英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第24話 アルバイト 後編

 一輝の人生の中で華やかな場所に来た事はこれまでに一度も無かった。

 実家でもある黒鉄家では何らかの行事はあったが、伐刀者として事実上の無能扱いされた一輝からすれば、こんな場所に居る事そのものが興味深かった。

 

 会場内の警備と口では簡単に言えるが、実際には安穏と出来る程に穏やかではない。

 大使館の設立パーティーは日本の事では無くヴァーミリオン公国のそれ。自身の恋人でもあるステラの母国である以上、一輝としても気を抜く事は出来なかった。

 今回の件に関しては、なるべく身元を知られない様に髪型を変え、メガネまで用意されている。本来であれば素のままでも良かったが、やはり体面的には黒鉄家の人間がここに居るのは好ましくないとの理由によって現在の様相になっていた。

 

 

《黒鉄君。周囲に異常はありませんか?》

 

「今の所大丈夫です」

 

《荒事になる事は無いとは思うけど、気を緩めない様にお願いします》

 

「了解しました」

 

 周囲に気が付かれる事無く視線は常に動き続ける。

 実際に外交であるにも拘わらず、一学生がこんな場所に来る事は無い。龍玄によって半ば騙された様な形ではあったが、これもまた一つの経験だと言わんばかりに周囲の警戒を続けていた。

 

 実際に見ていると、幾つかの動きが他の参加者とは異なっている。大使館側の人間ではあったが、少なくとも周囲には気が付かれない程度に動きが洗練されていた。

 立ち話をしているも、その立ち姿には隙が感じられない。恐らくは大使館側の護衛か何かなのか、そんな隙の無い動きに一輝の視線は自然と向かっていた。

 

 そんな中、一輝の目に止まったのは一人の女性だった。これまで一輝は剣術については直接教わった事は一度も無い。何をするにも常に見取りで技術を盗むか、或いはその(ことわり)を暴く事で自身の血肉としていた。

 実際にその能力は予選会での桐原静矢との戦いで十分すぎる程に発揮している。

 そんな一輝の眼に止まったのは偶然では無かった。

 歩く姿は常に体幹に一本の太い芯があるかの様にも見え、立ち振る舞いに隙は見えなかった。

 事実、周囲に気を配っているのと同時に、耳には通信機が付けられている。風景に融け込みながらも実際には一歩引いた場所から全体を見ている様だった。

 他の人間は分からないが、少なくとも一輝はそう理解していた。

 

 実際に会場そのものはそれ程大きくは無い。しかし、人の動きはランダムな為に壁際からは何度か死角が発生していた。

 そんな状況すらも観察するかの様に視線は動いている。目立たない動きではあったが、練達した技量を持っている事だけは理解していた。

 本来、会場警備の任に就いた側からすれば決して良いとは言えない行為。

 実際に会場警備の一人に態々視線を動かす人間は居なかったからなのか、一輝の視線は黒髪の女性に集中していた。

 

 

「……ッキ。イッキ聞いてる?」

 

「え………っと」

 

 一輝にとっては珍しい程に自身に近づく気配を察知する事を忘れていた。

 警備が一人の人間にのみ視線を動かす事は愚策でもあり、褒められた行為ではない。

 視線そのものに質量は無いが、流石に男が女をジッと見る姿が良いとは言えなかった。呼ばれた事によって声の主が居るであろう場所へと視線を動かす。そこに居たのは普段から見慣れた姿ではなく完璧にドレスアップされた自分の恋人だった。

 紅蓮ともとれる紅い髪は何時もの様に下ろしているのではなく、上げた状態で綺麗に整えられている。普段は見せない姿に一輝も少しだけ反応が遅れていた。

 

 

「………他の女性に見とれるなんて、信じられない」

 

「ゴメン。そんなんじゃないんだけど」

 

 ステラの表情は何も知らない人間からすれば変化を感じる事は無かったが、一輝からすれば表情にこそ変化は無いが、眼は完全に怒っているのが見て取れた。

 事実上のホストが一警備人に話す事はあり得ないからなのか、声もまた、悟られない様に小声になっていた。

 

 

「やっぱり一輝は黒髪の方が良いの?」

 

「へ?」

 

「だって……」

 

 ステラの唐突な質問に一輝もまた返事に困窮していた。元々黒髪の女性を見てはいたが、実際には体幹やその姿勢を優先していただけだった。

 それと同時にステラの黒髪の意味が分からない。視線は流石に向ける事は出来ないが、それでも意識だけはステラに向っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「態々来て頂きありがとうございます」

 

「いえ。今回の件に関しては私も嬉しく思いますので」

 

「そう言って頂けるとは……感謝の極みです」

 

 既にこのやりとりが何度続いたのかすら分からない程にステラは同じ会話を続けていた。

 事の発端は些細な事だった。これまでにヴァーミリオン公国と日本に正式な国交に関する事は無かったとステラは記憶していた。

 勿論、あの『サムライ・リョーマ』が居る国である以上、変な先入観を持つ事も無ければ忌避感も無い。そんな程度の認識だった。

 事実、ステラは自国で判断されたAランクを誇りにしていた。

 常に歴史に名を残す可能性を持つ資質であれば、ステラだけでなく、国民もまた同じ事を考えていた。

 しかし、実際にはAランクとは言え、自分の能力を完全に制御出来ている訳では無い。

 幼少の頃より研鑽した事によって今に至るだけだった。

 元々ヴァーミリオン公国はそれ程大きく無い国だからなのか、そんな皇族の事も一般的なニュースとして知れ渡っている。

 詳細までを知らしめるつもりは無いのと同時に、ステラもまた努力をひけらかすつもりは毛頭なかった。

 様々な思惑を持ちながらも日本に来日し、色々なやりとりを経て今に至る。

 一輝との関係は未だ秘匿してるが、それはある意味では当然だった。

 

 

 身分違いの恋。

 

 

 確実に話題に出るだけでなく、これが知れれば醜聞にしかならない。ましてや皇族をこよなく愛する自国民だけでなく、自分の父親も確実に何らかの干渉をするのは当然だとさえ考えていた。

 そんな最中での大使館の設立。派遣されているのは政府の中でも中堅の人間が送られてくる。

 幾らステラと言えど、送られた人間に対する背後など何も知らないままだった。

 これまでに無い自国の大使館の設立である以上は最低限の顔だしは必要だった。

 

 そんな会場を楽しむ程にステラは楽観的でもなかった。自分の身近に居るならば話は弾むが、今回は相手が一方的にこちらを知っているに過ぎない。だからなのか、誰もが初対面でもあり、誰もが親しみを持っている。

 ここでは何も思う事は無かったが、今のステラは嫌が応にも自分が皇族である事を再度理解させられている様だった。

 

 

「ステラ皇女殿下。飲み物は如何ですか?」

 

「有難うございます」

 

 まるで助け舟を出されたかの様にステラは一人の女性から差し出されたグラスを手に一口だけ口を付けていた。

 ステラの立場はホストでもありながら実質はゲストでしかない。しかし、大使館の職員からすれば実質的な上司の様にも思われていた。元々この国での皇族の人気はかなり高い。

 そんな事情があるからなのか、当然ステラの下には自国の人間が殺到していた。

 そんなステラを見かねたからなのか、差し出されたそれを口にした事によって、周囲もまた少しだけ距離を置いていた。

 

 

「大変でしょうが、自分のペースで話された方が良いですよ。私も経験しましたので」

 

「え……」

 

 ステラは一息ついた事によって改めて女性の方に視線を向けていた。

 向けた瞬間、内心驚きを見せる。グラスを渡したのは同じ学園の序列二位『貴徳原カナタ』だった。

 実際にカナタとステラには面識が殆ど無い。お互いが予選会を通じて見た程度でしかなかった。

 まさかの人物にステラは表情にこそ出さなかったが、思わず見開いた目は如実に感情を表していた。

 

 

「今回の件、お招きと依頼を頂き有難うございます」

 

「え……あ、はい」

 

 どこな他人行儀ではあるが、実際にカナタは学園では先輩にあたる。この場ではステラの方が立場は上だが、ステラは社交界にそれ程顔を出す事は無かったからなのか、完全に仮面を被り切れなかった。

 それと同時に今夜の招待客を思い出す。大使館レベルの為に政界、財界からも多少なりとも参加していた。

 そんな中でカナタは財界の、延いては自身の父親の名代として来ている。それと同時に。今回の警備に関しては請け負っている事を思い出していた。

 面識は無くとも大使館の人間に比べれば遥かに気楽になる。ましてやカナタはカクテルドレス姿だった事からも一層その雰囲気が強かった。

 

 

「実は今回の件は破軍からも少しだけお願いしてますので」

 

「そうだったんですか……って事は……」

 

 カナタの言葉に感心しながらも、それと同時に一つの事を思い出していた。

 先日の朝の鍛錬の際に龍玄と一輝が話をしていた事。アルバイトの件だった。

 あの時点でどんな事をするのかを詳しく聞いた訳では無い。事実、一輝もまた何も知らないままだった。しかし、今回のカナタの言葉とあの時の会話が一致するとは思わかなかったが、ステラの中では何か確信めいた事があった。

 龍玄が態々アルバイトを条件付きで持ってくる。だとすれば、一輝もまた来ているはず。そんな確信めいた事がステラの中にあった。

 

 

「因みに黒鉄君も来ています。ですが、会場警備ですので、なるべく話をしない様にお願いしますね」

 

「はい。分かりました」

 

 カナタの言葉には警告も含まれていた。

 会場警備の際に知人に会ったからと言って、意識をそちらに向ける事は仕事して許されるべき内容では無かった。

 仮に知人だとしても精々が二言三言を交わす程度。それがギリギリの条件だった。

 個人の問題ではなく企業としてのリスクも知らしめる。カナタのそれは言外に表していた。

 勿論ステラもそんな事は理解している。しかし、こんな会場であればすぐに見つかるだとろうと、既に視線は移り気な様にも見えていた。

 

 

「あっ………」

 

 ステラの視線を捉えたのは一人の男だった。

 限りなく正装に近いフォーマルではあるが、どこか着なれていない雰囲気と同時にステラの記憶には無い髪型。

 メガネをかけている事によって何となくボカした雰囲気ではあるが、よく見れば一輝である事に間違いは無かった。

 何時もと違う格好にステラもまた硬直している。余りの違いに単に見惚れただけだった。しかし、そんな硬直は直ぐに解ける。それは一輝の視線の先にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事前にカナタから忠告が無ければ確実にステラは一輝を問い詰めた可能性があった。

 小声とは言え、ホストが外部の無関係の人間と長々と話をする訳にはいかない。

 只でさえここはヴァーミリオン公国の内部そのもの。ここで色々と勘繰られて楽しい思いをする事は何も無かった。

 

 

「イッキ。後で話を聞くから」

 

「分かった。また後で」

 

 一輝への態度をそのままにステラは済ました表情のままに会場の中心へと戻る。既に代わりのグラスを持った事から周囲は然程に気に留めた様子は何処にも無かった。

 

 

《黒鉄君、どうかしましたか?》

 

「いえ。何でもありません」

 

《そうでしたか。それと少しだけ不穏な空気を感じます。警戒だけはしておいてください》

 

「了解しました」

 

 ステラが去った後に響く声。恐らくは先程の一件を心配したのか刀華の声が耳朶に響く。

 それと同時に届いた不穏な言葉。一輝もまた周囲を探知するも、刀華の言う不穏が何なのかまでは判断する事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと……とりあえず顔だけは出すようにしようか。悪いけど会場まで頼んだよ、龍」

 

「本当に行くのか?」

 

「当然さ。留学生を預かる側でもあるし、大使館の設立をした以上は…ね」

 

 大使館での一件とは別行動をしていた龍玄は北条時宗を乗せ、車を運転していた。

 流れる景色とは裏腹に龍玄は僅かにバックミラーに視線を動かす。

 先程までは内閣の一員としての話を極秘裏に進めていたからなのか、口調こそ軽いが僅かに険しい表情を浮かべていた。

 

 元々官房長官の職では本来やるべきはずの無い業務。今の内閣にとっては大きなスキャンダルが無い事から国会での論戦も純然たる法案の内容に終始していた。

 元々内閣の官房長官の身であれば外部のSPを雇わなくても中で調整する事が出来る。

 本来であれば龍玄を護衛に就かせる道理は無かった。

 しかし、内閣の裏の仕事になれば当然の事ながら何かしらの情報が必ず漏れる。実際にSPを就けるとなれば少なくとも警察や侍局には情報が確実に流れるのは、ある意味では当然だった。

 

 実際に内容は分からなくとも、どこに向かい、どれ程の時間を要したかによって内容は大よそながらも判断が出来る。

 今回のケースもまた外部に漏らす訳には行かない内容だった。

 どれだけ総理や官房長官の人気が高く、また政策そのものが良いとしても他からの足の引っ張り合いは多々あった。

 

 長期政権になればなるほど、他の議員が就けるポストは少なくなる。如何に事前の身辺調査が良好だとしても、事実上の擦り付けに近い醜聞までは対処できないのも事実だった。

 実際に護衛につけたのも時宗と風魔の関係を理解した上での決定。実際に報酬に関しても機密費から捻出していた。

 そんな極秘行動に近いそれにも関わらず、まるで子供が玩具を見るかの様に先ほどまでの鬱積した目は成りを潜めている。ストレスの限界だからなのか、龍玄の視線すら物ともせず、時宗は次の行動へと移していた。

 

 

「そうは言うが、実際には別の思惑もあるんだろ?」

 

「まぁ、そうだね……実際には事務方に任せれば良いんだけど、折角ならこの目で直に見た方が良い事もあるだろうしね」

 

「護衛は今日一日だ。好きにすれば良いさ」

 

「頼んだよ」

 

 車内に他の人間がいれば確実に驚く様な会話だった。

 実際に時宗と龍玄は事実上の親戚の様な扱いでこれまで接している。本来であれば護衛が対象者に口を開く事は早々ない。しかし、今は誰の目も無いからなのか、時宗もまた口調が完全に何時もの様になっていた。

 そんな中、龍玄の通信機が鳴り響く。通常の任務では無く青龍としての音だった。

 

 

 

 

 

 会場を眺めていた朱美は周囲を見ながらも外から感じる不穏な空気を感じ取っていた。

 会場内にはそんな怪しい素振りをする人間がいないのかを探知する役割をはたしているも、そんな人物は見当たらなかった。

 実際に今回の招待客は会場内に入る際に半ば無意識の内に調査されていた

 。面通しだけでなく、銃器や武器になりそうな物をもっていないのか、それとも害悪を持つ様な感情を持ち合わせていないのかは毎時確認されている。

  そんな中ですり抜ける事は不可能に等しかった。事実、外部では僅かに緊張した空気が張り出している。それが何なのかを感じ取ったのは、朱美と刀華の二人だけだった。

 

 

「刀華ちゃん。気が付いてる?」

 

「はい。ですが、この件は……」

 

「知らせる必要は無いわ」

 

「ですが……」

 

「大丈夫よ。もう終わるから」

 

 ウインクしながら話す朱美の言葉に、刀華は何が起こるのかを理解出来なかった。

 実際に何かあってからでは遅いのは間違い無い。しかし、会場内を放り出してまで動く事は出来なかった。

 会場責任者でもある朱美が何もしなくても良いと言う以上は動く事も出来ない。その言葉の意味を理解するまでに少しだけ時間が必要だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時宗。どうやら銃器を持ったゲストが大使館の方に移動してるらしいぞ」

 

「そりゃ面倒な事になるね。取敢えずは周辺に問題が無いようにしてくれると助かるね」

 

「そうか。ではこちらで勝手に処分する事にしよう」

 

 羽虫が舞い込んだかの様に軽い言葉ではあったが、その一言が全てだった。

 大使館襲撃をこの国でさせるとなれば事実上のテロ行為。銃器を用立てている時点で大よその見当はついていた。

 以前に襲撃した解放軍。恐らくはその残党か、若しくは他の支部の人間の可能性が高かった。

 既にこちらも大使館に向けて移動している。だからなのか、時宗もまた気軽に話をしていた。

 

 

「そうそう。念の為に組対には連絡しておくから、生かしておいてもらえると助かるね」

 

「相手にもよるな。まだ現段階では詳細が分からん。銃器を持っている以上、全員は難しいだろうな」

 

 時宗が携帯で連絡を入れると同時に龍玄もまた指示を飛ばす。恐らくは朱美だけでなくカナタも知るはず。少なくとも会場に動揺を作る事だけは避けるしかなかった。

 

 

「時間はどうする?」

 

「そうだね。一時間後には到着する予定だから、それまでに頼むよ」

 

「それだけあれば十分だ」

 

 龍玄は言葉を発すると同時にハンドルを予測地点へと切る。

 幾ら龍玄が青龍として動くとしても、このまま時宗を同伴させる事は出来なかった。

 実際の現場に官房長官が居るとなれば色々な憶測を呼びやすい。だとすれば、現地の人間と交代するか、他の人間と交代する必要があった。

 朱美に指示を出した事によって交代の人員と合流する。既に襲撃者は捕捉されているからなのか、後は時間との闘いだった。

 

 

 

 

 

 大使館の周辺は何も知らない人間からすれば、今日は無人なのかと思う得る程に静寂を作り上げていた。

 防音している事が原因だからなのか、内部の音を拾い上げる事は難しい。

 事前に情報を察知しているからこそ、今日の襲撃はギリギリまで知らされる事は無かった。

 

 大国ではなく小国の大使館。これが名も知れない国であればそれ程気を使う事は無かったが、この国には現在留学中のA級魔導騎士ステラ・ヴァーミリオンがゲストとして来ている。

 そのステラが来る事によって集まるであろう財界人からの資金の強奪を目論んでいた。

 

 周囲を確認するも、熱探知には何もかからず、気配もまた感じる事は無い。本来でれあれば外部の護衛が居るかと思われたものの、本当に何もいない事に襲撃者たちは疑問を持っていた。

 既にめぼしい拠点は正体不明の何かに壊滅させられている。

 仮にこのまま他の支部に向かったとしても待っているのは粛清だった。

 

 交渉するにも材料が無ければ何も出来ない。既に男達は追い詰められていた。

 このままでは最悪は身内から命を狙われる。起死回生の逆転をする為には、既になりふり構わず行動するしか無かった。

 

 

「周囲の状況はどうなってる?」

 

《こちらは異常無い》

 

「中はどうだ?」

 

《ここからは不明だ。だが、事前情報だと数人の警備は要るらしい》

 

「どんな様子だ?」

 

《窓から見えた感じだと、壁際に何人かいるみたいだが、大した事は無さそうだ》

 

 男はかなり慎重になっていた。

 実際に襲撃するのは簡単だが、問題なのは来賓とこちらが必要な人質をどうやって分けるかだった。

 実際に伐刀者相手にこれまでにも何度か交戦した経験があるからなのか、手口そのものは手慣れている。しかし、伐刀者を人質にした場合、何かと面倒な事が起こるのは間違い無かった。

 緊急時には固有霊装の展開は法律で認められた行為。防衛の為の身の保証は自分でするのは当然の事だった。

 それと同時に伐刀者がどれ程理不尽な行動を起こすのかも良く知っている。

 だからこそ、人質には見えない鎖の代わりになる人間が必要とされていた。

 招待客の殆どは事前に調査が完了している。これが何時もの任務だと判断したからなのか、通信機越しの声も下手な緊張感に包まれている様には感じなかった。

 だからこそ時間がくると同時に何時もと変わらない行動を起こす。たったそれだけの話だった。

 

 

「そうか。時間は予定通りに決行する。準備は良いな?……おい、どうかしたのか?」

 

 本来であれば来るべきはずの返事は返ってこなかった。

 元々それ程親しい訳では無いが、任務そのものは何度か一緒になっている。当然お互いの実力を知るからこそ、返事が無い事に違和感を覚えていた。

 見えない何かが迫り来る。男はそれを感じる事無く、暗闇から突如として生えた腕にそのまま意識を刈り取られていた。

 

 

 

 

 

「時宗。全員を捕縛が完了した。直ぐに向かわせてくれ」

 

《相変わらず仕事が早いね。こっちはまだ準備中だよ》

 

「そんな事は知らん。元々時間は決めてあるんだ。さっさと人間を寄越す様に促してくれ」

 

 龍玄は足元に倒れた男に視線を僅かに動かしながらも依頼主でもある時宗に状況を伝えていた。

 既に意識を完全に失っているからのか、倒れた男が動く様子は無い。龍玄はまるで何もなかったかの様にジャケットの襟を正していた。

 

 

「それと、今回の襲撃は単独犯だろう。裏には恐らく何も無いはずだ」 

 

《へぇ……そうなんだ》

 

「持っている銃器は古臭い。以前に接収した物からすれば、可能性は限られる。後の事は勝手にすれば良い」

 

 時宗の言葉に龍玄はそれ以上言うつもりは無かった。

 後の事は組対の人間が勝手にやる。龍玄としては戦闘の範疇にすら含まれていなかった。

 今更だったからなのか、時宗もまたそれ以上いつつもりは無いからなのか、そこで通信が途切れる。このまま会場で合流すればそれで終わりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「了解したわ。後はこっちでやっておくから」

 

 朱美は耳朶に響く声に、事の顛末を確認していた。

 既に襲撃者は捉えられ、後は時宗の子飼いの部下にやらせるからなのか、龍玄の合流まではそのまま護衛を引き継いでいた。

 詳細は不明だが、元々場外の戦闘に関して一々口を挟むつもりは毛頭ない。自分が与えられた任務をこなすだけだった。

 

 

「朱美さん。どうかしましたか?」

 

「いえ、特に何も。それとゲストが来るから少しだけ宜しくだって」

 

 朱美の言葉にカナタは何も分からないままだった。

 実際に会場内の警備に関しては純粋な戦闘力だけ言えば朱美が一番であることはカナタも理解している。

 特に通常の服であればある程度は戦力としてもカウント出来るのは刀華もだったが、普段は着なれないドレスだからなのか、その力は半減しているはず。

 目の端に止まるのは僅かに戸惑いながらも警備をしている姿だった。

 気が付けば既に連絡を受けているからなのか、何も知らないスタッスが慌てふためいている。

 元々予定になかった人物の来訪だからなのか、カナタは朱美から聞いた事によって理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、これはバイト代だ。受け取ってくれ」

 

 警備はその後、滞りなく完了していた。

 何時もの早朝の鍛錬の時間に龍玄は一輝に封筒を渡していた。元々アルバイトだった為に、報酬は当然発生する。一輝としてはそれ程意識していなかったからなのか、龍玄からもらった封筒の中身を確認する事なく何時もと変わらない日常を迎えていた。

 

 

「龍。これ多く無い?」

 

「そうか?それでも安い位なんだがな。嫌なら遠慮なく受け取るぞ」

 

 一輝が驚くのも無理はなかった。

 一晩のアルバイトにしてはかなりの金額が封筒の中に入っていた。幾ら世間の相場が分からないとは言え、一輝の予想を上回る金額に少しだけ慌てていた。

 

 

「そんなんじゃないんだけど、これって思ったよりも多いかと思ったんだよ」

 

「世間の相場は知らんが、あれはある意味では口止め料も含まれてるんだよ。実際に国賓と変わらないだけでなく、仮に漏洩すればその責任も発生する。そう考えれば安い物さ」

 

「そっか……」

 

「それでも気になるなら、ステラでも誘ってどっか行けば良いだろ?」

 

 当然とばかりに龍玄は一気に軽口を叩いていた。本来であればこの場にはステラも居るはずではあるが、昨晩の予定はそのまま今日の午前中まで詰まっている。

 本来であれば一日だったが、まだ予選会の最中。だからなのか、それまでには間に合うように事実上の公務が残されていた。

 

 

「そうだね。少し考えておくよ」

 

それ以上の事を考える事を放棄したからなのか、一輝はそのまま鍛錬を再開していた。

 

 

 

 

 

「ねぇ、カナタ。その写真どうしたの?」

 

「これは少し時間に余裕があったので撮ったんですよ」

 

「でも随分と珍しい格好だね」

 

「強力な援軍が居ましたから」

 

 泡沫の言葉にカナタは微笑を浮かべていた。

 カナタが見ているのは刀華のドレス姿。普段はこんな格好をする刀華を見る事がなかったからなのか、泡沫もまた物珍し気に見ていた。

 写真は先日のドレスの打ち合わせの為に数枚撮った物。刀華のどこか恥ずかし気な表情は泡沫にとっても珍しい表情だった。

 

 

「昨日は大変だったの?」

 

「いえ。それ程ではありませんでしたよ。何時もと同じですから」

 

 生徒会室に刀華の姿は無かった。何か用事があったからなのか、刀華は理事長室に居る。その為にこの部屋にはカナタと泡沫以外には誰も居なかった。

 

 

「因みに話位は大丈夫?」

 

「それ位なら」

 

 泡沫が何を目的に確認したのかを理解したからなのか、カナタもまた笑みを浮かべ、それ以上は何も言わなかった。

 まだ小さな子供の頃から良く知っているからなのか、その写真が何かのネタになるのは間違い無い。

 非日常的なそれは話題を提供するのは十分だった。お互いが何を考えているのは言うまでも無い。泡沫はまだ来ぬ刀華に何を言おうかと表情に笑みを浮かべていた。

 

 

 


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