英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第10話 それぞれの思惑

 どんなに表面上は華やかに繕った世界でも、その裏は常にドロドロした物が蠢いている。それが誰の日常でも存在し、また非日常でも同じ事だった。

 周囲にはこんな機会は早々無いと踏んだからなのか、常に人の対応に追われている一人の少女。これまでにも同じ社交界で生きてはきたが、今回に限ってはこれまでとは別世界の住人が殆どだった。

 常に値踏みされるか、何らかの下心を持った人間ばかりが擦り寄って来る。カナタは既に精神的な疲労で一杯だったが、そんな表情はおくびにも出さずに主催者としての役割を果たしていた。

 

 

「どうした。ここはお前の主戦場では無かったのか?」

 

「社交界に出る事はあっても、今回の様にかなり上の人間が来るケースは余り無いですから」

 

「仕方あるまい。自分が今日の主役である以上、それは当然だろう」

 

 カナタは少しだけ息をつけたからなのか、出されたノンアルコールのスパークリングを口にしていた。本来であれば純粋なスパークリングワインを口にする事も吝かではなかったが、今日に限ってはそんな事は出来なかった。

 今日、ここに集まっているのはこの国の事実上のトップばかり。これまでにカナタ自身がこの様な集まりに顔を出した事はあっても、自分が主役になる事は一切無かった。

 そんなメンバーを相手にアルコールで麻痺させるような下策は尤も忌避すべき行為。それを理解しているからこその対応だった。

 既に何人もの人間の対応をしたからなのか、精神的な疲労はピークに達している。しかし、自分が主催者である以上は、退出出来るはずが無かった。

 

 

「でも、どうしてここまで」

 

「それは自分の父親とあそこで話している時宗に聞くんだな」

 

 龍玄は今回のパーティーのガードとしてこの場に立っていた。

 主催者とガードが一緒になる事は有り合えないからなのか、お互いは視線を交わす事無く話している。

 休憩である事をアピールしたからなのか、今はカナタに寄ってくる人間は誰も居なかった。

 流れる音楽がこの場を非日常へと変えていく。龍玄の言葉では無いが、その原因を作ったのは結果的には自分が全て絡んでいたからに他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カナタ。今後、風魔に対する報酬の事だが、このままにする訳にはいかない。そこでだが、これを機にカナタの名義で会社を一つ作る。そこで収益を上げて返済の原資に充てると良いだろう」

 

「私が経営ですか?」

 

「そうだ。勿論、事務方はこちらで数人派遣させよう。既に手は打ってあるんだ。特にカナタが気にする様な事は何も無いだろう」

 

 父親の言葉にカナタはどうすれば良いのかを考えていた。

 個人的には確かに経営学は学んだが、それを実践する場面に出くわす様な事はこれまでに一度も無かった。

 本来であれば個人の借財。これでは何となく筋が違う様な気がしたからなのか、カナタは思い切ってその事実を当事者にぶつけていた。

 

 

「この様な返済方法でも良いのですか?」

 

「愚問だな。我々はどんな手段を用いようが結果だけを見る。まさかとは思うが、金の綺麗、汚いや出所をお前は一々気にするのか?」

 

「そんな事はありません。ですが、これでは自分ではなく、財団からの支払いになるかと思っただけです」

 

 小太郎の言葉にカナタは改めて自分の考えを示していた。

 元々後先を考えて依頼した訳でも無かったからなのか、報酬の支払いの条件が緩和された事実は驚き以外に何も無かった。

 報酬で繋がれた縁ではあっても、小太郎はその依頼を完遂している。となれば、次はカナタがそれを示す番だった。

 

 無策では何も出来ず、また一年延長した所で実質的は自分では無く親が払う事になる。もしそうなれば、カナタとの信頼関係はその時点で崩れる事になるのは明白だった。

 だとすれば、自分が父親から言われた任務を果たす事も出来なければ、自分がこれまで誇ってきた矜持さえも否定された事になる。

 だからなのか、カナタはそれ以上自分の考えを口にする事は無かった。

 

 

「お前が代表であれば、後は自分の才覚だけのはずだ。それにこの会社は上場する訳では無い。株主とて自分である事を含めれば、結果的には自分が支払った事になるのではないのか?」

 

「……分かりました、この件、謹んでお受けします」

 

 小太郎の言葉にカナタは改めて深々と頭を下げる。この時点で漸く停滞していた事実が前に進もうとしていた。

 

 

「それで、会社はどんな内容を?」

 

「その件で、今回小太郎殿と時宗殿に来て貰った。今回の会社は警備関係。しかも、通常のではなく特殊な警護を基本とする予定だ」

 

 カナタと総帥が話す内容を事前に聞いていたからなのか、龍玄は特に驚く事は無かった。

 しかし、肝心の内容までは聞いていた訳では無い。警護と聞いたからなのか、龍玄はこれまでの戦場の勘が働いたからなのか、嫌な予感だけが漂っていた。

 

 

「平たく言えば、今回の会社に関しては個人向けのシークレットサービスだと思ってくれれば良いよ。勿論、僕の立場では警察の方からも出てるんだけど、それ以外となると中々出せなくてね。個人で設立しても良かったんだけど、そうなると国会でも揉める原因になる。だから今回の件に至ったんだよ」

 

 時宗の言葉に誰もが一定の理解を示していた。

 表には出ていないが、ここ最近になってから『解放軍』の活動が活発化し始めていた。

 元々内部には最低限の統制はあるものの、実際にその機能を果たしているのかと言われれば誰もが悩む部分が多分にあった。

 事実、逮捕した所で何かの情報が出る訳では無く、仮に裁判まで行っても、今の法律に基づく判断しか出来ない。その結果、下手に目を付けられて恨まれる様な真似をすれば、自身の命が危ないからと判断するケースが多々あった。

 そんな事も勘案したからなのか、最近では議員の中でも個人的に警護を付けるケースが多くなっていた。

 

 

「それに政界での実績があれば、それ以外からの指名もあるだろうし、それなら報酬の支払いには影響が無いと思うんだけどね」

 

 これが今の内閣の懐刀かと思える程に軽い発言ではあるが、その内容には一定以上の納得が出来ていた。

 元々SPの様な特殊警護を使用とした場合、それなりに身元がしっかりとしていなければ依頼が来る事は無い。しかし、設立したのがどこなのか。その顧客が誰なのかを考えれば、後は実績があってに後押しする。現役の国会議員の警備をする様な会社を怪しむとなれば、それ相当の調査をする必要が出てくる。本当に自分の命が危ういと判断すれば、自ずとどうすれば良いのは言うまでも無かった。

 だからなのか、時宗の発言には不明瞭な点は何も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とにかく今はお前が主役だ。俺はあくまでも護衛に過ぎん。これ以上はここで油を売る暇は無いはずだ」

 

 任務中だからなのか、龍玄はカナタに視線を移す事は全く無かった。

 ここでの警備責任を負っているからなのか、その視線は怪しい行動をする人間へと向けられる。既にカナタの事など興味すら無いとばかりに視線は常に会場内を動いていた。

 

 

「少し位は私の事も見てくれても良いとは思いますが?」

 

「そんな事よりも、少しだけ怪しい人間が紛れ込んでいる様だ。其方は其方のやるべき事をやれ。此方は此方のやるべき事をやるだけだ」

 

「え……それって」

 

「視線を動かすな。怪しまれる」

 

 龍玄の言葉にカナタも少しだけ会場に視線を動かしていた。元々今夜のパーティーは完全招待制。怪しい人物がいるはずが無かった。

 周囲を見ればそんな気配はどこにも無い。だからなのか、龍玄の言葉の意味は分からなかった。

 

 

「ここを少しだけ離れる。程なく他の人間がここに来るはずだ」

 

 カナタの返事を聞くまでも無く龍玄はこの場を離れていた。表情こそ変わらないが、雰囲気は既に青龍となっている。

 気配を感じる事無く移動したからなのか、カナタもまた気を取り直し、己のやるべき事に専念していた。

 

 

 

 

 

「まさかこんな所に薄汚い鼠が紛れ込んでいるとはな」

 

 会場の外では既に青龍が怪しげな動きをしている男の背後に立っていた。

 男は傍から見ても只の紛れ込んだ一般人の様にしか見えない。しかし、着ているスーツにはどこか違和感があった。

 胸のあたりが僅かに膨らんでいる。男は反射的に懐に手を伸ばした瞬間だった。

 

 

「さて、どこの手の者なのか、吐いてもらおうか。幸いにも時間は十分すぎる程にあるからな」

 

 男の手はそれ以上動く事はなかった。

 手を拘束されたまま、懐にあった拳銃が取り出される。青龍が持っていたのは市場には流通するはずのないそれだった。

 

 

「グロッグか。中々良い趣味をしてるみたいだな。早速で悪いが、このまま情報を吐いてもらおうか」

 

「誰がそんな事を……」

 

「気にするな。吐きたくなる様にするだけだ。玄武、好きにしろ。壊れても構わん」

 

「玄武……まさか、お前、風魔…なの……か」

 

 玄武の言葉に男の顔は完全に青褪めていた。玄武の言葉から思い出されるのは風魔の名前。

 裏社会筆頭の名前が出たからなのか、その瞬間、腹部に激しい衝撃を受ける。男はそれ以上何も言う事は無いままに意識を刈り取られていた。

 

 

「雇い主が誰なのか位は吐かせろよ」

 

「分かってる。情報は必ず吐かせるさ」

 

 男を捉えた玄武は既に姿を消していた。

 会場では音楽が鳴っているからなのか、この場に相応しく無い様にも思える。周囲に感じる気配が無いからなのか、取り上げたグロッグを懐に忍ばせ、青龍は再び会場へと戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 設立を記念したパーティーは既に佳境へと突入していた。

 元々今回の主催が貴徳原財団である事から、それなりの立場の人間が来る事は予想されていたが、今回に関してはそれだけでは済まなかった。

 財界以外にも政界の人間が数人見える。恐らくは時宗の関係者であるだろう事は予想されていたが、彼等の目は何かを伺っている様にも見えていた。

 

 カナタとて詳細までを知っている訳では無い。だからなのか、その目に映る目的が見えないままだと思われていたその時だった。会場の空気が僅かに騒めく。カナタも思わずその向かっている意識へと視線を動かしていた。

 

 

「今日はお忙しい所、我らの会社設立の為に参加頂きありがとうございます。今回の件で皆様同様に特別なゲストを迎えています」

 

 司会の女性の言葉に全員が注目を集める。そこに居たのは先だって話を聞いた北条時宗。そしてその隣には漆黒の仮面姿の男だった。

 

 

「やはり、あの噂は本当だったのか………」

 

「確かめに来たかいがあったが……」

 

「今後は何かとやりにくいな……」

 

 ざわついていたのは政界の人間だった。漆黒の仮面の姿が意味するのは、今回の会社に関しては北条だけでなく、風魔も関係している事に他ならない。元々噂レベルだったそれが事実になった瞬間だった。

 風魔の名前を聞いたからなのか、今晩の招待客の殆どがそれぞれ何かを口にしている。

 この会社に下手な横槍を入れれば、どこに歯向かうのかを痛感した瞬間だった。

 

 

 

 

 

「これはカナタ嬢。招待頂き有難う御座います」

 

「いえ。折角の門出ですので、私としても実に喜ばしい事ですから」

 

 お互いが社交界の仮面を被りながら挨拶を交わしていた。

 元々来る事は知っていただけでなく、その場に居たからなのか、カナタは完璧な仮面を被っている。

 一方の時宗はどこか剥がれている様にも見えるが、やはり政治家だからなのか、表面上には何の変化も無いままだった。

 

 

「……どうやら良く無い招待客が外に居たらしいね。もう排除したみたいだけど」

 

「……そうでしたか。態々ご報告有難うございます」

 

 誰にも聞こえない程度の小声で聞かされた事実は先程龍玄が話した通りだった。

 排除と言われた以上、カナタが何かする事は無い。それよりも先程の小太郎の出現と時宗の件で、誰もが再びカナタとコンタクトを取ろうと躍起になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら『解放軍』が動いているみたいだな。で、どうする?」

 

「雑魚ならそのまま放置すれば良い。所詮、この辺で捕まる程度の連中だ。知れた者だろう」

 

 パーティーの部隊裏では先程捉えた男が口を割ったからなのか、すぐさま小太郎と青龍の下に寄せられていた。

 元々今回の警備だけでなく、小太郎が姿を現す事で余計な妨害を排除するのが目的だった。

 同業他社からすれば自分達の領域に入る新参者。商売敵がどれ程の力量を持っているのかを見る為に今回の設立パーティーへの参加をしていた。

 勿論、オーナーが貴徳原財団である以上はそれなりの規模を展開するはず。仮に商売敵として勝利しよう物ならば業界内部の評判は確実にうなぎ登りになる。

 しかし、そんな淡い期待も小太郎の登場と共に崩れ去っていた。

 

 絶対的な暴力装置を所有する以上、下手に手を出せば手痛いだけでは済まない。

 誰もが我が身が可愛いのはある意味では当然だった。下手に商売敵として敵対する位ならば、逆に提携した方が理に適う。奇しくも会場入りした経営者の殆どが同じ様な事を考えていた。

 今頃はかなり慌てているに違いない。確実にその真相を聞くべくカナタに確認する事は容易に想像出来ていた。

 

 

 

 

 

「それとこのグロッグだが、思ったよりも高度な改良が施されているが、何かあるのか?」

 

 青龍は言葉を口にすると同時に先程の男から徴収したグロッグを小太郎へと渡していた。通常の物よりも軽いそれは明らかに何かしらの改良が施されている。

 詳しい事は分からなくても何かしらの情報を持っているのではとの判断の結果だった。

 

 

「まだ何も聞いていない。詳しい事は時宗を使うのが一番だろう」

 

「珍しいな。小太郎が知らないとは」

 

「勘違いするな。背後に居るのは何なのかは知っている。ここに来た目的の真意がなんだったのかだ」

 

「成程な」

 

 小太郎の言葉に青龍はそれ以上話す事を止めていた。

 小太郎が知っているのであれば、それ以上は何も聞く必要はない。時宗に確認するのは今後起こりうる可能性の話でしかなかった。

 依頼によっては今夜の様な警護よりも傭兵としての本分の方が全う出来るだけでなく、実入りも大きい。背後が割れればやるべきは一つだけだった。

 気が付けば既に音楽は終わりを告げる最終楽曲。短い任務がここで幕を閉じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これについてはやはり背後に解放軍が居るのは間違い無いな。ただ、目的がまだハッキリしない。暫くは時間をくれ」

 

「公安でも内調でも掴めない訳があるまい。また例によって情報の統制でもしてるんじゃないのか」

 

「今回の件に関してはそれは無い。ただ、色々と流れる情報が多すぎるんだ。ブラフの可能性もある。詳細は分かり次第連絡しよう」

 

 パーティーの翌日、小太郎は時宗からの連絡に少しだけ何かを思う所があった。

 あの場面で幾ら尖兵代わりと言えど、風魔が出張っている情報を知らないとなれば大きな抗争になる可能性は低いと判断していた。

 そもそも昨晩のあれはここ最近では中々なお目にかからない程に大物の招待客が多すぎていた。

 

 『解放軍』の資金集めで手っ取り早いのがVIPの誘拐。恐らくは手ごろな人間を人質にとって身代金でもせびるつもりだと判断していた。

 本来であれば今回程度の事ならば気にも留めない。しかし、自分達が態々顔見世までしているのであれば、誰に喧嘩を売ったのかを知らしめる必要があった。

 闖入者の処分は既に済んでいる。

 解放軍の出先機関ならば、何かしらの物資があるのであれば、行きがけの駄賃程度で徴収するのも悪く無い。そもそも傭兵は常に資金とのせめぎ合い。それならば演習代わりの襲撃は問題無いだろうと判断していた。

 

 

「いや。それには及ばん。どうせあの程度の輩なら一晩で十分だ。誰に何をしたのかを知らしめるならそれで十分だ。精々情報統制をしておけ」

 

「……了解だ。せめて日程だけは教えてくれよ。でないと、こっちもそれぞれの顔を立てる必要があるからな」

 

「調整役は大変だな」

 

「そんな事は無いさ。目障りな物が一つ、人知れず消えるだけだ。内調も公安も押さえておくさ」

 

 時宗と小太郎が居る一室には誰も足を運ぶ者は居なかった。

 元々秘匿事項であると同時に、本来であれば法治国家に許される行為ではない。しかし、お互いがお互いの抗争で一般市民にまで影響が出るのであれば問題視するが、小太郎が言う様に一晩で殲滅するのであれば情報統制は簡単だった。

 小太郎の言葉に時宗は既に準備していたからなのか、どこかに連絡をしている。お互いがやるべき事が決まれば特に問題になる様な事は何一つ無かった。

 

 

「そう言えば、一つ面白い噂を聞いたんだが、今年の破軍に青龍を潜り込ませたらしいが、何を狙っているんだ?」

 

「狙い?そんな話は知らんな。俺がやったのは倅に世間を学ばせる事と、とりあえず資格として魔導騎士になれればそれで良いとだけだ」

 

 時宗の言葉に小太郎ははぐらかして話をしていた。元々風魔とのつながりを作りたいと考えてる人間はごまんと居る。だからなのか、そんな話は時宗の耳にも届いていた。

 

 

「そうか。貴徳原の総帥が裏で動いているって評判だぞ」

 

「それも有りかもしれんな」

 

 そう言いながらお互いは杯を交わしていた。噂と言うのはあくまでも時宗が言いやすく言っただけの話であって、実際には確信を持っている。

 それがどんな意味を持つのかは別としても、自分の立場からすれば完全に把握する必要があった。

 万が一何かしら動くにせよ、影響力はあまりにも大きすぎる。そんな事を知っているからこそ小太郎に確認しただけだった。

 

 

「あそこは確か娘が居たと記憶しているが?」

 

「詳しいな。何かあったのか?」

 

「いや。ちょっと財界で話題になっているだけだ。政界の連中よりも目鼻は効くからな」

 

「支援者に泣きつかれたのか?選挙まではまだ時間があったと思うが」

 

「話のついでだ。それに向こうだって俺に何かを頼む以上はそれなりに対価を求められる事も理解しているからな。俺としても正しい情報を与えるだけだ。それに青龍も世間では元服してるんだ。多少の羽目を外した所で困る事は無いだろ」

 

 何時もの飄々とした雰囲気を持ちながらもその目には僅かに何かを思う意志が含まれていた。

 元々青龍だけに限った話では無い。傭兵を名乗った瞬間から風魔の一員として生きて来た為に、少しだけ世間とズレがある事を時宗は認識している。

 自分の息子に近い年齢だからなのか、その目に映る意志が何を意味するのかまでは小太郎も分からない。色々な意味で良い影響を与えてくれればそれで良い。そんな思いがそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう………」

 

「カナちゃん。どうかした?」

 

「少し疲れただけですよ」

 

 生徒会室では役員によって色々とやるべき事が幾つもあった。

 生徒からの要望だけでなく、個人的な話や学園からの折衝など、数え上げればキリが無い。ましてや今年からは七星剣武祭の選考基準まで変更になった事で、これまで幾つか棚上げしていた物をこなす必要があった。

 会長の刀華だけでなく、副会長の泡沫は事実上の幼馴染。だからなのか、この場に砕城雷と兎丸恋々が居ない場合は何時もとは違った空気が流れていた。

 

 

「やっぱり刀華が何かしでかしたんじゃないの?」

 

「私はなんもしとらんよ」

 

「え~この前だって申請書類間違ってたんじゃなかった?」

 

「あ、あれはちょっと忙しかったから」

 

「心配させてご免なさい。ちょっと昨日、家の事で色々とあったので」

 

 カナタの言葉に刀華と泡沫はお互いの顔を見合っていた。普段から家の付き合いがある事を知っているからこそ、それが原因になるとは思ってもいない。にも拘わらず、それが原因だと言った事に軽い驚きがあった。

 

 

「でも、カナタがそんな事言うなんて珍しいね」

 

「顔ぶれが顔ぶれでしたので、やはり気疲れはしますよ」

 

 政財界のトップが出る懇親会は早々ある訳では無い。魑魅魍魎の世界を生きる為には相手がどんな事を考え、何を思っているのかを瞬時に判断する必要があった。

 それはある意味では戦いに近い。己の肉体を酷使するのではなく、頭脳を酷使すれば蓄積する疲労は尋常ではない。

 幾ら鍛えているとは言え、学生でもあるカナタからすればかなりの重圧だった。

 その結果、精神的な疲労感は完全には抜けきっていない。事実、起床した時間は何時もよりも遅い時間だった。

 

 

「あまり無理しちゃダメだよ」

 

「そうそう。刀華の言う通りだよ。僕らでは出来ない事もあるかもしれないけど、愚痴なら聞くから」

 

「だったら美味しい物でも食べに行かない?それなら多少は気分転換にもなるだろうし」

 

 そんな些細な話をした時だった。

 

 

「あれ、さっきご飯食べに行くような話をしてた様な……」

 

「恋々。何でも自分を基準にするな。ほら、他の先輩方も呆れてるだろうが」

 

 扉を勢いよく開け放ったのは庶務の恋々と書記の雷だった。詳しい経緯までは知らないが、声が漏れていたのか最後の部分だけをクローズアップしている。

 聞こえた以上は否定しても仕方ないと判断したからなのか、刀華は少しだけため息を吐いていた。

 

 

「別に食事に行く位なら問題ないんだけど、その前に仕事だけはしようね。この前も結局は何も手が付かないままだったんだし」

 

「了解であります!とにかく仕事を優先します!」

 

 敬礼もかくやの勢いで恋々は自分の仕事をこなしていた。元々破軍の寮には食堂も整備されている。特に細かい決めはないが、各自で自炊する事も可能となっている。

 しかし、美味しいものと限定されれば話は別。だからなのか、恋々は期待を胸に黙々と作業をこなしていた。

 

 

 


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