英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第13話 予選会開催

 七星剣武祭の予選会は理事長の黒乃が嫌ったからなのか、特段イベント的なアナウンスすら無いままに開催されていた。

 実際に予選会にエントリーしているのは、昨年出場した経験を持つ者を中心に、二年と三年が中心となっている。まだ入学したばかりの新入生では実力的には厳しいと判断したからなのか、クラスの中でもそれ程大きな話題になる事は一部の人間を除いて無かった。

 

 

「ステラと一輝は出るのか?」

 

「勿論よ。だって約束したんだから」

 

「ステラ。少し声が大きいよ」

 

 龍玄の質問に当然だと言わんばかりにステラは答えていた。元々それが目的と言う訳では無いが、黒乃は戦力としてステラの実力を求めた結果が今に至る。

 だからなのか、龍玄から聞かれた言葉に対し、ステラが当然だと思うのは既定路線でしかなかった。

 

 

「何よ。別に隠す様な話でもないんだし、予選会に出た時点で対戦相手や結果が分かるんだから問題無いはずよ」

 

「それはそうなんだけど……」

 

「そう言う一輝もじゃないのか?」

 

「それは当然だよ。僕も目標があるからね」

 

 休み時間が故にそれぞれが思い思いの事をしているからなのか、龍玄達の会話を一々聞いている人間は誰も居なかった。

 元々入学式の当日に起こった出来事によって、それぞれが力量を大よそながらに把握している。

 ステラに至ってはランクが物語っているが、一輝や龍玄に関しては体術などの魔力とは違う部分で一目を置かれていた。

 それが功を奏したからなのか、一輝の下には剣術を学ぶ人間が何人か居る。龍玄もそれを知ってはいたものの、それに関しては特に口を挟む様な事は何一つしなかった。

 

 

「そんな事よりもリュウは出るの?」

 

「ああ。俺も出る。この学園の人間がどれ程の物なのか少し知りたいと思ったからな」

 

 ステラの質問に答えた龍玄の何気ない言葉に一輝は僅かに息を飲んでいた。

 ステラは気が付いていないが、龍玄の力量は明らかに学生が身に付ける様なそれではない。体術や刀術の力量はさる事ながら、時折死の臭いを感じさせる事があった。

 

 勿論それは集中するが故にとは聞いてはいたが、抜刀する速度や、それ以外に見る槍術などは既に達人と言っても過言では無い。一輝もこれまでに色々な流派を見たものの、龍玄が放つ動きは常に人体の急所を的としている様にも見えていた。

 そんな人間が予選会に出る。未だ他の出場者の事は不明だが、少なくとも自分が出場する為の障壁になる事だけは間違いと肌で感じ取っていた。

 そんな中、対戦相手の決定した人間に対し、生徒手帳が僅かに音を立てる。鳴ったのは二つ。まさかと思いながら一輝は対戦相手の名前を確認していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよ始まったね」

 

「そうですね。特に今年はどうなるのかは全く分かりませんから」

 

「その割には何だか楽しそうだね」

 

 生徒会室では三年の役員三人が始まった予選会の事で話をしていた。

 これまでの様に魔力によるランクだけで決められた結果は大よそながらに理解はしたが、それはあくまでも学内の話だった。

 

 戦いに於いてはじゃんけんの様に必ず相性という物が存在する。実際に昨年の七星剣武祭で成績を残した刀華はこの中でそれを一番理解していた。

 対戦相手のデータは探そうと思えば幾らでも出てくる。ましてや二年より三年になれば学内での戦いも記録されている為に、それがより顕著だった。

 当然の如く対策を立ててくるのが前提で試合に臨む。それが実力者としての矜持だった。

 しかし、今年に関してはそれだけでは済まない可能性が最低でも二つ。黒鉄一輝と風間龍玄がどう対戦するのかだった。

 一輝は昨年の実績は無いが、ステラとの模擬戦をこの目で見ている為に、大よそは見当が付くが、龍玄に関しては何も無いままだった。

 風魔だと知らなければそれ程気にする要素はどこにも無い。しかし、予選会から事実上の本番と同じルールで戦う以上、命のやりとりをどこかで覚悟する必要がある。

 恐怖よりも楽しみが勝るのは刀華もカナタもそれぞれの実力が裏打ちされているからだった。

 

 

「組み合わせ次第ではってのもあるし、私とカナちゃんが対戦する可能性だってあるんだよ。当然ちゃ」

 

「でも本当にそんな実力者って居るのかな?」

 

「少なくとも私が知る限りでは居ます。本当の事を言えば、絶対に当たりたくない相手ですね」

 

「カナタ程の実力があっても?」

 

「ええ。最悪は瞬殺されるでしょう。それも文字通り」

 

「それって例の皇女様?」

 

「そう。と言いたいですが、残念ながら違いますので」

 

「そんな人……」

 

 カナタの言葉に泡沫は驚きながら話す。勿論、それが誰なのかは知らないが、刀華は直ぐに理解したからなのか、表情は強張っていた。

 仮にの話を今しても仕方ない。しかし、全力で戦うには不足は無い。そんな考えが不意に浮かぶ。その瞬間、少しだけ思った部分があった。

 

 

「ねぇカナちゃん。そう言えば、抜刀絶技って見た事あった?」

 

「そう言われれば………」

 

 刀華の言葉にカナタもまた、改めて思い出していた。戦場では抜刀絶技はおろか、固有霊装すら顕現していない。最近になって少しだけ目にしたが、あれはどう考えても武器ではなく防具の類。

 これが何らかの武器であれば予測出来ない事も無いが、篭手では何が起こるのかすら判断出来ない。

 事実、魔導騎士とは言え、全員が等しく武器を顕現する訳では無い。中には全く戦いには無関係な物を顕現するケースもある。だからなのか、抜刀絶技の事は完全に頭から抜け落ちていた。

 事前に知らない方が良いと考える人間もいるが、それはあくまでも実力が拮抗、若しくは勝ってる状態の話。抜刀絶技を使わずに屠る実力は、驕る以前に何一つ手を出す事さえも出来ず地面に伏す可能性があった。

 

 

「ねぇ、さっきから誰の事言ってるの?僕も知ってる人?」

 

「うた君は知らない人」

 

「そっか。でも、予選会に出るなら見る機会だってあるんじゃないの?幾ら何でも全く出さないなんて事は無いだろうし」

 

「だと良いのですが………」

 

 何も知らないからこそ言えるが、二人からすれば可能性は零では無かった。

 実際に固有霊装は顕現させても、本当に使う可能性は恐らくは無い事は予測している。

 あれだけの技量を躱しながら懐に飛び込むのは相当なプレッシャーでしかない。虎穴に入る為に極上の餌を持ったまま入ればどうなるのかは考えるまでも無かった。

 少なくとも戦場で相対したカナタだけは、口にはしないが、その考えを曲げる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ~俺は一輝の後の試合か。で、対戦相手の桐原静矢って出来るのか?」

 

「そうね、昨年の七星剣武祭の出場者ね。確か二つ名は狩人。案外と今の一輝にとっては厄介な相手かも」

 

 龍玄の呟きの様な言葉に答えたのは一輝の友人でもあった『有栖院凪』だった。

 当初は誰かと警戒したものの、一輝の妹でもある珠雫のルームメイトであると聞かされたからなのか、警戒の度合いは少しだけ下がっていた。

 元々人嫌いな訳では無いか、本人の特殊事情からくるそれがどうしても警戒の度合いを低くしにくかった。

 既に対戦相手の桐原にはファンが居るからなのか、黄色い声援が聞こえている。それに対し、一輝はどこか何時もとは違う様にも見えていた。

 

 

「厄介とは?」

 

「彼の異能は姿や気配を完全に消し去る事。去年はそれで対人戦に於いて無傷だったわ」

 

「無傷?だが、優勝はしてないだろ?」

 

 凪の言葉に疑問を持ったのは当然だった。

 仮にその言葉が文字通り正しければ、負け無しの優勝になる。しかし、優勝していないのであればその言葉の意味が分からない。

 それを見越したからなのか、凪は笑みを浮かべながら続きを説明していた。

 

 

「彼は広域攻撃を持っている人間には早々に降伏するの。だから昨年もトーナメントの一回戦はパーフェクトゲームだったけど、二回戦ではその力を持ってる人間に当たったから棄権したって訳。だから彼の名は騎士ではなく狩人なの」

 

「要はお山の大将程度って事か?」

 

「あら?随分と辛口ね。確かにそう言われれば、そうかもしれない。けど、その実力は本物よ」

 

 そう言いながら凪だけでなく、珠雫とステラもまた一輝を見ている。

 恋する乙女の力なのか、それとも親愛が成せる業なのか、二人も僅かに一輝の身体に異変を感じている事を悟っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一輝は開始直前から少しだけ落ち着きが無くなっていた。

 初めての公式戦でもあり、今回の予選会を突破する事が最低限の結果。

 昨年の因縁の相手ではあったが、今はそんな事は関係無い。それが緊張から来る物なのか、それとも単に興奮した結果なのかは自身にも理解が出来なかった。

 実際にここに来るまでにかなりの労力だけでなく、精神的な部分と抱える物が増えている。それがどんな方向に作用するのかは一輝自身も分からないままだった。

 会場に入ると、既に観客の生徒が所狭しと座っている。ここから始まる。先程まで持っていた感情を強引に封じ込め、今は戦いのただそれだけを考える様にしていた。

 

 

「やぁ。こうやって対峙するのは随分と懐かしいね。嘗てのクラスメイトじゃないか。少しくらいは懐かしさもあるんじゃないのかい?」

 

「懐かしい…ね。言われてみればそうかもね。だけど、今はお互いそんな事を言う為にここに居る訳じゃ無い」

 

 桐原静矢の言葉に一輝は神経がざらついた様にも感じていた。

 元々去年のあれは前理事長の差し金である事は容易に想像が着いていた。乱闘騒ぎを起こし、そのまま弁解の場を設ける事無く即退学に追い込む。実に子供騙しの計画だった。

 勿論、そんな思惑を最初から理解したからと言って、完全に許す事は出来なかった。

 狩人と呼ばれる様に自身の能力をただ愉悦に浸るだけに使用する事に一輝は我慢の限界を超えていた。

 

 ただ魔力が高いだけ、ただランクが高いだけ。一年と言う時間をかけて一輝に襲い掛かったそれは、力の渇望と言う感情をゆっくりと育てていた。その影響もあってなのか、心を人知れず蝕んでいく。本来の様な冷静さは、既に失われつつあった。

 

 これまでに仮想敵として何度もシミュレーションを繰り返している。個人的に許せないと言うよりも、寧ろ、自分の歩むべき未来の為には桐原が使う抜刀絶技は自分との相性が最悪である事を悟ったが故の結論だった。

 これまでに何度か手合わせした事によって龍玄の使う歩法の一部は既に盗む事が出来ている。

 出来る事なら開幕速攻で胴体に一撃を入れよう。それを合図に一気雪崩れ込む様に攻め込む作戦だった。

 見た限りではこちらに対し油断をしている様にも見える。このまま自身の精神を逆なでしている事を横にして、そのまま今の状況を悟られない様に愚者を演じるしか無かった。

 

 

「そうかい。でも、僕はこう見えて昨年の七星剣舞祭では二回戦まで行ってるんだ。今の君に僕の所まで本当に届くかな?」

 

「さぁね。やってみなきゃ分からないんじゃないかな」

 

「へぇ。どこにそんな自信が。ああ、そう言えばあの動画僕も見たよ。Aランクに勝っただなんて凄いね。どうやって皇女様を買収したんだい?」

 

 桐原の言葉に一輝は既に愚者の仮面を被る事を忘れていた。

 動画の内容はともかく、あの戦いを陥れる人間は自分だけでなくステラまでも貶める事になる。自分の事だけならまだしも、ステラの事まで言われたからなのか、既に一輝は冷静さに欠けていた。

 まるでその瞬間を図ったかのように合図のブザーが鳴り響く。既に一輝は理性の半分失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの馬鹿。逆上してやがる」

 

「え?」

 

 龍玄の呟きは思いの外大きかったのか、隣に座っていたステラは驚きのあまり一輝ではなく龍玄に向いていた。

 少しだけ一輝の様子が変だとは思っていたが、実際に口に出された事によって感じているのは事実だと気が付く。

 ブザー音と同時に一輝はそのまま静矢へと突進していた。

 何時もであれば『抜き足』とまでは行かなくてもその歩法は距離と詰める事だけに考えれば一級品に近い物だった。しかし、今の一輝は精彩さに欠けている為に『心・技・体』の心の部分が抜け落ちている。

 通常よりも僅かに早い程度の突進は桐原からしても単なる的に過ぎなかった。まるで狙ったかの様に一輝の胴体と右足の太ももに向って矢が放たれる。瞬時に放った矢はそのまま一輝へと吸い込まれていた。

 

 

 

 

 

「そんな見え見えの攻撃なんて僕には無意味だ!」

 

 一輝は飛来した矢をそのまま叩き落とすべく自身の隕鉄で振り払う。

 目視出来る矢であれば一輝にとっては払うのは造作も無い事。このまま一気に距離を詰めるべく矢を碌に見る事無く、その来るであろう場所に向けて刃を向けていた。

 見える矢はそれ程の速度が出ている訳では無い。弾丸すら回避出来る程の動体視力からすれば静矢の放った矢は止まっているのと同じだった。来るであろう場所に向けて刃を向ける。

 叩き落とされた矢はそのまま地面に沈んだと思われた瞬間だった。

 

 

「な……なんで。全部払ったはず」

 

 一輝の言葉に偽りは無かった。

 隕鉄の刃は飛来したはずの矢を全て叩き落としている。しかし、現実には一輝の太ももと胴体には矢が刺さっていた。

 太ももを刺された事により、先程まで突進した動きはその場で停止する。予測した事実と異なっているからなのか、一輝が戦闘中にも拘わらず呆然としていた。

 余りにも分かり易い隙は単なる的でしかない。その瞬間、桐原は再び矢を射ると同時に自身の抜刀絶技を行使していた。

 ピアノの鍵盤をたたくかの様に虚空を叩く。その瞬間、周囲には桐原を覆い隠すかの様に森が広がっていた。

 

 

「残念だったね。そんな単純な事すら気が付かないなんて。やっぱり落第するだけの要素はあったって事なんじゃないのかい。やっぱり君には落第騎士(ワーストワン)がお似合いだよ」

 

 嘲り笑うかの様に声は広がるが、肝心の本人の姿は完全に消失していた。

 既に周囲を探知し様にも関知する事が出来ない。まるで獲物を甚振る肉食獣の様にあらゆる方向から間断無く矢が射かけられていた。動揺し、動く事を忘れているからなのか、放たれた矢の全てが一輝の躯体に赤を作り出す。直撃ではなく、態と掠める攻撃は完全に甚振っている証だった。

 

 

 

 

 

「馬鹿が。一人前に緊張なんてするからだ。そもそもあの言葉を聞いても流せば良かったんだよ。そうすれば最初のあれが何なのかは彼奴なら理解出来たはずなんだ」

 

「リュウ。私にも分かる様に説明してくれないかしら?」

 

「説明って何をだ?」

 

「あの正体不明の矢の事よ!」

 

「何だ?ひょっとして分からないのか?」

 

「だから聞いてるんでしょ!素直に教えなさいよ」

 

 一輝の想定外の負傷が影響しているからなのか、ステラは既に冷静さを失っていた。

 元々あれは暗器を使う人間であれば当然のやり口であり、尤も警戒すべき物。

 そもそも飛び道具を主体とすれば命中率は生存率に直結する。だからなのか、龍玄にとっては当然の物も、ステラにとっては未知の物でしかなかった。

 

 

「隠す程の物じゃない。あれは態と注目させる為に放った矢の背後に隠すかの様にもう一本放っただけだ。影矢になっているから気が付かずそのまま叩き落とせば今の一輝みたいになるだけだ」

 

「何よ。それって卑怯じゃない」

 

「卑怯?そんな訳無いだろ。どの世界に正々堂々と戦ったから負けても仕方ないなんて考える輩が居る?この戦いは生存競争なんだ。生きる為の戦術に卑怯なんて言葉は存在しない。仮にそれを口にするならば、一輝を馬鹿にするのと同じ事だ。彼奴の抜刀絶技はまさにそれを体現しているんだからな」

 

 龍玄の言葉にステラだけでなく、その隣に座っていた珠雫も驚いたのか驚愕の表情を浮かべている。そんな中で珠雫の隣に座っていた凪は何時もと変わらないままだった。

 

 

「だが、本来の一輝ならあの程度の事は看破すると思ったんだがな。余程何か言われたのかもな」

 

「余程って何よ」

 

「そんな事は知らん。本人に聞けよ。それと、俺は解説じゃないんだ。一々聞くな。一輝を信じるなら黙って見てろ」

 

「分かったわよ」

 

 龍玄の言葉にステラだけでなく珠雫もまた会場をジッと見ていた。

 一旦視界から消え去ったからなのか、目視で追跡する事が出来ない。一射ごとに一輝の制服は破れ、その下からは鮮血が迸る。

 傍からみれば棄権してもおかしく無い程の出血は会場の中を少しだけ冷え込ませていた。

 傍からみれば一方的な攻撃。このままではそのままレフリーストップの可能性もあると思い出した瞬間だった。

 

 

「しかし、大変だね君も。確かここを卒業する為には七星剣舞祭で優勝しないと出来ないんだよね。そんな弱いままで予選会を勝ち抜く事も出来ないなら、一生このままだね」

 

 静矢の嘲笑と同時に聞こえた言葉に観覧席に座る生徒が騒めく。本来であればそんな事をしなくても卒業するのは可能なはずだった。

 試合である以上、トラッシュ・トークの可能性も否定出来ない。しかし、本人の思惑とは別に何も知らない不参加の生徒からすれば随分と面白い話の内容にしか聞こえなかった。

 ざわつく観覧席。それと対照的に血を流す一輝の姿。誰もが桐原の言葉が事実だと思い込んでいた。群集心理を巧みに操るのか、たった一言の言葉が会場を歪に沸かせていたいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を逆上してるんだか。たかがあの程度の言葉位で」

 

 龍玄は隣に居るステラにすら聞かれない程の小さな声て呟いていた。

 元々一緒に訓練をする様になってから感じていた違和感。あまりにも儚い様に感じた正体を垣間見た瞬間だった。

 

 一輝は一言で言えば自分に対する悪意に慣れずぎたからなのか、他人を貶める言葉に過剰に反応していた。

 人の考え方に決まりは無い。勿論、このやり方が正しいとも間違っているとも思わなかった。

 そもそもトラッシュ・トークを使う時点で、自分は二流以下だと喧伝しているも同じだった。純粋に、気配や音を遮断する抜刀絶技がこの人間の生命線を握っているだけ。

 特別な業など何一つ無いままだった。

 

 一輝が留年している事は以前に聞かされている。だとすれば当時の近しい人間の可能性が高いと考えていた。だからこそ、あの程度の言葉に逆上する一輝を見て龍玄は少しだけつまらないと感じていた。

 自分を見失しなう事さえ無ければあの程度であれば瞬殺出来る。それが龍玄が下した評価だった。

 

 血塗れた姿は依然として良くなる気配は感じられない。このまま出血量が増えれば必然的に敗北の色が濃くなるのは当然の帰結だった。

 既に会場には一輝を貶める《ワーストワン》の大合唱。自分は安全な場所から他人を嘲笑する様な輩しかいないのかと思った瞬間だった。隣からはまるで全てを燃やし尽くすかの様な炎のオーラを感じる。それが何を意味するのかは考えるまでもなかった。

 

 

「私の好きな騎士を馬鹿にするな!!」

 

 

 まさに紅蓮の如く赤く光る魔力はステラを覆うかの様に光っていた。本人も魔力を開放しているつもりは恐らくは無い。ただ感情のままに放った言葉に沿うかの様に魔力が漏れたに過ぎなかった。

 隣にいた珠雫だけでなく、凪もまた驚愕の表情を浮かべている。ステラの放った一言は会場の空気を完全に一変させていた。

 

 

「一輝。いい加減遊ぶなよ。そんな三下にやられる程、お前は無様だったか?」

 

 静まり返った会場に響く言葉。それを発したのは龍玄だった。

 元々桐原は昨年の出場者。三下扱いする程実力が無い訳では無かった。

 再び騒めきだつ会場。そんな龍玄の言葉に呼応するかの様に、先程までとは違ったのか、一輝は改めて自分を取り戻していた。

 

 

「遊んでなんか無いんだけどね。でも、お蔭で冷静になれたし、もう問題無いよ」

 

 既に一輝の目には先程まで無かった冷静さが宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場の観客席から聞こえた声に一輝は漸く冷静さを取り戻すと同時に、龍玄の言葉に苦笑するしかなかった。

 元々桐原との対戦で一番最初にやらなければならないのは開幕速攻での一撃。

 昨年のクラスメイトが故に、その攻撃方法と同時に抜刀絶技を使用されればどれ程厄介なのかは身を持って理解しているはずだった。しかし、何気なく言われた一言は一輝の神経を逆なでするには十分過ぎていた。

 自分とステラの戦いを汚す様な心しか持てないのであれば間違い無く、それなりのレベルまでは行けるかもしれないが、所詮はそこまでの程度。

 自分はあの時の戦いでステラであればどれ程の高みを目指せるのかを無意識の内に考えていた。

 

 当時の動画をこっそりと見た際に自覚した事実。恐らくは殆どの人間はそんな事に気が付かないと思うが、確かに自分は笑っていた。

 勿論、戦闘時にそんな事をした記憶は一度も無い。だが、無意識であれば自分がどれ程それを望んでいるのかを改めて実感していた。

 そんな戦いを汚す言葉は一輝としても許容する事は出来なかった。

 何も知らず、適当な言葉で濁す。あの瞬間、一輝は間違い無く桐原に対し明確な殺意を抱いていた。

 

 強すぎる感情は冷静さを失わせる。それがあったからこそ、ここまで一方的に攻撃を受ける結果となっていた。そんな中、ステラの言葉と同時に龍玄の言葉が会場に響き渡る。

 漸くこれまでの攻撃を受けながら姿を見せない桐原の足取りを掴む事が可能となっていた。

 

 

「どうやら君はまだ自分の置かれている立場を理解していないようだね」

 

「立場なんて最初から考えた事すら無かったよ」

 

「だったら、もう一度理解させてあげるよ」

 

 未だ姿を視覚に捉える事は出来なかった。事実、桐原の抜刀絶技は姿だけでなく気配やあらゆる物を完全に隠す。

 一輝もそれを理解しているからこそ、これまで一方的に攻撃を受けていた。

 しかし、冷静になった今、一輝は改めてこれまでの状況を思い出していた。これまで自身が受けた傷がそれを雄弁に物語る。

 無意識の内に自分の内なる物と対話するかの様に精神を集中させていた。

 

 

 ────もし、自分が桐原静矢だったら、どこを狙うのか

 

 ────もし、自分が桐原静矢だったら、どうするのか

 

 一輝は無意識の内に中段の構えを取っていた。元々攻撃にも防御にも有効な構え。

 まるで自身の持つ『隕鉄』までもが自分の意識の様に周囲を探る。僅かに揺れる大気。

 何が飛来するのか考えるまでもなかった。

 

 

「桐原君。君の事はもう見切ったよ」

 

 見えない何かがまるで見えているかの様に大きく刃で払う。

 外部からみれば何を意味するのかは分からないが、払った瞬間に聞こえた音が全てを物語っていた。

 影矢をも警戒したからなのか、先程とは違い敢えて大きく刃を振るう。その影響もあって、聞こえた音は二つだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝負あったな」

 

「まだ終わってないわよ」

 

「もう一輝が負ける可能性は無い。それと、次は俺の番なんでな。面倒だが決着がそろそろ着く」

 

 突如立ち上がった龍玄に対しステラは何となく疑問を口にしていた。

 気が付けば既に一輝は『一刀修羅』を使用し、会場を縦横無尽に移動している。

 姿は見えなくても自分が感知しているのであれば既に姿を隠す事に意味は無い。そんな理屈すら気が付かない人間を相手に負ける可能性を見出す方が困難だった。

 

 

「じゃあな」

 

「次は頑張りなさいよ」

 

「程々にするさ」

 

 既に龍玄は会場に視線を向けるつもりすら無かった。会場を出る頃には既に文字通り決着がついたのか、大歓声だけが聞こえていた。

 

 

 


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