本人だけだった。

 

 

「とにかく絶対は無い。そう言えば、あの晩にあった貪狼の倉敷蔵人だって武祭のベストエイトだったんだ。あれよりも上が全員強者である可能性は無いからな」

 

 龍玄はあの時の蔵人の事を口にしていた。一輝が仮にあの場で戦えばどんな結末になったのだろうか。ステラの事があった為に半ば強引に退避させたものの、あの時の剣筋が当初見た時よりも僅かに洗練されていた。

 仮に同じ戦法を使ったとしても敗北を知った人間がどれ程強いのかを理解しない事には分からない世界があるのも事実だった。

 だからこそ蔵人もまた自身の技量を更に高めようとしたに違いない。少なくとも龍玄はそう考えていた。

 それと同時に、背後から気配を感じる。振り向けば、そこに居たのは一人の少女。綾辻絢瀬の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな所で見てなくて、実際に会場に行けばよかったんじゃないの?」

 

「ふん。この目で見る事実に変化があるなら足は運ぶが、今回のあれはそうならないだろうな」

 

 理事長室の中で紫煙をくゆらせ、用意したモニターを眺めていたのはこの部屋の主でもある新宮寺黒乃と臨時講師の西京寧音だった。

 画面に映る光景はこれから始まる戦いを中継している。学内で何かと話題になった一戦。刀華と珠雫の戦いだった。

 

 

「くーちゃんは相変わらずだね。こう、もっと応援しようとか思わないかな」

 

「何を馬鹿な事を………そもそも下手をすれば戦いにすらならないかもしれない物を予測するのは不毛だろ」

 

 寧音の言葉に黒乃は既に決着が着いたかの様な言いぐさで眺めていた。

 生徒間での話題は十分ではあったが、実戦経験を考えれば、それすらも必要無いと考えていた。

 

 生徒は何も知らないが、刀華はこの学園で完膚無きまでに負けている。相手が悪いとは言え、それでもそれに刃を向けた事実に黒乃だけでなく寧音もまた驚いていた。

 雷切の異名を持つ居合いを真正面から潰され、挙句の果てには完膚なきまでに叩きのめされている。黒乃も本当の事を言えば、命があったとだけマシとさえ思った程だった。

 手が潰され自慢の居合いは不発に終わる。一撃の重みに対し、完全に無防備な状態で胴体に突き刺さっているとなれば、心が折れた可能性もある。間違い無くこの学内では刀華が最大の手負いの獣だった。

 それも簡単に反撃すら許されない程のダメージを肉体と精神の両方に負っている。

 表面は何時もと同じでも、その感情が剣筋に出ている。恨み言は言わなくとも乱れた剣筋は刀華の気持ちを雄大に代弁している様だった。

 

 

「でもさ、いきなり初年度からはやりすぎじゃない?もう少し時間をかけても……」

 

「愚問だな。私がここの理事長に呼ばれたのはたった一つ。この破軍を過去の栄光以上に頂きに輝かせる事だけだ。だったら純粋培養して逆境に弱い人間よりも、寧ろ手痛い反撃を常に考える人間を育成した方が事は単純だ」

 

「確かにそう言われればそうなんだろうね。でも、今年は色々な意味で大変だろうね」

 

「既に最悪だ。寧音。少し位は私の立場になってみるか?」

 

「冗談。そんな事考えたくもないさね」

 

「………少なくとも黒鉄の卒業を考えれば、どうしようもない程の高みだな」

 

 黒乃の言葉に寧音も僅かに同情したくなる部分があった。

 一輝の卒業の条件が七星剣武祭の優勝。当然ながらその最大の敵が同じ学園に居るであろうことは間違い無かった。

 風魔としての実力を示す事は無いかもしれないが、少なくともこの予選会の時点で龍玄に攻撃はおろか、反撃する事なく対戦相手全員が地に沈んでいる。

 現役のKOKの選手でさえも相対すればどうなるのかを考える必要が無い結果を学生に求めるのは余りにも酷だった。

 一輝の戦闘能力の高さを知っている身としても、今回ばかりにはどうしようも無いかもしれない。少なくとも黒乃はそう考えていた。

 無意識の内に漏れるため息。それが今の黒乃の心情を如実にしていた。

 

 

「念の為に言っておくが、黒鉄の環境に関しては多少なりとも同情しないでもないが、それをものにするかは本人次第だ。教育者としては間違っているのかもしれないが、それでも私個人としてはそれなりには期待もしてるんだよ」

 

「ハンデ戦とは言え、負けた事を根に持ってる訳じゃないんだ」

 

「寧音。何が言いたい?」

 

「何でも無いさね」

 

「一応は言っておくが、私とて人間だ。多少なりとも考えもするさ」

 

「分かってるって。くーちゃん」

 

 これ以上の会話は危険だと察知したのか、寧音はそれ以上の事は何も告げなかった。

 この空気を一掃するかの様に様されたディスプレイをのぞき込む。これからその戦いが始まろうとしているのか、周囲に留めく歓声はこれから先の未来を映し出すかの様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしっ!」

 

 刀華は自分の頬を軽く叩くと当時に、今回の作戦を考えていた。

 あの夜の一戦から刀華は改めて自分の戦法を考え直していた。

 これまでの後の先のやり方は学生の中では通用するかもしれない。しかし、世界の一端ともとれる技術で迎撃された経験は少なくとも刀華の中で何らかの変化を促していた。

 刀華自身、今年で三年になる。当然ながらその先の未来を考えると、小太郎との戦いは僥倖だった。

 今回の対戦相手でもある黒鉄珠雫は少なくともこの破軍の中で考えても実力は上位になる。カナタや生徒会の面々はともかく、現時点でまだ一年と言うのは色々な意味で脅威だった。

 だからこそ気合を入れる。そんな刀華の言葉に反応したかの様に、別の方向から声が掛けられていた。

 

 

「刀華さん。今回はやはり……ですか」

 

「うん。遅かれ早かれ分かる話だし、相手を考えれば少なくとも自分にもメリットがあるから」

 

 カナタの言葉に刀華は当然の様に答えていた。

 実際問題として今回の戦法に戸惑いが無い訳では無い。

 本当の事を言えば七星剣武祭の本番に披露した方が今やるよりも格段に良い結果をもたらす事は理解している。しかし、未完成とは言え、これからやろうとする相手の事を考えれば、良い意味での実験になる。実験台になる珠雫には悪いが、刀華はそう考えていた。

 

 

「そうですか。ではご武運を」

 

「ありがとう。カナちゃん」

 

 カナタもまた刀華の性格を理解しているからなのか、止める事はしない。そもそも個人戦での戦いである以上は、組み合わせによっては自分達も対戦する可能性はある。そうなれば、刀華がやろうとしている事はカナタにとっても対策を練る為の材料でしかなかった。

 幾ら友情があろうが、予定される席の数は決まっている。現時点ではカナタもまた龍玄との戦いの件で一敗している為に、その為の対策は必須だった。

 

 

「何をしようとしているのかは大よそは理解しますが、無理はしない様にして下さいね」

 

「そうだね」

 

 取り止めの会話をしていると、開始時間に差し掛かっていた。

 既に刀華の表情は完全に戦うそれへと変貌している。刀華とて伊達に学内最強と呼ばれている訳では無い。

 下からの圧力も平然と受け止める事もまた三年である自分の役割だと考えていた。足音だけが響く廊下。向かった先に待っているのはお互いが無敗の対戦相手。

 ゆっくりと刀華は扉を開いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珠雫は一人黙想しながら対戦相手の事を考えていた。

 学内最強でもあつ東堂刀華。少なくともこれまで珠雫が戦って来た中では一番の難敵だった。

 対戦相手の情報は態々こちらが探す事に苦労する必要のない相手。当然ながら珠雫は今回の予選会だけでなく、これまでの戦いの記録の殆どを網羅していた。

 

 後の先から来る二つ名の代名詞『雷切』

 必殺の居合いをどうやって凌ぐのかが問われていた。

 少なくとも昨年の情報を見れば、ミドルからロングレンジの間合いを常に維持しながら攻める事が定石となっている。

 兄の一輝とは違い、黒鉄家から小太刀の運用については学んでいるが、実際には運用レベルは並だった。

 今の珠雫を構成するのはその類稀な魔力制御。本来であれば不純物が混じる水を純水に変える事によって雷の導電をシャットアウト出来る。少なくとも珠雫からすれば、雷の遠距離はそれ程対処は難しくは無かった。

 となれば、必然的に決着の為には最接近する必要がある。

 だからこそ珠雫はその間合を十全に利用する戦略を考えていた。

 自分を囮にしながら罠をしかけ止めを刺す。今の珠雫に出来る事は間断なき連携だった。

 

 

「珠雫。行く前に深呼吸をした方が良いわ。気負いすぎるのは良くないから」

 

「ありがとう。アリス」

 

「相手は強いけど頑張ってらっしゃい」

 

「うん」

 

 凪の言葉に珠雫は目を開き、一点を集注するかの様に視線を動かす事無く会話していた。

 視線の先にあるのはまだ見ぬ東堂刀華の姿。そんな事を考えていたからなのか、珠雫の思考に少しだけ違う意思が忍び込んでいた。

 

 

「どうかしたの?」

 

「……杞憂かもしれないけど、ひょっとした相手は何らかの作戦を用いるかもしれない」

 

「どうしてそう考えたの?」

 

 珠雫の言葉に凪は少しだけ疑問を口にしていた。

 元々珠雫は洞察力が高い。今回の予選会の中でもこの戦いにはこれまでに無い程に集中し、情熱を注いでいた。

 これまでの中で事実上の一番とも言える相手。少なくとも珠雫の中ではそう認識していた。

 だからこそ、不意に感じた思考と違和感。確証は無いが、それでもまたどこか認めたい何かがあった。

 

 

「少なくとも、今回はこれまでと同じだとは考えない方が良いかもしれない。何となくだけど、そう感じた」

 

「戦場の勘は意外と馬鹿に出来ないから、珠雫がそう感じたならその意識は持ったままの方が良いわね」 

 

 珠雫の言葉に凪は否定する事なく聞いていた。

 実際に凪の目からみても、ここ最近の刀華の戦い方には違和感が僅かにあった。

 誰もが気が付かないであろう、細やかな変化。それに珠雫は気が付いている以上は自分が横から口を挟む必要は無いだろう。そんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程までとは打って変わって、周囲の目はこれから始まるであろう戦いに固唾を飲んでいた。

 一年と三年の違いこそあるが、共に負け無し。かたや抜刀術を基に、もう片方は異能を基にした戦いでここまで来ていた。

 お互いの視線が僅かに交差する。それが何を意味するのかは考えるまでもなかった。

 ヒリつく様な空気に誰もが言葉を発しない。高まった緊張感を解き放つかの様に対戦を知らせるブザーだけが無情に鳴り響いていた。

 

 

《Lets' Go Ahead》

 

 

 ブザーが鳴り響いた瞬間、刀華の姿は誰の目にも留まる事はなかった。

 鳴り響いた瞬間に消え去った事実に観客は戸惑っている。一方の珠雫は虚を突かれたかの様にそのまま棒立ちだった。

 まるで予定調和を思わせる様な斬撃。刀華の姿が視認できたのは珠雫の目の前だった。

 速攻で放つ斬撃はそのまま珠雫の胴体へと襲い掛かる。誰もがその先に映る未来に視線を背けようとしていた。

 

 

「まさかとは思いましたが、開幕速攻ですか。随分と焦ってるみたいですね」

 

 珠雫を象った肉体は予想を裏切る事なく派手な音を立て崩れ落ちる。刀華の放った斬撃は珠雫を象った氷像だった。

 刀華もまた当然の様に残心で周囲の気配を探る。手応えで予測していたからなのか、驚きは存在していなかった。

 

 

「あの程度の攻撃位はかわせない事には話にはなりませんでしたから」

 

「ならば私は合格と言う事ですか?」

 

「さぁ、どうでしょうね」

 

 刀華の背後に立った球雫はそのまま当然の様に刀華に向けて氷弾を放つ。

 刀華もまた予測したかの様に珠雫が放った氷弾を全て叩き落としていた。

 刹那の攻防に観客が漸くその事実を理解する。ハイレベルなオープニングに誰もが言葉を失っていた。

 

 

 

 

 

「開幕は予想通りか」

 

 刀華と珠雫の衝撃の開幕を見た龍玄は何気に呟いていた。

 実際に刀華がやった攻撃方法は、この予選会で龍玄がやっている戦法だった。初撃を回避できない人間が対等に戦えるはずがない。気配すら察知できない程度の人間は最初から論外であると言う認識だった。

 察知できないままに戦うのであれば、当然ながらその実力差は大きく開いている。

 龍玄もこれまでに初撃を回避なり、防御できたのがカナタだけであるのはある意味当然だと考えていた。

 お互いの事を何となくでも理解しているのであれば対策を立てる事は不可能ではない。

 刀華もまた、珠雫が自身と闘うだけのレベルにあるのかを測っただけだった。

 

 

「リュウは何でそう思ったの?」

 

「あれで自分との実力差がどれ程あるのかをふるいにかけたんだろうな。それと同時に、戦法を変える事が攪乱にも繋がる。少なくとも今の珠雫は多少なりとも混乱してるだろう」

 

 龍玄の言葉にステラは改めて珠雫の方へと視線を向けていた。

 開幕の攻撃を回避したまでは良かったが、その後の攻め手に迷いを持っている様にも見える。少なくとも刀華の事は完全に理解したつもりだった事は明白だった。

 そんな対策をたてた状況下での想定外の攻撃。刀華は狙っていた為に問題は無かったが、珠雫は動きに精彩が無かった。

 迷いを持てば動きにもキレが無くなる。その結果、待っているのは被弾の未来だった。

 

 

「確かにそうかもしれない。少なくとも東堂先輩は今回に限っては戦法を明らかに変更している。珠雫は直ぐにでも立て直さないと厳しいだろうね」

 

「でも、そんなの直ぐには………」

 

 一輝の言葉にステラは少しだけ戸惑っていた。兄妹が故に、絆があるのは理解している。それと同時に今回の件に関してもまた一輝は珠雫よりの考えだと考えていた。

 しかし、一輝の口から出た言葉は冷静な回答。

 少なくとも戦いに関してはステラよりも一輝の方がリアリストだった。

 希望を持つのは構わない。しかし、それが出来るのは自分が戦っている時だけ。

 自分自身を信じる事が出来なければ、すぐに敗北を喫する。それは当然の事だった。

 

 本当の事を言えば一輝として珠雫の側に立って応援したい。しかし、そんな肉親への思いやりよりも、今は一秒でも長く東堂刀華の戦いをこの目に焼き付けたいとも考えていた。

 これまでの戦法を捨て、新たな戦い方を披露する。少なくとも刀華をライバルだと考える人間にとってはこの一戦を見逃す訳にはいかなかった。

 

 

「戦いに作戦の変更をするのはよくある事。それに僕等が応援する事も大事だけど、実際には珠雫本人がとう感じているのかだよ。ステラも忘れてないとは思うけど、この予選会では誰もが敵になる。情報を手に入れる事によって如何に自分にとって有利に物事を運ぶのかは必須なんだよ」

 

 一輝もステラの気持ちを汲みながらも、実際にはその通りだと自分の言葉に同調していた。

 特に一輝に関しては予選会はおろか、本戦での優勝がこの学園を無事に卒業出来る条件となっている。

 使えると思った情報は無駄なく使う。今の一輝にとってはそれだけだった。

 固定されたかの様に止まった視線は二人だけを見ていた。

 

 

 

 

 

「まさかそう来るとは……」

 

「予想とは違いましたか?」

 

 刀華には強気で放言したまでは良かったが、珠雫の内心は焦りを生んでいた。

 現実の攻撃は珠雫にとっても厄介だった。斬撃が飛んだ瞬間、珠雫は完全に回避する事に成功していた。

 回避が一瞬も遅れれば氷像ではなく、自分が横たわっていた可能性がある。それと同時に分かったが事が一つ。少なくとも刀華の視線の先に居るのは決して自分では無い事実だった。

 

 世界の一端を知っている人間と知らない人間に大きな隔たりが存在する。

 実際にこれが小太郎や龍玄であれば、手痛い反撃などと生温い言葉ではなく、瞬時に意識を刈り取られる事にも繋がる。少なくとも刀華はそう考えていた。

 自身の最大の攻撃でもある雷切を迎撃する。自分で驕るつもりは無いが、それ程の物だった。

 それがどれ程困難な事なのか。刀華は無意識の内に、口の端が笑みで歪んでいた。

 

 

「ならば!」

 

 珠雫は叫ぶように声を発していた。牽制の代わりに幾重にも放つ氷弾。マシンガンを連想させるかの様に刀華の動きを止めにかかっていた。

 ばら撒かれた事によって刀華は少しだけその場に縫いとめられる。本来であればこの瞬間に頭上から特大の氷塊を落下させるつもりだった。

 しかし、何かを隠している様にも感じる。少なくともこのまま終わるなどと言った考えは当の前に棄てていた。

 

 これまでの異能一辺倒の攻撃から切り替える。少なくとも今の刀華はまさか自分が攻撃しながら突撃するとは思ってないと考えていた。

 周囲に気づかれない様に細かい氷を漂わせる。ダイアモンドダストを思い出させるそれは自分の姿を映し出す為の舞台装置だった。

 再度牽制代わりに氷弾を撃ち出す。先程よりも若干大きくしたからなのか、刀華の意識は全部そっちに移っている様だった。

 突如珠雫の身体が四体に分裂する。即席の分身の術だった。

 

 

 

 

 

「さぁ来い!」

 

 刀華は先程とは珠雫の雰囲気が変わった事を察知していた。

 これまで接近戦を恐れてこちらに来ない事に何となく違和感を感じていたが、僅かに変わった雰囲気が止めとなっていた。

 それと同時に刀華の視界に映ったのは四体に分裂した珠雫の姿。襲い掛かってくるそれが何なのかを確実に理解していた。

 驚きよりも先に刀華は内心ほくそ笑む。珠雫は気が付いていないかもしれないが、今の自分にとってそれは攪乱にすらならなかった。

 

 刀華はこの戦いに於いて最初からメガネをかけていない。半目になりながら珠雫を見る事によって次の行動を予測していた。

 『閃理眼』によって体内の電気信号を見る事が出来る刀華からすれば幾ら攪乱しようが、どこに何があるのかはを大よそながらに掴んでいた。

 分裂したそれの動きは読みにくいが、迎撃出来ない訳では無い。

 仮に直前になって気が付いた所で、待っているのは神速の抜刀術。

 来た物を順番に斬り捨てるだけだった。

 

 まるで本当に生きているかの様に自分の四方から刃が襲う。

 刀華は焦る事無く自分の眼を完全に閉じていた。

 攻撃によって動く大気の揺らめき。刀華は自然体で感じた場所へと刃を向けていた。

 襲いかかる珠雫が瞬時斬り捨てられる。すべてが囮だったのか、その全部が全て消え去っていた。

 

 

「まだまだね」

 

「まさか………」

 

 珠雫が斬捨てらてたと思った瞬間、刀華の刃は何も無いはずの虚空に向けて放たれていた。

 何も無ければ刃はそのまま空を切る。しかし、刀華の刃はその途中で停止していた。

 先程まで見ていなかったはずの珠雫の姿がゆっくりと現れる。刀華の前に出現した珠雫の表情は驚愕のままだった。

 

 

 


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