やはり俺が界境防衛機関で働くのはまちがっていない。   作:貴葱

2 / 9
「高校生活を振り返って」
2年F組 比企谷八幡

青春とは嘘であり、悪である。
青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺く。
自らを取り巻く環境のすべてを肯定的に捉える。
何か致命的な失敗をしたとしても、それすら青春の証とし、思い出の1ページに刻むのだ。
例を挙げよう。彼らは万引きや集団暴走という犯罪に手を染めようと「若気の至り」という青春の証へと昇華する。
試験で赤点を取れば、学校は勉強するためだけの場所ではないと言い出す。
界境防衛機関が定めた警戒区域に侵入して注意を受けては、やれ度胸試しや大きなお世話などと宣う。
彼らは青春の二文字の前ならばどんな一般的な解釈も社会通念も捻じ曲げて見せる。彼らにかかれば嘘も秘密、罪科や失敗、果ては今の近界民に襲われている現状さえも青春のスパイスでしかないのだ。
そして彼らはその悪に、その失敗に特別性を見出す。自分たちの失敗を青春という免罪符を笠に着て取り繕う。
しかし彼らは、マイノリティに位置する者たちの失敗はただの失敗にして敗北であると断じる。さらにはマイノリティであること自体を悪であるとさえ言ってのけるのだ。
要はすべてマジョリティのご都合主義でしかない。
なら、それは欺瞞だろう。嘘も欺瞞も秘密も詐術も糾弾されるべきものだ。
彼らは悪だ。
ということは、逆説的に彼らのような悪の集団には溶け込まないマイノリティこそが正しく真の正義である。
結論を言おう。


青春という言葉の意味を履き違えた愚か者共よ―――砕け散れ。


プロローグ

放課後の一幕。

職員室の一角で、国語教師の平塚静は深々と溜息をつきながら、俺の作文を突きつけた。

 

「なぁ、比企谷。この作文はいったい何なんだ?」

 

手は小刻みなビートを机に刻み、足の貧乏ゆすりは止まる気配を見せない。明らかに苛立ちを隠そうともしていない。その態度は教師としてどうなのだろう。

 

「なんだも何も……先生の科した『高校生活を振り返って』をテーマとした作文ですが、何か問題でもあったでしょうか?」

自分に文才があるとは思ってないが、別にそこまで支離滅裂な内容を書いた記憶はない。

 

「大アリだ! 何故このテーマでこんな学校の存在そのものを否定した、犯行声明のような文章が書けるのだ? キミはテロリストにでもなるつもりか!?」

 

「別にそんなつもりはないですよ。この1年の高校生活を送ってきた中で俺が感じたことを、主観に沿って書いただけです」

 

「主観に沿って書いた結果がこれだとするなら、君の性格は相当に捻くれてるな。そんな螺子くれた性格をしているから、死んだ魚のような濁った目になるんじゃないのかね?」

 

失礼なことを言ってくれる教師である。人の性格と容姿を勝手に関連付けて貶すとは、なかなかに嫌な人だな。別になりたくてこんな目をしているわけじゃない。小中と学校という場の下劣さを見てきた結果こんな目になってしまったのだ。ボーダーに入って少しはましになったと言われているが。

 

「そんなに賢そうに見えますか、俺の目は?」

若干頭に来たためつい皮肉で返してしまう。

 

「小僧、屁理屈を言うな」

 

「小僧って……確かに先生の年齢から考えると俺は小僧ですけど―――」

 

生徒に小僧は無いんじゃないんですか。と続けようとしたが、突然伸びてきた先生の拳に言葉を止める。軌道から言って当てるつもりはないようなので、反射的に叩き落とそうとした手を止める。

 

「次は当てるぞ」

 

どうやら俺がわざと反応しなかったのではなく、反応できなかったのだと勘違いしている様子。あの程度のパンチなら、避けるのも捌くのも特に問題ではないが、問答を続けるのも面倒なので話を打切りにかかる。

 

「すみませんでした。書き直すので新しい原稿用紙を貰ってもいいですか?」

 

ここで終われればよかったのだが、そうは問屋が卸さないらしい。

 

「私はな、別に怒っているわけではないんだ」

 

……あー、面倒くさいパターンの奴だこれ。“怒らないから言ってごらん?”と同じ匂いを感じる。俺はかつてこの言葉を言った人間で怒っていなかった人を見たことがない。別役のドジと呼ぶには恐ろしい行いを笑って許せる来馬先輩が言ったなら話は別だろうが。

 

平塚先生は軽く溜息をつきながら懐から煙草を取り出すと、フィルターを軽くたたき口に咥える。躊躇いもなしにライターで火をつけ煙を吐き出す姿を見ながら、そもそも端とはいえ職員室内でタバコを吸うのはオッケーなのだろうかと考える。人の嗜好をとやかく言うつもりはないが、生徒も出入りする場で煙草とは少々常識が欠如しているように思えた。

 

「君は部活をやっていなかったよな?」

 

「はい、放課後はバイトをしているので」

 

正確に言えばバイトなんて生易しいものではない。既に死別した両親に代わって、一家の大黒柱を務めているのだ。しかも、曲がりなりにもA級部隊の隊長を務めている分仕事もそこそこ多い。まさかこの齢で立派な社畜になり果てるとは思ってもみなかった。

 

「友達はいるのかね?」

 

「未だに友達の定義ってやつがよくわからないんですが、良好な関係を築いた人ならいますね」

 

隊を組む前はいろいろな隊に出入りしながら防衛任務をこなしていた関係上、良くしてもらっている人はそれなりにいる。師事した迅さんや東さんなんかは、今でも本当に良くしてくれている。……迅さんのセクハラのせいで、俺が熊谷に怒られて迷惑をかけられることもあるが。

 

「嘘をつくな嘘を。君が校内で誰かと親しくしているところなぞ、見たことがない」

 

確かに俺は学校内ではぼっちに徹している。総武校の俺以外のボーダー隊員は学校側に隊員であることを伝えているが、俺はボーダーであることを生徒はおろか教師にすら伝えていない。と言うか、伝える必要がないと思っている。きちんと両立しているし、何より自分から面倒ごとの種を植える必要がない。ほかの隊員たちにも俺がボーダーだとバラさないことと、極力学校では話さないことを約束してもらっている。同じ隊の一色にすらボーダーだとバラさないようにと頭を下げたほどだ。

 

しかし、この教師は自分が見えている世界だけが真実だとでも思っているのだろうか。だとしたら精神年齢が小学生で止まっているのではなかろうか?

 

「学校内でいないからと言って、学校外でもいないとは限らないでしょう?」

 

「常識的に考えて、君のような目の腐った男を相手にする物好きがいるわけないだろう」

 

それはあんたが勝手に定めた常識だろう、と心の中で毒づく。

 

「それで、彼女とかいるのか?」

 

「いませんが……というか話の先が見えないんすけど、結局作文はどうなるんですか?」

 

うんざりした顔を隠すつもりもなく先を促す。防衛任務まではまだ時間はあるが、この教師と話しているくらいなら隊室で書類仕事していた方がましだ。

 

先生は俺の態度に若干顔を顰めながら、煙草を灰皿に押し付ける。

 

「ふむ、そうだな……とりあえず作文は書き直せ」

 

やっと終わると安堵しながら耳を傾ける。

 

「しかし君の心無い言葉や態度は私の心を深く傷つけた。よって君には奉仕活動を命じる。異論反論は一切受け付けない」

 

いやいや、言葉や態度でいえばあんたの方がよほど生徒に向けるべきものではないし、そもそも全くと言って傷ついていないでしょう、という言葉を飲み込む。

 

「内容にもよります。この後バイトがあるので、あまり時間を取られるようなことならお受けできませんが」

 

「バイトを盾にして逃げるつもりだろうがそうはいかん。着いてきたまえ」

 

言うが早いか先生は立ち上がる。この教師は自分の物差しでしか物事をはかれないのだろうか。人の都合を全くと言って考えていない様子を見て、何故彼女程度の人間に教えを請わなくてはならないのかとさらに学校が嫌になった。

 

「早くしないか」

 

その高圧的な態度にさらにうんざりしながら、俺はノロノロと先生の後を追った。




感想・ご指摘がございましたらお寄せください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。