英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第12話 掃討戦

 漆黒を彩った空のキャンバスはゆっくりと暁の光を帯びながら黒から赤へと変化を見せていた。

 本来であればまだ覚醒すらしない時間帯。そこには二台の車両と一台の単車が音も無く走り続けていた。

 通常であれば誰もがこの車両の異様さに気が付く可能性が高い。しかし、時間帯がそうさせたからなのか、計三台の車両はそのまま目的地まで止まる事無くただ走り続けていた。

 

 

「そろそろ目的地だ。ここで一旦ブリーフィングを開始する」

 

 小太郎の言葉に車両は一度停止する。既に中では武装した人間が数人スタンバイ状態で待機していた。

 

 

「ここから目標地点まではそれ程時間はかからない。今回のケースは殲滅だ。それとボーナスは各自で掴め」

 

「で、中はどうなってる?」

 

 青龍の言葉に小太郎は改めて情報を端末に提示していた。

 今回の内容は事実上の内閣からの依頼に近い物があり、その証拠に風魔の突入時には周辺一帯は一部の公安と内調の手によって封鎖される手筈だった。

 本来であれば両者が踏み込むのが通常だが、相手は『解放軍』。どんな状態になっているのかが分からないからと、そのまま委託していた。

 元々用意された情報だけを鵜呑みにするつもりが無いからなのか、誰もが青龍の言葉に注目する。小太郎もまたそれを察していたからなのか、改めて今回の内容を説明していた。

 

 

「確認出来ただけで銃火器はそれなりに用意しているらしい。これはまだ確認していないが、近日中にどこかに襲撃に行く予定の様だ」

 

「今回は伐刀者は不在なのか?」

 

「いや。こちらで確認しているのは、幹部でもあるビショウが居るらしい。だが、ここの支部にはやつ一人だけだ。今回の件ではどちらでも問題ないが、気になるならそのまま処分しろ。掃除の連中は後で来る事になってるからな」

 

「また随分と気前が良いな。だが、本当に大丈夫なのか?」

 

 小太郎の処分の言葉にだれもが意に介する者は居なかった。

 元々傭兵として戦場を歩く以上、命のやり取りは今に始まった事では無い。仮に自分が躊躇すれば、その刃は確実に自分へと向けられる。そんな当たり前の日常を過ごしたからなのか、小太郎の言葉を誰もが当然だと言わんばかりに聞いていた。

 事実上の生死を問わない作戦の意味する事は一つだけ。だからなのか、小太郎の言葉を聞きながらもその場に居た全員は無意識に冷たい表情へと変化していた。

 

 

「大丈夫とは?」

 

「生死に関してだ。掃除の連中を出す以上はコストもそれなりにかかる。だとすれば、今回の報酬に影響は出ないのか?」

 

「その点なら問題は無い。先程も言った通り、邪魔だと思うなら処分して構わん。

 元々今回の作戦は時宗の絡みだ。報酬の件も掃除の費用も全て含まれている。元々ここは基本的に中継地点としての役割を果たしているだけの施設だ。我々が気にする様な要素は無い。短時間で一気に決めるだけだ。各自の武装の最終チェックをやっておけ」

 

「了解した」

 

 小太郎の言葉にこの場に居た全員の集中が一気に高まる。既に内部の調査は終わっているからなのか、息を殺しながら突入のチャンスを図っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。お前ら、今日はこのまま待機状態だ。襲撃の予定時効は明日の一一〇〇。各自時間が許す限り搾り取れ。我々の行く手を邪魔する者は始末しろ」

 

 支部の内部では配下を鼓舞するかの様に幹部のビショウは激を飛ばしていた。

 元々襲撃の予定地でもあるショッピングセンターは週末だからなのか、人が集まりやすい。今回の最大の目的は身代金の搾取である為に、武装に関しては既に用意周到だった。

 本来であれば、今回の襲撃は元々予定には無いはずだった。少し前に開催された貴徳原財団が主催するパーティーの方が集まる人間の室は明らかに上等な者。そこから取れる身代金は皮算用ながらに巨額な物を予定していた。

 

 しかし、計画は皮算用で終わっていた。最大の要因は会場に放ったはずの斥候が誰一人戻らない点にあった。通常であれば見つかったとしても拠点に戻る程度の技量は最初から持っている。

 最悪は一人でも戻ればその警備状況がどんな物なのかを推測するのは容易なはずだった。しかし、想定外の事実が計画を大きく変更させている。誰一人戻らないとなれば確実に警備は自分達が想定している以上の物。だとすればあまりにもリスクに対し、リターンが期待出来なかった。

 となれば撤退も止む無い。そんな経緯があったからこそ、今回のショッピングセンターでの襲撃で以前の作戦の穴埋めを計画していた。

 既に上納する為に用意された資金はあと僅か。未だこの計画を感づかれていないからなのか、周囲には警察はおろか、公安の人間の姿も見えないままだった。

 既に配下の人間は明日に向けて英気を養っている。そんな配下を見たからなのか、ビショウもまた同じく、僅かに酒を口にしていた。

 

 

「ビショウ様。明日の件ですが、斥候はこれまで同様にしますか?」

 

「そうだな。万が一もある。最悪は伐刀者も出張る可能性があるなら、明日の仕込みの前に一般人に誰か偽装させろ。そうだな……男よりは女の方が分かりにくいだろう」

 

「では、その様にさせますので」

 

「明日は祝杯を上げようではないか」

 

「そうですね。我々の未来に幸あらん事を」

 

 一人の男は明日の最終確認の為にビショウの下へと歩いていた。

 元々今回の件に関しては伐刀者が出動する可能性が高いのは最初から織り込み済みだった。

 如何な異能を発揮する伐刀者と言えど、緊急時の固有霊装の展開には複雑な許可を必要とする。ましてや相手が刃物に代表される霊装であれば自身の『大法官の指輪』を行使すれば良いだけの話。

 実際に日本国内に於いて拳銃型の固有霊装を展開する人間は皆無に等しい程しか居なかった。遠距離であれば攻撃の威力を吸収する事は厳しいかもしれないが、近接攻撃であれば大半の物は吸収、反射が可能となる。それがあるからこそ、配下の目の前でもゆったりとした態度を崩す事は無かった。

 

 既に銃火器だけでなく、銃弾も存分に使用できる。一番良いのは1発も無駄弾を作らない事だが、やはり戦場の空気がそうさせるからなのか、その事については指摘する事は無かった。

 既に明日の事を考える事によって愉悦に入っているのか、手に持ったワイングラスをゆっくりと回す。

 この時点でまさか自分達が逆に襲撃に遭うなどと言った考えを持つ者は一人も居なかった。 

 

 

「まずは手筈通りに………何が起こった?」

 

 気付けば照明が突然落ちた事にっよって、周囲は騒めいていた。

 元々この場所は都内ではあるが、どちらかと言えば辺鄙な場所に居住を構えていた。

 万が一の事を考えれば周辺に何も無い方が何をするにせよ、次の一手が打ちやすい。

 その為に停電になった際には直ぐに予備電源へと切り替わる様になっていた。一瞬であれば問題なかったが、生憎と停電が復旧するにはなかりの時間を要していた。

 先程までの安穏としていたはずの空気が一気に切りかわる。それが何を意味するのかは直ぐに知れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「銃火器を持っている人間は複数になる。それと以前に接収したあれは、予想以上に手が入った物だ。豆鉄砲に当たる様な人間はいないとは思うが、各自気を引き締めてくれ。それと襲撃の有効時刻は三〇分。各自キビキビと動け」

 

「応!」

 

 小太郎の言葉に全員の気持ちは一つになってた。

 元々今回の襲撃メンバーは風魔の中でも一部の対象に絞られていた。

 大人数で行けばどうしても索敵の網にかかる必要が出てくる。元々公安と内調の連携の隙間を狙った襲撃計画に於いて、有効時刻の短さはそのまま難易度に直結する。

 だからなのか、誰もが一人残らず配置に付いていた。

 気配を完全に殺しているからなのか、誰もがお互いの気配を察知出来ない。襲撃の際に起きる現象を誰もがまだかと待ちわびていた。

 

 

「各員時刻の修正を急げ」

 

 小太郎の言葉にそれぞれが侵入すべき箇所へと配置に付くと同時に、腕に巻かれた時計の時刻を調整していた。

 

 

「────3」

 

 全員が自分の銃器を改めて確認する。

 

 

「────2」

 

 気配を殺し、窓際へと寄り出す。

 

 

「────1」

 

 手の中にある物の安全装置を除去。

 

 

「────0」

 

 その瞬間だった。安全装置を外されたスタングレネードが窓をかち割り、そのまま室内に投入。突然の出来事に中に居た人間が何が起こったのかを完全に理解する事は無かった。

 これまでに感じた事すら無い程の強烈な白い閃光は周囲に居た人間の行動を不能にしていた。強烈な音と光によって中の人間全ての感覚が瞬時に奪われる。間髪入れずに青龍だけでなく小太郎もまた一気に室内へと飛び込んでいた。

 

 

 

 

 

 小太郎と青龍は事前に確認した配置図が頭の中に残っていたからなのか、白い闇の中でも日常と変わらない様に動いていた。

 閃光と騒音は視覚と聴覚を完全に潰している。事前に防止の処理をしている風魔からすれば特段問題は無かったが、やられた解放軍はその限りでは無かった。

 突如として起こった事実を確認する前に命は完全に断たれている。先程の祝杯を挙げた空気は既に霧散していた。

 時折聞こえるのは配下のうめき声と悲鳴だけ。時間にして数秒しか経過していないにも拘わらず、白い闇が消え去った後に残されたのは横たわった肉塊だった。

 倒れたそれはどこれもこれも頸が尋常では無い方向に曲がっている。一撃でへし折られた頸椎がイメージするのは明確な死。

 気が付けば目の前には黒い仮面を被った男達が立っていた。

 

 

「貴様等、何者だ!」

 

「愚かな……」

 

 怒声と同時に飛んだ質問に返って来た答えは一瞥した返事だけだった。

 蒼い龍が描かれた仮面の男は既に所有している拳銃の引鉄を間髪入れずに引いて行く。

 無言のままに引かれた後に残されたのは、眉間に銃弾を撃ち込まれた配下の人間。既に事切れたそれは物言わぬ肉塊へと変貌していた。

 射撃の的撃ちの様に次々と倒れていく。我に戻ったのは弾切れを起こした際に発砲が完全に終わった頃だった。

 

 

「お前ら、敵は二人だけだ。撃ち殺せ!」

 

「このまま死にやがれ!」

 

 部隊長と思われる男の声に誰もが正気に返る。既に倒れた人間の事は記憶の外に放り出したからなのか、直ぐに龍の仮面の男へと発砲を開始していた。

 拳銃だけでなく、アサルトライフルも所持していたからなのか、誰もが碌に狙いを付けずに引鉄を引いていた。

 

 無数の銃弾が一斉に襲い掛かる。仮に伐刀者と言えど無傷で回避する事は不可能と言える弾幕。しかし、そんな事すら織り込み済みだったのか、小太郎と青龍は倒れた人間を盾にそのまま銃弾を全て回避していた。

 防弾チョッキを着た肉の塊は盾としての機能を果たすからなのか、肉に何かがめり込む音は聞こえるが、それを貫通する銃弾は一発も無かった。肉の盾は全ての銃弾を受け止める。心臓が既に停止しているからなのか、血が噴き出す事は無かった。

 突然の出来事と非常識な展開に、テロリストとして名高い解放軍の人間でさえも引鉄を引く事を忘れ、ただ呆然としていた。

 

 

「動きを止めるとはな……」

 

 既に声があった場所に人影は無くなっていた。

 確実に距離があったはずにも拘わらず、気が付けば目の前まで接近を許している。

 青龍から放たれた手刀はまるで鋭利な刃物の様にそのまま一人の男の喉笛を掻き斬っていた。

 頸動脈を切断した為に、血液が噴水の様に周囲を濡らす。斬られた方は最初の一撃で絶命したからかのか、何の抵抗も無く腕がダラリと下がり、地面へと沈み込む。既にここが死地である事を理解するまでに然程の時間は必要とはしなかった。

 

 

「余所見する暇があるのか?」

 

「何だ……と…」

 

 余りにも非現実的な光景を見たからなのか、誰もが僅かに意識を逸らした瞬間だった。

 小太郎の手が他の男の首筋へと延びる。

 人差し指と親指で摘まんだのは喉の筋肉。斬るのではなくペンチで摘み、抉るかの様に引き千切ったそれもまた同じく頸から噴水の如く赤い血液が噴出していた。

 至近距離での戦闘に銃を向ける事が出来ない。下手に撃てば仲間に当たるからなのか、誰もが引鉄を引く事は出来なかった。

 既に間合は二人の物。元々接近戦に適う者が無い風魔を相手に余りにも分が悪すぎた。

 そこに残るのは蹂躙されるだけの運命を待つ事だけ。既に死神に魅入られた人間の末路は決まっている。

 気が付けば殆どの人間がうめき声と悲鳴と共に血の海へと沈んでいた。

 

 

 

 

 

「さて、貴様らが保管している金庫はどこにある?」

 

「なぜ、そんな事を言う必要がある?」

 

「無理に言わなくも良いぞ。どうせ、お前達は今日で人生が終わる。無駄が無い様に使わせてもらうだけだ」

 

「は……?何だ……と」

 

 男が言葉を発したのはこれが最後だった。既に青龍の撃った銃弾は男の心臓部を直撃したからなのか、そのまま絶命している。

 事前に配置を確認している為に、とりあえず聞いたに過ぎなかった。

 目を見開いたまま絶命したからなのか、動かなくなった肉塊をそのまま床へと放り投げる。気が付けば他の場所から侵入した部隊は金庫の場所を探り当てていた。

 

 

 

 

 

「さてと………小太郎。これは聞いてないが、どうするんだ?」

 

「そうだな。彼奴の手土産にすれば良いだろう。事実上の手土産があればあいつらの面子も立つ。少なくとも我々には無用の長物だ」

 

 金庫は何の抵抗もなくそのまま開錠されていた。

 元々準備していたからなのか、金庫の中には現金以外にも幾つかの白い粉と複数の錠剤が入っている。幾ら風魔と言えど、それまで入手する事は全く無かった。

 仮に販売した所で手間の割に利が薄い。元々そんな面倒な事をするつもりは無いからなのか、誰もが白い粉と錠剤を取ろうとはしない。

 中にあった現金と、周囲に落ちている拳銃やライフル銃だけを回収する。既に手を打っているからなのか、小太郎はどこかに連絡をしていた。

 

 

「ああ。後の始末はこちらでする。だが、白い粉と錠剤だけはそっちで始末してくれ。此方がやっても面倒だしな。で、どっちが来るんだ?……そうか。ならば一時間後にしてくれ」

 

 通信の相手が誰なのかは聞く必要が無かった。既に物言わぬ肉塊となった物は掃除屋が運び出し、血で染まった部屋も瞬時に拭い去って行く。

 気が付けば他の部隊の人間もまた終わったからなのか、小太郎の下へと集結していた。

 

 

「そう言えば、幹部のビショウはどうした?」

 

「あれなら既に始末した。所詮は下っ端の幹部。我々の相手にもならん」

 

「そうか。手間をかけさせたな」

 

「次はもう少しまともなのとやりたいものだ」

 

 小太郎の言葉に答えたのは黒字に白い虎が描かれた仮面の男だった。風魔の幹部でもある白虎は、今回の破壊工作の担当を担っていた。

 既に準備は完了しているからなのか、焦る様子はどこにも無い。気が付けば背後では撤収の準備を開始していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《了解しました。直ちに回収に向います》

 

「直ぐではなく一時間後にしてくれ」

 

《了解しました》

 

 小太郎の言葉を聞いた時宗の判断は素早かった。

 元々『解放軍』がどんな物を扱っているのかは、完全に知られている訳では無かった。

 これまでの状況から現金や銃火器は出る事は知っていたが、まさか覚醒剤に代表される薬物までとなれば話は大きく変わっていた。

 元々暴力団の資金源になっている為に、警察と公安の一部は既に尻尾を掴んでいる。

 そこまでであれば問題は何も無かった。何時もと同じく摘発して終わり。それだけの話だった。しかし、小太郎からの通話でこれまでの思惑はすべて瓦解していた。

 

 覚醒剤や薬物を扱っている時点で既に取り締まりの対象となるのは勿論の事、今後の摘発の事を考えると頭が痛くなる思いだった。内定によって調べた結果、海外からの輸入ではなく、国内からの仕入れ。初めにその情報を掴んだマトリや組対の人間は頭が痛くなりそうだった。輸入の事実は無いが、『解放軍』からの仕入れは魔導騎士連盟にまで情報が及ぶ。そうなれば内定の結果が漏れるのは時間の問題だった。

 今回の襲撃によって、そこまでの応援要請を避ける事は出来たが、今度は別の問題が浮上していた。

 末端価格にして約十億円。それがどれ程の物量になるのかは考えるまでも無かった。

 これまでに無い程の大捕り物。珍しく時宗はどちらに手柄をたてさせるかを迷っていた。

 どちらにも自分の子飼いが存在する。自分には問題が無くても、周辺への影響力は無視する事は出来ない。それ故に判断に迷った結果だった。

 

 

「小太郎。悪いが、警察の人間をそこに派遣させる。1時間後には到着するはずだ」

 

《そうか。ならば、それ以外の物は全て回収させてもらう》

 

「その辺は任せる。どうせ始末したんだろ?」

 

《当然だ。態々証拠を残す必要は無い》

 

 小太郎との通信を切ると同時に、時宗は改めて自身の子飼いの人間に連絡を入れていた。

 末端価格で十億であれば、下手な組織の流通量に匹敵するだけでなく、マスコミを上手く使う事によって完全なテロリストとして世界的にも喧伝する事が可能だった。

 小太郎からの連絡が終わった時点で既にシナリオは出来ている。後はこちらの都合の良い様に情報操作をするだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったよりも良い物使ってるな。この前のグロッグでも思ったが、どこかに何かを仕掛ける予定でもあったのか?」

 

「さぁな。そんな事は我々には関係の無い話だ。時宗の話だと一時間後には組対の連中が来る。直ぐに行動に移せ」

 

 接収した銃火器の中でも目についたのはアサルトライフルだった。M4A1カービンと呼ばれた銃は明らかに室内の近接戦闘用として軍や警察が使用すべき物。従来のそれよりも更に軽量化されたそれは明らかにテロ組織が持っているはずの無い物だった。

 死亡した兵士全員ではないが、三割程が所持している。旧型のそれはそのまま放置し、新型のそれは全て回収していた。

 

 

「で、これは結局どうするすんだ?」

 

「これから来る組対の手土産だそうだ」

 

「なるほど……末端価格から考えれば勿体無いが、仕方ないな」

 

 十億はあくまでも販売時の価格。もちろん、そんな物を流通させるつもりは風魔と言えど毛頭無かった。

 自身の身体を蝕む者は自分達の趣旨に反する物。通常でも襲撃の際には火にかけるか、水に流すかの処理を行っていた。

 しかし、今回のこれは自分達ではなく政府筋からの依頼。それ故に表沙汰にするつもりも、懐に入れるつもりも最初から無かった。

 

 

「その分、別からはボーナスがあるらしいぞ」

 

「何だ、裏金か?」

 

「だろうな。まさかこれを押収したからと言って販売価格をそのまま転用する訳には行かんだろう」

 

「確かに。そろそろ時間だな」

 

 既に回収が完了したからなのか、死体も殆どが始末されていた。時間にして約三十分。警察が来る頃にはここで何が起こっていたのかを知る術は何も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、そろそろ学内では選伐予選会が始まるらしいな」

 

「ああ。だが、何で知っている」

 

 一仕事終わったからなのか、一同は既に撤収先で寛いでいた。元々予約していたからなのか、既に仕事の雰囲気は微塵も無い。

 金曜の夜だった事もあってなのか、戻りは翌日の予定にした矢先の話だった。

 元々学内での予選会は対外的な物だけではない。現在の破軍学園の状況を重く見た理事が黒乃の宣言をそのまま外部にも伝える計画を立てていた。

 もちろん、それがどんな影響を及ぼすのかは分からないでもない。しかし、まだこの時期に小太郎の口からきかされた事に龍玄は少しだけ訝し気な視線を送っていた。

 

 

「時宗から聞いた。で、どうするつもりだ?」

 

「どうとは?」

 

 小太郎の言葉に龍玄は敢えて確認する事はしなかった。

 元々風魔である事は秘匿するが、個人の力量までは隠す必要は何処にも無かった。

 事実、普段のミッションでは常に仮面を被っているからなのか、それが誰であるかと特定する事は困難となっている。ましてや普段の任務で龍玄だけでなく小太郎や他の幹部もまた抜刀絶技を使う様な事は殆ど無かった。

 仮に使う様な場面になるのであれば、それは即ち殲滅を意味する。下手に情報を統制する位ならば最初から根切した方が早いとの判断だった。

 特に誰から言われた訳では無い。龍玄もまたコードネームを持っている以上、秘匿するのが当然だと考えている。だからなのか、どうするの意味が何処にあるのかを確認していた。

 

 

「言葉の意味に裏は無い」

 

「知れた事だ。俺としては特段隠すつもりは毛頭無い。それに学生風情に使う必要は無いだろう。あそこだと精々が寧音か理事長が敵対した時位だ。その場合、他の人間は根切するだけだ」

 

「そうか。確か、今年皇女が入学したが、どうだった?」

 

「磨けば光る。それだけだな」

 

 ヴァーミリオン公国からの留学は破軍に居る生徒であれば誰もが知っている情報ではあるが、それ以外にも時宗からの情報を既に入手していた。

 皇族が留学する意味合いは、少なからず政府にも何らかの責任は発生する事になる。

 仮に何かに巻き込まれた場合、最悪は国際問題にまで発展する。時宗から聞いているのはその可能性だった。

 事実、今回の襲撃に関しても武器の流れは少なからず内調が調査した結果だった。

 幾ら極秘に動かした所で武器の所存は隠せても、輸送した情報までは隠しきれない。厳重にすればするほど怪しいですと公表しているに等しかった。

 その結果が今回の襲撃に繋がっている。そんな裏事情がそこにあった。

 

 

「お前の事だ。色々と画策する事もあるだろう。だが、予選会の最中でも任務があれば、何時もと変わらない事だけは頭に入れておけ」

 

「当然だ。どちらを取るんのかは考えるまでも無い」

 

 話が終わると同時に、部屋には料理が運ばれていた。

 元々ここは風魔の息がかかっているからなのか、小太郎や青龍が使用する際には必ず人払いされていた。

 元々今回の様に事前に予定が決まっているケースでは全ての予約は入れる事が出来ないかキャンセルとなるのが通常だった。今ここに居るのは今日の襲撃を行った人間だけ。

 人知れず行われた任務は本来の情報は知らされず、警察のは大本営による発表だけが翌日の新聞に載る事になっている。

 ひっそりと終わった任務の事実を知る者は、一部を除いて殆ど居なかった。

 

 

 


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