英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第16話 別次元

 朝の鍛錬は何時もと変わらないままなのか、龍玄は一通りのランニングを済ますと、型の動きをなぞっていた。

 ここ数日の任務は、本当の事を言えば龍玄が出るまでも無い任務。ただ、先方からの依頼があった為に動いたに過ぎなった。

 そもそも外交の護衛に関しては基本的に襲撃者が来る可能性は高く無い。これが大国同士や、裏で色々とつながりがある国であれば可能性は高かったが、今回に関しては有り得なかった。

 

 そもそも対外的には、あの国は内部のクーデーターによって成り立っているのは既に知られているが、問題なのは、その過程だった。

 本来であれば魔導騎士をあれだけ投入するならば鎮圧は一日程度で完了する。実際に周辺の国や資源の調査をしている国の殆どは同じ事を考えていた。

 しかし、その戦局が一転した際には何か外部の協力が無ければ物理的にも戦術的にも不可能なのは間違い無かった。

 

 そんな中、周辺国が察知したのは些細な情報だった。何かを手配している。当初はそれは新たな武器の購入だとばかり考えていた。しかし、その情報を精査するにつれ、その全容が次第に明らかになっていく。

 この時点で周辺国は誰が何をしたのかを把握していた。こんなクーデターで大量の金が動く事は無い。通常は明らかに敗戦が濃厚になった際に持ち出す為が一般的だったが、明らかにそれは異なっていた。

 そしてそれが後々発覚する。魔導騎士連盟は否定しているが、誰もがその意味を正しく理解していた。

 それほど密接に関与している国に手を出すテロリストは早々居ない。それが周辺国の考えだった。仮にこちらから手を出せば、待っているのは明確な組織の壊滅と自身の死。

 誰もがそんな国に対し、何かをしようとは考えなかった。

 

 

「今日からまた出るの?」

 

「ああ。暫くは身体をまともに動かせなかったからな。今日からは通常だ」

 

 同じく走り終えたからなのか、僅かに息が弾んだ一輝とステラが龍玄の下に来ていた。

 

 

「そう言えば、リュウは不戦勝になってたけど良かったの?」

 

「仕方無いだろう。それにそんな事を一々気にした所で戻る訳でも無い。こっちにも用事があるからな」

 

「どんな用事かは知らないけど、これだって立派な用事よ」

 

 龍玄の言い方が気になったからなのか、ステラは珍しく反論していた。

 元々自分だけでなく一輝もまたこの予選会を勝ち抜き、七星剣武祭の出場を狙っている。まるでそんな事などどうでも良いと暗に言われた事が気になったが故の言葉だった。

 

 

「それは優先順位の違いだ。参考に聞くが、ステラが皇国に戻らなければ国際問題になると言われたら、どっちを取る?」

 

「それは……」

 

 龍玄の言葉にステラはそれ以上何も言う事は出来なかった。

 元々ここには留学で来ている。実際にどんなやりとりがあったかまでは分からないが、ステラの立場はどこまで行っても留学生でしかない。

 それと同時に皇族の直系の系譜であれば、本来であれば護衛が付いてもおかしく無いはずの立場。そこまで言わればステラとしても詰問する事は出来なかった。

 

 

「まぁ、それ位にしようよ。ステラだって悪気があった訳じゃないんだし」

 

「そんな事分かっている。俺はただ、俺にも譲れない物があると言いたかっただけだ」

 

 一輝が助け船を出した事により、この場は収まっていた。

 確かに龍玄の言葉に一輝も多少は考える部分はあったが、七星剣武祭に出る事とそれとは個人の思い入れが違う。詳しい事は分からないが、今回の件に関しても事前に届け出が出ている事を知っている。

 だとすればそれ以上は勇み足になると判断した結果だった。

 

 

「ステラも、分かっただろ?」

 

「まぁ、一輝がそう言うなら………」

 

 

 一輝の言葉にステラは頬を赤らめている。関係性は分からないが、少なくとも以前よりは少しだけ踏み込んだ関係である事は間違いない。二人の間に交わされる空気はそれを如実に表していた。

 

「お前ら、それはここでするんじゃなくて部屋に戻ってからにしてくれ。流石に俺も愛の巣まで行く気は無い」

 

「あ、あああ愛の巣って………そんな、まだ私は……」

 

 龍玄の言葉にステラは突如として顔を赤らめクネクネとしだしていた。

 何を考えてるのかは知りたいとは思わないし、知りたくも無い。それ以上は時間の無駄だとばかりに、何時もの日本刀ではなく、今度は槍と思われし物を手にしていた。

 本来であれば自身の鍛錬を開始するが、それを見た一輝も何か思う事があるのか、龍玄に少しだけお願いをしていた。

 

 

「ねぇ、龍。それで僕と模擬戦してくれないかな?」

 

「構わんぞ。じゃあ、早速やるか?」

 

 未だうねるステラを他所に、二人は少しだけ距離を開けて対峙していた。

 一輝の持つ『隕鉄』と龍玄がもつ槍では明らかに間合が異なる。幾ら距離を開けようともその差は尋常ではなかった。

 

 龍玄は知らないが、実際に一輝は加々美に頼んで取材の対価とばかりに龍玄の試合の映像を見ていた。明らかにコマ落ちしていると思われる映像は明らかに自分が『一刀修羅』を使うよりも早く動いている証でもある。

 そんな体術を使う人間に対し、この間合いは下手をすれば攻撃の前に一方的に攻撃だけを受ける可能性があった。

 これまでに何度も対戦したからなのか、どんな得物を手にし様が正中を常に意識し、視線に殺気はおろか、闘志すら感じない。

 初めて対峙した際に比べれば多少はマシかもしれないが、それでも何を考え、どこを狙うのかを判断出来ない攻撃は厄介以上の何物でもなかった。

 構えた槍は先端が丸くなっている。一挙手一投足を見逃さずに一輝はそれだけに集中していた。

 様子を見ているからなのか、距離は一向に変わらない。そんな事を思った矢先だった。

 

 

「イッキ!ダメ!」

 

「うぉ!」

 

 ステラの声に一輝は驚きのあまり、声を出しながら大きく回避していた。それと同時に、先程の声が無ければ自分は今頃意識を完全に飛ばしている可能性があった。

 気が付けば槍の穂先は自分のすぐそばまで迫っている。何が起こったのかを理解するまでに時間を要していた。

 

 

 

 

 

「最初はイッキが動かなかったからどうしたのかと思ったわ」

 

「全く気が付かなかったよ。まさかああまで接近されてたなんて」

 

 模擬戦と言うよりも、その時点で一輝は降参し、そのまま休憩となっていた。

 一輝が全く動かない事に疑問を持ちながらも当初は見学するつもりだったが、ギリギリまで接近しても動かない事にステラは本能のままに声を出していた。

 殺気も何も感じさせない。まるで風景に溶け込んだかの様に感じたそれは、今になって漸く疑問に至っていた。

 

 

「あれってどうやったの?」

 

「そんな難しい話じゃない。長物は距離感を狂わせるには最適な武器になる。それと一輝の眼の良さも利用したから当然だ」

 

「見過ぎてたって事だよね?」

 

「ああ。一挙手一投足を見逃さないと言うのは賞賛するが、見過ぎた事によって距離感を狂わせていたのも事実だ。だが、あれはあくまでもフェイント。実戦では使えん技術だ」

 

 事も無く話す龍玄の言葉にステラは絶句していた。

 幾ら眼が良いとは言え、完全に距離感を狂わせるには意識をどこか一点にむけさせる必要がある。技術云々よりも、最初にそこに至る方が難しい。

 恐らく現時点で自分がそれを出来るかと言えば否としか言えない事はステラも理解している。それと同時に、仮に自分が対峙すればどうなるのだろうか。そんな取り止めの無い事を考えていた。

 

 

「リュウって時々変に偉ぶらないわよね。普通ならそこまで出来れば多少は誇れる技術だと思うけど」

 

「所詮はこの程度の技術は子供騙しだ。実戦に出れば使えん技術。競技に使ったとしても一度種明かしすればそこまでの物に過ぎん」

 

「そんな物なのかしら?」

 

「そんな物だ」

 

 これ以上は話す気が無いからなのか、龍玄は答える事もなく、槍を持ちながら型を続けていく。実戦を重視した型のはずが、動きはどこか演舞の様にも見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カナタ。今日の昼は良ければこれを持って行ってくれ」

 

「これは、お弁当ですか?」

 

「ああ。丁度、冷蔵庫の食材を入れ替えたかったんでな。残った材料を使ったんだ。嫌なら別に構わないが」

 

「いえ。頂きます」

 

 あの後、一輝達と別れた龍玄はそのまま自室へと戻っていた。

 何時もの様に朝食を作り、カナタと食べる。そんな何時もの一コマの最中だった。

 突然言われた事にカナタも少しだけ疑問を持つも、特にお昼に関しては特別何かを食べる事はなかった。

 

 全寮制が故に食堂は学内にも併設されている。食そのものに拘りがある訳ではないからなのか、龍玄の提案にカナタは素直に受け取っていた。

 これまで一緒に食べてきた事により一つだけ間違い無い事がある。

 龍玄の作る食事は間違い無くここの食堂よりも遥かに上である事だった。

 魚一つ焼いても表面はカリッとしているが、中はふっくらと焼き上がっている。以前に生徒会で行ったあの店と同じ様な食感は、かなりのレベルである事を意味していた。

 中身は不明だが、共通して使う冷蔵庫の中には決して男子学生が使う様な中身ではない。

 色々な野菜類に肉類など、それはどこかの店と大差ないと思える程だった。そんな龍玄が渡した弁当の容器はどう考えても小さい物ではなく、それなりの大きさ。

 元々そんな事を想定していないからなのか、風呂敷に包まれたそれを見ながらカナタは少しだけ考えていた。

 

 

「何か気になる事でもあったか?」

 

「少し大きいと思ったので」

 

「適当な入れ物が無かったからな。あれだったら誰かとシェアすれば良い」

 

「では、そうさせて頂きます」

 

 龍玄から言われた事でカナタは少しだけ自分が考えていた事とは違う言葉を口にしていた。

 当初は昨日のあれのお詫びかと思ったものの、冷静に考えるとあれは完全に自分の落ち度でしかなかった。確かに着替えや下着を見られた事は恥ずかしいが、それだけの話。

 改めて龍玄を見れば既に自分の分を用意していたからなのか、同じ物が用意されていた。

 

 

 

 

 

「カナちゃん。お昼、どうする?」

 

「私はこれがありますので」

 

 今日は元々対戦が無い日だったからなのか、破軍の学内は少しだけ穏やかな空気が流れていた。

 予選会の当日は基本的には三日に一度のペースで開催されている。これが全学年の総当たりで対戦すれば期間は更に伸びる可能性があるものの、やはいり学生の身で実戦形式となった事は少なからず出場に関しての躊躇する要因となっていた。

 誰もが戦闘用の固有霊装を展開する訳では無い。既に何人かは出場を表明していたが、事前の念押しの段階で棄権するケースも出ていた。

 そんな事から予選会に参加しているのは一部の生徒だけ。予選会が無い日は殺伐とした空気はどこにも無かった。

 それは生徒会も同じ事。元々役員も飛沫を除く全員が出場していた為に、何も無い日は穏やかに過ごしていた。そんな中、刀華の誘いにカナタも普通に答える。

 用意したそれはどう考えても女生徒が一人で食べる様な物では無かった。

 

 

「随分と大きくない?」

 

「どうやら冷蔵庫の中身を一度入れ替える為に作ったらしいので、私も中身が分からないんです。でも良ければシェアすればと聞いていますので」

 

 用意したそれは風呂敷に包まれている。厳重な包装が返って何だろうかと期待させる。それと同時に刀華はカナタの同居人が誰だったのかを思い出していた。

 

 

「だったら私も興味あるから生徒会室で食べない?」

 

「でも良いんですか?刀華さんはそこで食べる予定では」

 

「気になるからと言った方が正解かも。私は買ってくるからカナちゃんは先に行ってて」

 

 既に予定は決まっていると言わんばかりに刀華は購買へと向かっていた。

 確かにこの大きさと重さから考えればかなりの内容の物が入っている。流石に一人で全部を食べる事が不可能だと思ったからなのか、カナタは一人生徒会室へと移動していた。

 

 

 

 

 

「これっていつ作ったんだろうね」

 

「まさかこんな内容だとは思いませんでした」

 

 用意された箱を蓋を開けると、そこにはどこかの料亭で頼んだかの様な料理が並んでいた。

 ご飯は勿論だが、肉類、魚類、煮物などまるでプロの調理人が作ったかの様に鎮座している。

 まさかこれ程の物だとは思ってなかったからなのか、カナタは表情にこそ出さないが、内心では驚いたままだった。

 目に留まる魚の照り焼きを少しだけほぐし、口に入れる。少なくともカナタの記憶の中で弁当のカテゴリーでこれほどの物を口にした記憶は無かった。

 一口だけ食べたは良いが、どう見ても一人分の様には見えない。取り敢えずは刀華にもおすそ分けで分けよう。それだけが最初に思いついた事だった。

 

 

「刀華さん。これどうぞ。私一人では食べきれませんので」

 

「ありがとうカナちゃん」

 

幾つか取り分けた物を刀華もまた口にする。弁当ではなく、ちょっとした食事処レベルのそれに刀華は少しだけ負けた様に感じていた。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「ううん。何でもない」

 

 これを作ったのが誰なのかを知っているからなのか少しだけ表情が強張る。

 まさか自分の腕よりも上だとは思ってもいなかったからなのか、今度会う事があれば何か一つ位は言わなければ気が済まない。そんな感情が支配していた。

 

 

 

 

 

「そう言えば、初戦は勝ってるのに、次が棄権するとは思わなかったよ。今回の目玉だとは思ったんだけど」

 

「その件に関しては私の口からは少々言い辛いと言いますか……」

 

 何気に口にした刀華の言葉にカナタは少しだけ申し訳ない表情を浮かべていた。

 元々今回の件に関してはカナタの会社が大きく関与している。

 外交における護衛任務を民間企業が請け負う事は本来であれば有りえない事実。カナタも業務として携わっていたた為に、どうしようも無かった。

 

 本来であれば自分が止めるべき立場。風魔の人間がどれ程いるのかは知らないが、少なくとも学内での大きな行事を休ませる事は決して得策ではない。ましてや自分が関与した結果であれば有る程申し訳ないと考えていた。

 

 

「詳しくは分からないけど、何かの仕事なんだよね?」

 

「そうですね。これ以上は流石に企業としての守秘義務もありますので」

 

 用意した緑茶を飲みながら、少しだけ考える事があった。

 今回の予選会の中で間違い無く戦闘能力は上から数えた方が早い人間がいたとしても、勝敗で見れば確実に弾かれる可能性があった。

 まだ初戦と次戦を終えただけなので、これから先の状況は何も分からない。

 しかし、この二戦だけでも実力を持っている人間が誰なのかは理解出来ていた。今年の一年に関しても黒鉄一輝やステラ・ヴァーミリオンを筆頭に何人もの実力者が居る。

 勿論、二年や三年、少なくとも自分達とて負けるつもりは毛頭無い。今後は確実に星のつぶし合いになるのは間違いないが、それでもやはり意識を完全に排除するには余りにも存在感が大き過ぎていた。

 

 

「取敢えずは対戦もランダムですし、今後どうなるのかは誰にも分かりませんから」

 

「そうだね。気にしすぎても疲れるだけだろうし」

 

「でも、今日は確かその日だったよね」

 

「そう聞いています」

 

 その一言は先程までの穏やかな空気を一変させていた。

 初戦は自分の目でとらえ切れる事すら出来ない程の速度と業の切れ。会場全体を底冷えさせる戦いは、確実に大きな障害となるのは間違い無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は流石に流血沙汰にはならなそうだね」

 

「だからと言って気を抜く要因にはならんだろう。万が一の事もある。頼んだぞ」

 

「人遣いが荒すぎるよくーちゃん。臨時で何か出ない?」

 

「出る訳ないだろう。さっさと配置に付け」

 

「へいへい」

 

 対戦相手はランダムではあるが、試合の順番はこちらでも操作が可能だった。

 基本的には誰もが試合を見る事は可能だが、それと同時に、どこまで見せて良いのかの判断に迷っていた。

 本来であれば、同年代の試合の内容は見学する生徒全員に教材となる可能性がある。

 一年であれば試合運びや流れ、二年になればその対処の方法。三年は偏に上級生の実力がどれ程の物なのかを知らしめる事だった。

 

 しかし、龍玄の試合だけはあまりにも異質だった。

 前回棄権しているのは事前に休みの届け出が出ているから敗戦となっているだけで、実際に闘えば初戦の二の舞になるのは間違い無かった。

 刀剣類の固有霊装は余りにも相性が悪すぎる。相手を斬りつける刃物が瞬時に自分を斬り裂くとなれば、待っているのは流血の結果だった。

 今回の他対戦相手の固有霊装は刀剣類ではなく棒。棒術に代表されるそれならば何も問題は起こらないはずだった。

 

 

 

 

 

「リュウ。貴方の試合を見させてもらうから」

 

「何だ?暇なのか」

 

「違うわよ。イッキも関心してたから、私も見たいと思っただけよ」

 

「特段つまらん試合だぞ」

 

「それを決めるのは私よ」

 

 龍玄としても応援に来た事は分かったものの、実際に口した様に態々見世物の様に時間をかけるつもりは毛頭なかった。

 出来る事なら瞬時に終わらせる。それが一番手っ取り早い方法だった。

 初戦の戦いを知っているならば、どんな結末が待っているのかは言うまでも無かった。

 そんな中、今回の対戦相手がどんな人間かは知らないが、折角来るなら少しだけ見せても良いだろう。不意にそんな事を考え、口にしていた。

 

 

「そうだな…折角だから見えやすい戦いをしよう」

 

「見えやすい?」

 

「ああ。始まってすぐに終わるのはつまらんからな」

 

 龍玄の言葉に一輝は少しだけ何かを思う事があった。

 龍玄には言ってないが、自分が初戦の桐原静矢を下した後、新聞部の日下部加々美から色々と雑談と言う名のインタビューを受けていた。

 自分の抜刀絶技『一刀修羅』は全ての力を出し切る為に、その後の意識は完全に失っている。それ故に部外秘と言われ見た映像は驚愕の一言だった。

 

 処理落ちしたかの様な画像と同時に、対戦相手の腕を斬り飛ばしたやり方は、ある意味では合理的な攻撃だった。

 相手の攻撃方法を完全に封じると同時に、それすらも武器へと変える。固有霊装は通常の武器とは異なり、自身の意識でどうにでも出来る為に、理論上は可能だが実際にそれを実行できるかと言えば何とも言えなかった。

 接近しただけでもコマ落ちしてるが、それぞれの攻撃もまたコマ落ちしている。右肩から腕が飛んだ後の動きが最後に見えたのは、完全に肘が肺に刺さった後の映像だった。

 そんな事実があったからこそ、龍玄の見える戦いがどんな物なのかは大きな意味を持つ。

 ステラは何も見てないが、それを見た一輝は観客席からは仮想敵としてどう動けば良いのかを考える事にしていた。

 

 

 

 

 

「ちゃんと待機してるみたいだな」

 

 龍玄は僅かに周囲を見渡していた。

 観客席に居る人間を確認したのではなく職員の待機場所に視線が移っている。恐らくは初戦の事がチラついているからなのか、何時もは適当な寧音の表情は少しだけ真剣味があった。

 瞬時に鳴り響く開始の合図。余所見をしているつもりではなかったが、鳴った事によって漸く対戦相手の方へと視線を向けていた。

 見た目はともかく持っている固有霊装は棒。全体を見ればそれなりに鍛えているからなのか、表情には自信が溢れていた。

 恐らくは対戦の結果だけを見たからなのか、少しだけ口元が歪んでいた。

 

 

 

 

 

「ねぇ、あれってどうやってるの?」

 

「詳しい事は本人に聞かないと何とも言えないけど、相手は確実に意識は飛んでるだろうね」

 

 ステラの質問に答えたまでは良かったが、あまりの光景に一輝もまた固まるしかなかった。

 合図と同時に動いたのは龍玄ではなく対戦相手。棒は槍と変わらない位にリーチがある得物だった。

 棒と篭手。自分の間合いを確実にすれば、攻撃のリーチは一方的になる。相手はそれを利用するはずだった。

 

 合図と共に龍玄が緩やかに動いた様に見える。ぬるりと動く行動に迷いは無かった。

 それと同時に対戦相手は龍玄の姿を捉えきれていない。傍から見れば実に不思議な光景だった。

 開始の合図と同時に近寄れば、誰もが通常は警戒する。しかし、龍玄の対戦相手はまるで気にもしないかの様にそのままだった。

 距離が一気に詰まると同時にそのまま脇腹に拳が突き刺さる。何も知らない人間からすれば異様な光景でしかなかった。殴られた対戦相手はその場でのたうち回る。

 すぐさま試合はその場で終了。余りにも呆気ない結果は盛り上がりを見せる事無く終了していた。

 

 

「でも、あの原理って……」

 

「あの時と同じだよ」

 

 ステラの言葉に一輝は少しだけ龍玄の事を勘違いしていた様に感じていた。

 これまで戦っている場面をこの目で見た事はなかったが、肉眼で見て初めて違和感を感じると同時に槍を持った際に対峙した事を思い出していた。

 幾ら目が良いとは言え、一輝も完全に集中した事で視野が狭くなる事は無い。にも拘わらず一気に距離を詰められたのは、偏にその存在感が完全に無い事を意味していた。

 あの時の言葉からすれば、今の使用方法がどれ程脅威なのかが肌で感じ取れる。

 僅かに寒く感じる背筋と同時に、仮に自分があの場に居れば、どうやって対処出来るのだろうか。そんな取り止めの無い事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、ああまで洗練されてるなんて……」

 

「えっ?あれってまさかとは思うんだけど、刀華のやってる抜き足と同じって事?」

 

 刀華の呟きを泡沫は聞き取っていた。

 傍から見れば何故動かないのかと疑問だけが残る戦いではあったが、見るべき人間が見れば脅威でしかなかった。

 元々抜き足は人間の意識の外れた所から命の危険を感知できるまで接近する事によって強烈な一撃を当てる業。

 直前で気が付いた所で至近距離からの必殺の一撃はそう容易く回避は出来ない。それがあるからこそ有利な立場に立てる代物だった。

 

 しかし、今見せた攻撃は攻撃を食らった時点で漸く気が付く。試合でこれならば実戦では自分が気が付く前に死んでいる事にしかならなかった。

 どんな人間でもギリギリまで接近すれば気が付くはず。完全に気配を消しているからこそ可能な攻撃に対抗策を練る事は、まさに雲をつかむ様な感覚さえ感じていた。

 

 

「……そう。でも私のそれより……ううん。現時点であれを回避できる人間は殆ど居ないと思う」

 

「一体彼は何者なんだろうね。確かに面白い存在ではあるけど、ちょっと不気味だよね」

 

 泡沫の言葉に刀華はどう答えれば良いのかを少しだけ考えていた。

 圧倒的な暴力に違いはないが、その純粋な技術は紛れもなく一級品だった。学生の試合ではありえない実戦は間違い無く今後の人生でも数える程しか経験できない程の戦い。

 恐らくは対峙した人間は何一つ感じる事無く医務室に送り込まれてる事実は一輝に対して付けられた『無冠の剣王(アナザーワン)』よりもゆっくりと学園内の実力者の脳裏に刻み込まれていた。

 

 

 

 

 


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